La apertura que se destina−運命の始まり−(I)
初投稿作品のため、ちょこちょこと改訂しています。
再度読んでいただけると判るかとは思いますが、内容が解り易くなっていると思います。
楽しんで行っていただけると嬉しいです。よろしくお願いします。
出来ることなら全てを忘れてしまいたいと、何度も思った。
出来ることなら、この記憶の全てを消し去ってしまえたらと、何度も何度も思った――。
私、新條千早と彼、綿貫高利との出逢いは――この世にもし神様が存在しているのだとしたら、紛れもなく彼の悪戯としか言いようのない程の――『偶然が積み重なった結果』だった。
◆◇◆◇◆
春だというのに「灼熱」と云う言葉がピッタリの、4月のメキシコ・オアハカ。
短い春休みを利用して、大学の友人達と訪れた南国で待ちに待ったバカンス。
今夜の宿を求めて探し歩いたホテル3件目、パームツリーや色とりどりのトロピカルフラワーが生い茂る、ロビー代わりの前庭――。
皮膚の表面をじりじりと焦がす音が聞こえてきそうな日差しを浴びながら、千早は汗で少しずり落ちたサングラスを苛立たし気に外して、手で軽く顔を覆った。
小・中・高とバスケットボールで鍛えた体型は、一般的な日本人女性よりは若干しっかりした骨格を持っているものの、十分華奢な部類に入るだろう。すらりと細長い手足に、肩甲骨をすっぽりと覆い隠す辺りまで伸びた艶やかな黒髪。アーモンド形の鮮やかな青い目が印象的だ。アメリカ人の父と日本人の母から受け継いだ、それぞれの特徴が絶妙なバランスでミックスされた、エスニック・アジアンビューティー。
尤も、千早本人はどんな場所に居ても馴染むことのできない自らの容姿を、あまり快く思っていないようだけれど。
その、いつもは意志の強さを反映しているかのように強い光を放つターコイズブルーの瞳が、今は暑さと疲労で気だるげに伏せられている。
メキシコシティから延々バスに揺られて約8時間。続いて、炎天下での宿探し。暑さが苦手な千早には、そろそろ限界が近づいて来ているようだ。
――暑い。湿気がないから余計に。暑くて、蒸発しそう……。顔を覆ったまま、心の中で呟く。
「シャナー、やっぱりクーラー付いてる所にしよ〜。」
呑気なジュリアの声が、背後から響いた。炎天下で待っていた人間の心中など、全く気にしていない風だ。
大学の友人達は皆、千早の事を英名で「シャナ」と呼ぶ。日本名の「チハヤ」は、彼らには発音し辛いらしい。
ポニーテールにしたゆるくウェーブの掛かった明るい金髪を軽やかに揺らしながら、ジュリアが楽し気に近付いて来た。千早の肩程までしかなく、アングロサクソン系にしては小柄な彼女の動きは、まるで血統書付きの猫のよう。
両親が有名な宝飾店を経営しているジュリアは、筋金入りのお嬢様育ちの所為か他人の心情に疎い。早い話が、「我儘」なのだ。
千早は、どういう訳かこの気まぐれな猫に気に入られてしまったらしく、出会った当初から妙に懐かれている。特段愛想が良い訳ではない自分が、何故気に入られたのか全く謎だと、千早は思っている。
「ジュリア……解ったから。解ったから、早く戻ってらっしゃい。」
「ったく、何で泊まりもしねぇのに部屋見なきゃなんねぇんだよ。」
バテ気味な千早の横で、自分のバッグパックの上に長身を折り曲げるようにして座ったフレドリックが、溜息と共に言葉を吐き出して小さく肩を竦める。
高校時代、ナショナル・ハイスクール・バスケットボール・リーダーズ(全米高校バスケットボール選手のランキング。他にアシスト、リバウンドなどの部門もある)の得点ランキングベスト5に常連だったと言う彼は、190cmを越す長身とバスケ選手らしい引き締まった体躯で、しなやかな印象だ。
しかし、そのスポーツマン然とした爽やかな風貌に反して、言葉遣いが荒い。本人曰く、長年のバスケ生活での副産物ということだが……。
