第八話 逃走
今年ももうすぐ終わりですね。寒い。
一週間。俺は出来ることをやった。師匠から教えられた全てを、死ぬ気で頑張った。
勿論女には悟られない様にだが、監視カメラ体制はどうやら適当な様で、多少変な事をしてもバレはしなかった。
(驚いたよ、黒部君にそこ迄の力が眠っていたとはね)
師匠と呼ばれる男は、そう呟く。
(師匠のお陰だ。一週間…師匠の情報が無ければ俺は無意味に過ごしていたし、変な洗脳にも掛けられていた)
女性が男よりも優れていると言う話を魔法機で1週間聞かされ続ければ気も狂う。
それとあの魔法機に洗脳の魔法が掛けられていると師匠は推測していた。
師匠から教わった " 瞑想 " で 、一日目のそれを乗り切れば 後は洗脳に掛かったフリをするだけ。
これは死ぬ程嫌だったが、掛かったフリをしないと計画は破綻する。だから、女性は尊いものだとこの一週間言い続けてきた。
ホント、何度吐きそうになった事やら。
(しかし、まだ顕現させたばかりの力だ。上手く扱える保証は無いし、恐らくまだまだ勝てる見込みはない)
(いいや、充分だよ。 俺の友人と師匠を逃がして俺も逃げれば良いだけだからな)
(俺をか? ふふ、そんな気遣いは不要だ。俺は黒部君が起こすその計画に便乗して抜け出すからな)
(え、でも…!)
(案ずるな。俺は5年も居るんだ。それにここの構造にも詳しいし、力の使い方も分かる。だから大丈夫だ。頑張りたまえよ)
師匠の言葉を信じ、ゆっくりと深呼吸する。
これでやっとスタート地点だ。審判の間で暴れて、取り敢えず此処を出る。
それからの事は、後でいい。
かつかつ 、と 足音が近付いてくる。審判の時が迫る中、黒部は驚く程に冷静だった。
「クロベアツユキ、出ろ。審判の時間だ」
そう告げられれば、手足に枷を付けられガラスの檻から出され 長い廊下を歩く。
「アレンは」
「先に連れて行っている。後、私達の誰かが許可するまで勝手に話すな。お前達は私達の奴隷であり、尽くすべき尊い存在なのだからな 」
「はい」
本当に気持ち悪い。逆に何でそこまで心酔と言うか、自分達という存在を敬えるのか。
いや、そんな事を言っても仕方ない。こいつらはそういう教育を幼少の時から受けてるんだ。
これが普通だと思っていて当たり前なんだろう。問題は、これを常識にした奴だ。
審判の間では王女も顔を合わせると聞いている。
ならそこで確かめよう。一体どんな奴が俺達男を迫害し、差別の対象にしているのか。あわよくば理由まで聞きたい所だが、そんな時間は無さそうだな。
「着いたぞ」
これまた手の込んだ彫刻だ事で。無駄に扉がデカくてデザインが凝ってるのはこの世界の女の習性なのか?
大きな石製の扉は、ゴゴゴ …と音を立て開かれた。
黒部に緊張が走る。少し早くなる鼓動をゆっくりとした呼吸で整えながら枷を引っ張る女に付いていく。
先に着いていたアレンは、今にも倒れそうな程やつれた顔をし 審判の時を待っていた。
「アレン、大丈夫か」
審判台に立たされ、隣合う二人。黒部は前を向いたまま、腹話術の様な形で小さくアレンに問い掛ける。
アレンは何とか自我を保っている様子で、ほんの小さく頷き合図を送る。
「これより審判を開始する。罪人の名は、アレン クルス。クロベアツユキ。アレンクルスはアツユキクロベを連行する際にギルドの女性に手を上げた罪。クロベアツユキは化ける者だと言う事が判明した。それと、捕縛された際に抵抗しようとした為、アレンクルス同様に罪がある 」
化ける者と聞いた周りの女達はざわついた。
いきなりしょっぴかれて抵抗するなって方が無理があるだろう。
この様子じゃ多分有罪は免れられないだろうな。さて、どう暴れようか。
審判の理由を聞き流しながら、黒部は今まで来た道を思い出し逃げる為の最短ルートを考えていた。
「では、判決をヴィナスターク7代目女王 グラキエス・ヴィナスターク様から宣告して頂く」
黒部とアレンの斜め上には女王専用の椅子があり、そこへ女王は立ち 二人を見下ろす。
美しい。
二人の頭に最初浮かんだのは、この言葉だった。
白銀の長髪を背中まで伸ばし、二人を見下ろす碧色の瞳は全てを見透かす様だ。
だが、驚く程に目の中は濁り無機質に見える。
距離は離れているが、その美しさと威厳だけは理解出来た。纏う雰囲気が周りと全然違う。凍てつく様な雰囲気を漂わせ、心做しか温度が低くなり鳥肌が立つ。
驕っていた訳じゃないが、今は勝てる気がしない。逃げる選択肢がある頭をしていて良かった。
グラキエスは静かに口を開き判決を述べる。
「アレンクルスは種馬。クロベアツユキは種を今日で全て回収した後に死刑」
は ?
馬鹿げた判決に思わず声を出しそうになる黒部。
何で俺だけ死刑なんだよ!いや、アレンは殺されないならいいけどそういう事じゃない。
やはり師匠の言う通り、化ける者は女王にとっても都合の悪い生き物なんだ。
「罪人。なにか最後に言い残すことはあるか」
審判の言葉にアレンは言葉を返す気力も残っておらず、ただ首を横に振る事しか出来ない。その代わりに黒部が言葉を発する。
「俺は、ここに来て女性がとても尊いものだと知りました。俺達男は、女性に尽くす為に産まれて来たのだと」
俺を連行した女は、得意げに首を縦に振り私が洗脳したのだと言わんばかりに胸を張っている。
「だから、一つ言わせて頂きたい。…こんな世界はクソだと」
そう宣言した途端、周りの誰もが驚きの表情を浮かべた。
当たり前だ。審判に掛けられている者が洗脳も受けておらず女性に反抗の意を示したのだから。
そう、この時を待っていた。
全員が取り乱し、反応が遅れるこの瞬間。
「はぁッッッ!!!!」
黒部は手枷足枷を引きちぎりアレンを真上に投げると、審判台に拳を振り下ろした。
拳が地面に触れた瞬間、地面は弾け飛び周りに粉塵が巻き上がり 空中に投げたアレンをキャッチすると
「さぁ、逃げるぞ!!」
そうアレンに告げて審判の間から走り去っていく。
アレンは何が起こったか全く理解出来ていないが、今は思考する力も無さそうに黒部の胸の中で抱かれる事しか出来ないでいた。
「さぁ、第一フェーズは成功した。第二フェーズは…」
王宮内で警報が鳴り響き、警備兵が先回りし黒部達を迎え撃とうと道を阻んでいる。
「女を蹴散らして外に出る!」
黒部は足を振り上げかかと落としを地面に向けて放つと、そのとんでもない威力に地面は壁の様に隆起する。
それを回し蹴りで女に向かい破壊すれば、粉々になった石の破片が銃弾の様に女を襲い防御で手一杯となる。
それを見計らって黒部は飛び上がり、横の壁を蹴って警備を掻い潜った。
俺の固有能力は、どうやら身体を強化するものらしい。能力の名を理解すると格段に性能は上がるらしいが、文字化けして読めない以上はこれが限界みたいだ。
常人とは思えない速度で廊下を駆け抜ける中、出口の光が見えてくる。
いける…ッ!
そう思った刹那
「雷光一閃」
黒部の横っ腹が、斬り割かれた。
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