第25話 揉め事
ベットの中に倒れこむようにシュゼリアは寝そべっていた。
先ほど見た光景が頭にこびりついて離れなかった。
ロンが自分以外の女性を抱きしめたり、頭を撫でたりしているのを見るのが、こんなにも傷つくなんてシュゼリアは思っても見なかった。
何故こんなに傷つくのだろうかと考えて、ロンと以前あの庭で話したことが頭に浮かんだ。
「恋をするのは良いことばかりなのだな。」
「…良いことばかりじゃない。」
「そうなのか?」
「ああ。恋をすると幸せな感情と苦しい感情が常に隣り合わせだ。」
「苦しい感情?」
「ああ、俺以外の名前を呼ばないでほしい。俺以外と親しくしないでほしい。ずっと俺だけを好きでいてほしい。それが叶わないと、嫉妬して胸が痛くなる。」
「胸が痛く…。分からないのだ。」
シュゼリアはあの時胸が痛くなるのが全くわからなかった。
しかし、今とてつもなく胸が痛いと感じた。
これがロンが言っていた嫉妬なんだとしたら、シュゼリアはロンに恋をしているということになる。
「私は、ロン殿に恋をしていたのか!ロン殿のことが好きだったのか!」
シュゼリアは布団に押し付けていた頭をガバリと起き上がらせて、叫んだ。
口に出してみると、しっくりきて、自分がロンのことが好きなんだと分かった。
ロンのことが好きだと認めると、途端にロンに会いたくなったし、先ほどどうしてロンはシュゼリアを追いかけてくれなかったのか、何故シュゼリアには会う時間を作ってくれなかったのに、他の女性と会っていたのかと考えて酷く落ち込んだ。
それと同時に先ほどのリリーと呼ばれた女性が言っていたことが気になってきた。
「私は龍族の国で歓迎されてないのかもしれないな。」
シュゼリアが会っていたリハやアモンは優しかったが、他の龍族には嫌われているのかもしれないと今更気がついた。
そもそも魔族の国だって、婚姻は魔族同士でしか基本的にしない。
人間や龍族と結婚する魔族もたまにいるが、あまりいい目で見られていないようにシュゼリアはなんとなく感じていた。
「私はここにいるとロン殿に迷惑をかけるのだろうか?」
シュゼリアは暫く悩んでいたが、普段使わない頭を使ったせいか、そのままベットで眠ってしまった。
朝になり、シュゼリアは起き上がると、ナルニアが入ってきて、朝食の準備をはじめた。
いつもなら、すぐに食べ終えると、リハが来るのを待つだけだが、今日はナルニアが準備しながら、シュゼリアに話しかけてきた。
「番様、本日リハ様は体調不良により、これないそうです。ですので、今日は自由にお過ごしくださいとの陛下からのお達しです。」
シュゼリアはナルニアの言葉に、リハが大丈夫か心配になったが、そのあとの陛下の言葉に引っ掛かりを覚えた。
「ロン殿は今日も来れないのか?」
「申し訳ありませんが、陛下がこれるかどうかは伺っていません。確認いたしましょうか?」
「あ、いや、大丈夫だ。」
シュゼリアは慌てて訂正した。
シュゼリアが会えるか聞いたら、なんとなくロンは会いにきてくれる気がした。
でもロンは忙しいので、迷惑だろうと思った。
朝食を食べ終わると、特にやることもなくなったので、シュゼリアは本を読んでいたが、それだけでは時間が潰せそうになかったので、あまり気は進まなかったが、庭に行くことにした。
庭につくと、また女性やロンの会ったら落ち込む気がしたので、そわそわと周りを見渡したが、誰の気配もなくて安心した。
昨日も庭は眺めたので、とくに見たいところもなく、なんとなく椅子に座ってぼんやりとしていた。
すると、どこから現れたのか、侍女らしき服を着た女性が、お茶を机の上に置いた。
