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第11話 ロリ狐ンと最高司祭

 遠くに屋敷を見下ろす、小高い丘の上で目が覚めた。

 思い出す間もなく、住所不定無職になった現実が重くのしかかる。

 着の身着のまま追い出されたので屋敷のメイド服姿のままだ。

 まあ、もっともこの世界に放り出された時は全裸だったので貴重な一張羅とも言える。

 ふと嵌まったままの指輪を眺め、取ってぶん投げてしまおうかとも悩んだが、思い留まった。

 言えるなら坊ちゃまに文句が言いたい。一言相談してくれれば良かったのに。でもその機会は永遠に失われた。

 我は世界安定の鍵であるはずの坊ちゃまの協力なしに、あのドラゴンに立ち向かうことになる。無理ゲーにも程がある。

「──おやおや、困ったものじゃのう。ハウゼンベルク卿に御神託を伝えたワシの立つ瀬がなくなってしまうのう。ふぉっふぉっふぉ」

 声に振り向くと、昨日屋敷に来ていた厳かな装飾の白いローブを着た老人がそこにいて、こちらを見つめていた。

「ワシは至高神教会最高司祭と魔法協会会長を兼任しておるワイズマン・ルーベインという者じゃ。御神託を受けてお主をあの屋敷に送り込む段取りを整えた者、と言えば話が早いかのう?」

 神託、という言葉を聞いて思わず身構える。

 顔をよく見ると、1回目の世界でも世話になった老人であったことを思い出した。

「おやおや、警戒せんでおくれ。ワシは()()()()()()()()()()()()の人間じゃて」

 話を聞く限りでは我がこの世界に来てからハウゼンベルクのお屋敷に行くように仕組んでいた張本人ということになる。

「至高神様はご達者じゃったか? かれこれ八十年の齢になるが、度重なる御神託のお陰で貧民生まれがこの通りじゃ。じゃが、お主をハウゼンベルク卿の元へ導けとの御神託を最後に至高神様からの御神託は途絶えておる。お主何か知っとるじゃろ」

 朗らかに笑うように喋っていた老人だと思っていたが、その視線は我を鋭く射貫いていた。

 話していいものか少し戸惑ったが、もう失うものは何もないのでヤケクソになって話すことを決心した。

「我をこの世界に寄越す間際、駄目神は弱っていました。もしかすると、この世界はもう終わるのかも知れません。我が……その、失敗したから……」

「至高神様を()()()とな?! こりゃ愉快愉快!」

「満月の夜にやって来る黒いドラゴンによって世界は滅ぶようです」

「ほほう! この世界はあと二週間で終わるのか! こうも呆気ない幕切れとはのう」

 言っていることとは対照的に、ワイズマンは楽しそうだった。

「御神託は毎回過激で愉快な物ばかりじゃったが、遂に世界が終わるのか! 世界が終わるタイミングが知れるなど、誠に恐悦至極じゃ!」

 表情は喜びに満ち溢れていたが、悲しみに満ちた目がこちらに向けられていた。ワイズマンがどんな人生を歩んできたのかは知らないが、多分神託によってすべてが歪んでしまった狂人なのだろう。

「して、御神託で言われる程の御身のお主じゃ。まさか()()()でこの世界に寄越されたわけではあるまい? ワシとてまだ死にとうないわ。ガッポガッポ稼いだ金で全然遊んでおらなんだ」

 カッカッカと笑いながら、片手の人差し指と親指で輪をを作ってその中に反対の手の人差し指を出し入れして見せるワイズマン。人になんちゅーハンドサイン見せるんだあんたは。一応我は十歳くらいの幼狐娘だぞ!

