第十九話 ワレイマダモッケイタリエズ 師匠の遺言
「ぐふっ、み、見事だ武闘家よ。よくぞ、ここまで腕を上げたな」
「し、師匠!! 怪我の具合は!?」
「構うな武闘家よ。儂はもう助からん。どのみち病にやられて、そう長くはなかったのじゃ」
「くっ、師匠・・・」
「よいか、武闘家よ。お前には天賦の才がある。だから目指すのじゃ。古の武術の神髄モッケイを」
「モッケイ?」
「ぐふっ、げほげほ。どうやらこれまでのようじゃ。さらばじゃ、武闘家よ。ガクッ」
「し、師匠おおおおおおおっ!! モッケイって何だよっ? 師匠おおおおおっ!!」
もう何年前になるだろうか、それが、俺と師匠が交わした最後の言葉だった。
「モッケイって、いったい何なんだよっ」
当時の俺にはモッケイが何なのかさっぱりわかんなかった。が、モッケイが木鶏、つまりニワトリの姿をした木彫りの像だということは、すぐに知った。しかし、結局、俺はその木鶏が何を意味しているのかわかんねえでいた。
俺は旅先の土産物屋でたまたま見つけた木鶏を買って、それを一日眺めていた。また、ある日は農家の飼ってるニワトリ達の動きをずっと観察し続けた。鳥の頭になりきって、考え事をすることもあった。しかし、それでも師匠の言わんとしていたことが、わかんなかったんだ。
考えあぐねた俺は山にこもり、しばらく滝行に打ち込むことにした。そして、滝行に入って何か月目かのこと、無心で滝に打たれていた俺はついに悟った。
「師匠! 木鶏とは、何も考えるな。要は、馬鹿になれってことなんだなあっ!」
俺は家に帰ると、今まで真面目に読んでいた兵法書や武術書の蔵書を全部焼き捨てた。そして、それから俺の脳筋人生が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さあ準備はいいか、武闘家? 遠慮なくいかせてもらうぞ」
「ああ、いいぜっ、戦士。ま、今日も俺が勝つけどなあっ」
戦士と試合をすることになった。戦士とは一緒に訓練することが多いので、よく試合をする。戦士のやつは右手にショートソード、左手に円形の盾を装備している。あいつのいつものスタイルだ。一方、俺はというと、武具は防御用に金属製の手甲を両手にはめているだけだ。こっちも俺のいつものスタイルだぜ。
「いや、武闘家、今日こそは勝たせてもらうぞ」
「そうか? おっ、いい目じゃねえかっ。全力できやがれえっ」
俺には戦士との実力に大差がねえように思えるんだが、試合は俺が勝つことが多い。何でだろうな? まあ、そういう分析は俺の柄じゃねえから、よくわかんねーんだけど。
「戦士さーん、頑張ってくださいねー。怪我は私が全力で治しますから、あ、でも、無理しないでくださいねーっ」
「戦士っちも武闘家っちも、どっちもがんばー! 見応えあるの期待してるわよーお!」
黄色い声援が飛ぶ、僧侶と魔術師だ。二人とも観戦ついでに審判役のようなつもりでいるらしい。
「そんじゃ、始めさせてもらうぜっ」
俺は戦士にそう言い放って、姿勢を少し低くする。そして、両腕を肩上まで掲げるとそのまま両手を複雑に動かし、その動きの軌跡はある図形を描いていく、夏の夜空に輝く星座を模した図形を。