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第五十九話 とある商人の繁盛記 未来ある若者


「こんにちは、オヤジさん、今日は相談があって来たんだけど…」


 次に現れた客は、私がここに店を出した頃から、たまにやってきては何も買わずに帰っていく冒険者風の若者でした。だけど、私はこの若者のことはよく覚えています。珍しく私に声をかけてきましたが、どうしたんでしょうね?


「いらっしゃい。はて、どんなご相談でしょうか?」


「実はあの壁に掛かってある大剣についてのことなんだ」


 若者は私の後ろの壁に飾ってある大剣を指さしました。私がこの若者のことを印象深く覚えているのは、この大剣に関係があります。というのも、この若者、店に来る度に遠巻きにこの大剣を見つめているのです。いつも他の商品を見てるふりをしていましたが、私にはバレバレでした。


「あの大剣、一目見た時から惚れ込んでしまったんだよ。俺はどうしてもあの大剣が欲しくなったんだけど、あの値段だろ? 庶民には到底手が届かない。俺は頑張って冒険者稼業で金を貯めてきたんだけど、やっぱりあの金額には届かないんだ」

 

「ほっほっほ、確かにこの値段は庶民には厳しいでしょうな。しかし、私は値段をあこぎに釣り上げているつもりはありませんよ。自信を持って言います。これは適正価格です。この大剣にはそれだけの価値があるのですよ」


「ああ、わかっているよ。刃からほのかに青白い光が滲んでいるのが見える、魔法が宿った剣なのは間違いないし、俺の大剣使いの冒険者としての経験から、見ただけでも名剣といえるような剣だとわかる」


「ならば、私の言っていることは尚のこと理解できるでしょう。これは適正価格なんですよ、冒険者さん」


 そういえば、この大剣の値段が高すぎる、法外だとか言ってくる若者がもう一人いましたね。その若者は本当にたちが悪くて困りました。他のお客さんがいる前で高い高いと文句を言った挙句、最終的には、「この剣は勇者である俺にこそ相応しいからタダでよこせ」 なんて無茶苦茶なことを言ってきたので、塩をぶっかけて店から追い出しましたよ。さて、この若者もその類なのでしょうか?


「ああ、オヤジさんの目利きやなんかを疑ってるつもりなんてないんだ。だから、相談…というか、これは頼みなんだけど、その大剣の売値を少し負けてはくれないだろうか?」


 なるほど、値段交渉ということですか。それならば、私も応じないことはないですとも。


「少し…というと、いかほどをお考えで?」


「ありがたい、応じてくれるのか? なら、できれば、25000G(ゴールド)で売ってもらいたいんだけど…」


「はあ? …話になりませんな。お引き取りください」


 5000G(ゴールド)も値引きしろなんて、よく言えたもんです。


「あ、いや待ってくれ! じゃあ、26000でどうだろうか!?」


「…28000。これより低い値で売るつもりはありませんね」


「そ、そこをなんとか! う、う、…26500で」


「………………。」


「27000! 27000G(ゴールド)では駄目だろうか?」


「27000G(ゴールド)ですか、うーん…。わかりました、いいでしょう。冒険者さんの熱意に負けました」


「ほんとか!? ありがとう、オヤジさん。…あ、えっと言いづらいんだけど、もう一つ頼みが…」


「まだ何かあるんですか?」


「実は、俺の今の全財産は23000G(ゴールド)しかないんで、今払えるのは、それが限度だ。だから、残りの4000G(ゴールド)は後払いにして貰えないだろうか?」


「はあ…、まったく、あなたねえ…」


 私は呆れました。所持金を越えた金額で交渉していたんですね、この冒険者さん。


「頼むよ、冒険者稼業でここまで貯め込むのにも何年もかかったんだ。安定した収入の見込める稼業じゃないから、あと4000G(ゴールド)貯めるのにも、またどれくらいの期間が掛かるかわかんないんだ」


