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第13話 ロリ狐ンと勇者奇譚

 あと数日でドラゴンが現れる──眠りから覚める度、嘘であって欲しいと何度願ったことか。

 前回よりも早くウィルと接触できている為、今回は余裕がある。余裕と言っても二日か三日程度の誤差のようなものだ。

 満月の晩にドラゴンは現れる。それは──変わらないよね?

 我の行動の変化で周りの人物の行動が変わったり、そもそも接触すらしていなかったのに行動が変わっている人物もいた。999回繰り返したらしいこの世界は毎回同じ流れで終焉へ向かっていったのだろうか。

 考えても答えは出ないけれど、我は前に比べたら強くなったとは思う。

 ワイズマンの屋敷で魔法の基礎理論が書かれた本を熟読し、魔法の基礎理論を学び、低級ながら複数の魔法を使えるようになった。だが、それでも到底ドラゴンの力を防ぐには至らない。

 ふとウィルの部屋にあった本のことを思い出す。

 三頭狼の紋章を背負った勇者がドラゴンを倒す絵本があったはずだ。

 朝日が差し込む中、ウィルと共に寝ていたベッドから起き上がって床に降り立つと、僅かに軋む音がする。

 ウィルを起こしてしまわなかったか確認するが、彼は夢の中らしい。すべてが吹っ切れたのか、清々しい顔で寝息を立てている気がする。

 なるべく足音を立てないようにしながら本棚の前に移動して、前回の世界でウィルが本を取り出すために立った辺りに立ち止まる。本棚の隅にそれはあった。

 腕を伸ばして少し背伸びして本を手に取る。

 表表紙に三頭狼の紋章の入った盾と剣を勇ましく構える勇者が描かれていた。

 本のタイトルは「三頭狼勇者奇譚」というらしい。表紙を捲ると次のページには一文だけ書かれていた。

『この本の出来事は史実であり、公式記録・専門家や本人・関係者の証言を元にした実話です』

「フィクションじゃないのかよ、騙された!」

 思わず声を上げてしまい、慌てて振り返ってウィルを見るが、起きてはいないようだ。

 本に向き直り、読み進めるとする。


『勇者ボルフよ、竜王ダークドラゴンの討伐を依頼する』

『仰せのままに』

 今回の討伐隊のリーダーは、ローエングラム王国で名を馳せ勇者とまで呼ばれ、冒険者として十年のキャリアを経て騎士になったボルフが努めます。

『お、おおせのままにぃ!」

 一呼吸置いて今回の討伐隊最年少の冒険者歴一年の魔法使いリリエスが声を上げます。

 長い経験を持つベテラン冒険者と業界に入ったばかりの駆け出し冒険者が同じパーティの組み合わせは冒険者業界ではよくあるパターンです。

 城を出て準備が終わって旅立つまで、約一週間かります。

 同パーティーは暗黒大陸とも呼ばれた人類未踏の僻地アルニア大陸の中央を目指し竜王の討伐に向かいます。途中に立ち寄る各王国の力を借りてパーティーメンバーを増やしながら前に進みます。

 竜王の住処までの所要時間は約1年です。

 ボルフ・ハウゼンベルクの家は約二百年前から続く名家で、ローエングラム王国で古くから続く御三家の一つでもありますが最近は没落の一途を辿っていました。

 そうした中、竜王の脅威に対し唯一立ち上がったボルフは家名も相まって人々の希望となりました。

 そんなボルフが携えるのはそこそこ有名な鍛冶師ローミュルゴスの打ち上げた一振り、ローエングラム王国でも最近流通が始まったばかりのミスリルをふんだんに使用したバスターソード。名前は特にありません。これから広く流通し、国の軍事力の要になっていくことでしょう。


「……この出だし必要? 本当に子供向けなのこれ???」

 我は何かのデジャブを感じて震えながら本を床に叩きつけたい衝動を抑えながら、字が読めない方が良かったと後悔した。

 進展があまりにも遅いのでパラパラとページを捲って少し飛ばす。

 勇者ボルフのリリエスに対するラッキースケベ描写とかあったけど必要?


 ダンジョンの探索に出た勇者パーティの帰りが遅いことに、街の門番たちが気付きます。

 もう帰ってきても良い時間です。

 門番の一人が詰め所に走り、捜索隊を出すように指示を出します。

 探索隊が帰ってきましたが勇者パーティの手掛かりはありません。


 本から目を離し、天を仰いでしまう。

「……なにこれ?」

 またパラパラとページを捲って少し飛ばす。

 世知辛い世の中で、王様に与えられた金貨を使い果たしてしまい、旅の路銀を稼ぐためにダンジョンに潜り、数日間魔物と戯れる(意味深)な描写があった。勇者について第三者視点で事細かに書かれている所を見るにこの本の著者はパーティの誰かなのであろう。

 物語は進み、最奥での死闘の末に勇者ボルフの剣は折れたのだが、倒れていくパーティーメンバーを尻目に安置されていた謎の剣を台座から引き抜き、一気に形勢逆転してボスを倒してダンジョンの踏破に成功した。

