第三十話 俺、魔王なんだけど、気が付いたら勇者と体が入れ替わっていた件2 引力に逆らえない男
背後から、威勢のいい声で呼びかけられたので振り向くと、筋肉隆々の男がこっちを向いて笑っていた。武闘家だな。
「いや、ついさっきまで、僧侶と戦士がいたのだがな。二人で市場に出かけたようだぞ」
この男は前回は借金を返せと迫ってきたが、あしらうのは簡単だった。今回はどうも上機嫌な様子なので、借金問題はなさそうだ。適当に相手して、さっさと追っ払うことにするか。
「そっか、今日は天気もいいみたいだしな。ところで勇者よおっ、調子はどうだっ?」
「え? ・・・あ、まあ、ぼちぼちだな」
武闘家は他愛ない挨拶のような言葉を俺に投げかけてきて、この場に留まっている。はあ・・・、特に用がないなら、さっさとどこかへ行ってくれよ。それにしても、何だろう? 武闘家の視線が俺の顔の位置から、やや下に頻繁にそれるのが気になった。
「おっ、そっか、俺の師匠も中庸ってのが大事だって言ってたぜっ。ぼちぼちってのは良いことなんだろーなあ」
武闘家はそう言いながら、俺を見て笑顔を浮かべている。が、やはり、チラチラと視線が下に動いているのが気になる。
!!
そうか! この男、俺の乳を見ているのか!? うわあ、女目線だと、こんな風に見えるんだな。もしかして、俺もサキュバスやエルフからは、こんな風に見えているんだろうか? 考えると恐ろしいな。いや、さすがに武闘家のように露骨にチラチラ見たりは、俺はしていないつもりだ。しかし、女の乳には男の目を引き付ける引力があるというのが俺の持論だ。見ないように心掛けていても、気づけば目が乳に吸い寄せられていたということがたまにあるのだ。
「あー、でも、俺は中庸とかってより、デカけりゃデカい方がいっかなあっ」
武闘家はニヤニヤしながら、チラチラと俺の乳の方を見ているのが明らかだった。俺はそのチラチラ視線が気になってか、自分では気が付かないうちに両腕で乳を隠すような姿勢をとっていた。すると、それを見て武闘家が一転して慌てた様子になった。
「うへ!? ち、違うぜっ! 俺はおめえの胸を見てたわけじゃねえぞっ!」
いやいや、絶対見てただろ。お前の視線はあからさま過ぎだ。恥ずかしいからもうちょっと自重しろと、同じ男としては言いたいところだ。そう思って、俺は乳を隠す姿勢をそのままに、更にその姿勢をわざとらしく大袈裟に変えて、武闘家にジト目を向けた。
「ち、違うって言ってんだろおっ! そんな目で見んじゃねえぜっ! あーっ、くそおっ! だいたいなっ、おめえがそんな胸の谷間が見えるような服着てんのが悪りいんじゃねえかっ!!」
あーあ、こいつ、開き直って逆ギレしやがったな。
「魔術師のやつだって、あんな男を誘うようなかっこしてやがんのに、色々見てると、「何みてんのよーお!!」 って言って、平手打ちかましてきやがんだっ! 見られたくねえなら、そんなかっこすんじゃねえって言いてえぜっ!!」
「ふむ・・・、その気持ちはわからんこともないかな」
「へ!? わかるのか? い、いや、だったらなんでそんな胸の開いた服着てんだってーんだよおっ?」
俺も男としては、武闘家と同じ疑問を持ったことがあった。
「これはな、決して男を誘っているわけではなく、ただ純粋に美しくありたいという女の願望がなす業だ。それにな、女のライバルはやはり女だ。つまり、男だけでなく、女は同姓にも自分の美しさを主張することで、己の権威を保てるのだ」
以上は、サキュバスとエルフに女の美意識について話を聞いた後に、俺が俺なりに導き出した結論だ。
「なにぃっ!? そんなっ? ・・・俺は魔術師が俺のことを誘ってるんだってばっかり思ってたぜっ・・・」
「ま、まあ、中には本気で男を誘う目的で淫靡な装いをする女もいるだろうがな」
魔術師か、・・・勇者パーティーにそれらしい女がいただろうか? よく思い出せんな。さてと、こいつと遊んでいる場合ではないな、どうにか追い払う方法を考えねばなるまい。
「ふむ、そうだな。魔術師とやらは、本気でお前を誘っているのかもしれんぞ」
「マジかっ!? で、でも、平手打ちしてくんだぞっ?」
「それはな、お前の愛の深さを試しているのだ。お前を誘惑してはいるが、しかし軽い女とは思われたくないという女心がお前に試練を与えることで、己が矜持を満たしているのであろう」
「そっか、そうだったんだなあっ! じゃ、じゃあさ、俺はどうしたらいいんだよおっ?」
「お前はその熱視線を魔術師とやらに注ぎ続けろ、そうすれば当然のごとく平手打ちが飛んでくるだろう。しかし、それは愛の試練なのだ。その長く続く試練の先に真の愛の世界が待っていることだろう」
「真の愛の世界だとおっ!? なんかすげえ感じがするぜっ!」
「感じるか? ならば、こんなところで油を売っている場合ではないだろう? お前の愛を思い人に注ぐのだ。今すぐにな」
「わかったぜっ! 待ってろよっ、魔術師! 俺の熱愛視線を存分に発揮させてやるぜえっ!!」
武闘家はそう叫ぶと、勢いよく宿屋の外へ走り出して行った。やはりあの男はちょろいな。おそらく、あの調子では、その魔術師という女の平手打ちを散々に味わうことになり、意気消沈しそうなもんだが、あの男に限っては大丈夫だろう。過ぎたことはすぐに忘れてしまいそうな雰囲気があの男にはあるからな。
「よし、邪魔者は片付いたな。二階の魔法陣のある部屋に急ぐと・・・」
「勇者っちー! 武闘家っち、どっかで見かけなかったーあ?」
俺の独り言を遮って、女が二階の階段から降りながら、俺に呼びかけてきた。




