表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

エンドリア物語

「ダリグリッシュ・コレクション」<エンドリア物語外伝49>

作者: あまみつ

 古道具の商売では【うぶ】と呼ばれるものがある。

 長らく封鎖されていた倉や宝物庫を開くと人目に触れていなかった品物がある。それらを【うぶ】と呼ぶ。目垢がついていないから通常より高い価格で取り引きされる。これらを商品として売るときには【うぶだし】として売ったりする。

 桃海亭のようなコネのない新米店主には縁のないものだが、今回、なぜか長らく封鎖されていた宝物庫を開けるから来ないか桃海亭に招待状が届いた。うぶが大量にあるらしい。さらにムー・ペトリの連れてくるようにという、信じられないような好条件での参加だ。

 ムーの膨大な知識は他の古魔法道具店の人には脅威のようで、古魔法道具の業界人が売買するような場所ではムーは必ず閉め出される。参加を認めてくれた優しい宝物庫の持ち主に心から感謝して、オレとムーは招待状に書かれている場所に向かった。

 招待状に同封されていた地図を見ながら、ニダウからノォダプ街道を自動二輪車で1時間ほど走り、北に曲がるわき道に入り、30分ほど走って目的地に着いた。2階建ての石造りの古い洋館で、200年以上に流行った様式で建てられている。戸外にある宝物庫も屋敷と同じ石材で作られおり、同時期に作られたものだとわかる。屋敷に隣接して建てられ距離にして10メートルも離れていない。どちらも、ここ数十年は手入れをされなかったようで、汚れと荒れが見て取れた。

 オレ達が屋敷についたときには、すでに古魔法道具店の人達がたくさん集まっていて、洋館の前庭は活況を呈していた。オレ達は馬車置き場を探して、並んでいる荷馬車の隣に自動二輪車を置いた。

「面白いものに乗ってきたな」

 後ろから、いきなり声を掛けられた。

「おはようございます」

 声で予想したとおり、ニダウの老舗古魔法道具店の店主、ロイドさんだった。

「先日、手に入れました。見てのように小さいですが荷台がありますので、本日使ってみることにしました」

 オレ達が乗ってきた自動二輪車は変わった形をしている。ハンドルがあって、縦に並んで席が2つある。その後ろに小さな荷台がついている。本体も車輪も鉄製の頑丈な作りで、車輪は直径40センチほどと小さい。荒れた道でも楽々走れる。

 先月、ボロ市で足こぎ車として売られていたのをムーが見つけて銅銭10枚で購入した。ムーに知識があったから、見つけられたわけだが、オレはそれだけではないと思っている。

 長い距離を移動するのに、乗り合い馬車も乗せてもらえず、召喚モンスターのティパスも禁止、貸し荷馬車も貸してもらえない、そんなオレ達を不憫に思った神様がプレゼントしてくれたに違いない。

「ケタス工房が50年前に作った自動二輪車に似ているな」

 さすが、老舗の古魔法道具店の店主。

 この自動二輪車の何であるかロイドさんは知っているようだ。

 ケタス工房が制作した魔力を燃料にする自動二輪車だ。ケタス工房が何を考えて作ったのかはわからないが、燃料に使えるほど魔力に余裕がある魔術師がほとんどいなかったため、10数台しか売れなかったらしい。

「席が2つで、荷台があるな」

 ムーが改造した2カ所を指摘した。

「色は桃色にしておけ」

「助言ありがとうございます」

 ロイドさんが去ると、ムーはすぐに魔法で自動二輪車の色をショッキングピンクに変えた。

 桃色=桃海亭の品だとわかるから、トラブルに巻き込まれたくない人間は手を出さない。

「こんなんで、どうしゅ」

「いいんじゃないか」

 今回の屋敷の主人らしき人が屋敷から出てくるのが見えた。

 オレとムーは屋敷の前庭に足早に向かった。




 前庭には顔見知りの古魔法道具店の店主がかなりいて、オレは挨拶をして回った。ムーは『あっちの石像が面白いしゅ』と、庭に向かった。石像は庭にたくさん置かれていたが、ほとんどの石像は原型がわからないほどに壊れており、形がわかるのは獣のような形の数体だけだ。

 屋敷の主人らしき人物は、出席者にひと通り挨拶すると前庭にある階段の上に立った。

「ようこそいらっしゃいました。私は先月この屋敷を購入したツェザーリ・ガラハーと言います。これより、宝物庫を開けたいと思います。今回のオークションを取り仕切るのは、こちらのエーリアン・ヒルになります」