 ふと思ったのでもう一度本の表表紙を確認する。盾を構える勇者がその反対の手に持つ剣、本文中の挿絵と同じものであった。

 勇者パーティーはダンジョンを脱出し、最奥に生えていた魔水晶を根こそぎ持ち帰って売り、潤沢な資金を得て旅が再開される。

 複数の国を抜け、敵を蹴散らしながらメンバーを増やしながら突き進む勇者一行。

 やっとのことで港町に辿り着いて数日後、魔大陸とも呼ばれたアルニア大陸へ渡る船が出航する前夜、パーティメンバー内で複数のカップルが誕生してその絆を深めた。

 勇者ボルフは静かに一人で離れたところから仲間たちのドンチャン騒ぎを眺めていたのだが、そこへ顔を真っ赤にしたリリエスが歩み寄る。

 パーティー結成当初からの熱い想いをリリエスからぶつけられたボルフは最年少と最年長の関係であったため最初こそ戸惑ったものの、それを受け入れて恋仲になる。鈍感ボルフに春が来たと他のメンバーたちは盛り上り、リリエスの想いを知っていたメンバーは大いに祝福した。

 アルニア大陸上陸後は上陸地点に簡易拠点を築き、前線拠点の場所を何度も変えながら前進し、勇者パーティーが通った後に連なるように街ができたらしいが、魔物の攻撃が激しく今ではアルニア大陸に人間は住んでいないという。

 満身創痍で竜王の巣に辿り着いた勇者一行は最後の力を振り絞ってダークドラゴンとの死闘を繰り広げ、何人か犠牲を出しながら勇者ボルフの最後の一撃がダークドラゴンの首を刎ねた。

 この戦いでボルフ自身も無事では済まず、リリエスを守ろうとして左の肩から先と左目をなくしている。

 通った道をなぞるように凱旋パレードしながらローエングラム王国を目指し、一行は少しずつ解散していった。

 凱旋パレードとは言われているが華やかなものではなく、命を落とした仲間を弔いながらの帰路となっていた。

 途中の街でボルフとリリエスの間には子供が生まれた。その血筋は現存するハウゼンベルク家に続いている。(逆算すると出航前夜辺りに仕込まれた子供になる)

 ローエングラム王国王都クレスタに帰り着くと、国を挙げてのセレモニーが行われた。

 その陰でダークドラゴンの首が国王に献上され、宮廷魔法使いの手によって王城の地下深くに封印された。なぜならその首は切り落とされてなお生きていたという。

 その後ボルフとリリエスはハウゼンベルクの屋敷に戻り、領主夫妻としてハウゼンベルク領を発展させていく──。

 

 我は最後のページに書かれた日付を目にしっかりと焼き付けてからパタンと本を閉じた。

 本の最後のページにはわざわざドラゴンが封印された日付が書かれていて、ちょうどあと五日──次の満月の日に千年の区切りを迎える。きっとその日に封印が解けて憎しみに心を焦がすダークドラゴンが復活したのだろう。

「──ミリィ、おはよう」

「あっ、起こしてしまいました。すみません」

 我は背伸びして本を本棚に戻して、まだ寝ぼけ眼のウィルが寝ているベッドに戻る。

 待ってましたと言わんばかりにウィルが我の尻尾を弄り始め、朝のもふもふタイムが始まる。

「朝からどうしたの? 三頭狼勇者奇譚なんて読んじゃって」

「何か、嫌な予感がしたもので」

「──? 奇遇だね、僕も最近悪夢をよく見るよ。この屋敷で夜空を眺めていると、空にドラゴンが現れて殺されてしまう──。そんなこと起きるはずがないのにさ」

 お道化て言う彼の手を思わず握り締めてしまう。

「ウィル。あなたがその悪夢をもう見なくて済むようにお手伝いさせて下さい」

 我はウィルの目をじっと見つめた。

「ありがとう──」

 ウィルは言いながら我を抱き締めた。

「こんなこと言ったら変な奴だって思うかも知れないけど、ずっと続く悪夢の中で最近になって狐人族の女の子が出てくるようになったんだ。その女の子がミリィそっくりで──僕はその悪夢の中ではどう頑張ってもその女の子を守れない。だけど、僕は君を守りたい。今度こそは……!」

 ウィルの胸に抱かれながら、我は駄目神もとい高神の言葉を思い出していた。

 至高神はウィルは私をもう覚えていないと言っていたが、どういう形であれ前回の世界の出来事を悪夢という記憶として覚えていた。

「……今度も守ってくださいね……」

「え? 今なんて……?」

 ウィルの胸に顔を押し当てたまま声を出したので彼には良く聞こえなかったのだろう。

 溢れそうになる涙をこらえるためにさらに強く顔を押し付けていたら──気が付いたら二人とも揃って二度寝してしまっていたらしい。

 抱き合って眠っていたところをメイド長に叩き起こされた。

 頭をポリポリと搔いているウィルに、我は心からの笑顔を向けるのであった。

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