故障した訳でもないのに、将来を嘱望されたスター選手だったバスケット界からあっさりと足を洗って、普通にSAT(全米一斉の大学入試試験。日本のセンター入試みたいなもの)を受けてコロンビア大学の経営学部へと進学してしまった彼の本心は、謎だらけだ。
「え〜、だってここの建物が可愛かったんだもん。」
ジュリアは全く悪びれる様子もなく、彼女を待っていた千早達の所へ駆け寄って、
「ねー」
と、千早と千早を挟んでフレドリックの反対側に立つポールを見て微笑む。
隣から、大きなため息が聞こえる。千早が視線だけ向けると、フレドリックが短く刈り込んだ濃い茶色の髪を、大きな手で掻き回していた。
ジュリアの我儘振りは同じ大学の人間ならば皆承知している事実だが、熱光が降り注ぐ地へ来ても、彼女のマイペースは健在らしい。
余りにもいつも通りな言動に、怒りを通り越して感心してしまう。長旅の後に炎天下ではしゃげる彼女の動力源は、実はソーラーパワーじゃないだろうかと、今の千早には本気で思えた。
ジュリアの幼馴染で彼女の我儘振りに慣れているポールは、無邪気な彼女が可愛くて仕方ないらしく、細めた目尻に皺を作っている。自他共に認めるほどに、彼の溺愛ぶりもまた、大学内では有名な話なのだ。
そういう彼は、弁護士一家の御曹司で非常に優秀な経済学部の学生なのだけれど、良く言えば穏やか悪く言えば呑気そうな外見からは、想像もつかない。
いつも穏やかな笑みを絶やさないその中身は、実は一曲も二曲もある「キレ者」なのだが、その真実を知る人間は少ない――そんな所も、彼が曲者たる所以と言うべきだろう。
尤も、ジュリアはさて置き、フレドリックと千早はそのマイノリティの筆頭なのだけれど。
元バスケ選手のフレドリックと並んでも見劣りしない程度の長身に、どう見ても5〜6歳程サバを読んでいるとしか思えないような落ち着きのある彼。と、見様によれば高校生に見えなくもない程小柄で、可愛らしい印象のジュリア――場合によっては、昨今の高校生の方がジュリアよりも老けて見える事を否定できない――と千早達は思っているが。
そんな2人が並んでいる様は、仲の良い幼馴染というよりも、寧ろ親子に近い。
大学内で彼らがある意味ワンセットとして理解されていると言うことは、お嬢様育ちらしくちょっとヌケているジュリアだけが知らない「公然の秘密」だったりする。
「もうちょっと行った所にも、好い感じのホテルがありそうだよ?僕も少し疲れて来たし、そろそろ行こうか。」
炎天下で何度も寄り道をされ疲れきっている友人達を思って薄く苦笑いを浮かべると、ジュリアの意識を次の目的へと誘導する。
「そうね。早く泊まるトコロ決めて、シャナとゆっくりお茶したい!」
「はいはい。じゃあ、クーラーのあるトコに手っ取り早く決めて、少し寛ぎましょう。」
はしゃぐジュリアがこれ以上寄り道をしたいと言い出さないうちに、千早が先を促す。
ポールと千早の息の合った連係プレーで、ようやく我儘なお姫様も次のターゲットへと向かってくれそうだ。やれやれと言った態度でゆっくりと立ち上がるフレドリックが、目の端に映る。
めいめいが旅行荷物を気だるげに運ぶ中、ジュリアが手ぶらでみんなを先導する。彼女の荷物は、ポールが運んでいるようだ。
大柄なポールが持つと、2週間分の荷物がつまった大きな鞄も2・3泊程の小旅行用ボストンバックに見えてしまうのが、何だか微笑ましい。荷物に関してはフレドリックにも全く同じ事が言えるのだけれど、この場合、ポールの穏やかオーラが微笑ましさを増長しているのは言う迄もない。
「グラシアス(ありがとう)。」
部屋を見せてくれたボーイに一声掛けて、千早とフレドリックも2人の後を追った。
読んでいただき、ありがとうございます。
まだまだストーリーのほんの入り口部分ですが、いかがでしたでしょうか。
頑張って更新しますので、ご意見を頂けると嬉しいです。