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しのぶれど色に出でにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで(百人一首 第四十首 恋の歌)

※平安時代研究者の執筆ではありません。なんちゃって平安時代になっている可能性有りです。

※百人一首第四十首が現代の恋する女子高生によるものだったら、というパロディです。

※詳しい解説は二話目のあとがきにございます。ご興味のある方はどうぞ。




中学から始めたソフトボールは、高校に入学してた後も続けている。

高校二年生になった今では、ソフトボール部のスタメンでファーストを任されているし、バッティングでは足の速さを見込まれ1番をもらっている。

期待されると応えたくなるのが、麻耶の性分だ。

最近では誰よりも早く朝練に来て、誰よりも遅くまで残って自主練をしている。


そうして1日の大半のエネルギーを部活で発散している麻耶にとって、お昼のお弁当だけではお腹がもたないのは当然の流れである。


女子にしては大きい二段弁当をぺろりと平らげた麻耶は、鞄の中からメロンパンを取り出し、ぱくりと大きな一口でかぶりついた。


ほのかな砂糖の甘い香りとサクサクの生地。中はふわふわで噛み締めるともっちりとしている。

これはいくらでもいける、と麻耶は幸せな気分でメロンパンを頬張った。


「いつも思うんだけど、本当それだけ食べてよく太らないよね麻耶」


頬を膨らませてもごもごと食べている麻耶を見て、向かい側に座っている香奈が半ば呆れ気味に言う。


「逆に、香奈はそれだけで足りるの?いくら帰宅部だからって少なくない?」


麻耶は首を傾げながら問う。

香奈のもとには、一段の小さめなお弁当箱のみ。

お弁当箱の中には、小さなおにぎりが一つとサラダとうずらのゆでたまご二つと小さなハンバーグとウサギさんの林檎が一つ。

たったこれだけで小さなお弁当箱はぎゅうぎゅうだった。


「最初はお腹空いたけど今は特に。それよりも太った姿を彼氏に見られたくないし」


そう言った香奈は、つやつやとピンクにネイルされた細い指先でピックにささったうずらのゆでたまごを掴んだ。


長いハニーブランの髪はゆるく巻かれ、目元を強調するためにアイラインをひき、薄くファンデーションを塗った香奈は、見た目だけではなく思考も女の子らしい。


麻耶とは正反対だ。


ソフトボールをするため邪魔にならないように切っているため、黒い髪はいつもボブだ。化粧なんて汗で流れるため、全くしていない。食事はお腹がすくからお弁当の他にいつもパンを食べているし、早弁だってする時もある。声だって大きいし、スカートでもためらいなくダッシュできるし、なんならクラスの男子に交じってふざけあうのもざらだ。

頑張って女の子らしいところを見つけるとしたら、ソフトボールの選手としてコンプレックスである背が高くないところと、甘いものが好きで間食をするには菓子パンを好むところだろうか。


「私、太っても香奈はかわいいと思うけどなぁ」

「麻耶…。ありがとう」


にっこりと笑った香奈は可愛らしい。

麻耶もにかっと笑い返した。

背はともかく、香奈のように女の子らしくなくても、ソフトボール選手として活躍できている自分のことは好きだ。


                     ◇◆◇◆◇◆


もう遅いんだからはやく帰りなさい、と監督に声をかけられた麻耶は息を切らしながら返事をした。

練習を終えた今、早く帰ってご飯を食べたい麻耶はボールとバットを一緒に抱え、倉庫向かった。

練習場には麻耶しかいなかったし、監督は練習場の施錠のために倉庫には向かうことができない。そのため、少々重かろうが手間を省くためには一度に全ての道具を一人で倉庫まで持っていく必要があったのだ。


