絵莉という彼女
それからの日々。
彼とは、普通に接していた。
あのキスの翌日も、普通に「おはよう」の挨拶を交わし、それ以外は特に話す事もない。
今まで通りの日々でしかない。
しかし、私は、あのキスを忘れることは出来なかった。
だって……。
あれは、私のファーストキス……だから……。
教室での彼は、相変わらず静かだ。
一人、悠然とスマホをいじり、何か読んだりしている。
私は、そんな彼のことを目で追い始めるようになっていた。
しかし。
如月も初旬、ヴァレンタインも近くなり、女子も男子も浮き足立ってきた頃のある放課後。
「おーい、城田。今日、カラオケ行かね?」
彼の悪友の坂口君が、そう彼を誘った。
「悪い。今日はつきあえね」
素っ気なく、彼が言う。
すると、坂口君が言ったのだ。
「あー、絵莉ちゃんとデートか! 彼女の家、厳しくて、週に水曜と日曜しか逢えないんだよなあ」
「……ま、そう」
城田君は、さりげなくそう答えた。
彼女…… 絵莉……
私の耳には、ずっとその言葉がリフレインしていた。
そして──────
二月の第二土曜日。
私は、城田君が登校するのを下駄箱の所で待っていた。
「あ、城田君……」
「瀬口さん。何」
彼は、靴を履き替えながら、そう言った。
「あの、あのね。明日、逢えないかな……」
「明日? 日曜?」
「うん……」
彼は、暫く思案していた。
「夜でもいい?」
「何時頃?」
「そうだな……。七時くらい」
「いいわ。どこで待ち合わせたらいい?」
「うーん。港本町東側交差点前のアーケードの下」
「わかったわ。待ってるから」
私は、彼の目を見つめて言った。
彼も、私の目を見つめた。
その目は何かを探るような深みを帯びていた。




