第十話 魔王城の中に勇者がいます エルダードラゴン
「魔王よ、サキュバスに呼ばれたので、来てやったぞ」
彼らドラゴン族は気位が高い。魔王が相手であろうとも対等だと考えているようだ。いや、俺は気にしないんだけどな。そもそも、過去の魔王の歴史を振り返ると、ドラゴン族から魔王が選ばれた代は少なくない。俺の先代もドラゴンだった。
「ドラゴンよ。お前、何をしたんだ?」
「ふんっ、儂は何もしとらんぞ」
ドラゴンがその口から牙を覗かせ、不満げに言った。彼はドラゴンの中でも上位種のエルダードラゴンだ。彼くらいのドラゴンになると、体の大きさをある程度自由に変化させられるようで、今は俺と同じくらいの背の高さをしている。実は、人型にも変化できるのだが、ドラゴンの姿の方が裸でいられるので楽なのだとか。過去に一度、彼が人型に変化しているのを見たことがあるが、魔王城の中を素っ裸でうろうろしているのをサキュバスに見咎められ、こっぴどく怒られていた。いい年したおっさんが裸のまま正座させられていたな。あれはなかなか滑稽で見物であった。
「ドラゴン、近頃あなたは自分の部屋の中で、霧のブレスをまき散らしているのだとか、いったい何を考えてそんなことをしているのですか? ちゃんと魔王様に説明しなさい!」
サキュバスがドラゴンに詰め寄る。
「ふんっ、儂が儂の部屋の中で何をしようと、儂の勝手じゃろうが。サ、サキュバスに文句を言われる筋合いはないじゃろ」
裸で正座事件の後から、どうもドラゴンはサキュバスを苦手としている節がある。
「ええ、そうですね。ですが、あなたの出した霧があなたの部屋から廊下にまで溢れ出しているんです」
ドラゴン何やってんだ? しかし、霧くらいなら、さして害もなさそうだが。
「廊下に溢れだした霧が、そんなに問題があるのか?」
「それが魔王様、大有りなんです。ただの霧かと思ったら、強い冷気を含む霧だったらしく、先日、ドラゴンの部屋の周辺の扉を凍り付かせてしまったのです。その日、「夕方まで部屋の外に出られなかったのでございますー!」と、彼の隣の部屋のワイトが私のとこに泣きついてきた次第でして」
「うーん、それは問題だな。ドラゴンよ、確かにお前が自分の部屋で何をしていようと、俺はあまり気にせんが、しかし、周りの者に迷惑をかけているというなら、その限りではないぞ」
「そうですよ、ドラゴン。魔王様もこうおっしゃってますし、とりあえず、事情を説明しなさい!」
「むー・・・、ふんっ、儂の知ったことか。だいたいワイトの奴が軟弱なだけじゃろ。部屋の扉が凍ったくらいで大騒ぎしおって」
「ドラゴン! いい加減にしなさい!」
「ふんっ、サキュバス、あんまり儂を舐めるなよ。その小さな頭を儂の牙で噛み砕いてやってもいいんじゃぞ」
ドラゴンが残忍な笑みを浮かべてサキュバスを睨んだが、サキュバスは意に介していない様子で・・・いや、少し雰囲気が変わったな。
「ふふふ、ドラゴン、あなたも私を舐めないことですね。また、ここで正座をさせられたいのですか? 私の精神操作魔法で心を何度もへし折られながら、ふふふ」
サキュバスの瞳に冷酷な炎が宿っている。ドラゴンは軽く身震いすると、途端にサキュバスから視線をそらした。裸で正座事件を思い出したのだろう。
「と、とにかくじゃ、儂は悪いことなぞしとらんぞ。儂は悪くないんじゃっ」
「あなたは・・・、まだそんなことを言うのですか? ほんとに正座させないとわからないようですね」
ドラゴン、また正座させられるのか? それはちょっと見てみたい気がするが、・・・いや、ここは止めておこう。あの時はただ正座させられているのかと思っていたが、サキュバスは正座の間、彼を精神操作魔法で嬲り続けていたらしい。どおりでドラゴンがビビるわけだ。
「あー、サキュバス、あまりドラゴンをいじめるな。なあ、ドラゴンよ。お前は先代魔王と同じドラゴン族で俺との付き合いも長い、そんなお前を俺は信頼しているし、何か悪だくみをしているなんて思ってないさ。でもな、そんなお前だから、あまり隠し事はお互いにしたくないとは思っているよ」
俺がそう言ってドラゴンを諭すと、ドラゴンはしばらく押し黙っていたが、やがて口を開いた。
「そうか・・・、そうじゃな。隠し事か・・・。ふんっ、そろそろ潮時じゃろう。そもそも、もう隠す必要などなくなったのじゃからな。では、始めるとしようかのう、ガハハハッ」
ドラゴンはそう言って豪快に笑うと、突然、口から霧のブレスを吐いて撒き散らしだした。その霧はあっという間に玉座の間を覆い尽くす。
「お、おいっ、ドラゴン、何のつもりだ!?」
「はわわっ、突然、何をするのです、ドラゴン!? これでは何も見えないではないですか!? やめなさい!!」
「ガハハハッ、今まで隠してきたが、それも今日までじゃ。今宵は存分にこの力を振るえるのう」
霧の中からドラゴンの笑い声が聞こえる。
「乱心ですかっ? それとも、まさか勇者が化けているのって!?」
勇者がドラゴンに化けている? そんなはずはない。ドラゴンの話し方や態度は、彼のいつものそれと変わりない。変幻の小槌を使って姿は真似ることができたとしても、中身までまるっきり真似ることなどは出来ない筈だ。しかし、だとしたら、何故こんなことを・・・。