第10話 右手
ピンクのノートに赤いペンで、ロンは丸を描いたりバツを書いたりしていた。
ロンがきてすぐに昨日の宿題の答え合せをするので出すようにと言われ、シュゼリアはノートを出した。
ロンがノートに書き込んでいるのをシュゼリアは、緊張した顔をして答えを待っていた。
「3問不正解だな。」
ロンはノートをシュゼリアに赤いバツ印がよく見えるように見せた。
「そ、そんなぁ〜。」
シュゼリアは全問正解の自信があったのと、かなり頑張ったので酷くショックを受けた。
ロンは部屋に入ってきた時に、シュゼリアの大好物の様名冠のもちもち大福苺チョコを机の上に置いていた。
全問正解していたならこれが食べれていたのに、ロンに目の前で食べられてしまうという事実に絶望をして、目に涙を溜めて、机の上のお菓子を見つめながらポロポロと泣いた。
ロンはシュゼリアの涙にギョッとした顔をした。
お菓子が泣くほど食べたかったのかと思うと子供っぽいと感じた。
ますますシュゼリアが自分の番だと認めたくなくなった。
冷めた目でシュゼリアを見つめたが、いつまでたっても泣き止む気配はなく、ため息をついた。
「おい、鬱陶しいからいつまでも泣くな。」
「だって…もちもち大福苺チョコが。、、ヒック。」
「…わかった。頑張ったご褒美だ。1つだけ食べていいぞ。」
「いいのか??」
シュゼリアは涙を止めてロンを見上げた。
ロンはシュゼリアから目をそらすとぶっきらぼうに頷いた。
シュゼリアは嬉しそうに机に置かれたお菓子を1つ手に取ると、包み紙を開けて口に入れた。
「お、美味しい〜。」
シュゼリアの頬は緩み、目はへにゃりと曲がり、フワフワの真っ白な尻尾はブンブン動いていた。
その表情と見た目は、どこからどうみても魔王には見えなかった。
ロンは幸せそうな顔をするシュゼリアを見て愛しいものを見るような目で見つめた。
シュゼリアと目が合い、我に返ると誤魔化すように机のお菓子に手を伸ばして食べた。
「お、これ美味いな。」
「そうであろう〜。私の大好きなお菓子ベスト3に入るお菓子だ。」
シュゼリア名残惜しそうに口の中のお菓子を飲み込んで、机に置かれたお菓子をじっと見ていた。
ロンはすぐにお菓子を飲み込んだ。
「今お菓子が20個あっただろ?2個食ったから何個になった?」
「えっと、1、2、3…18個だ。」
「よし、それが引き算だ。」
ロンはそう言って引き算の問題をノートに書き込んだ。
「これを次回までに解いておけ。全問正解すれば、またこのお菓子を明日食べさせてやる。」
「ま、待ってくれ、全然わかってないぞ。昨日より説明が雑になっていないか?」
「気合いで理解しろ。」
「む、無理なのだ〜。ロン殿の説明は適当すぎるのだ〜。リハ先生の方が良いのだ〜。」
シュゼリア駄々をこねるように体を動かして叫んだ。
「おい!俺以外の名前を呼ぶなと言っただろう?」
ロンは眉間にしわを寄せて怒った。
「そうであった!龍族の国は名前を呼べないなど不便だの〜。」
シュゼリアは腕を組んで首を掲げた。
「とにかく、明日までにやっておけ。できなければお菓子は無しだ。俺は忙しいんだ。もう行くぞ。」
ロンは立ち上がったが、シュゼリアはこのままでは絶対に問題を解けないと思いロンの足にしがみついで行く手を阻んだ。
「ま、待ってくれ〜。本当にわからないのだ。もう少しだけ説明してくれ。」
ロンはシュゼリアが触れてきたことに驚いて咄嗟に強い力で蹴飛ばしてしまった。
「ぴぎゃ!」
シュゼリアは壁に体を打ち付けて変な声を出した。
「あ、悪ぃ。大丈夫か?」
ロンはしまったという顔をしてシュゼリアに近づいた。
「ぴ、ぴえ〜ん!痛いのだぁ!!」
シュゼリアが大げさに泣いているのはロンもわかっていたが、あまりにも泣き止まないので心配になった。
壁にもたれかかって座り込んで泣くシュゼリアを覗き込むようにロンもしゃがみこんだ。
「どこが痛い?」
シュゼリアはそう聞かれるとどこも痛くなかった。
いや、ぶつけた時は全身が痛かったと思ったがすぐに痛みは引いた。
「み、右手が痛いのだ。」
