第12話 読書
次の日からは、ロンがいつも来ていた時間にリハが久しぶりにシュゼリアの部屋に訪れた。
「先生〜!!久しぶりなのだ!」
シュゼリアは思わずリハに飛びついた。
リハは優しい顔で笑うとシュゼリアの頭を撫でた。
「お久しぶりです。私も番様にお会いしたかったです。」
「本当か?嬉しいのだ!」
シュゼリアはリハの大きな胸に顔を埋めると甘えるように喉をゴロゴロ鳴らしてスリスリした。
リハはシュゼリアが落ち着くまで何度も頭を撫でてくれた。
シュゼリアのふわふわの白い猫耳もサワサワと撫でられてシュゼリア気持ちよくてうっとりした顔をした。
リハはシュゼリアを見て目を細めた。
「ふふふ。番様、そろそろお勉強をしましょうか?きちんと勉強を続けなければ、来月街に連れて行ってもらえなくなるのでしょう?」
「そうだったのだ。たくさん勉強して、デートするのだ!」
シュゼリアはリハから体を離してノートとペンを机に並べた。
「デート?陛下とデートするのですね。それは楽しみですね。」
「うむ!!」
リハはシュゼリアを見て笑い、ペンを手にとって授業を再開した。
ロンと違いやはりリハの教え方は丁寧でわかりやすく、ロンに教えてもらっていたが分からなかったところももう一度丁寧に教えてくれたので、シュゼリアは満足だった。
ご褒美なんかなくても勉強は楽しかった。
それにリハにこれから毎日会えるのかと思うととても嬉しかった。
授業が終わるとリハは侍女のナルニアに指示を出してお茶とお菓子を出してもらってお話もした。
「番様は陛下のことをどう思われていますか?」
「先生の方が教えるのが上手いぞ。」
リハはお茶を飲みながらクスクス笑った。
「ふふふ。私は家庭教師が専門ですから仕方ありませんわ。…陛下のことが怖いですか?」
「怖いか怖くないかと言えば怖いぞ、いつもこんな顔をしているからな。」
シュゼリアはそう言うと眉間に人差し指でしわを作ってリハを睨みあげた。
リハはシュゼリアのロンの顔真似に笑うのを堪えられないようで、目に涙をためて笑った。
「ふふふふふ。番様は面白い方ですね。」
褒められてシュゼリアは照れた顔をして眉間から指を離して笑った。
「でも、ロン殿は優しいとは思うぞ。」
リハは笑うのをやめて目を見開いてシュゼリアを見た。
「例えばどういったところが、優しいと思いますか?」
「う〜ん。例えばか。…あ!この間ロン殿に誤って蹴られたのだが、その時に壁にぶつけたので、手が痛いと言ったら、手に、その、ロン殿の、く、、唇をあてて回復魔法をかけてくれたぞ。」
シュゼリアはすっかり忘れていた恥ずかしかったことを思い出した。
「陛下が唇をあてて、回復魔法を使ったのですか?」
リハは首を傾げてシュゼリアを見た。
シュゼリアは大きく頷いた。
「うむ。」
「そうですか。回復魔法は手で触れるだけで使えると思うのですが、確かに唇をあてた方が早く治りますものね。
陛下は番様のことをとても大切に思っているのですね。」
「た、大切??」
シュゼリアはリハにそう言われて顔を真っ赤にした。
「そ、そういえば、先生も私のことを番様とまだ呼んでいるのだな。勘違いはまだ解けていないのだな。」
「勘違い?何の勘違いですか?」
「私が番だと言う勘違いだ。私はロン殿の奥様ではないのだ。」
シュゼリアは特に意味もなく、人差し指で天井を指差して答えた。
リハは片手を頬にあてて首を傾げた。
「勘違いなんて、そんなことあり得ませんよ。」
「ありえない?ロン殿も勘違いだと言っていたぞ。」
リハはその言葉を聞いて目を見開いた後、目を細めて笑った。
「ふふふ、照れてらっしゃるだけですよ。陛下は照れ屋なのです。でもそうですね。魔族には番制度がないので、シュゼリア様にはピンとこないのかも知れませんね。」
シュゼリアは首を傾げたが、リハはそのまま話を続けた。
「番とは魂が惹かれ合うもので、龍族は一目見れば自分の番がわかります。それは間違えようがないのです。」
「…よくわからぬな。」
リハは、シュゼリアの回答に優しく微笑んだ。
「そうですね。ですが、これだけは覚えていて欲しいです。陛下の番はあなた様だけなのですよ。」
「うむ。よくわからんが、覚えておく。…先生は、先生には番がいるのか?」
「ええ、いますよ。番様もご存知かと思いますが、アモンです。」
「アモン!?…あ!」
シュゼリアは驚きのあまり名前を呼んでしまったことに気がつきアワアワした。
リハに怒られるかもと思い恐る恐るリハを見上げた。
リハは、シュゼリアの反応にクスリと笑った。
「もしかして、陛下に名前を呼んではいけないと言われていますか?以前は私のことをリハ先生と呼んでくれていましたし。」
「う、うぬ。」
