第十四話 俺、魔王なんだけど、気が付いたら勇者と体が入れ替わっていた件 小娘に叩かれ
「うにゅー、勇者ちゃん、酷いなのです。私の大切な魔導書にいたずら書きをするなんてっ」
その小娘は、べそをかきながら、俺を杖でガシガシ叩いてきた。
「うわっ、いたたたたっ、やめろ小娘。魔導書がなんだとか言ったが、お前のような小娘ごときが魔導書など読めるわけがなかろう?」
「何を言ってるなのです? この賢者ちゃんに読めない魔導書などないなのです」
賢者? この小娘が? ふっ、笑わせくれる。
「おい、小娘。俺はお前の戯言にかまっている暇などないのだ。さっさとどこかへ失せろ」
「戯言? ・・・まったく、誰のせいで私が困っていると思っているなのです。とにかく、ちょっと二階の部屋まで来るなのですっ」
「は? 小娘、聞いてなかったのか? 俺はお前にかまっている暇など・・・うわっ、いたたたたっ」
俺に選択の余地などないとでも言いたげに、小娘はまた俺を杖でガシガシ叩いてくる。
「いいから来るなのですっ」
「あー、わかった、わかったよ。小娘、お前について行こう」
俺は年少の者に甘いところがある。俺の配下の魔物の中には、それを魔王らしくないと糾弾する者もいるが、こればっかりは性分なのでどうしようもない。それに年少者は未来の宝だしな。本当はこの場からすぐにでも逃げ出したいところだが、少しの間くらいこの小娘に付き合ってやってもいいだろう。
小娘の後について二階に行くと、二階の廊下の突き当りの部屋の扉の前に立たされた。
「さあ、中に入るなのです」
おそらく、この宿で借りている部屋なのだろう。俺は小娘の言うに従い、ノブを掴み扉を開いた。
「なんだ、あの怪しげな魔法陣は?」
部屋の中央の床に魔法陣がある。それは、一見転移魔法陣のようだったが、それから伝わってくる魔力と禍々しい紫色の光は、俺の知っている転移魔法陣とは異なるものだった。
「うにゅー、それもこれも、勇者ちゃんのラクガキのせいなのです」
「こ、小娘。この魔法陣はお前が施したというのか?」
「はい、なのです。でも、私が意図したものとは違う魔法が発動してしまったようなのです」
何の魔法陣なのかはわからんが、とても複雑な魔法の理を感じる。これをこの小娘がやったというなら、賢者というのは本当なのかもしれんな。
「なあ、小娘よ。この魔方陣は何なのだ? 俺はこんな奇妙な魔法陣は見たことがないぞ?」
「うにゅ、それが私もわからないでいるなのです。魔法陣を完成させた時に、一度発動したのは確認したなのですが、それで何が起こったのかもよくわからないなのです」
「小娘、意図しない魔法が発動したと言ったな? お前はどんな魔法を使うつもりだったのだ?」
「うにゅー・・・」
小娘は、少しの間その返答に躊躇ったが、すぐに話し出した。
「勇者ちゃんの強制帰還魔法なのです。僧侶ちゃんに頼まれていたなのです。勇者ちゃんが、パーティーの誰にも言わずに一人でどこかに勝手に出かけていってしまって、いろいろ問題を引き起こして回っているので、なんとかして欲しいと」
勇者、お前どんだけパーティーメンバーに心労かけてんだよ。
「あー、そういうことか小娘。お前はラクガキされた魔導書を読み違えて、おかしな魔法陣を発動させてしまったと」
「な、何を他人事みたいに言ってるなのです。勇者ちゃんがやったラクガキのせいなのです。これを見るなのです」
「いや待て、俺がやったとは限らんだろう?」
俺はそう言って、賢者が開いて差し出した魔導書を見る。
『天才勇者様参上!! 賢者のばーか、あとぺちゃぱい』
大きく汚い字で書かれていた。ああ、勇者だな。間違いない。
「最後のページにこれが書かれてあって、やっと気が付いたなのです。魔導書の途中を読んでいる間も、何か違和感を感じていたなのですが、よく見直すと魔導書のたくさんの箇所に改ざんがあったなのです」
そう言って、小娘が俺に魔導書の他のページを開いて見せる。それをよく見ると、ぱっと見ではまずわからないような巧妙な改ざんの跡が見えた。やった奴の悪意を感じる。
「勇者ちゃん、どうしてくれるなのですかっ? このよくわからない魔法陣、私にもどうにもならないなのです。お借りしたお部屋に変な魔法陣を残したままにしておけないなのです」
「い、いや、そう言われてもな、小娘。俺は魔法の専門家ではないから、わからんぞ。話を聞く限り、お前の方が魔法は詳しそうだ。お前がわからんなら、俺もわからんからなっ」
「そんなの知らないなのですっ。とにかく勇者ちゃんが悪いなのですっ。責任取るなのですーう!」
「え? 責任取れと言われてもな、どうにもできんぞ?」
「うにゅ? うにゅー、うにゅー、・・・うにゅ、とりあえず謝れ、そして、そこで三回回ってワンと鳴け、なのです」
しばらく小娘は唸りながら悩んでいたが、やがて瞳に暗い影をたたえてそんなことを言ってきた。
「はあ!? そんな屈辱的な真似がこの俺にできるかっ! もういいっ! 小娘、俺は魔王だ! お前のような小娘に媚びるべき存在ではないのだ!」
「まおう? ・・・前々から、勇者ちゃんは変な人だと思っていましたなのですが、うにゅ、ついに完全に頭がおかしくなってしまったなのですか?」
「うるさいっ、小娘! 勇者のせいで説教されたり、金を払ったり、平手打ちされたり、杖で叩かれたり、あーっ、もううんざりだ! 俺は魔王城にに帰る! 今すぐ帰るぞ!」
これまで受けた災厄を思い出し、俺は我慢できなくなってしまった。もう、こんなとこはヤだ。魔王城に帰るんだからね! 俺はツカツカと部屋の出口の扉へと歩く。
「ま、待つなのです! 逃がさないなのですよ!」
小娘が俺にしがみついて止めようとしてきた。
「むっ、離せ小娘! 俺はもうここを出ると決めたのだ!」
「うにゅっ、離さないなのです。ちゃんと責任取るなのです!」
ああっ、鬱陶しい。しかし、いかに魔法の能力が高いといっても所詮は小娘だ。俺を掴んでそこに留めえるほどの腕力も体力もない。俺は小娘の腕を難なく振りほどいた。
「すまんが小娘、俺はもうここを出ていく。恨むなら、勇者を恨むんだな」
そうだ。俺はここを去る。もう勇者の尻拭いはたくさんだ。
ん!?
ふいに周囲に魔力の強大な増幅を感じた。
「な、なんだ!?」
足元を見ると、いつの間にか、俺は小娘が作り出したという怪しげな魔方陣の中に入っていた。
「転移魔法陣が発動しているのか? うっ・・・」
俺は激しい眩暈を覚え、その場にうずくまる。やがて、意識がだんだんと遠のいていった。
「勇者ちゃんっ、勇者ちゃんっ! どうしたなのですか? しっかりするなのです!」