La apertura que se destina−運命の始まり−(II)
「あ〜、美味しかった〜!」
食後の紅茶を飲み干して、ジュリアは満足気に声を上げる。
ジュリア・ポール・フレドリック・千早の4人は、今夜宿泊するホテル内のオープンカフェで、少し早い夕食を楽しんでいた。
最終的に4人が宿泊先に選んだのは、エントランスのアーチを括ると小さいながらも緑豊かな前庭が広がり、その奥には大きなプールとプールサイドにオープンカフェのあるオシャレなプチホテル。
オーナーがニーナと云うドイツ人女性で、ドイツ系アメリカ人のフレドリックを気に入って格安で泊まらせてくれることになったのだ。現地の男性と結婚して長年住んでいるというニーナは、久しぶりにドイツ語で会話できると喜んでくれた。
本来なら予算オーバーのホテルに宿泊できることになった訳だから、千早たちに否やはない。その上、旅行雑誌には載っていないような地元人ならではの観光情報も教えてくれて、実にラッキーだ。
「確かに、なかなかの味だったな。」
「ここに決めて良かったね〜。フレッド(フレドリックの愛称。友人たちは皆そう呼んでいる)のお手柄ね。」
味に煩いフレドリックの口にも合ったらしく、いつも無表情な彼の口の端に、薄く笑みが浮かんでいる。千早はつられて微笑みながら、同意する。
「確かに。フレッドが居てくれて良かったよ。」
「フレッド様々ね〜。」
「ま、ラッキーだったよな。」
珍しく人を褒めるジュリアに、フレドリックが照れたようにプールの方へ視線をそらす。
自信家だが、自分の意図しない部分で褒められることを苦手としているらしい彼は、案外照れ屋だ。
「ところで――ジュリア、シャナ、明日はどうするんだい?」
ポールはゆったりと微笑みながら、お坊ちゃん育ちらしいゆっくりとした口調で尋ねた。
勿論、レディーファーストも忘れない。両手の指を軽く組んだ仕草に、なんだか年配のイギリス紳士みたいだな、と千早は失礼にも思う。
「私、泳ぎたい!」
「ああ。この辺はサーフィンビーチばっかだけど、少し行ったところに泳げるビーチがあるらしいぜ。ちょっとタクらないと行けねぇらしいけど、10分くらいらしいし。何かちょっとした店とかもあるってよ?」
「お店って、どんな?」
「さあ?ビーチにありがちな感じの、じゃねえの?」
「も〜。フレッド、いい加減スギ〜。」
「知らねぇよ。てか、大体俺店とか興味ねえし。」
「ビーチの直ぐ近くって事は、サンタモニカの露店街みたいな感じって事じゃないかしら?」
「私、サンタモニカ大好き!!」
「いくらなんでも、サンタモニカ程は大きくねぇだろ……」
「まあ、サンタモニカ程じゃないにしても、多少はお店があるってことよね?」
「なるほど。女の子が好きそうな感じだね。そこに行ってみようか?」
「好いんじゃないかしら。お店が大したことなくても、ビーチはある訳だし。」
「うん!シャナと泳ぐの楽しみ〜。」
ジュリアの心は既に明日のお楽しみで一杯のようで、満面の笑みでウェイターに紅茶のお代りを頼んでいる。
「「俺/僕たちはどうでもイイのか(よ)……」」
同時に力なく呟いた男性陣の余りにもシンクロした言動に、千早は口にしていたコーヒーを思わず吹き出しそうになった。
新しい紅茶を受け取ったジュリアがそれを一口飲むのを横目で見てから、千早はふと今更な問いを口にしてみた。
「ねぇ。みんな、水着忘れずに持って来たわよね!?」
「「「勿論!!!」」」
3人が勢いよくハモる。
息の合った答えに、千早は噴出しそうになるのを堪えて微笑し、2つ歳が違うだけでもやっぱり子供なんだなぁ……と心の中で一人ごちて、何故か妙に安心した。
日本で4年制大学を卒業してから渡米し、留学の手続きなど諸々の調整期間を経て、現在在学しているコロンビア大学に編入した千早は、ストレートで同じ大学に入学して来たジュリア・ポール・フレドリックの3人よりも、2つ年上と云うことになる。
全員専攻は違うけれど、一般教養系の必須・選択科目の授業で顔を合わせているうちに、運好く(悪く?)ジュリアに気に入られた事から芋蔓式に……と言うのが、そもそもの始まりだった。
