Amor de la vacacion−バカンスの恋−(I)
前回からかなり空いての更新になってしまいました。
少しでも楽しんでただければ好いのですが……
恋に「落ちる」ってことの意味を、初めて識った。
恋に「落ちてしまう」って事のホント意味を、初めて経験った――。
◆◇◆◇◆
「ジュリア、起きて!」
「ん〜〜〜」
早朝6時。寝ぼけ眼のジュリアを起こそうと、千早は体を揺すった。
「早く!今日は、イエローフィン釣りに行くって言ってたでしょ!?」
「ん〜〜、わたし行かない〜〜……」
「はぁ?何言ってんの?」
「……だって、釣りとか興味ないし〜。眠いし〜……」
「それは、昨日遅くまで起きてたからでしょう。だから、早く寝なさいって言ったのに……自業自得よ」
千早は呆れた表情で、再びジュリアを揺すり起こそうと試みる。
「ほら、早く。ポールもフレッドも、もう準備して待ってるのよ!?」
「……わたし、寝てるから……3人で行って来て……」
言うと、ジュリアは顔を枕に押し付けて、そのまま夢の世界へと旅立って行った。
結局、千早はひとりで部屋を出て、待っているポールとフレドリックの元へ向かった。
「おはよう、2人とも」
「おう」
「おはよう、シャナ。あれ、ジュリアは?」
「行かないって」
「はぁ?何で?」
「さぁ……?眠いとか魚に興味ないとか言ってたけど……単にいつもの気まぐれでしょ、多分」
「まあ、嫌がってるのなら仕様がないよね」
流石、幼馴染。ポールはドタキャンにも慣れっこなのか、動じる様子はない。
「あ〜あ〜。な〜んっか嫌〜な予感がしてたんだよなぁ、俺」
大きな手で頭をクシャクシャに掻き毟りながら、フレドリックが呻く。
「まあまあ、いつもの事だし……。3人で楽しみましょ」
「そうだな、3人でっ――て、しまった!人数変わったら言ってくれって言われてたんだった。俺、ちょっとニーナのトコ行って話してくる」
言うなり、フレドリックはフロントの方に走って行った。その後ろ姿を見て、朝から元気だなぁ……と千早は呑気にも思った。
イエローフィン釣りに向かうと云う船は、モーターボートに屋根が付いただけのかなり小ぶりなものだった。もっと大掛かりな船を想像していた3人は何だか肩すかしを受けたような気になったが、地元でも有名な名人と聞いていたので、その事実で何とか自分たちを納得させることにした。
『じゃあ、飛び入りって事で……通訳とかするからさ。頼むよ、伯父さん。』
『いや、通訳してくれたら大助かりだ。どうしようかと思っとったんじゃ。』
真っ黒に日焼けした小太りなオジサンと、同じく黒く焼けてはいるがまだ少年の面影を残した綺麗な少年がにこやかにスペイン語で会話をしたかと思うと、少年の方が千早たちに向き直って英語で話し掛けて来た。
「オレ、ミゲール。通訳する。ヨロシク。アッチはオレの伯父さん」
「あ、ああ。こちらこそ、よろしく。俺は、フレドリック。フレッドで好いぜ。悪いな、急に人数の変更しちまって……」
「ダイジョウブ。問題ナイ」
「僕は、ポールです。よろしくおねがいします」
フレドリックとポールが順番に名乗って、ミゲールと名乗った少年――と云うよりは、少年期から青年期へと成長している途中の青年と云うべきか――と握手を交わして行く。
「私は――シャナで好いわ。よろしく」
千早が手を差し出して微笑む。その手を握り返すと、ミゲールは軽く屈むようにして千早の耳元へ顔を近づけて、言った。
「ブエノスディアス、セニョリータ(おはよう、お嬢さん)。マタ、会えたね」
「……え?」
瞬間、千早は反射的に彼の顔を見上げる。そこにあったのは――見覚えのあるキレイな顔の青年の、悪戯っぽく微笑んだ顔だった。まだ少年の匂いを残すミゲールは、身長こそフレドリックやポールには敵わないものの、スラリとしたしなやかな小麦色の肌に成長期特有の不思議な雰囲気を持った魅力的な青年だった。
夕暮れの闇の中で見た昨夜と朝日の中の今とでは、随分と印象が違っていたけれど――。
「どうかしたのか、シャナ?早く来いよ」
話し掛けられて我に返ると、既に船に乗り込んだフレドリックとポールが、不思議そうにこちらを見ている。
「……何でもないわ。今、行く」
返事をして船に乗り込もうとした時、動揺の所為かバランスを崩して船の中で倒れ込みそうになる。それを、後ろから乗り込んできたミゲールが、まだ掴んだままだった千早の手を強く自分の方へ引っ張って、彼女の体ごと抱き止めた。
「おい、シャナ。大丈夫か?」
「足元が不安定だから、気を付けて。シャナ」
既に乗り込んでいた2人は、転倒しそうになった彼女を心配して声を掛ける。残念ながら、当の本人には聞こえているのかいないのか――返事はない。
「……グラシアス」
聞こえるか聞こえないか位の小さな声で、礼を言う。千早はミゲールから素早く体を離すと、船内に落とした荷物を拾ってポールの隣に座った。自分の体温が一気に上昇しているのが判る。千早の心臓は息苦しい程に鳴っていた。……一体、何なの?千早の心に小さな不安が生まれる。
「……デ ナダ(どういたしまして)」
少しぶっきら棒に呟いたミゲールは、そのまま無言で荷物を積み込む伯父の手伝いを始めた。日焼けした肌の色で傍目には判らなかっただろうが――彼の顔は赤く色付き、彼の心臓もまた、いつもより早い鼓動を刻んでいたのだった。
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