「あのですねえ。それを言ったら、後払いの分を私に払って貰えるのもいつになるかわからないってことになるんですけど」


「うっ、そ、それは、…そうなのだが」


 なんだか間抜けな交渉人ですねえ。まあ、熱意は買いますよ。思えば私も若いころは、取引相手に無茶な値段交渉をふっかけたもんです。

「この剣が欲しいという強い気持ちは伝わってくるのですが、この剣ではなくてはならないということもないでしょう? もっと安くてもそれなりに良い剣をお薦めすることはできますよ」


「…俺は、英雄になりたいんだ」


「英雄ですか?」


「世界に名を轟かす英雄ってのは、必ず魔法の剣を持っているもんだ。だから、この魔法の力を帯びた大剣が欲しいんだ。こんな凄い剣なんて、売ってる店は他に見たことがない。だから、俺がまごまごしてる間に他の誰かに買われてしまったらと思うと、焦ってしまって…」


 そこまで言うと、冒険者さんは肩を落としてうなだれてしまいました。


 英雄志願の若者…ですか。なんだか私の若いころと重なるものがありますね。私も伝説の大商人のような成功を夢見て、田舎の町から飛び出してきた身です。今は夢半ばとはいえ、このような立派な店を持つことができましたが、駆け出しのころはこの冒険者さんと同じような境遇と焦りがありました。



 ふむ……。




「わかりました。この大剣は冒険者さんにお売りいたしましょう」


「――!? え? オヤジさん…」


「ただし、少し条件を変えさせていただきます」


「お、俺は何をしたらいいんだ?」


「まず、今回のお支払い金額は20000G(ゴールド)で構いません。全財産を今使ってしまっては、当面の生活にも困るでしょう。それと、残りの7000G(ゴールド)の支払いは出世払い、いつになっても構いません」


「え? オヤジさん! 本当にそんな条件でいいのか!?」


「まだ話は終わっていませんよ。ここからが重要です。将来、冒険者さんが晴れて英雄と呼ばれる存在となった暁には、この大剣がうちの店で手に入れたものだと大いに喧伝してもらいたいのです。私が出す条件は以上です」


「…オ、オヤジさん、あんたって人は…」


 私は飾ってあった当店自慢の大剣を壁から外しました。ああ、少し名残惜しいですが、この剣ともお別れの日が来ましたか。いや、志高い若者に使って貰える方が、この剣も本望というものでしょう。


「さあ、冒険者さん、今日からこの大剣はあなたのものですよ」


 私がそう言って大剣を差し出すと、冒険者さんは慌てた様子で懐から巾着を取り出し、その中から20000Gゴールドを支払うと、大剣を大事そうに受け取りました。


「オヤジさん、ありがとう。オヤジさんの恩に報いるためにも、俺は絶対、英雄と呼ばれる存在になってみせるよ」


「ほっほっほ、頼もしいことですな」


 その後も冒険者さんは何度も何度も礼を言い、ひとしきりたったところでようやく店を出ていきました。私の目にはその時の彼の背中がとても眩しく映りました。


 ああ、未来ある若者の後押しをできるというのは、こんなにも気分を高揚させるものなのでしょうか? 私も彼に負けてはいられません。きっと私もこのまま店を繁盛させていって、世界一の商人になってみせます!


 ほっほっほ、冒険者さんが浮かれた声で、叫んでいるのが店の外から聞こえてきます。よっぽど嬉しかったのでしょうね。これは本当に良いことをしましたな。私も商売に精が出るというものです。冒険者さんの叫び声はこう聞こえてきました。



「念願のマジックソードを手に入れたぞー!」



 □ 次回予告 □


 「魔術師よ、あなたの愛は十分に広がっていますか?」 武闘家っちがアタシにそんなとぼけた質問を投げてきたのよ。はあ!? ちょっと武闘家っち、アンタどーしちゃったわけーえ? 前々から、馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけどーお、ついに完全にイカレちゃったわねーえ…。え!? アタシが短気なのは、アタシの愛が未熟だからですってえ? …アンタねえ、たいがいにしないとぶっ飛ばすわよお!

 このパーティーの中に魔王がいます。次章、『ニルヴァーナへの道』


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