運命のKISS
とうとう、八時も過ぎた。
髪の毛の先までも凍てつきそうなほど、凍えそうな夜の寒さだった。
背中を丸め、ミトンの上から無意識に、はあーっと両手に息を吹きかけながら、もう、ダメかな……と、諦める気になりかけていた、その時。
「瀬口!」
背後から私を呼ぶ声がした。
ハッと振り向くと、そこには。
2メートル先に、信じられないような顔をして立っている城田君がそこに、いた。
「お前、今まで待ってたのかよ」
彼は駆け寄ってきて、両手で私の手首を掴んだ。
「こんなに、冷え切って……馬鹿かよ!」
「だって……。約束したもん」
彼の手の暖かな温もりを感じ、私は初めて泣きそうになりながら、呟いた。
「遅くなってごめん。電車が人身事故で遅延して」
本当なのか嘘なのか、そんなことはどうでもいい。
彼は、確かにここに来てくれたのだから。
「城田君……。これ……もらってくれる?」
私は、ようやく、目的のチョコレートを彼に手渡そうとした。
しかし、彼は黙ったまま逡巡している。
私はその沈黙に震えた。
「俺は、これはもらえない」
彼は、きっぱりとそう言った。
「絵莉さんていう彼女のこと? 知ってる……。でも、受け取ってくれるだけで良いの。どうか受け取って欲しい」
私は、必死で懇願した。
想いをなんとか伝えたかった。
そして。
これを機に彼のことを忘れるのだと……。
しかし、彼は言ったのだ。
「俺は、これをもらう資格がないんだよ」
「資格?」
私は訝った。
「絵莉とはさっき別れてきた。俺達はもうダメだったんだ」
彼が、語り始める。
「昨日、お前が俺に逢いたい、て言った時、ヴァレンタインチョコのことだってことは、察しはついた。俺は絵莉とデートの約束をしていて、でも、そろそろ潮時なのはわかっていたから、もし、絵莉がダメなら、瀬口がいるか、くらいのいい加減な気持ちだったんだ。……男のクズだよな」
彼は横を向いていた。
背の高い彼の痩せた横顔は、茶色の緩いウエーブの長い前髪で隠れていたけれど、これまで見たことのないほど真剣な表情をしていることは、容易に察せられた。
「……でも。私に逢いに来てくれた。すっぽかすことなく。それって、少しは脈有り、て見ても良い?」
私は、笑みながらそう言った。
彼は、一瞬、私の目を見つめ、そして呆気にとられたような顔をした。
「もう一度言うわ。受け取って。お願いだから」
私は、紅いバッグを強引に彼の胸へと押しつけた。
そして、彼は、もう一瞬考えた後、果たしてかなそのチョコレートを受け取ってくれたのだ。
しかし、彼はぼそりと呟いた。
「悪かったよ……」
「え? 何が……」
「あの日……。俺があんなことしなければ、お前が俺のこと好きになることもなかったよな」
しみじみと彼は呟いた。
「でも……」
私は、目を伏せながら言った。
「私は嬉しかったんだよ。あのキス」
そして、改めて彼の瞳を見つめて言った。
「あのキスは『運命のキス』だったんだよ」
「瀬口……」
彼は、右手で私を自分の胸へとぐいと引き寄せた。
「俺も好きだ。瀬口のこと」
彼は、噛みしめるようにそう呟くと、次の瞬間、両手で力一杯、私を抱き締めた。
逞しい彼の胸に顔を埋める。
暖かい温もりで一杯になる。
どくんどくんとお互いの心臓が鳴り響く中。
私達はどちらからともなくそっと口唇を寄せ、それはそれは幸せな口づけを交わした。
了
本作は、アンリさま主催「キスで結ぶ冬の恋」企画(2018年)及び銘尾友朗さま主催「冬のドラマティック」企画(2020年)参加作品です。
アンリさま、銘尾友朗さま、参加させて頂き、本当にどうもありがとうございました。
又、お読み頂いた皆さま、深く御礼申し上げます。