第17話 恋人について
いつもなら朝になると同じ時間に目が覚めて、ナルニアに声をかけると、良い匂いのする朝食を持ってきてくれるのだが、この日のシュゼリアは違った。
夜寝付けなかったため、日が昇った朝方に気絶するように眠ってしまい、ナルニアに声をかけられて目を覚ました。
「番様、そろそろリハ様が来る時間になりますが、まだ起きられませんか?」
シュゼリアが急いでベットの上から立ち上がろうとしたが、自身の尻尾を踏みつけてベットに倒れ込んでしまった。
「ぷぎゃ!!」
尻尾を踏んでしまった痛みで変な声を出したが、ナルニアの視線とお腹の空き具合で今の時間が気になった。
「先生は後どれくらいで来るのだ?」
「あと30分くらいです。」
「大変なのだ。急いで朝ごはんを食べるのだ。」
「いえ、残念ながら、朝ごはんを食べる時間はありません。着替えますよ。」
ナルニアはシュゼリアの寝巻に手をかけると、今日着るらしい薄緑色の着物をクローゼットから取り出して、薄紅色の帯を巻いてシュゼリアに着せると、髪の毛をまとめて髪留めで素早く止めた。
シュゼリアはその間、お腹が空いて仕方がなかった。
しかし、ナルニアはシュゼリアに服を着せるとすぐに退室してしまった。
どうしてもっと早く起きなかったのかと悔やみながら、空腹を堪えるように机に突っ伏しているとリハが入ってきた。
「あら?番様、どうされましたの?」
リハはいつもなら元気いっぱいに挨拶をするシュゼリアが机から顔もあげないことを不思議に思い首を傾げた。
「寝坊してしまって、、お腹すいたのだ。」
シュゼリアは気力のない小さな声でそう告げた。
「まぁ、大変。お腹が空いていると頭が働かないですからね。軽食だけでも、ナルニアに運んでもらいましょう。ナルニア、お茶の用意をして。」
「かしこまりました。」
ナルニアはすぐに入室するとお茶と、お菓子を数点シュゼリアの目の前に並べた。
ナルニアが部屋から出るとリハも席について、机のお菓子たちを指差した。
「さぁ、食べてください。」
リハがそう声をかけるとシュゼリアは勢いよく自分の前に置かれたお茶菓子を食べた。
まだ物足りなくて、リハの前に置かれていたお菓子を見ていると、リハはクスリと笑った。
「私の分も食べて良いですよ?」
「いいのか?ありがとなのだ。」
リハに許可をもらい、リハの分のお菓子も全て食べ尽くして、お茶を一気飲みすると、シュゼリアは一息ついた。
「ふぅ、生き返ったのだ。死ぬかと思ったのだ。」
リハは自分のお茶に手をつけて、少しだけ口をつけるとすぐに置いた。
「番様が寝坊されるなど、珍しいですね。」
「うぬ、昨日ロン殿に読むように言われた本を読んでいたら、眠れなくなってしまったのだ。」
「まぁ、陛下に?どのような本ですの?」
シュゼリアはリハに問われて、本をベットに置いたままであったことを思い出して、ベットの方に行くと、記憶通りの場所に本が開いたままの形で置いてあった。
それを手にとって、椅子に座るとリハに差し出した。
「これなのだ。」
リハは、本の表紙を見て怪訝な顔をすると、パラパラと本をめくって思いっきり本を閉じた。
本を閉じる時にバンという音がして、シュゼリアはいつも温和なリハの行動に驚いてその場で少しお尻を浮かして動揺した。
リハの顔を恐る恐る見ると眉間にしわを寄せて何もない場所を睨みつけていて、シュゼリアはその表情の怖さに震えた。
シュゼリアの震えに気がついたリハは咳払いをすると元の優しい表情でシュゼリアに笑いかけたが、口元は少し引きつっていた。
「申し訳ありません。番様に怒っているわけではないので安心してください。因みに、陛下はこの本を何と言って番様に渡されたのですか?」
「ええっと確か、恋人になったらナニをするのかわからないと言ったら…だったか?」
「まぁ、番様は陛下と恋人に?」
「そうなのだ。気がついたらなっていたのだ。」
「それはおめでとうございます。」
シュゼリアは手を叩き、嬉しそうに笑った。
しかし、口元はすぐに口角を下げて、目は細められた。