「……一応、一度だけドラゴンのフルパワーを防げる力を与えられてるようですが、発動方法がイマイチ……」

 我の言葉を聞いたワイズマンが慌てたようにそばに来て腕をがっしりと掴んで目を覗き込んでくる。

 何か鼻息が荒いのが怖い。

「昨日お主を診た時の違和感の正体はこれか! 何だこの魔法記述式は!? 今まで見たことがないぞ!?」

 早口でまくし立てるようにワイズマンは言うと、パッと我を開放して腕を組んで考え始めた。

 眉を顰め頬を吊り上げ、何やら怪しい算段をしているらしい。

「──よし決めた。お主は今日からワシの孫娘になれ」

「はぁ?」

「悪いようにはしない。その掛けられた魔法記述式の解析と交換条件じゃ。どうじゃ?」

 また考えてみるが、もうヤケクソになっていたのでどうでも良くなっていた。

「わかりました、ワイズマ──」

「じぃじと呼べ!」

 口をへの字に曲げ、いつもの不満顔で繰り返すことにする。

「わかりました、じぃじ!」

 カッカッカと笑うワイズマンに手を引かれ、我は屋敷の見える丘を後にした。

 最後に、その屋敷を目に焼き付けて──。


 ワイズマンの屋敷に行く途中で服屋に寄り、魔法使い用のローブを着せられた。メイド服を取っておきたいと懇願したが、即却下された。

 それから我は機嫌が悪い。

 口をへの字に曲げたまま屋敷に着くと、使用人たちがワイズマンと我を出迎えた。彼らは我を見て面食らい、ざわついていた。

「こやつはワシの愛人の娘の子──つまりはワシの孫娘にあたる。訳有って今日からこの屋敷で暮らすこととなった。ほれ、挨拶じゃ」

「ミリアです。よろしくお願いします」

 我は言いながら軽く会釈した。

「ミリアの身の回りの世話はシュタインとマローナの二人に任せるとしよう」

「「はっ」」

 ワイズマンが言うと、使用人の中で一番年上そうな二人が歩み出てお辞儀した。多分執事とメイド長だろう。

 挨拶が一通り済むと、我は手を引かれてワイズマンの執務室に連れていかれ、そこにあったソファーに座らされた。

 我の隣にワイズマンも座り、すぐに魔法記述式の解析が始まった。


 我の目を覗き込んでは手帳にメモを取るワイズマンの話では、この世界では魔法を発動するには「呪文型」と「魔法陣型」の二つの形態があるという。

 呪文型は魔力の集中と望む効果と範囲などの確定に呪文詠唱を用いて(ことわり)を記述して魔法を行使する魔法型、魔法陣型は制約が多く魔力操作によって空間に理を記述する設置型だがより強力な魔法を効率的に行使できる魔法型だという。

 だが、ワイズマンが言うには、我の中に眠る「魔法記述式」は呪文型と魔法陣型の中間とも言えるもので、どちらにも属すしどちらにも属さない、名付けるなら「随意型」と言えるそうだ。

 魔法記述式はすでに発動待機状態にあるが、何か強い意志をトリガーに、条件が整うと爆発的に発動するという。

「詳細はまだこれから解析するしかないがの、神の御業足り得るものじゃと思う」

 メモを取るワイズマンの手がふと止まり、眉をひそめて可哀想な小動物を見るような目で我を見てからまたメモを再開する。

「何か……?」

「いや、なんでもないんじゃ、気にせんでおくれ。ふぉふぉふぉ」

 短く笑うと、ワイズマンは手帳を閉じた。

「さて、今日は朝飯を食っとらんから、少し早いが昼飯としよう」

 ソファーから立ち上がったワイズマンは机の上にあったベルを鳴らす。

 程なくしてシュタインが部屋に入ってきて、昼飯にすると伝えられると「仰せのままに」とお辞儀して部屋を出ていった。


 ──それから一週間が過ぎるのは早かった。

 完全に解析が完了したというワイズマンだったが、このままでは力は発動しないと言った。

 我を指差し「お前のせいだ」と言い放つ。

 寝耳に水というか狐耳に水というか、全く要領を得ない。

 ソファーの上に仰向けに寝そべりながら魔法書を読みながら執事のシュタインが持ってきた菓子をついばみ紅茶を啜り、正しくニートと化していた我はふと我に返る。最初の三日くらいでメモを取るのは終わり、その後ワイズマンのそばにはいたものの我はずっと待機していたのだ。特にすることもなかったのでワイズマンの書斎にあった魔法の基礎理論について書かれた本を熟読し、低級ながら複数の魔法を会得してしまうくらい暇だったのだ。我は何も悪くない。