いつものことながら一度に持つと重いなあ。しかも前がよく見えないし。くそう、もう少し私に身長とタッパがあればなぁ。


およそ女子らしくないことを思いながらふらふらと歩いていると、ふっと重さが消え、視界がクリアになった。

なんだなんだと麻耶が慌てると、ふっとしのび笑いが隣から聞こえた。


「そこまできょろきょろしなくたっていいだろ。小動物みたいだなお前」

「しょ、小動物!?人間だし!」

「あっ、そうやって怒ってるところもなんか小動物っぽいわ」


にやにやと笑う男に、なんで初対面の人にそんなこと言われなくてはいけないのだと麻耶はむくれた。しかも気にしている身長のことまで言われている。


「それで、お前みたいなチビがなんでこんな重たいの持ってんの。他のソフトボール部員は?」

「チビじゃない!私は麻耶って名前があるの!…そりゃ、自主練で今まで残ってたの私だけだし」

「へー、そりゃ関心」

「ていうか、荷物返して。私が運ぶ」

「あのなー、女子が重い物持って目の前ふらふら歩いてるの黙ってみてるほど、俺ひどい奴じゃねえから」


気になるなら俺の鞄持って倉庫までついて来いよ。


そう言った男に麻耶は黙って隣と歩いた。


「…それで、あなた誰?」

「あぁ、名前な。兼盛。ちなみに二年A組サッカー部」

「かねもり…。あ、先週古文の授業の時出てきたね同じ名前の人。三十六歌仙の一人だっけ」

「平兼盛だろそれ!おかげでサッカー部のやつらにお前がすると蹴鞠だななんてからかわれたわ」


何とはない雑談をしているうちに、あっという間に倉庫へついた。

ドサッと重い音を立てて道具を置いた兼盛は、コキリと肩をまわした。


「道具これで全部だろ?」

「うん、全部」

「よし、帰るか。じゃあ俺校門で待ってるから」


兼盛の言葉に麻耶は目をぱちくりと瞬かせた。

兼盛は既に制服に着替えており、鞄だって持っている。このまま直ぐに帰宅できるのに、何を言っているのだろうかと麻耶は首を傾げた。


「ばーか。もう暗いのに女子を一人で帰らせるかよ。もう知らねえ仲でもないし」

「なんで私の考えてること…!?」

「いや、顔に全部出てるから。わかりやすいなぁお前」


何が面白いのか、また兼盛はにやにやと目を細める。

単純と言われているようで、麻耶が抗議をしようとすると、口を開くより前にお腹が空腹の抗議の音を鳴らした。


「あっはっはっは!まじおもしろいわ最高!」


爆笑する兼盛を放って、口をへの字にした麻耶はどすどすと部室へ向かった。


                     ◇◆◇◆◇◆


校門で待っていた兼盛に寄り道を持ちかけられた麻耶は、ラーメンがいいと答えた。

がっつり来たな、とまたしても笑う兼盛にむっとした麻耶だったが、彼おすすめの学校から離れていないラーメン店の豚骨ラーメンを口にすると不機嫌そうな表情をぱっと笑顔に変えた。


口当たりはサラッとしているにもかかわらず、こってりと濃厚な豚骨スープは、かた麺によく絡んでいる。

ほどよい塩気の海苔にも、口の中で噛まずともとろける分厚いチャーシューにも、半熟のとろりとした黄身のゆでたまごにもしっかりと旨みたっぷりのスープが染み込んでいる。


勢いよくずずっと麺をすすり、口をもごもごとさせていると麻耶の器にレンゲがつっこまれた。


「私のラーメンなのにっ」

「スープぐらいいいじゃねぇか。すごい美味そうに食ってるから味が気になるんだよ。…お、醤油もいいけど豚骨も美味い」

「もー、じゃあ私もそっちのちょうだい」

「おう…ってレンゲじゃなくてどんぶりごとかよっ」

「スープぐらいいでしょ!」


わあわあと応戦しあいながらもあっという間にラーメンを食べ終えた二人は、お店を出てからも騒いでいた。


「餃子一個譲ってやったんだからいいだろ」

「あのチャーシューはおいしかったから最後にとっておいたの!」

「ずっと残ってるからいらねぇのかと思ったんだよ」

「楽しみにしてたのに…」

「あーもうわかったって。また食べに行けばいいだろ。その時にチャーシュー追加分だけおごってやるよ」

「やった!…またにやにやしてるし何で頭なでるの」

「いやぁなんか自然と。ほら、拗ねてるうちに着いたぞ駅」


兼盛に乱された髪を雑に直しながら、彼を睨んでいた目を前に向けると、いつの間にか最寄り駅についていた。


「じゃあ俺はこれで」


来た道を戻ろうとする兼盛を、麻耶は慌てて呼び止めた。

スカートの裾をぎゅっと握った手は、何故か汗ばんでいる。


「あの、ありがと。色々」


麻耶にしては珍しいほど小さな声でお礼を告げると、兼盛は一瞬きょとんとした表情を見せ、そしてにかっと笑いどういたしましてと返した。


「また明日な、麻耶」


今まで見てきたにやにやとした笑いとは違う、くしゃりと目元を和らげ笑窪ができている明るい笑顔に、麻耶の胸はどきんと衝撃を受けた。


挨拶とともにわしゃりと撫でられた髪をそのままに、麻耶は兼盛の姿が見えなくなってもずっと熱の引かない頬を両手で押さえていた。

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