「お茶をどうぞ。」
シュゼリアは突然現れた気配に驚いたが、お礼を言おうと、侍女の顔を見て固まった。
服装こそナルニアと同じ侍女の服を着ていたが、昨日ロンと抱き合っていた女性だったからだ。
よくよく思い出してみれば、最初に庭に来た時もお茶を出してくれた女性はこの女性だった気がしてきた。
「あ、ありがとなのだ。」
シュゼリアはなるべく目線を合わせないようにお礼を言った。
お茶を出されてしまったので、飲まずに去るのは失礼だと思い、一気飲みしてすぐに部屋に帰ろうと思った。
しかし、リリーはもう1つお茶を机の上に置くと、シュゼリアの向かいの席に腰をかけた。
「初めまして。私は、リリーと言います。シュゼリア様とは、昨日お会いしましたよね?」
「う、うぬ。」
シュゼリアはリリーの行動に驚いて、目線を彷徨わせながら小さな声で返事をするのがやっとだった。
「単刀直入に言います、ロン様のためにシュゼリア様は、この国を出て行ってもらえませんか?」
「な、わ、私がこの国にいると、何か問題があるのか?」
「ロン様がシュゼリア様を妃にしそうですので、問題です。」
「私がロン殿の妃だと問題なのか?」
リリーはシュゼリアを睨みつけた。
「大問題です。あなたは魔王で、ロン様は龍王様です。魔族の国でどう思われるのかは分かりませんが、龍の国ではそもそも他国の人間はあまり歓迎されません。」
「な、何故なのだ?」
「人間や魔族は龍族と違い、強欲で、自分の欲求に忠実だからです。」
「そ、それは、性格によるのではないか?」
「いいえ!!私が今まで見てきた者たちは全員そうでした。」
「今まで見てきた者だけであろう?龍族にだって、強欲でワガママな者はいるであろう?」
「龍族には絶対にいません!!!」
リリーはイラついた様子で机を叩いた。
「とにかく、王であるロン様の子供を産むのは龍族でないとダメなのです。龍王の血がこのままいくと滅びてしまうかもしれないのです。なので、ロン様のために今すぐ出て行ってください。」
「…ロン殿のためとリリー殿は言うが、それは本当にロン殿のためなのか?リリー殿が勝手に考えているロン殿のためではないのか?」
「勝手ですって??」
リリーは怒ったように立ち上がって、シュゼリアを見下ろした。
普段ならシュゼリアはそんな態度を取られたら怯えて泣くが、何故だかリリーを怖いとは思わなかった。
シュゼリアは冷静な顔でリリーを見上げた。
リリーはそんなシュゼリアの様子に余計に腹を立てた顔をして、シュゼリアをどうにか傷つけてやりたいと思った。
リリーは咄嗟にシュゼリアが首にかけていたネックレスを掴んだ。
ロンに頼んで買ってもらった物なことは想像がついたので、壊してやりたいと感じたのだ。
シュゼリアは、リリーが思いっきりネックレスを引っ張っているのに気がつき叫んだ。
「何をするのだ!!やめるのだ!!」
シュゼリアは必死に抵抗したが、リリーの引っ張る力の方が強かったようでネックレスのチェーンはちぎれた。
リリーは勝ち誇ったようにチェーンのちぎれたネックレスを床に落として、踏みつけた。
「ひ、酷いのだ!なんて事をするのだ!」
「ふん!どうせロン様にワガママを言って買ってもらった物なんでしょう?1つくらい壊れたって大した事無いんでしょう?また買ってもらえばいいじゃない?」
リリーはそういうと、ネックレスを踏みつける足に力を込めたため、ネックレスのペンダントトップがぴしりと音を立ててヒビが入った。
シュゼリアはペンダントトップにヒビが入ったのを見て、頭に血が上った。
気がついたら、真っ黒な瞳を真っ赤に染め上げていた。