「今のお主は()()()()を持っていない。このままではドラゴンに捻り潰されるであろう。ぷちっとな」

「それは困る」

「ふぉっふぉっふぉ。じゃからの、気分転換に今日は少し遠出することにするかのう。ほれ、ミリアや。そんなところに寝ておらんで支度をせい。三日分くらいの着替えがあると良いじゃろうて」

「旅行!? じぃじ、たまには良いこと言うじゃん!」

 我はソファーから飛び起きて自室に向かい準備を始める。

 鼻歌混じりにこの一週間に買い与えられた服や下着、本や香水やお菓子などなどを詰めていく。

 多少雑でも良いだろうとギュウギュウに詰める。丁寧に畳むなんて素養は残念ながら前の世界に置いてきた。準備を終えてからふと思ったが、普通はこういう物は使用人がしてくれるのでは?

 ふとローブだけでは寒いだろうと思い、外套も手に取り羽織る。

 詰めすぎて鞄が持ち上がらなかったので執事のシュタインを呼ぶと、苦笑いしながら運んでくれた。

 荷物をシュタインに任せ、ワイズマンの部屋に戻ると、彼もまた準備を終えたところだった。

 片手で持ち上がる中くらいの鞄に入るだけの荷物しかない。荷物の量に違和感を覚える。

「もう準備は終わったのかの? では、参るとするか。カッカッカ!」

 心底楽しそうなワイズマンの表情に我も期待を膨らませる。

「外に馬車を待たせておるでのう。隣国の至高神教会の式典に出なければならぬのでの。すこし長い距離の移動になるかのう。腰が痛くなりそうじゃわい」

 荷物を積み終えたシュタインがちょうど迎えに来て、我らを馬車に案内してくれた。

 見る限りとても豪奢で足回りも板バネのサスペンション装備しているなどしていて、この文明レベルとしては乗り心地は良いほうだろう。

 シュタインが台を用意してドアを開けてくれたので、乗り込んでみる。

 ワイズマンの部屋のソファーには劣るものの、必要十分なレベルだ。しかし老人のワイズマンならこれで長距離移動では腰を痛めてしまうだろう。

 ワイズマンも乗り込み、シュタインがドアを閉めて御者台に乗り込みんで手綱を引いて馬に合図し、馬車を発進させる。

 パカラパカラと小気味いい蹄鉄の音を響かせ門を出て街道を進んでいく。

 流れる景色は中世を感じさせる街並みだった。レンガ作りの建物や、総大理石で作り上げられた建物さえあった。

 貴族街を抜けて商業地区に差し掛かると、石造りや木造建築が増えてくる。鎧を着た冒険者らしき者たちや馬車を引く商人、街道脇で芸を披露する大道芸人もいたりした。

 それぞれが各々の毎日を謳歌していた。

 思わず、こんな世界があるのか! と目を輝かせてしまう。

「しかと見ておくのじゃぞ。お主が守るべき世界じゃ、日常じゃ」

 これだったら、守りたいと強く願えるかも知れ──。

「──この程度では足らぬ。その身を焦がすほどの熱い想いを宿さなければ、その魔法記述式は発動せぬ。どうすればいいのかはワシも存ぜぬ。お主自身の問題じゃからな! カッカッカ」

 窓の外を眺めていた我は不快指数の高い言葉を投げつけられて、思わずワイズマンを睨んだ。

 愉快、愉快、と言わんばかりに笑っていた。

「この世界があと一週間で終わるのならばそれもまた運命じゃ! 至高神様とて絶対神ではなかったということになろうぞ」

「最高司祭様がそう言ってて良いの?」

「ワシとて御神託が無ければただの糞ジジイじゃて。ふぉっふぉっふぉ──」

 まるでその笑い声が合図であったかのように、街道を直進して街を出ていくだろうと思った馬車が交差点を曲がって街中へ戻っていく。

 首を傾げて外の風景を見ていると、来た方向へと戻っては来てないようだが、風景が高級なものへと移り変わっていく。別の貴族街に差し掛かったようだ。

 見たことのある風景になってきて、サーッと血の気が引いていく。

「じぃじ、この馬車はどこへ向かってる?」

()()()()隣国の首都ノーズワースなのは変わっておらん。じゃが、()()()()()()()()の屋敷を経由する。やつの野暮用があるのでな」

 ハウゼンベルクの名前に身体が震える。

「じゃあ、我は馬車で待っていれば……」

「貴族の嗜みじゃ、()()()()()せんとな。()()()()()()()()()よ?」

 ワイズマンのどす黒い笑みがこちらに向けられていた。

 ──嵌められた!