シュゼリアはリハが怒っていないことにホッとした。
「ふふふ、そうですか。陛下はなんで名前を呼んではいけないと言ったのですか?」
「私はロン殿の客人なので、他の者の名前を呼んではいけないと言っていたぞ。」
リハを今までで一番大きな声を出して笑った。
「んふふふふふ、ふふふふ。そうですか。」
シュゼリアはリハの反応に不安になった。
「違うのか?」
「ええ、そうですね。間違ってはいません。陛下は他の方の名前を番様に呼ばれると嫉妬してしまうからそのようなことを言ったのでしょう。」
「嫉妬?それは何なのだ?」
シュゼリアの質問にリハは驚いた顔をした。
「失礼ですが、番様は恋をした経験はありますか?」
「恋とは何だ?」
リハは焦った顔をした。
「幼い頃に恋愛物語を読んだり、読んでもらったりしませんでしたか?」
「本は読んだことないぞ。字が読めなかったからな。父と母は幼い頃に亡くなったので、記憶にないし、叔父は私の代わりに王の代理をしていたので忙しくて相手をしてもらったことはない。
家庭教師はいたが、あまりに怖くて数回で逃げ出したし、本を読んでもらうなどなかった。」
リハは悲しそうな顔をして、部屋に置いてあった本棚から本を一冊手に取った。
「字が書けるようになったのです。せっかくなので本を読んでみませんか?面白いですよ。これなんか龍族の女の子にとても人気がある本です。読めない文字や理解できないところがあれば私が後で教えますし、暇つぶしにもなると思いますよ。」
リハに渡された本をシュゼリア手に取った。
「うぬ。先生が勧めてくれたので読んでみる。えっと、王国騎士の番?」
シュゼリアは本の表紙に書いてあった文字を読んでみた。
「そうです。それはこの本のタイトルです。王国の騎士職についているものが運命の出会いをするお話ですよ。幼い頃私もよく両親に読んでもらっていて、今は子供に読み聞かせているんです。とてもロマンチックで、小さい頃は私もこんな恋をしてみたいなと、憧れました。」
リハは真っ赤に染まった頬を両手で覆って思い出したようにうっとりとした表情で何もない場所を見つめた。
「せ、先生は、子供がいるのか?宰相殿との間にか?」
「ええ、言ってませんでしたか?2人いるんですよ。女の子と男の子です。女の子の方は番様と同い年くらいですかね。だから番様のことが子供のように可愛く見えて。」
リハはシュゼリアの頭を撫でた。
シュゼリアは母親の記憶がなかったので、母とはこのような存在なのかと思い目を閉じて気持ちよさそうにした。
「う、うぬ。私は母親の記憶がないので、先生を見てると母親とはこのように温かいものなのかと思うぞ。」
「まぁ、嬉しい。」
リハは、シュゼリアを強く抱きしめた。
シュゼリアはリハの大きな胸に窒息死しそうになったが、気持ちが良くてされるがままになった。
お茶を飲み終わると、リハは帰っていった。
シュゼリアは、ベットに横になりうつ伏せの状態で枕に顎を置いてリハに勧められた本を開いた。
最初は文字が読めることが嬉しくて、楽しそうに読み進めていった。
しかし王国騎士と侍女との恋が進むにつれて、変な声を出したり、涙を流したりした。
「ぴ、ぴぎゃ〜!!」
顔を真っ赤にして枕に顔を押し付けた。
「こ、恋とはこのようなものだったのか!」
読み終わるとシュゼリアは叫んでベットの上でゴロゴロ転がった。
この本を読み終わると、気がついたら本の内容よりもロンのことで頭がいっぱいになっていた。
今まで何となくロンに抱きついたり、足にしがみついたりしていたが、もうそんなことはできないと思った。
自分の右手の甲をみて、ロンにキスされたことを思い出して顔を真っ赤にした。
「ぴぎゃ〜!!!」
シュゼリアは、枕を両手で掴んでベットの上を転がりながら、変な声を出した。
デートの意味も知り、自分が不用意にデートだといってたことが恥ずかしくなり、変なことを教えたアモンを恨んだ。
龍族の街に行くのは楽しみだが、ロンにどういう顔で会えばいいのかわからなくなった。
しかしロンは暫く忙しくて勉強が見れないと言っていたので、部屋に来ないだろうと思い安心していた。
「ぴぎゃ〜!!」
だから変な声を出しながら悶々とロンのことを考えてベットの上をゴロゴロしていた。
「何故そんな奇行をしている?」
不意にかかった声に驚いて、シュゼリアはベットの上からゴロゴロ転がって落ちた。
「ふぎゃ〜!!」
落ちた時に自分の尻尾を踏みつけて、すぐに立ち上がった。
自分の尻尾を持って、フーフー息を吹きかけて痛みを逃がそうとした。
痛みが少し引くとホッとしたと同時に、先ほどの声のことを思い出した。
恐る恐る声の方を見るとそこにはロンが立っていた。