第十一話 魔王城の中に勇者がいます 銀色の光の中で
霧の中でサキュバスがおろおろとしている気配を感じながら、しばらく待っていると、やがて段々と霧が晴れてきた。
「・・・これは?」
霧が晴れると玉座の間の空間全体に、雪の結晶のような光が浮かんでいた。霧は床部分を全て覆っており、幻想的な白い光の世界が玉座の間に広がっている。
「うわあ! 魔王様っ、とってもキレイですね」
サキュバスはその光景を見て、素直な感想を言った。突然現れた美しい光景に目を奪われ、自分がさっきまで狼狽えていたことなど忘れてしまったようだ。
「確かに美しいな。見事な景色だ」
俺も素直に感想を述べた。雪の美しい魔法結晶が、部屋全体に散りばめられている。これだけ多くの魔法結晶を一定空間に留めておくことは非常に難しいだろう。
「ドラゴンよ、これは?」
「ガハハハッ、なかなか見事な景色じゃろう! じゃがな、儂の役目はお膳立てに過ぎん。後は奴らに任すとしようかのう」
ドラゴンが自慢げに笑っている。奴らに任す? 何のことだろう?
気づけば、いつの間にか俺の座る玉座の正面に、タキシード姿にハットを深く被った人影があった。その人影をよく見ると、服から除く肌の部分が透明で表面はつやつや光っている。
「あれは、・・・スライムなのか?」
スライムが俺に丁寧にお辞儀をし、そして、くるりとその場で一回転し、もう一度お辞儀をした。そのまま、スライムはお辞儀の姿勢で沈黙している。俺はそれをしばらく見守っていた。すると、近くで軽快な打楽器音が聞こえてきた。音につられて、俺がそちらを向くと、そこにはスケルトンがいた。
「クフフッ、魔王様。今宵はワタクシどもが魔王様に楽しんでいただこうと、一つ余興を用意してますホネ。どうぞ、ご覧になってくださいホネ」
スケルトンはそう言うと、自分の肋骨を右手に持った木鉢と左手の指とを使って叩き出した。先ほど聞こえた打楽器音は、スケルトンが肋骨を叩く音だったようだ。その音は、最初はゆっくりとしたテンポで響いていたが、やがて、複雑な旋律を刻み始めた。スケルトンは、器用に五本の指と木鉢とを駆使して、美しい音色を紡ぎあげていく。そして、その音の旋律の盛り上がりに合わせるようにスライムが動き出した。
スライムは、くるりくるりと優雅にタキシードの裾をなびかせスピンを数回決めると、スケルトンの演奏に乗せて踊り始める。その踊りは、まるで、愛しい恋人に愛を誓っているような物語を想起させる表現だった。うまいもんだと俺は感心した。スライムは、いつこんなに踊りを練習していたのだろう。スケルトンの演奏も見事だ。
踊りがひと段落したのか、スライムが再び玉座の正面に戻り、お辞儀を一つ。俺はそれを見て拍手で称賛しようと、両手を胸の前まで上げる。すると、スライムは急に、スッっと玉座の間の端の方に向かって歩き出した。俺が、どうしたことだろうと、その行く先を目で追っていくと、やがて、スライムは隅っこで膝まづいて右手を差し伸べる。
スライムが手を差し伸べた先のカーテンの中から、白い手が出てきて、それがスライムの手に添えられる。スライムがその手を優しく掴み、ゆっくりと引き寄せると、白い手の持ち主が姿を現した。エルフだ。そして、スライムがエルフを連れて、玉座の正面に戻ってくる。
エルフは俺を見て、淑やかに一礼すると、しっとりと歌を歌い始めた。もちろん、それに合わせてスケルトンの演奏は続いている。
たとえ あなたと会えなくなることが 来ようとも
私は信じている あなたの心は いつも私と共にあると
たとえ あなたが他の誰かを 愛したとしても
私は忘れない あなたがくれた 優しさを
たくさんの出会いと別れを繰り返し 世界は回って行く
それは 夜空で瞬く星たちの 輝きを映すように
さあ 歌を歌いましょう 悲しい顔とは さよならして
enjoy the music 今宵は楽しい宴
enjoy the music すべてはあなたのために
エルフの歌声はとても綺麗だった。彼女は普段の言動から、陰で残念美人と称されていることを俺は知っていたが、今の彼女を見て残念美人などと言う者はいないだろう。彼女が歌っている間も、スライムは彼女の周りを踊り続け、歌を盛り立てていた。
そして、エルフが歌い終え、スケルトンの演奏もいつの間にか聞こえなくなり、やがて静けさだけが辺りを包んだ。
「「「「魔王様! 500回目のお誕生日、おめでとうございまーす!!」」」」
え!? 俺? 俺の誕生日!? んー、あ、そういえば、今日がその日だったか。そうか、そうなのか? もしかして、皆この催しの準備のために隠れていろいろやってくれていたのか? えーっと、・・・うん、なんだか胸がジーンと熱くなった。
「・・・お、驚いたな、素直に嬉しいよ。皆、ありがとう」
皆が俺を笑顔で祝ってくれている中、一人少し浮かない顔をしている者がいる。
「そんな・・・、私の予定と違います・・・」
サキュバスが、そう呟いている。
「ん? どうした? サキュバス」
俺はサキュバスの様子が気になって声を掛ける。
「ちっ、わかってんだよっ、サキュバス。テメー、一人で抜け駆けしよーって考えてたんだろ? そーはいかねーってんだ」
エルフが悪辣とした笑みを浮かべながら、言い放った。もう、いつも通りのガラの悪い彼女に戻っている。歌を歌っていた時とは完全に別人だな。あれは幻影だったのかもしれない。
「クフフッ、サキュバス殿はいつも魔王様の傍にいるのですから、たまにはワタクシどもに譲ってくれてもいいではないですかホネ?」
「そうでございましゅ。じゅるいのでしゅ」
「そうじゃな。忠臣の我らを差し置いて、一人だけで魔王の誕生日を祝おうなどとは、いささか自分勝手じゃろう?」
エルフに続いて、スケルトンとスライムとドラゴンがサキュバスに文句を言う。
「む、そうですか? ふう・・・、そうですね。・・・確かに、私は魔王様を独り占めしようとしていたかもしれません・・・」
皆に責められて、珍しくサキュバスがしょげている。ふふっ、こんなサキュバスを見るのも久しぶりだな。うん、なんだか可愛く見える。
「なあ、サキュバスよ。お前も俺を祝ってくれるつもりだったのだろう? 俺は嬉しいぞ。信頼する忠臣達に囲まれ、そして、サキュバス。何よりお前の存在が俺を魔王の座を支えてくれている。お前には常々感謝しているからな」
「え!? ま、魔王様!! ・・・私は、私は魔王様に仕えることができて、たいへん大きな幸せを感じております。・・・う、う、う、・・・えーん」
「え!? あーあ、泣き出しちまったよー。おい、サキュバス、泣くこたねーだろー? あー、よしよし。つーか、魔王も罪な男だよなー」
エルフがサキュバスを慰めている。俺もまさかサキュバスに泣かれるとは思ってなかったので、なんか気まずいなー。
「やっぱりサキュバスしゃまは、じゅるいのでしゅ」
「クフフッ、やはり魔王様の一番の寵愛を受けているのは、サキュバス殿ということですホネねー」
◇ ◇ ◇ ◇
その頃、勇者はというと、とある有名な温泉の湧く村の女湯で、のぼせ上がって失神しているのを発見されたらしい。
二章はこれで終わりです。次章からは、また別の話になります。
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