 気が付いた時にはもう遅かった。

 馬車は門を潜り、整然と整備された庭を通り、正面玄関へと向かっていた。

「じぃじ! これはどういうこと?!」

 悲鳴混じりな声を上げ、我はワイズマンに問う。

「ワシは善良なる至高神の使途じゃぞ。御神託通りにお主をあの屋敷に送り込む段取りを整えるに決まっておろう?」

 このジジイを信じた我が馬鹿だった。まさかの不意打ちに心の準備が全くできていない。どんな顔をして旦那様と坊ちゃまに合えば良いのだ!

「降りる~!! 降ろしてぇ~!!!!」

 我は慌てて馬車のドアガチャをする。

「良いのか? ここはハウゼンベルク家のど真ん中じゃぞ?」

「やっぱり降ろさないで~!!!!」

 外套を深く被り小さくなる。消えてしまえるなら今すぐ消えてしまいたい!

 そうこうしているうちに馬車が正面玄関前に止まる。窓から、我を締め出した()()()が見える。

 ──こうなったらだんまりを決め込むしかない。声でも多分バレてしまう。

 視界の隅に執事セバスの顔が見えたので慌てて外套を更に深く被り、護送中の容疑者状態になって蹲る。

 この外套の中だけが今の我の世界のすべてである!

 馬車のドアが開く音がした。

「ルーベイン卿殿、お待ちしておりました」

 セバスの声が聞こえる。

「おお、セバス。今日もいい天気じゃのう。連絡していたこやつがワシの孫じゃ。極度の人見知りじゃが、留守の間の一週間を頼むぞ?」

「は。承知いたしております。誠心誠意おもてなしさせて頂きたく思います」

 ──『一週間』という言葉に身体がビクッと反応する。まったく聞いていない。これから最後の一週間をハウゼンベルクの家で過ごすなんて何かの間違いだ!

 馬車が揺れ、ワイズマンが馬車を降りようとしたついでに我が被っている外套を引っ張っていく。

 丈の長めの外套だったが、そんなに引っ張っちゃダメえ! 中身(尻尾)が見えちゃう!!!!

 外套に合わせて移動するしかなくなり、ワイズマンと一緒に馬車を降りてしまう。

「これこれ、あまり引っ付くでないぞ。カッカッカ」

 楽しそうな笑い声が聞こえてくる。

 ワイズマンのローブに必死にしがみ付き、これ以上外套を脱がされないように力を込める。

「ははは。本当に人見知りなのですね」

 人の気持ちも知らず、セバスも笑う。

「さあ、こちらへどうぞ、ルーベイン卿殿」

 歩き出すワイズマンに引き摺られるように我は旦那様と坊ちゃまが待つ処刑台へと一歩一歩着実に歩みを進めることになる。

 きっと鏡で今の我の顔を見たら面白いことになっているだろう。散歩の終わりを知って帰りたくないと駄々をこねる犬のような顔をしていることだろう。

 視界が遮られたまま黙々と引き摺られ、遂に旦那様の執務室の前まで連れて来られた。

 胸が張り裂けそうに高鳴る中、セバスのノックが聞こえてくる。

「ルーベイン卿殿をお連れ致しました」

「入りなさい」

 セバスが返事を待ってからドアを開けると、ワイズマンが中へ入っていく。我も引き摺られながら続く。

「ガーフェルドよ、すまぬのう。ワシの我儘聞いてもらってのう」

「まあ、同い年の近い息子もいることですし、問題ないでしょう」

「カッカッカ」

 我はワイズマンの陰に隠れ生まれたての小鹿のごとく震えた。

「──坊ちゃまをお連れしました」

 ──ドクンと胸が高鳴り、鼓動が早まる。

 深く被った外套の向こう側に坊ちゃまがいる!

