第十三話 俺、魔王なんだけど、気が付いたら勇者と体が入れ替わっていた件 借金とハンカチ
「勇者よおっ、ここにいたのかっ。おめえ、よくも俺を騙してくれたなあっ」
この男も勇者の仲間か? 武道着の上からでも筋肉隆々なのが見てとれる。見るからに武闘家だな。
「なんだお前は、いきなり騙したとは人聞きが悪いではないか?」
「おめえっ、どの口で言ってんだよっ、あー?」
武闘家が俺に掴みかかってきた。やめろこの馬鹿力。
「お、おい、まあ、落ち着けよ。騙したと言われても何のことかわからん。ちゃんと用件を話せ」
「いいからこの前貸した金を返しやがれっ。不治の病の妹を助けるために必要だとか言って、俺から借りていった金だよおっ」
「ほう、勇者にはそんな不憫な妹がいるのか?」
「おめえ、何、他人事みてーなこと言ってんだよおっ。賢者に聞いたら、おめえに妹なんかいねえって話じゃねえかっ?」
ふむ、だいたいの話はわかったな。どうも勇者はこの武闘家を騙して、金を巻き上げたらしい。揉め事は避けたいところだが・・・、懐をさぐると金が入ってそうな袋があった。勇者の金だが、勇者の作った借金の返済のためなら使ってもよかろう。問題は、これで足りるかだが。
「わかった、金を返そう。それで、いくらだったかな?」
「へ!? 返してくれんのかっ?」
「借りた金を返すのは当たり前のことだ。返さなければ信用を失うことになる」
「や、やけに素直だな。なんか気持ちわりーぞっ。まあいいか、金貨十枚だ。さっさと返せよなっ」
「わかった。なら金貨十一枚にして返そう」
「え? なんで一枚増えんだよっ」
「いいか、俺はお前から金を借りることによって、金を返すまでの期間の時間を買ったのだ。追加の金貨一枚はその対価と思ってくれ。それと、迷惑料だな」
俺は金の絡む話はきっちりしとかないと気が済まない。それに、ここは穏便に済ませたいからな。俺は金貨十一枚を武闘家に渡した。
「おっ、ほんとに金貨十一枚にしてくれんだ。ラッキー、勇者、おめえもいいとこあんじゃねーか、ありがとよっ」
武闘家は嬉しそうに宿屋を出て行った。武闘家ちょろいな。さて、それではさっさとここから立ち去ろう。
「あー、勇者っち! ここにいたわねーえ!」
くそっ、次は何者だ?
宿屋の階段の中段あたりから声をかけてきた人物は、足音うるさく階段を降りてきて、俺に迫った。
「ちょっとアンタ、私の荷物の中から盗んだものを出しなさいよーお!」
魔術師風の妖艶な女だった。大人しくしていれば美しいと評してやらんこともないが、今はこめかみに青筋を浮かべている、かなりご立腹な様子だ。
「さあ? なんのことだか、まったくもって思い当たらんな」
俺は本当に何もわからんから、堂々と言い放ってやった。もう、勇者が何をやらかしてても驚かん。
「とぼけんじゃないわよーお! あんなもの盗むのは勇者っちしかいねーってーのよお!」
「盗む? 女、俺が何を盗んだと疑っているのだ?」
「私の下着よ、ばかー!!」
「はああ!?」
女の下着を盗むだと? 意味がわからん。
「ほら、さっさと返しなさいよーお、勇者っち!」
「おい、ちょっと待て、俺がそんなものを盗むわけがないだろう? お前の下着なんかを盗んで何の得があるというのだ」
「はあ!? 何、とぼけたこと言ってんのよーお! アンタ、自分の前科を忘れたってーの?」
「え? いや、よくわからんのだが、勇者が、あ、いや、俺が過去にお前の下着を盗んだと? ・・・はあ、少し考えをまとめさせてくれ、なんだか変な汗が出てきた」
俺はそう言って魔術師を制すと、懐からハンカチを取り出して額の脂汗を拭った。その直後のこと。
ばっちーん!!!
俺の顔面を重たい衝撃が襲った。
「ぶふーぅ」
「やーっぱり勇者っちの仕業だったんじゃないのーお! この変態勇者がっ、ぷんぷんっ」
魔術師はその細い腕からは信じられない剛力で俺に平手打ちをかまし、そのままその手でハンカチを俺から奪い取って、階段の上に引き上げて行った。
「・・・お、俺が何をした?」
何だ? 何が起こった? 頭がガンガンする。あの女、見かけによらず恐ろしい腕力だ。さっきの僧侶といい、人間の女は侮れん。魔王城に帰ったら、勇者だけでなく、連れの女にも用心するように配下に伝えねばなるまい。
「勇者ちゃん、見つけましたなのです」
唐突に、背後から子供の声が聞こえた。俺が振り向くと、杖を持った小娘がいた。幼女といってもいいくらいの。