第19話 庭
城の廊下は、シュゼリアが住んでいた魔王城とは違い、清潔で美しかった。
白く上品な金色の模様が描かれた床と壁が長く続いていて、天井には明るく上品なライトが金色に廊下を照らしていた。
眩しくはなかったが、程よく明るくて足元のみやすい廊下だった。
魔王城の廊下も埃や汚れなどはなかったが、魔王の城の雰囲気を出すためにわざとくすんだ色合いの廊下に、床が見えにくいろうそくしか明かりはなかったので、シュゼリアはあまり好きではなかった。
シュゼリアの部屋以外はどの部屋もそんな感じだったので、自分の部屋だけは明るい雰囲気を出したいと思い、ピンク一色のファンシーな部屋にしていた。
グレンデール宰相もシュゼリアの部屋にまでは入ってこなかったが、中を見られることがあれば全てシュゼリアの持ち物は捨てられていただろう。
いや、もうすでに暫く部屋を開けているので捨てられているかもしれない。
そんなことをシュゼリアは考えていたが、ロンのシュゼリアを握る手に力がこもり、シュゼリアはロンに目を向けた。
何かを探るような瞳でシュゼリアをロンは見ていて、シュゼリアはその瞳の熱にドキドキしてロン以外のことを考えられなくなった。
ロンを暫く見つめていると、いつのまにか龍の城の庭についていて、シュゼリアは周りを見渡して感嘆の声をあげた。
「うわぁ!!すごいのだ!」
龍の城の庭は、魔界の禍々しい植物や、グレンデールが好んで育てているバラの庭とは違い、小さくて可憐な赤、青、黄色の花が咲き誇っていた。
中央には金色の噴水があり、そこから澄んだ水があふれ出ていた。
空はどこまで見ても真っ青で、下は土ではなくて真っ白な見たこともない素材が広がっていた。
「すごいのだ。不思議なのだ。」
ロンから手を離して、自分の足元を触って見たが、マシュマロのようにやわからそうに見えた足元は、床のように固くて驚いた。
「まぁ、雲の上に浮かぶ城だからな。」
ロンはシュゼリアの手をもう一度掴むと、庭を案内するかのように、シュゼリアを優しく引いて歩き出した。
シュゼリアはロンに引かれるように庭を見て回り、花のアーチを抜けると小さくて白い椅子と机が置いてあった。
椅子を1つ引いて、シュゼリアを座らせると、自身も向かいの椅子に座った。
するとどこからか侍女が1人現れて、お茶を入れて机に2つ並べてまた庭の奥に去っていった。
ロンはそのお茶の入れられたコップを優雅な手つきでつかむと、少し飲んでまた机の上に戻した。
シュゼリアは周りの風景に夢中でお茶には手をつけなかった。
「気に入ったか?」
「うぬ。魔王城の庭とは全く違って、可愛らしくて素敵なのだ。」
「そうか。近くで見たいなら近づいてみるといい。」
シュゼリアが周りばかり見ているので、ロンは優しく声をかけた。
シュゼリアは立ち上がって、お花の前まで行ってその場に座り込み、匂いをかいだりしながら、お花を眺めた。
暫くシュゼリアは、そうしてお花達を笑って見ていると、首に重みを感じた。
その重みがロンの腕で、ロンがシュゼリアの頭の猫耳に顔を当てているのはすぐにわかった。
「ぬ。くすぐったいのだ。」
猫耳がロンの顔に当たってシュゼリアはくすぐったそうに笑った。
「楽しいか?」
「うぬ。久々部屋の外に出られたので楽しいのだ。それに魔王城では花を一緒に見てくれる相手もいなかったが、一緒に見てくれる人がいると嬉しいのだな。これは何て花なのだ?初めて見たのだ。」
「それは龍楽花だな。ここにしか咲いてない貴重な花だ。気に入ったなら、部屋に摘んで持って帰るか?」
ロンの申し出にシュゼリアは首を振った。
「せっかく綺麗に咲いているのに摘んでしまったら可哀想なのだ。」
「そうだな。また見たくなったら、いつでも見に来るといい。」
「来てもいいのか?」
