第9話 小さな主とロリ狐ン
父上から専属メイドを付けることにしたと言われて、ガッツポーズを決めた。
決して、エロいことなんて考えてはいない。神に誓ってもいい。
明日の午後には到着するとのことなので、それまで妄想を膨らませておこうそうしよう。
メイドというのだから、年老いた老婆が来るなんてことはないだろう。
少し年上のお姉さんだったらどうしよう。きっと辛抱たまらん。
年下だったら──今10歳なのだから、これより下ってヤバくないか。でもでも、自分の好みに調き──もとい教育するのもありだとは思う。
にへらと笑ったところで勉強を教えてもらっている家庭教師に鼻の下が伸びきって集中できていないことを指摘された。
「ウィル坊ちゃま、勉強に集中してください」
「スケイス先生、ごめんなさい。ちょっと昨日お父様から言われたことを思い出していました」
「と言いますと?」
「専属メイドが付くことになったのです!」
胸を張ってムフーっと鼻息を漏らす。良いだろー! 坊ちゃま特権だ!
「はあ。セクハラすることばかり考えておいでですね? 顔を見るだけでわかります」
「し、失礼な! ハウゼンベルク家次期頭首の僕に向かってなんてことを⁉」
「はいはい」
5歳から勉強面での家庭教師をしてもらって長い付き合いのケイス先生は僕の考えていることはお見通しだ。
「じゃあ、集中力も切れたところですし、一旦休憩と致しましょう。お次は経済学にしましょうか」
「うげー!」
勉強の中で一番嫌いなのが経済学だ。貴族の嗜みだというのだが小難しい話ばかりでいつも要領を得ない。
休憩とのことなのでグイーっと手を頭上に伸ばし、そのままパタリと机に顔をどうにもあれだけは苦手だ。
「先生トイレっ!」
ふと尿意を感じたので椅子から飛び降り、自室を出てトイレへ向かって歩き出す。
屋敷が広いのは良いのだが、トイレまで遠いのが少し嫌いだったりする。
さらにはトイレに行くために長い廊下を通り父上の部屋の前を横切るしかない。
鼻歌交じりに廊下を進んで角を曲がると、何やら怪しげな一団が執事のセバス爺に案内されてお父様の部屋に入っていくのが見えた。
片目に傷を負っていたり、腰に曲刀を装備していたり、筋肉ダルマだったり、ガリガリだが目付きが悪かったりする荒くれ者たちだった。見た限りではとても屋敷に招き入れられるような人相をしていなかった。
だがふと気になったのが一つだけあった。筋肉ダルマが麻袋に入った何かを担いでいたのだ。
なんかこう、サイズ的に少女が一人くらい入ってそうな感じだ。
ドアは閉じられてしまったが、静かにドアノブを回して僅かに開けて中を覗き見る。
麻袋は部屋の中央に用意された椅子の上に置かれ、口を縛っていた紐が解かれると、先端が黒くなったもふもふ三角錘が現れ、続いて金色に輝くきつね色のショートヘアが顔を覗かせた。
斜め後ろから見ているような状態なので顔は見えない。
続いて筋肉ダルマとガリガリが袋の口をずり下げていき、中の人の肩が出たくらいで脇に手を突っ込んで持ち上げた。
するりと流れ落ちる麻袋から、もふんと言わんばかりに先端が白くなったももふもふのツートンカラーの尻尾が現れた。
胸の膨らみは全然ないが腰の曲線やお尻を見る限り女の子だろう。肌着姿なのはどうしてなのかわからないがすごく背徳的だ。
父上は女の子を耳の先から尻尾の先まで一瞥すると、懐から財布を取り出して片目に傷を負った男と交渉を始めた。
──ところでこの少女はなんだろう?
メイドは明日来ることになっていたし、もしかして、父上ってば母上が亡くなってしばらくご無沙汰してるからって性奴隷を購入⁉ 奴隷制度があることは知っていたけど、まさか父上があんな趣味だなんて。
考えていると、少女の代金を受け取った荒くれ者たちがドアに向かって歩き始めたので慌ててその場を後にした。
当然ながら休憩後の経済学なんてまともに頭に入るわけもなく。
鉛筆の尻を鼻の頭に当てながらあの狐娘のことを考えていたので授業なんて上の空だ。スケイス先生は何度もため息をついていた。
授業が終わってスケイス先生が帰った後、僕はベッドの上に身体を投げ出して天井を眺めていた。
先ほどの狐娘の顔を見れなったのが悔やまれる。
──と、廊下に人の気配がして、話し声がする。
つい先日から、しばらく使われていなかった部屋の片付けと掃除が行われて、ベッドが搬入された。
明日からと聞いていたメイドさんが来る日程が早まったのだろうか。
メイド長と会話している幼い感じを受ける声がする。
ドアが開く音がして、声が隣の部屋の中へ入っていく。
壁に張り付いて聞き耳するが、よく聞こえない。
メイド長が『その服に着替えて部屋で待っててちょうだい』と言い残し、部屋を出てドアが閉まる音がした。
着替え、と聞いてムフーっと鼻息を漏らす。
隣の部屋で女の子が着替えようとしているのだ、覗かないほうが失礼だろう!
