第12話 ロリ狐ンとコウノトリ
物語がそこでハッピーエンドなら良かったものだが、ここは終わりではなく始まってすらいない。我の知る世界は今いる街しかなく、この無限に広がる世界のスタート地点なのだから。
ワイズマンを見送り、我はハイゼンベルクの屋敷に残った。
一週間ぶりに戻ったマイルームは追い出されたその日のままそこにあった。
「ミリィ、こんな部屋でいいの? 客間だってあるのに」
「大丈夫です。荷物をここに置いて、ほとんどをウィルの部屋で過ごすつもりです」
「えっ、ほんと!?」
「ウィルといっぱいお話ししたいです──」
そう言ってから約一時間、我は苦虫を嚙み潰したような顔をして冷や汗を流してしどろもどろになりながらながらウィルの質問に答えていた。
どうしてメイドとしてこの屋敷に潜り込んだのか。
どうしてワイズマンの孫娘だと言ってくれなかったのか。
どうして婚約を受けてくれたのか。
どうして色々やらかしたのに僕を好いてくれるのか。
その他細かい質問もあったが、大事なところはそんなところだろう。
ほとんど嘘を話さなければならないので、ワイズマンが作ったカバーストーリーをもとにして話を盛ってボロが出ずに真実味が出る程度に付け足すことにした。我には過去が存在していないだけに、そこだけ心が痛む。
まず、ハウゼンベルクの屋敷に辿り着いたのは全くの偶然で、狙って潜り込む意図はなかった。
ルーベインの血筋に連なる者として父と妾との間に生まれ、母は幼い頃に病気で亡くし、働けなかった母の治療費の借金のカタに身売りされ、たまたまこの屋敷に辿り着いた。
ワイズマンの孫娘だと知らされたのは屋敷を追い出された後で、途方に暮れていたところをワイズマンに偶然拾われ、魔力の系統が似ていたことから調査した結果ワイズマンの孫であることがわかり、屋敷に住むことになった。ハウゼンベルクの屋敷でもワイズマンと面識はあったが、その時はお互いにわかっていなかった。
婚約を受けたのは、自分が借金のカタに売られた身分だったのにウィルが好きになってくれて、一度追い出したけど実は本心じゃなかったから。ウィルに我のせいで勘違いさせてしまった言動もあるので、責任を取りたい。生い先短いと自分で言っていたワイズマンのアドバイスも少しだけある。
色々やらかしたのにウィルを好きでいる理由? 言わせんなよ恥ずかしい。察して。ウィルから貰った記憶に残る初めての人の温もりが何物にもかえがたいから。初めて屋敷で過ごした夜も、倒れた時もずっとそばにいてくれたから。こんなのでは理由として弱いだろうか?
そんな内容の事を、ウィルの自室で、ウィルと二人きりでベッドに並んで座りながら下を向きながら独白して顔を上げた。演技なんだか本気なんだかわからない涙が溢れそうになっていた。
着ていたローブの袖で涙を拭こうとした手をウィルに押さえられてハンカチで優しく拭かれた。
ウィルは我の腰に腕をまわして抱き寄せながら、我の頭に自身の頭をぴとっと優しくくっ付けた。ウィルのほうが座高が高くて鼻がちょうど我の狐耳に来るからって、鼻を狐耳に突っ込んで匂いを嗅ぐのはやめて欲しい。雰囲気ぶち壊しだ。体がビクンビクンと反応してしまう。
「僕はミリィに謝ることしかできない。自分の未来を他人に決められるのが嫌で仕方なくて、君の意志を無視して勝手に思い込んで利用しようとした。本当に申し訳ない」
「それは一言相談して欲しかった。でも、ウィルが屋敷を追い出してくれたおかげで自分の出自を知ることができたから、その辺はちょっと複雑な気持ちかな……というか、んっ耳がくすぐったい、ちょっと、それ以上は……!」
「……でも、僕はミリィが好きになってしまったから。ずっと幸せにします……」
ウィルは我にだけ聞こえるように、顔を我の狐耳に押し当てて囁くように言った。
敏感な狐耳を集中的に責められ、胸の高鳴りを感じてしまった。
我自身わかるほど体の芯が熱を帯び、頬が上気して熱く潤んだ目でウィルを見てしまう。
色々と我慢できなくなり、思わずウィルをベッドに押し倒し、お腹の上に跨って覆いかぶさるように唇を奪ってしまった。
二人とも呼吸も忘れてキスをして、息が苦しくなって我に返って慌てて離れてベッドの端と端ほどの距離を取った。
狐耳の先から尻尾の先まで真っ赤にして、思わず俯いてしまう。
我に返らなければそれ以上のこともしてしまったかも知れないとか考えていると、ウィルの唐突な言葉に目が点になる。
「──この前できた一人目も生まれていないのに二人目なんてできるの?!」
「??????」
「えっ、だってキスすると子供ができるんじゃ…!?」
──純情か!
お坊ちゃまらしく、きちんと性教育されてなくて誰かに嘘を吹き込まれたのかも知れない。
絶対ないがもう仕込まれてしまったのかと自分のお腹を見下ろして確認するがそんなわけがない。
我の今の肉体は外見的にはまだそんな年齢に達していないはずである。(早い人は達してしまう程度の年齢かも知れないが)
「ウィル、キスしたくらいじゃ子供はできないと思います」
エロガキだったくせにその辺に疎いとか誰が予想しただろうか。
「家庭教師のスケイス先生が言ってたのに……」
ウィルは愕然とした様子だった。
もしかして、婚約行動の根底にあるものが我のお腹に子供がいる、という前提だったのかも知れない。
「大丈夫です、ウィル。子供ができる体になったら、頑張ってウィルの子供を1ダースだって産んで見せます」
先が見通せない現状で将来について話すのは少し辛いが、それを吹き飛ばすようにない胸を張って見せた。
「ちょっと父上に聞いてくる!」
そう言ってウィルは部屋を出て行った。
急遽、その日の午後から顔面をボッコボコに腫らせたスケイス先生による特別性教育授業があり、我とウィルは並んで授業を受けさせられた。
そこには、目を見開いて今までの自身の行いを反省しているウィルを、半目真顔で見つめる我がいた。
前回も何も知らないからあそこまで大胆な行動ができたのか──しみじみそう思いながら、ウィルを見つめた。
特別授業を終え、この世界の貞操概念や男女の肉体的相違、そして子供の作り方について学んだウィルが最初に口にした言葉は「色々と責任を取るよ、ウン」だったことを、我はきっと忘れないだろう。(我も勉強になったけど)
矛盾修正