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第五十四話 とある商人の繁盛記 奇妙な客

「毎度ありがとうございます。今後も御贔屓に」


 私は店のカウンター越しに、馴染みのお客さんを見送りました。


 私がここに店を出してから、そろそろ一年が経つでしょうか。ここは城下町の大通りの一角です。この町の一等地だと言える場所だと思います。ここまでくるのに色んなことがありましたが、全ては私を影で支えてくれる可愛い妻のおかげだと思っています。


 さて、今日も頑張って商売に励みましょう。私は店のカウンターに立って、お客さんを待ちました。


「やあ、オヤジ、繁盛してるか」


 一人の男が店に入ってきて、私に声を掛けました。


「はい、おかげさまで、好調です。いつも御懇意にして頂いて、ありがとうございます」


 この人は常連客の戦士さんです。戦士さんは職業柄か、武器防具の消耗が激しいらしく、うちの店に度々顔を出して頂いています。ありがたいことです。


「この前ここで買ったショートソードの握り手部分の皮が一部剥がれちまってな。皮を巻きなおしてほしいんだ。自分でやるよりもオヤジにやってもらった方がしっくり手に馴染むからな。忙しいだろうが、頼まれてくれるか?」


「はい、毎度ありがとうございます。もちろん、喜んで承らせていただきますよ」


「そうか、ありがたい。では、このショートソードは預けていくよ。頼んだな、オヤジ」


「はい、お任せください」


 あの戦士さんは優良顧客です。冒険者の前衛職といったら、ほとんどは荒くれ者のほぼ無法者に近い連中が多いのですが、あの戦士さんは違います。少し無口で武骨なところがありますが、踏み込んでしまえば、実は気さくで朗らかで思いやりのある方です。あんな方に頼まれた仕事は喜んでやりますし、自然と気持ちサービスを上乗せしてしまうものです。


 戦士さんがお帰りになってから少しすると、新しい客が店に入ってきました。その客は目深にフードをかぶっていて、やや小柄ながら初めは男か女かもわかりませんでした。


「剣を買いたいんだが」


 客は、フードを上げると、そう一言だけ言いました。

 少年のようです。顔にまだ幼さが残ります。しかし、その眼光は鋭く、威圧するかのように私を見ています。

 

「はい、剣でございますか。そうですね、いろいろと取り揃えてはおりますが、どのようなものがお好みでしょうか?」


「そうだな…、見た目がこう禍々しいのがいい」


「見た目…ですか?」


 変わった趣味の客ですね。うーん、とりあえず、何点か薦めてみましょうか。


「このククリナイフなんかはいかがでしょうか? 最近、当店では人気の品ですが」


 客の好みを聞いて、私は手近に置いてあった曲刀を薦めてみることにしました。この曲刀は刀身が独特のカーブを描いているので、この少年の趣味に合うのではないかと思ったからです。


「フッ、面白い形をしているな」


 少年はククリナイフに興味を示したようです。ここはこの商品を押してみましょうか。


「そうでしょう? ククリナイフはこの独特のカーブによって殺傷能力を高めているのですよ。使い慣れると見た目に反して扱いやすい曲刀ですので、お薦めしますよ」


「そうか。…で、その曲刀、呪われていたりはしないよな?」


「はい?」


「だから、呪われていないかと聞いている!」


「とんでもないです。呪われてなんかいませんよ」


 この少年は何を言い出すのでしょう。通常の商店で呪われた品などを扱っているわけがありません。私が驚いて少年の問いを否定すると、少年は「そうか」と、短く答えました。そして、少年はククリナイフから興味を失った様子で、「他のも見せてくれ」と、言いました。


 私は少年の様子に何か釈然としないものを感じながらも、次の品を薦めることにします。


「では、こちらのフランベルジュなどはいかがでしょうか?」


 私は大型の諸手剣を少年の前に差し出しました。


「この剣は刃が波型になっているのが特徴ですので、剣の見た目を気にするお客さんのような方にはぴったりではないですか?」


「フッ、これもいいな」


「そうでしょう、そうでしょう。こちらをお求めになりますか?」


「うん? うーん、…で、この剣は呪われていたりはしないよな?」


「大丈夫です! 呪われてなんかいませんよ!」


 何なのでしょうか、この少年は? 余程、呪いつきの武器を嫌っているのでしょう。何か呪いに関する不運な経験でも過去にあるのでしょうか? そうですね。ならば、とっておきの品を出すことにしましょう。私は何故かフランベルジュにも興味を示さなくなった少年に、ある剣を薦めることにしました。


「お客さん、そんなに呪いが気になるのでしたら、この剣はいかがでしょうか?」


 私は店の奥から一振りの長剣を引っ張り出してきました。その剣は刃がキラキラと光り輝いています。私はその刃を少年に見せつけ、こう言いました。


「この長剣は、聖なるつるぎと申しまして、鍛冶師が贅沢にも聖水を使用して鍛えた刃に聖女様の祝福を施してある剣です。どうです、この神聖な輝き。この剣があれば、アンデッドモンスターなど恐るるに足りません」


「フッ、確かに凄そうな長剣だな。で、その剣は呪われて…」


「お客さん!! 話、聞いてました!?」


 まったく、変な少年です。彼はいったい何者なのでしょうか? 見た目は少年なのですが、何やら雰囲気がおかしいなとは店に入ってきた時から思っていました。纏う空気みたいなものが、通常の少年のそれとは異質なのです。私も長く商人として生きてきましたから、それなりの眼力はあるつもりです。それに、私には客や取引相手の素性を見抜く特別な才能を持っています。これは、私の秘密なのですが、今からそれを披露することにいたしましょう。

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