 エーリアン・ヒルと呼ばれた男がガラハーの隣に立った。

 とがった顔つきの痩せた男だった。その後ろに若い男が3人並んだ。全員、ありふれた白シャツと黒いズボンだが正業についているようには見えない。

「エーリアン・ヒルと申します。これより、宝物庫を開けます。一つずつ取り出しますので、その時点で値段をつけてください。最高値の人にお売りします」

「待ってくれ」

 声を上げたのは、ラルレッツ王国に古くからある老舗の古魔法道具店の店主だ。

「やり方が間違っている。宝物庫のものを全部出す。参加者が商品の価値を見定める。それから、入札だ」

 集まっている人々からも「そうだ」「ルールを守れ」などの声があがった。

「今回は私が言った通りで行います。不満のある方は参加しなくて結構です」

「商品が持っている魔法の力は鑑定をしなければ、わからない。魔法がかかっていない品でも近くに見なければ、傷や汚れが見えない」

 別の店主が言ったが、ヒルは動じることはなかった。

「どうぞ、お帰りくださって結構です」

 ざわめきが広がっていく。

「始めてくれ」

 そう言ったのはロイドさん。

「よろしいのですか?」

「構わない」

 どよめきが広がったが、すぐに収まった。

 ロイドさんはエンドリア王国だけでなく周辺諸国の古魔法道具店の店主では知らない人がいないほど有名だ。人望もある。ロイドさんが言うならばという雰囲気に変わった。

 ヒルの前にテーブルが置かれ、白い布が掛けられた。

 2重になった宝物庫の鍵があけられ、分厚い扉が開かれた。

 ヒルの手下らしい数人が宝物庫の中に入り、いくつかのものを持ち出した。

「これからいきましょうか」

 ヒルが乗せたのは、古い素焼きの壷。

「金貨10枚からスタートです」

 誰も答えない。

 これほど離れていると魔術師でも魔法道具か判断するのに微妙な距離だ。効果がわからなければ、買わないのが普通だ。

 ロイドさんがオレの隣に来た。

「ムーはいるな」

「ここにいますが」

 庭を歩き回って疲れたのか、オレの足下で寝転がっていた。

「ほよしゅ?」

「あの壷いくらだ。でかい声で叫べ」

 ムーが「よいしょ」と起きあがった。

「あれは……」

 ムーが目を細めた。

「銅銭10枚しゅ!」

「いらないな」

 続いてロイドさんが言った。

 ヒルがオレ達をにらんだ。

「誰も買わないようだ。次にいってくれ」

 ロイドさんが言った。

「わかりました。次を」

 ヒルがテーブルに乗せたのは、金色に輝くプレスレット。精緻な文様が彫られているように見える。

「銅貨1枚。メッキしゅ」

 誰も買わない。

「次にいってくれ」

 ロイドさんに言われて、次の品物がテーブルに乗った。天使が宝石を担いでいる置物だ。宝石は遠目にもイミテーションとわかる粗悪品だ。

 ヒルは何もいわず、オレ達をにらんでいる。

 参加者がオレ達とヒルとのやりとりを、固唾を飲んで見守っている。

「魔法道具しゅ。効果は暗いところだと宝石がチビッとだけ光るしゅ。銅貨2枚しゅ」

「銅貨2枚で買った!」

 前の方にいた参加者の男が手を挙げた。

「銅貨3枚ではいかがですか?」

 ヒルが言った。

「3枚なら買わない」

「わかりました。銅貨2枚で」

 銅貨2枚を払って、天使の置物を受け取った。

 これでは、オークションとはいえない。

 ヒルがこっちを見た。

「そちらの方、黙っていていただけませんか?」

 これ以上話すと力で黙らせるぞという暗黙の脅しだ。

「やめとけ」

 ロイドさんがぶっきらぼうに言った。

「こいつはムー・ペトリだ」

 ヒルが驚いた。少し離れたところにいる主催者のガラハーを見た。

 ガラハーは首を横に振った。知らなかったらしい。

 ということは、オレ達は招待されていなかったということだ。

 オレは隣を見た。

 ロイドさんがうなずいた。

 ようやく招待状に『ムーを連れてくるように』と書かれていた理由がわかった。

 オレ達に偽の招待状を送ったのはロイドさんだ。なぜ、オレ達を呼んだのか、オレ達に直接頼まず招待状という形をとったのか、情報が足りなさすぎて判断できない。

 わかっているのは、この集まりにはオレの知らない何かがある。

 ヒルがオレ達の方を向いた。

「私どもは商売でやっています。売るのを邪魔するなら帰っていただきたい」

 ロイドさんが前の方に行った。そして、先ほど前にいた古魔法道具店が買った天使の置物を借りて戻ってきた。

「おい、こいつをいつ作ったかわかるか?」

 置物を受け取ったムーがいじり回して調べている。

 放置されていたらしい置物にはにホコリや汚れがついている。デザインも200年ほど前にはやったのものだ。

「この置物が作られたのは10年より新しいしゅ」

「間違いないか?」

 ムーの短い指が、宝石をさした。

「ここの魔法効果の設計は、コーディア魔力研究所が10年前に発表した方式を使っているしゅ。その前は別の方法で作っていたしゅ」