シュゼリアは右手など全く痛くなかったが、痛いと言ってしまった手前、嘘をついてしまった。
しかしロンはシュゼリアの右手を掴んで優しく撫でた後、そこに自身の唇を当てた。
「どうだ痛みは引いたか?」
ロンは回復魔法をかけたのだが、真っ赤な顔で固まるシュゼリアを見て、自分のしたことを認識した。
ロンは立ち上がると赤くなった顔を隠すように後ろを向いた。
「もう痛くないだろう?…俺は行くぞ。宿題やっておけよ。」
ロンはぶっきらぼうに答えると出て行ってしまった。
シュゼリアは座り込んだままロンが出て行った扉を見て顔を赤く染めたまま呆然としていた。
その扉から暫くするとナルニアが入ってきたので、宿題のことを思い出し、ナルニアに縋って何とか教えてもらい、宿題を昨日の倍の時間をかけて終わらせた。
宿題が終わるといつものように部屋に備え付けのお風呂に入ったが、ロンに触れられた右手の甲が熱く感じてそこをほとんど洗うことなく、お風呂に浸かりながらじっと眺めた。
次の日ロンが部屋に入ってくると、シュゼリアは何故だか緊張してロンの顔が見れなかった。
ロンはそんなシュゼリアの様子に気がつくことなく採点をした。
「おい、半分以上間違えてるぞ。今日は流石にお菓子抜きだな。」
「へ、、あ、うん。」
いつもならお菓子抜きなどと言った日には大騒ぎして駄々をこねるシュゼリアが大人しいのに驚いたロンは、シュゼリアに顔を近づけて怪訝そうな眼差しで見つめた。
シュゼリアはロンの顔が近くなったことに驚いて頬を赤く染めた。
「どうした?なんか変なものでも食べたか?」
ロンは本気で心配してるようだった。
シュゼリアは首を横にぶんぶん振った。
「だ、大丈夫だ。全然大丈夫だ。」
ロンは目を細めてシュゼリアを見つめた。
「本当に大丈夫か?なんか悩みでもあるのか?言ってみろ。」
シュゼリアは昨日右手にキスをされたことが頭から離れないだなんて恥ずかしくて言えなかった。
ロンは昨日のことは何でもないように接してきているので、きっと泣いている子供を慰めるためにやったことだろうと自分を言い聞かせて深呼吸をした。
シュゼリアの行動にロンはますます眉間にしわを寄せた。
シュゼリアは何とか誤魔化すために悩みを頭からひねり出して話した。
「あ、えっと、この部屋から出たいなって…ひぃ!!!」
シュゼリアが部屋から出たいと言った瞬間ロンは般若のごとく額に青筋を作った。
「ああん?何が不満なんだよ。魔族の国に帰りたいのか?」
ロンのあまりに低い声にシュゼリアは勢いよく首を横に振った。
「違うのだ!魔族の国になど帰りたくなどないのだ…ただ、その、暇なのだ。少しでいいから遊びに出たいのだ…。」
シュゼリアはロンの表情を伺うように恐る恐る見た。
ロンは先ほどよりも怒った顔をしてはいなかったが、相変わらず眉間にしわは寄ったままだった。
「暇か…。」
ロンは腕を組んで天井を見た。
「あ、その、無理なら諦めるのだ。」
シュゼリアはロンに逆らうのは無理なのだと諦めていた。
ロンの国に滞在していることもあるが、シュゼリアの性格ではロンに逆らえないことに気がついていた。
「1週間後にテストをやる。」
「へ!?」
突然話題が変わったことにシュゼリアはついていけなかった。
「1週間習ったことのおさらいのテストだ。」
「う、うぬ。」
「そのテストで、もし満点を取れたら龍の国の街に連れて行ってやる。」
ロンの申し出にシュゼリアは飛び上がって喜んだ。
「本当か?」
「あぁ、ただしおまけは無しだぞ。満点以外認めないからな。」
「うぬ。頑張るぞ。早く今日の分を教えてくれ。」
ロンは嬉しそうな顔をするシュゼリアを見て口角を上げた。
その後相変わらずロンのスパルタで分かりにくい説明の授業が始まったが、シュゼリアはこの部屋から出られるのが楽しみで、しかも普通ならまず行くことができない龍の街に行けるのが嬉しくて、必死に話を聞いた。
分からないところはナルニアに聞いて、今日の宿題を終えた。
もう龍の街に行くことが楽しみで、すっかりロンに手の甲をキスされて動揺していたことなど忘れていた。