「陛下がこれを恋人のすることだと言っていたのですね?」
「う、うぬ。ハッキリとは言っていなかったが、そのようなニュアンスだったぞ。その、、昨日も、べ、、、ベットに行こうなどと…。」
「そうですか。」
リハの顔が怖くて聞きにくかったが、シュゼリアはどうしても気になり聞いてしまった。
「その、本当にこのようなことを恋人はするのか?こんなことをしたら、私は、、恥ずかしくて、、その。」
シュゼリアは頬を赤らめて下を見たが、机に置いた手をリハに勢いよく掴まれて顔を上げた。
「陛下は番がいなかったので勘違いをされているんですよ。恋人同士はこのようなことをしません。」
「そうなのか!」
シュゼリアはホッとしたように口から息を吐き出して、強張っていた体から力が抜けた。
「えぇ。このようなことは、結婚してからします。」
「結婚してからはこのようなことをするのか?」
シュゼリアの体はまた強張ってきた。
「えぇ、ですが、それは結婚してからもずっと先のことです。それに番様は陛下と結婚されたのではないでしょう?」
「そうであった。恋人になっただけであった。」
シュゼリアは体を仰け反って目を見開いた。
リハは、深く頷くと、部屋の本棚に近づいていくつか本を出してきた。
そのうちの1つを開いて、シュゼリアの前に出した。
「今日は恋人について勉強しましょう。」
リハは真剣な面持ちでそう告げたので、シュゼリアは頷いた。
「つまり、恋人とは、デートを重ねて信頼関係を築くのだな。キスはデートを重ねてからで、毎日するものではなくたまにするものなのだな。それで、お互いの感情が高まった時に求婚をして、受け入れられて初めて結婚するのだな。」
「ええ、そうです。」
シュゼリアは安心した表情でナルニアに入れなおしてもらったお茶に手をつけた。
「良かったのだ。ロン殿が恋人とは毎日キスをするもので、恥ずかしさに耐えるものだと言っていたが、それはロン殿の勘違いだったのだな。デートなどしてない私達にはまだ早かったのだ。」
「ええ、そうです。」
リハは満面の笑みを浮かべて頷いたが、その目元は笑っていないことにシュゼリアは気がつかなかった。
安心したら、ロンに会うのも恥ずかしくなくなってきて、ふと他のことが頭をよぎった。
「そういえば、宰相殿は大丈夫だったか?うっかりロン殿に宰相殿と会っていたことを伝えてしまったのだ。」
「ええ、自宅で楽しそうに子供達と遊んでいるので安心してください。」
リハは自身の手で拳を作って強く握って、引きつった笑みを浮かべたが、シュゼリアは安心した顔をした。
「よかったのだ。私に許可なく、会うと罰が下ると聞いて焦ったのだ。楽しそうでよかったのだ。」
「番様が気にすることではありませんよ。どうせ子供達と遊びたくて謹慎になるようなことをワザとした部分もあると思いますので。」
「なんだ?そうなのか?なら、宰相殿と沢山あったほうがいいのか?」
「いいえ、彼にご褒美を与えてはいけません。彼は調子に乗りやすい性格なのです。」
リハの気迫に押されるように、シュゼリアは何度も頷いた。
リハはその後何冊かおすすめ恋人を題材にした物語を勧めてくれて、時間があれば読んで欲しいが、夜はきちんと寝るようにと告げて、いくつかシュゼリアの部屋にあった本を鞄に入れた。
「その本は持っていくのか?」
シュゼリアが指摘するとリハは、目元が笑ってない笑顔をシュゼリアに向けた。
「ええ、陛下が間違ってこの部屋に置いてしまったらしき本がありましたので返しておきます。」
「そうであったのか。昨日読んだ本も持っていくのか?」
「ええ、こちらも間違った本の1つでしたので。 」
「そうであったのか。」
シュゼリアは納得したように頷いた。
リハは全てそれらの本を鞄にしまい込むと、今日はもう授業はやめようといい、お昼ご飯をたくさん食べてくださいと声をかけて去っていった。
ナルニアはリハが去るとすぐにお昼ご飯をシュゼリアの前に並べたので、シュゼリアは勢いよくご飯を食べてお代わりまでしたが、ナルニアは特に表情を崩すこともなくおかわりのご飯も持ってきた。