シュゼリアが、我に返った時には、リリーは全身傷だらけになっていて、シュゼリアを見て酷く怯えていた。
「あ、私…。」
シュゼリアはリリーに回復魔法をかけようと近づいたが、リリーが大声で叫んだ。
「イヤーー!!!こないで!!殺される!」
リリーの叫び声に城の者たちが何人か集まってきて、リリーの大怪我に気がついた者たちが慌ててリリーの手当てをしていた。
シュゼリアかその光景を呆然と見ていると、野次馬がたくさん集まってきて、シュゼリアを見てヒソヒソ話し出した。
「やっぱり、魔族は野蛮だわ。」
「魔族どころか、魔族の王だろう?野蛮に決まってるよな。」
「こんな奴が陛下の番だなんて、国の未来はもう終わったかもな。」
「陛下の番が現れなければよかったのにな。そしたら、リリー様と陛下は問題なくが結婚されたのにな。」
「ああ。リリー様が陛下の妃になってくれたらどんなにいいか…。」
シュゼリアは呆然と野次馬の話を聞きながらリリーを見ていた。
リリーも野次馬たちの声が聞こえたのか、手当てしてもらいながら、口角が上がっているのが見えた。
シュゼリアはリリーの様子を見て、何か言おうと口を開きかけたその時、シュゼリアの背後から声がかかった。
「何事だ?」
その声は紛れもなくロンでシュゼリアは振り向かなくてもわかった。
シュゼリアが口を開く前に、少し回復したらしいリリーが大声をあげた。
「陛下、シュゼリア様に攻撃されました。やはり、魔族は野蛮ですわ。とても怖かったです。」
リリーはそう言うと目に涙をためて泣きだした。
その場にいた他の龍族たちは、リリーに同情の目を向けて、シュゼリアを睨みつけていた。
しかし、ロンだけはシュゼリアを睨みつけることはしなかった。
抑揚のない声をシュゼリアにかけた。
「事実か?」
シュゼリアはロンの声に静かに頷いた。
「何故そのような事をした?」
「…ロン殿にもらったネックレスを壊されて、頭にきて気がついたら傷つけていた。」
ロンはシュゼリアの返答にリリーの足元に転がっていたネックレスに目を向けた。
リリーはロンの反応に焦った表情をして叫んだ。
「わ、わざとではありませんわ!少し貸して欲しいと言っただけではありませんか。」
「そんなこと言っていなかったぞ。ロン殿のために私に出て行って欲しいといったであろう?それは、本当にロン殿のためなのかと聞いたら、怒ってネックレスをちぎったのではないか。」
「な、私は、その、あの…。」
リリーは視線を彷徨わせた。
シュゼリアが冷静に先ほどあった事を告げたので、弁解の余地がなくなったのだ。
「だが、今の周りの反応を見ていてよくわかった。私はやはりこの国に歓迎されていなかったのだな。この国に私がいるとロン殿の王としての資質に関わりそうだな。わかった出て行く。今までお世話になったのだ。」
シュゼリアはロンに頭を下げると、歩み始めた。
ロンは眉間に皺を寄せて何かを考えているようだが、特に何も言わなかった。
ロンの横を通りすぎると、シュゼリアはもう一度リリーの方を見て叫んだ。
「リリー殿、怪我をさせてすまなかったのだ。お主の魔族に対する偏見をなくすきっかけになりたかったが、どうやら私では無理そうなのだ。だが、魔族にもいい奴は多分いるぞ。…怖い奴が多いのは確かだがな。」
シュゼリアはそう声をかけると庭から出て行った。
庭に人が集まっていたせいか、庭の外には誰も人がいなかった。
シュゼリアはすぐに目的の転移魔法が使える部屋まで来た。
門番の2人はシュゼリアを見ると何も言わずにその場からどいて、ドアを開けた。
シュゼリアは部屋の中に入り、転移魔法を使って魔王城まで帰った。




