第九話 魔王城の中に勇者がいます エルフとサキュバス
「なんだよ魔王。急に呼び出しやがって、ウチだって暇じゃねーんだぞっ」
このエルフは、サキュバスとは幼馴染らしい。なのに彼女はサキュバスとは違って、言葉遣いや態度がとても悪い。俺に対しても、まるで敬意のかけらも無いような感じだが、意外かもしれないが、俺は彼女に好感を持っている。恐れを知らぬような態度が逆に清々しく感じさせるのかもしれない。
「あー、ああ、すまんな、エルフよ。まあ、そう言うな。すぐ終わるから、・・・たぶん、な?」
俺はそう言って、サキュバスに視線を向ける。彼女は勝手に決めないでくださいとでも言いたげな目線を俺に投げた後、エルフに向き直る。
「エルフ、前々から言っていますけど、あなたのその言葉遣いはどうにかならないんですか? もう少し女らしく、とまでは言いません。せめて、魔王様にはもう少し敬意を払ってですね」
「うるせっ、あーうるせっ。まったく相変わらずテメーは口うるせーな。だいたいサキュバス、テメーも元々はそんなタマじゃねーだろが、ウチはテメーの幼馴染なんだから、よく知ってんよ。魔王の前だからって、カワイコぶってんじゃねーよっ、サ・キュ・バ・ス・ちゃん」
「な、なんですって!? エルフ! ぐむむ、言わせておけば、今日という今日は赦しませんよ!」
「はんっ、どう赦さないってーんだよ? いいんだぜ? 今から、嘆きの森の番長時代の『狂鬼サキュバス伝説』を、魔王様にくわーしく話して差し上げても」
「なっ!?」
サキュバスは、さっきまで顔を真っ赤にして怒っていたかと思えば、今度は、途端に青ざめた顔をして、固まっている。だからさあ、お前の得手は他人の精神操作なんだから、もうちょっとしっかりしてくれよ。
「エルフ、それにサキュバスも、俺はお前たちの口喧嘩を聞くために、ここに座っているわけではないんだぞ。仲がいいのは結構なことだが、肝心の要件を忘れてしまっては困るな」
俺はそう言って、二人の言い争いに割って入り、サキュバスに本題に戻すように促す。こいつらの口喧嘩は、ほっておくと酷いことになるからな。いろいろ物を壊される前に、止めるのが正解だ。
「コホン。エルフへの容疑は、森で人間の使う魔法の詠唱を真似ていることです。私たち魔族は、呪文を使った闇術しか使いませんが、エルフは詠唱を練習しているとのことなのです」
「ほう・・・、エルフは人間が使う魔術に興味があるのか?」
「いや、べつにそんなわけじゃないんだって」
「だったら何故、森であなたの魔法の詠唱が聞こえてくるなどと噂が立つのですか? 噂によると、神聖魔法のような詠唱の響きだったと聞いています。隠しても為になりませんよ。さあ、真相を話しなさい」
「はあ!? 神聖魔法なんて、ウチが使えるワケねーだろ!? ・・・ちっ、わーったよ。はなしゃいーんだろ? ちょいと人間の使う生活魔法ってヤツに興味があってよー。それの真似事をやってみてたっつーわけー」
「生活魔法というとあれか? 人間が掃除やら炊事やらの作業を楽にできるように開発したという?」
「そ、そうだよ。魔族だって、掃除や炊事はするじゃねーか? なら、魔族だって生活魔法ってヤツ、使えたら楽できんじゃねーのかって思ったんだよっ。人間が開発した魔法だからって、毛嫌いするこたねーんじゃねーか?」
ふむ。エルフの言うことも理解できる。我々魔族は、人間の生み出したものは敬遠しがちだが、便利なものは魔族も積極的に取り入れた方が良いだろう。古い魔族は嫌う考えだが、いつまでも古いままの頭ではいけない。
「そうか、良い心がけだな。して、エルフよ。少しは使えるようになったのか? その生活魔法とやらを」
「え!? い、いや、ちょっと真似してみてただけだから、使えるようにっつーのは、ぜんぜん無理かなーって、あはは」
俺の問いに、エルフは慌てた様子で答えた。なんだ、ほんとにちょっと真似してただけなのか。
「ふーん、本当ですかねえ? なんだか怪しいです」
サキュバスが、エルフをじと目で見ている。
「は、はあ!? ぜんぜん怪しくなんかねーし。つーか、テメー、サキュバス、また喧嘩売る気かよ?」
「喧嘩? 私はただ、真実を知りたいだけです。エルフが魔王様に隠し事をしているような気がしたので」
「な、なーんだよ? へんな因縁つけんじゃねーよ、サキュバス。ウチはなんだかんだで、今の魔王のことは、・・・まあ気に入ってんだ。だから、こいつの悪いようにはしねーぜ」
「そ、そうですか。いえ、魔王様に心酔しているのなら、まあ、いいのですが」
また険悪な雰囲気になりかけていたので、俺は二人を止めようと思っていたのだが、どうやら杞憂だったらしい。
「とにかくよっ。ウチの疑いが解けたっつーんなら、ウチはもう帰ってもいいよな? ほんとさあ、暇じゃねえっつーの」
「ああ、いいだろう。エルフも帰っていいぞ。手間をかけたな、すまなかった」
「ん? あー、魔王よお。アンタ、ちょいと自分の配下に下手にですぎなんじゃねーか? 時々、なんかちょーし狂うっつーの」
「はあ!? そう思うなら、あなたの言葉遣いをなんとかしなさい!! 」
まてまて、サキュバス、蒸し返すなよな。
「いやいや、もういいから帰ってくれ、エルフよ。あ、いや、なんかほんとにすまんな」
俺はエルフを無理やり返した体になったが、それは仕方がないことだ。これ以上、無意味な争いを続けることもなかろう。意外とエルフはすんなり帰っていった。
えっと、次は誰だっけ? あ、いや、俺は知らんからな。サキュバスにさっさと進めてもらわんと。
「なあ、サキュバス。この尋問って、意味あるのか? 出てくるのは、みんな俺の信頼する忠実な臣下達ばかりなのだが?」
「あ、はい。そ、そうですね。まあ、勇者がこの城の中に忍び込んでいるかはともかくとして、この際ですから城の中に溜まった膿を出すという意味もかねまして、尋問を続けましょう。次が最後の者になりますし」
「お、次が最後なのだな。よしよし、さっさと終わらせてしまおう」
「次は、ドラゴンを扉の向こうに控えさせています。彼が何を意図してあんなことをしているのか、私にもさっぱりわからないのですが、周りからの苦情があったので」
「ほう、ドラゴンか。いったい何をしたというのかな? まあ、いい、おいっドラゴンよ。そこに居るなら入ってこいっ」
俺が扉の向こうに呼びかけると、ドラゴンが入ってきた。