普段、冷静過ぎる程に落ち着いているフレドリックと、いつも穏やかな雰囲気のポール達と一緒だと、余り歳の差を感じる事はない。だが、やはり南国でのバカンスは彼らを歳相応の青年に戻らせるのに十分だったようだ。この場合、いつも無邪気で我儘マイペースなジュリアは、当然ながら含まれて居ないのだけれど。
因みに、4人の専攻は――ジュリアは東洋美術専攻で、東アジアが只今のマイブームだそう。普段ヌケている割に、東洋美術に関しては、日本人の血を引く千早よりも数百倍詳しい。
ポールは国際経済学科と経理学科を同時専攻という、常人には無謀としか言いようのない内容の日々を送っている。筈なのに、他の生徒たちよりも悠々とキャンパスライフを送っている気がするのは、千早だけではない。
フレドリックはMIT(マサチューセッツ工科大学。コンピュータなどの理工学部系では、全米トップレベルの大学)に受かっていたにも拘らず、何故か文系が強いと言われているコロンビア大学へ進学しCIS(コンピュータ・インフォメーション・システム。コンピュータ系の理工学部みたいな学科)を専攻している。
一年次の頃に理由を聞いたツワモノが居たらしいが、家から近いからと云うホントか嘘か判らない答えが返って来たと云うのは、学内であまりにも有名な話。
千早はと言えば――言語学を専攻していて専門は英語史だけれど、言語学者である父親の影響を色濃く受け継いだらしく、彼程ではないが、母国語である日本語以外にも英語やフランス語などの多言語を解する。
と云う訳で、いろんな意味で強烈な個性を持った彼ら4人は、大学内でも一際目立っているのは、ある意味当たり前のなのだった。とは言っても、自分たちの事には無頓着な連中ばっかりなので、キャンパス内での様々な噂にも気が付いているのかいないのか……ただ一人、トガッタ尻尾を持った「キレ者」を除いては。
そんなこんなで千早は、友人たちと毎日楽しいキャンパスライフを謳歌しているのだった。
「んじゃ、明日の予定はそれで決まりだな……。」
今日の仕事は全て果たしたとばかりに、フレドリックが今夜のディナーを締め括ろうと席を立とうと腰を浮かせかけて、ふと何かを思いついたように彼の大きな手で顎の辺りを摩りながら再び口を開いた。
「そう言やぁ、さっきホテルのオーナーに聞いたんだけどよ、イエローフィン(マグロの一種)の一本刷りが出来るらしいぜ。知り合いに名人が居るとかで。朝早いらしいから明日は無理だけど、やってみてぇと思わねえ?」
「一本刷りって、釣竿で釣るあの一本刷りってこと?釣れるのかい?」
「ああ。この辺で一番の名人だってニーナが言ってたぜ。シャナもやってみたくねえか?」
「そりゃあ、私も興味はあるけど……」
「だろ!?」
フレドリックが浮かせかけていた腰を再び勢いよく椅子に収めて、上半身を乗り出し気味に言った。少し興奮気味に語る彼の目が、お気に入りのおもちゃを見付けたとばかりにキラキラと輝く。
ポールも興味を惹かれたらしく、小さく何度も頷いては「一本釣りかぁ…、興味深いな」などと呟いている。
「予約制らしいから、後でオレがオーナーに詳しい事を訊いといてやるよ。」
「そうだね、頼むよ。何事も経験だしね。楽しみだな……」
すっかりその気になったフレドリックとポールは、一本刷りは男のロマンだ、などと熟年漁師のようなことを言って盛り上がっている。
普段の穏やかな風貌のポールも、無口で何を考えているのか判らないフレドリックも、やっぱり男の子なんだなぁ……と、暢気に思いつつ子供のような2人の会話に笑いを堪えていた千早は、腹筋が引きつるのを感じてこっそりと苦笑した。
そんな2人を微笑ましく感じて彼らの話に聞き入って居たから、いつもなら必ず会話に参加してくる(と言うより、会話の中心に居ないと気が済まない)ジュリアが、途中から一言も口を挟んでこない不自然さに気付かなかった。
いつもの気まぐれに過ぎないジュリアの態度だけれど、この時それに気付いていたならば、千早にとって生涯忘れる事の出来ない「悲劇」と出会わなくて済んだのかもしれない。
或いは――。
筆が遅くてすみません……
まだまだホンの序章に過ぎませんが、楽しんでいただければ嬉しいです。