 なんの覚悟も決まっていないのに!

「おお、ウィル坊よ。こやつがワシの孫じゃ。極度の人見知りでのう。じゃが、顔を見せぬ訳にもいくまいて」

 外套が強く引っ張られた。

「ええい、往生際が悪いぞ!」

 外套が更に強く引っ張られて、すぽーんと勢いよく脱げた。

 慌てて狐耳と尻尾を手で隠すように抑えてその場に蹲る。

「「えっ」」

 部屋の空気が凍る。

「ミリィ……?!」

 坊ちゃまの声が聞こえたが蹲って小さくなったまま顔を上げることができない。

 向けることのできる顔がない。

 足音が近づいてきて、坊ちゃまが視界に入った。足元しか見えていないが、小柄な体躯は坊ちゃま以外にあり得ない。

「ミリィ、ごめんなさい」

 坊ちゃまは言いながら深々と頭を下げた。

 床にぽつぽつと水滴が垂れているのが見え、思わず見上げてしまう。

「ミリィの気持ちも考えない独り善がりの男なんて嫌だよね? ミリィへの気持ちは胸の奥にしまって、セレナ王女と婚約することにするよ。父上に言われていた通りに」

 坊ちゃまは口をへの字に曲げ、目を強く閉じ、心底悔しそうな顔をしていた。胸がチクリと痛む。

 そのヘンテコな顔を見て思わず吹き出してしまう。

「あ、ミリィってば酷い! 笑うことないだろ!」

 思わず貰い泣きして涙が頬を伝う。

「坊ちゃまの変顔が面白くて、笑い過ぎて涙が出てきました」

 溢れてきた涙を手で拭ってしまう。

 見兼ねた坊ちゃまがハンカチを取り出して差し出してくる。

「拭いてくれないんですか!」

 我はぷんすこ怒りながら思わず立ち上がり、口をへの字に曲げた不満顔を坊ちゃまに向け、差し出されたハンカチを左手で受け取ろうとして──手をがっしりと押さえられた。

 坊ちゃまは左手の薬指に嵌ったままになっている指輪を見て、目を丸くして驚いていた。

「これは返してなんてやらねーです! 王女様と婚約でも結婚でもなんでもしやがれです!」

 慌てて指輪を守りながら手を振りほどいてハンカチをひったくり、涙を拭くついでに鼻もかんでやる。

 そのまま返そうとしたら断られた。

「ハンカチじゃなくて指輪返して」

「嫌」

「返して」

「や」

「指輪」

「ヤダ!」

 坊ちゃまは頭をぽりぽり搔きながら困ったような顔で我を見た。

「指輪」

「ヤー!」

「返して」

「ヤーダー!」

「婚約指輪」

「イーヤー!」

「婚約して」

「イーっ……!?」

 思わず坊ちゃまの顔を見て赤くなってしまう。

 坊ちゃまは姿勢を正すと床に片膝をついて姿勢を低くして我の目を真っ直ぐに見つめた。

「私、ウィリアム・ハウゼンベルクはミリア・ルーベインをお慕いしています。どうか、私めと将来の契りを結んでは頂けないでしょうか!」

「……はい」

 返事をすると、ウィルは私の左手に手を添えて薬指の指輪に軽い口付けをした。

 しばらくその後沈黙が続く。

 片膝を床についたまま、彼は何かを待った。

(ほれ、お主も指輪に口付けせい)

 ワイズマンが教えてくれたので慌てて真似をする。ウィルの左手にもぶん投げたはずの指輪が嵌っていて、我もウィルの左手にも手を添えて薬指の指輪に口付けした。

 それから一呼吸置いてウィルが立ち上がり、我の腰に手をまわして抱き寄せてくれた。

 その様子を見たお義父様は何やら頭を抱えたが、我らの幸せそうな姿を見て祝福してくれた。

 自分の中で何かが動き始めた気がした。

 

まだ『このお寿司賢者が入ってないやん』状態ですが、もう少々お待ちください。


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