第十五話 俺、魔王なんだけど、気が付いたら勇者と体が入れ替わっていた件 俺の大事な側近
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俺が目を開けると、そこにはいつもの見慣れた風景が広がっていた。
「え!? もとの体に戻った・・・のか?」
魔王城? ああ、間違いない、ここは魔王城の玉座の間だ。どうなることかと思っていたが、良かった、帰ってこれたみたいだ。
しかし、どういうことだろうな、この状況は? 俺はこの困惑する状況を作り出している原因に直接聞いてみることにする。
「なあ、聞かせてくれサキュバスよ。何故お前が俺の膝の上に座っている?」
玉座に座っている俺の膝の上にサキュバスが腰掛け、彼女は恥じらうように赤い顔をして俯いていたが、俺の問いかけを受け、少し驚いたような顔をこちらに向けた。
「え!? だって、魔王様がこうしろと言ったんじゃないですか?」
「俺がお前にこの膝の上に座れと言ったのか?」
「はい、確かにそう言いました」
はあ・・・、勇者のやつか。そういうことだろうな。
「なあサキュバスよ。ここ数刻の間、俺はお前に他にもおかしな命令をしなかったか?」
サキュバスは、少しの間その大きな瞳をパチクリさせてから答えた。
「命令というか、・・・そうですね。ここ数刻の間、魔王様は普段とはかけ離れた言動をしていました」
「あー・・・、なんだか聞くのが怖い気がするが、すまんが詳しく話してくれないか? 実を言うとだな、俺は覚えていないのだ」
「えっ!? 覚えていない・・・んですか?」
「ああ、まったくな」
「そんな・・・、そ、そうですか。わかりました。では話します」
サキュバスは俺の言葉を受けて、少し困惑しているようだったが、やがてここ数刻の間に起きた出来事について語りだした。
「魔王様はいつものようにこの玉座に座っていました。ですが、突然白目を剥いたかと思うとぐったりと俯かれたものですから、私は驚いてしまってオロオロしていたんです。すると、やがて魔王様が特につらい様子もなくその顔を上げたので、私は一安心しました」
サキュバスはそこで話を一区切りすると、俺の顔を一度うかがう。俺は軽く頷いて、話の続きを促した。
「考えてみれば、この時から魔王様は様子がおかしかったです。辺りをキョロキョロ見回したかと思うと、私のことをじっと薄目で見つめてきて、「おっ、可愛いネエちゃんがいるな。なあネエちゃん、ちょっと近くに来いよ」と、私に声をかけてきたんです」
「ネ、ネエちゃんか? お前をそう呼んだのか?」
「はい、ネエちゃんと。私もそう呼ばれて訝しげに感じたのですが、とにかく魔王様に呼ばれたようなので、お傍に近づきました。すると魔王様は、「今日の下着の色は?」「胸のサイズどのくらいなの?」「お風呂でどの部分から洗い始める?」と、立て続けに普段の魔王様からは考えられない質問を私に投げかけてきて」
「うわっ、頭が痛いな。サキュバス、それ、俺じゃないからな。勘違いするなよ」
「え? 魔王様じゃない? ん?? ・・・とにかく、魔王様がそんな質問をしてくるので、私も恥ずかしかったのですが、ちょっと興奮してしまいまして、下着の色とか胸のサイズとかどこから洗うとか、ついつい話しちゃったんですが、・・・あ、もう一度お聞きになりますか?」
「いっ、いや、それはいいから」
「そうですよねっ。聞きますよねっ。えっと、きょ、今日の下着の色は純」
「待て待て待てっ! そこは話さなくていいからって言ったんだっ」
俺は慌ててサキュバスの話を遮った。
「えーっ? さっきまでは積極的に聞いてきたのに止めるんですか? ・・・そうですか。残念ですが、わかりました。あ、えっと、どこまで話しましたっけ?」
「勇者、いや、俺の質問に答えたとこまでだ」
「そうそう、質問に私が答えるのを魔王様は、「ほー」とか、「ムフフ」とか、言いながら満足そうに笑って聞いていたのですが、その後です。魔王様が私に魔王様の膝の上に座るように命令したのは。私は魔王様にそんなことを言われる日が来るなんて思わなかったので、嬉しくてすぐにその命令に従ったんです」
「それであの状態だったということか」
「はい。私が膝の上に座ると、魔王様は、「ムホッ、言いなりだな。こりゃあいい。じゃ、楽しませて貰うかな」と、言って両手をワキワキと動かし始めたので、私は、その、何をされるのかと不安と興奮とがない交ぜの心持ちでじっと待っていました。ですが、それなのに・・・」
「あー、なるほど、よくわかった。そうか、そこまでだったということだな。・・・ふう、少し安心した」
俺は一つため息をこぼした。この俺の口からあんな破廉恥な質問を、大事な側近であるサキュバスに浴びせかけていたかと思うと、勇者への怒りがふつふつとこみ上げてはきたが、サキュバスを膝の上に座らせた後にやろうとしたことは未遂に終わったらしい。
少し落ち着いたところで、一つ気になることがあった。
「ところでな、サキュバスよ。お、お前はいつまで俺の膝の上に座っているつもりなんだ?」
そう、サキュバスはずっと俺の膝の上に座ったまま会話していた。
「え? だって、魔王様の膝、とっても座り心地がいいんですもの」
「おい、座り心地ってなあ、俺は椅子じゃないんだぞ。言葉に気をつけろよ」
「えーっ、たまにはいいじゃないですかー? こんなチャンス滅多にありませんしねっと」
サキュバスはそう言うと、俺の首に手を回し、体を寄せてきた。
「うわっ、お前、そんなにくっつくなっ。あーもう、鬱陶しい! お前まで俺を煩わせるかっ」
俺はサキュバスをはね除け立ち上がり彼女に背を向けた。それは、照れてしまい顔が上気して赤くなっているのを隠すため。
「ああ、魔王様のいけずー」
背後からそんな声がするが、俺は無視して前に歩き出す。
「サキュバス、俺は気分転換に馬を走らせて来る」
「あ、待ってくださいっ。魔王様、置いていかないでくださいよーっ」
俺は足早に玉座の間を後にして、扉の外に出た。そして、そこで一旦立ち止まり背後の扉の向こうに耳を澄ます。すると、慌てた様子で追いかけてくる足音が聞こえた。俺は扉に背を向けたまま、ふうと息を一つ漏らすと、ぼんやりと宙を見つめた。
「さて、今日はあいつを連れてどこへ行こうか」
三章はこれで終わりです。次章からは、また別の話になります。
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