「ああ、あまり城の中をウロウロされると困るが、部屋とこの庭位なら問題ないだろう。庭に行く転移魔法だけは解除しておくからいつでも見に来るといい。部屋にずっとこもりっぱなしも息がつまるのだろう?」
シュゼリアはロンの方を振り向いて抱きついた。
「嬉しいのだ。」
勢いよく抱きついたからなのか、珍しくロンは体勢を崩してシュゼリアを自身の体に乗せたまま仰向けに寝そべった。
その体制のままシュゼリアの背中に手を回して、もう片手で頭を撫でた。
「あぁ、俺に惚れたか?」
「…分からないのだ。惚れるとはどのような感情なのだ?」
「そうだな。俺の場合は、ずっとそばにいたいし、離れたくない。そばにいるだけで幸せな気持ちになれる。」
シュゼリアは頬を真っ赤に染めて顔を隠すようにロンの胸に顔を埋めた。
まるで、物語のような主人公のように告白をされている気分になり、なぜだか気分が高揚した。
「恋をするのは良いことばかりなのだな。」
「…良いことばかりじゃない。」
「そうなのか?」
「ああ。恋をすると幸せな感情と苦しい感情が常に隣り合わせだ。」
「苦しい感情?」
「ああ、俺以外の名前を呼ばないでほしい。俺以外と親しくしないでほしい。ずっと俺だけを好きでいてほしい。それが叶わないと、嫉妬して胸が痛くなる。」
「胸が痛く…。分からないのだ。」
シュゼリアはロンの顔を見上げた。
ロンはシュゼリアの目線から逃れるようにシュゼリアの頭を自身の胸に押し付けた。
「分からなくて良い。いつか分かるさ。…シュゼリアがそう思う相手が俺だと良いがな。」
ロンは少し寂しそうな顔でシュゼリアの頭を撫でた。
シュゼリアは何故だか申し訳ない気持ちになった。
その気持ちを察してか、ロンは起き上がると、シュゼリアを抱き上げて、椅子に座り、シュゼリアを自身の太ももの上に座らせた。
「同情はするな。同情で一緒にいてもらうのが一番辛い。だから、シュゼリアが俺を好きになれなかった時は、この城から出て行ってかまわない。」
「私が出て行ったら、ロン殿はどうなるのだ?私が番なのだろう?ロン殿は苦しむのではないのか?」
ロンはシュゼリアの額にデコピンをした。
かなり強い力だったので、シュゼリアの額は真っ赤になり、突然の痛みに驚きで変な声が出た。
「ふんぎゃ〜。」
「頭悪いんだから、余計なこと考えるなって行ったろ?俺のことなら気にするな。シュゼリアがいなくたって元気に働くだけだ。」
ロンはそう言うと、シュゼリアの唇に自身の唇を近づけた。
シュゼリアはとうとうキスされると思い、目を強く閉じたが、ロンの唇はシュゼリアの額に触れただけだった。
シュゼリアの先ほどロンにデコピンされて赤くなった額の色がなくなっていき、痛みも引いた。
ロンがキスに回復魔法を込めていたとわかった。
ロンの唇は名残惜しそうにシュゼリアの額から離れると、シュゼリアの猫耳に触れて、ペロリと猫耳の先を舐めた。
「ひやぁ!」
シュゼリアの悲鳴にロンは口角を上げたまま囁いた。
「唇にキスをするのは街に行く時までとっておく。楽しみにしていろ。」
ロンはそう告げると、立ち上がってシュゼリアを下ろした。
「悪いがそろそろ仕事に戻らないといけない。まだ庭を見ているか?部屋に戻るか?」
ロンにそう問われて、もう少し庭を見たい気もしたが、ロンがいなくなったあとに庭を1人で見るのはなんだか寂しい気がしてきた。
ロンの袖の端を掴んで見上げた。
「今日はもう部屋に戻りたいのだ。楽しかったけど、疲れたのだ。」
シュゼリアがそう告げるとロンは、嬉しそうに笑いもう一度シュゼリアの額にキスをした。
シュゼリアはキスされる瞬間に目をつぶって、唇が離れたと思いゆっくりと目を開けると、もう部屋に戻っていた。
ロンが転移魔法で部屋まで返してくれたのだ。
シュゼリアは、そのまま部屋のベッドに横になるとすぐに寝てしまった。