静かに自室を出て、隣の部屋のドアの前に行き鍵穴を覗き込む。
昔は倉庫として使われていた部屋で、鍵こそ付いているが貫通式の穴を使った簡単な物であり中が覗ける構造であったことは事前調査済みだ。まさか本当にこの部屋に来るとは思っていなかったが。
少女はこちらに背を向け、ぼろっちい肌着を脱ぎ捨てて全裸になったようだが、神懸った逆光や垂れ下がる尻尾などで大事なところは見れていない。
まるで慣れた手付きで下着と肌着を着てメイド服を着てベッドに腰掛けて、ニーソックスを履こうとしたところでぴたりと動きが止まった。
逆光で顔はよく見えないのだが、「うわぁ……」と言いたげな半目がこちらを向いている気がした。
お邪魔にならないように静かに退散し、自室に逃げ込む。
そして夕食時間が終わり部屋に退散しようとしたところで、父上に付いてくるように引き留められた。
父上はメイド長に耳打ちしてから執務室兼父上の自室に行き、僕に待つように言った。
しばらく待っていると、部屋をノックする音がして、メイド長に連れられた一人の少女が入ってきた。
昼間に覗き見た狐娘だった。
正面から見た顔はまだ幼く、僕より年下か同い年に見えた。なぜだか赤い瞳が少々目潤んでいる気がするが気のせいだろう。
「ウィリアムよ、今日からお前の専属メイドとなる──ミリアだ」
父上に紹介された狐娘の少女ミリアは、僕の目の前に来ると仰々しくお辞儀してそのまま膝を突いた。
「ウィリアムお坊ちゃま、我はこれからこの屋敷でお世話になるミリアです。気軽にミリィとお呼びつけ下さい」
顔から感じる幼さに反してハキハキとする物言いで背筋もピンと伸びていて、見た目よりも年齢を感じさせる気がした。
すくっと立ち上がると彼女はその場で踊るように一回転してみせた。もふもふの狐耳や尻尾が動きに合わせて揺れた。メイド服と狐耳尻尾という属性てんこ盛りな上に顔立ちも整っているので、その手の人が見たらイチコロだろう。多分、自分自身が可愛いことをわかってやっている。
「僕のことも気軽にウィルと呼んでくれていいよ」
「わかりました、ウィル坊ちゃま。明日から本格的にご一緒させて頂きます。本日からウィル坊ちゃまの部屋のお隣で生活致しますので、なんなりとお申し付け下さい」
そう言うとミリアはもう一度お辞儀をして、メイド長に連れられて部屋を出て行った。
「──ウィル。覗いたりしていないだろうな? まあわかっていると思うが手を出すなよ?」
父上は僕に釘を刺した。
「はははははははは。父上、ご冗談を!」
僕は引き攣った笑顔で父に答えた。
今日一日の出来事を日課である日記に書き終え、ベッドに身体を投げ出す。
いつもだったらすぐに睡魔が襲ってくるのだが、今日は興奮しているのか眠れそうにない。
不意に隣の部屋のドアが開閉する音がして、小さな足音が遠ざかっていくのが聞こえた。たぶんミリアがトイレに行ったのだろう。
窓から見える満天の星空を眺めながら、右に左に寝返りをうち、それでも眠れなくて羊を数え始める。
羊が一匹、羊が二匹、と数えているうちに気が付くと狐を数えていた。
明日からのミリアとの生活を妄想して悶々としていたのだ。
──ガチャリと部屋のドアが開く音がして、寝ぼけ眼のミリアが部屋に入ってきた。
足元も覚束ない様子で眠そうに欠伸したり目を擦ったりしながら僕が寝ているベッドに向かってくる。
静かにベッドが軋み、まるでそこが自分の居場所だと言わんばかりに、横向きに寝ていた僕にフィットするように同じ方向を向いて横になり、完全に脱力して背中を預けてくる。
左手がミリアの腕枕として下敷きになり、寝返りを封じられた。
ミリアのもふもふ狐耳が鼻先を掠めてくすぐったい。起こそうとも思ったけれど、何やら幸せそうな寝顔を見て思い止まった。起こそうと伸ばした片手が行き場を失い──もふもふ尻尾へ直行する。
ビクンと体が震えた反応が腕枕にされている腕にダイレクトに伝わってくる。
脱力していたはずのミリアの全身に力が入っている気がする。目が覚めたのだろうか。
顔を覗き込むと、半目で虚無顔になっているミリアがいた。わずかに上気した息遣いが聞こえてくる。
ミリアとは今日出会ったばかりのはずなのに、なぜか懐かしさが込み上げてくる気がした。
理解できない胸の底から込み上げる何かが溢れてきて、一筋だけ涙が伝った。なんで泣いているのかはわからないし、それ以上涙は出なかった。
尻尾を弄るのをやめて涙の原因を考えていると、ミリアが体の向きを反転させた。
怒られるかもと思ったが、そうでもないらしい。
半目の虚無顔はそのままと思ったが、涙が伝っていた。
「……坊ちゃま、今日のことは内緒にして頂けますか……?」
寝床に潜り込んできたことを? それともこれから何かするのか⁉ と相変わらずのエロガキ思考が加速する──が。
ミリアの手が僕の目を覆い、続いて唇にほんの一瞬だけ柔らかい感触があった。
すぐにミリアは体を動かし、何かもぞもぞと動いていたが、しばらくして心地よい寝方を見付けたのか動かなくなった。
もふもふの狐耳が僕の胸に押し当てられ、まるで心臓の鼓動を確かめているようだった。
ミリアはグズグズと泣いている気がしたが、掛けるべき言葉も無く見つからず、そのまま夜が更けていった。