 ロイドさんがヒルを見た。

「ダリグリッシュ・コレクションを売る気はないのか?」

「これは、ほんの小手調べ。ディナーで言えば前菜のようなもの。ダリグリッシュ・コレクションはこの後に出す予定です」

「それなら、1つでいい、ダリグリッシュ・コレクションを出してみろ」

「順番というものがございます」

 ロイドさんが宝物庫をさした。

「あの宝物庫にダリグリッシュ・コレクションがあるのはわかっていた。だから、我々古魔法道具店の関係者は今回の召集に応じたのだ」

 オレ達の後ろにいた若い男性が立ち上がった。

「宝物庫には幾重にも封印が施されていた。コレクションを取り出そうと100年近く多くの者が試みたが成功しなかった」

 前の方にいた老人が立ち上がった。

 ダイメンの老舗の古魔法道具店の店主だ。

「我々が知りたいのは、今この宝物庫の中に何があるかだ。あんたたちが、どのようにして宝物庫の権利を手に入れたのか、封印を解いたのかには興味はない」

 壮年の女性が立ち上がった。

 オレの知らない女性だ。

「古魔法道具は素人が一日か二日勉強したところで扱えるものではありません。ましてや、ダリグリッシュ・コレクションとなれば相当な知識と経験が必要です。我々に宝物庫の内部を見せていただきたい」

 ムーがウンウンとうなずいている。

「知っているのか、その何とかコレクション」

「知らないしゅ」

「まぎらわしいから、うなずくなよ」

 ムーがニマァーと笑った。

「欲しいしゅ」

「やめておけ。苦労して手に入れても、一流の魔法道具ならシュデルの影響下に落ちるだけだ」

「この感じだと、ベロベロしゅ」

 魔力にも色々な種類があるらしい。その中でもムーが【ベロベロ】と呼ぶ種類はシュデルの特殊能力の影響を受けない。

「つまり、あの中の品物は…………」

「売ることができるしゅ」

 金だ。

 金儲けの種が、あそこに詰まっている。

 オレは手を挙げた。

「ヒルさん!こっちを見てください。オレがあの宝物庫を丸ごと買います。いくらですか?」

 ロイドさんに頭を軽くこづかれた。

「話を聞いていなかったのか」

「あそこになんとかコレクションがあって、古魔法道具店の皆様が購入希望でここに集まって、あのヒルという人が売り惜しみをしている。で、あっていますよね?」

「まだ、交渉中だ」

 オレを行為をとがめるように言ったが、ロイドさんは状況を進めることをのぞんでいる。ダリグリッシュ・コレクションが何かオレは知らないが、既存の古魔法道具店がやりにくいことをさせる為にオレ達を呼んだとすれば、オレのすることは決まっている。

 ヒルに向かって手を大きく振った。

「ヒルさん、そっちの条件を提示してください。言ってくれないと、オレは頭が悪いからわかりません」

 ヒルがガラハーの方を見た。ひとりだけ離れて座っているガラハーが、重々しくうなずいた。

「いまから、ダリグリッシュ・コレクションをお見せします」

 そう言うと、壊れた屋敷の方に向かって言った。

「持ってこい」

 乱暴な言い方だった。

 若い男2人が割れた扉の隙間から屋敷の中に入り、20センチほどの小さな箱を持って出てきた。2人がかりで持ってきたのは封印の紙がベタベタ貼られていて、それに指が触れないように持っているためだった。

 それを慎重に布をかぶせたテーブルに置いた。

「皆様、ご希望のダリグリッシュ・コレクションです」

 魔力のないオレにもわかった。

 危険な匂いがプンプンする。

 施されている封印の紙は、魔法協会本部の地下倉庫で似たようなものを見たことがある。

「どうぞ、ゆっくりとご覧ください」

 そう言ったヒルは、テーブルから離れて主催者のガラハーのところに移動した。

 ムーが前の人々をかき分けるように走っていった。テーブルに両手を乗せると、箱にかぶりつくように見ている。

 他の古魔法道具店の関係者も、箱に集まっていく。ロイドさんも箱の側に移動した。

 オレはヒルのところに向かった。

 魔術師ではないオレは、箱を見てもわからない。鑑定もできない。

 それよりも、金が詰まっている、違った、金儲けができるかもしれない宝物庫の方がオレには気になる。

 中を見せて貰って、買い取り金額を交渉して………。

「ムー・ペトリは予定外だった」

 主催者のガラハーが低い声で言った。ヒルと顔をつけるようにして話している。

 よほど集中しているのか、後ろから近づいているオレに気づいていない。

「大物です」

 ヒルが嬉しそうに言った。

 驚いた。

 ムーがいた場合、その1、その場から追い出す、その2、イヤな顔をするが我慢する、その3、殺しにかかる。この3つのどれかで、嬉しそうな顔をしたヒルの反応は珍しい。

「よし、いまだな」

「はい」

 ヒルの返事とほぼ同時に白い光が現れた。テーブルを中心に10メートルくらいの円形ドームを作った。わずかに白っぽいがほとんど透明で、中がよく見える。

 ドームに閉じこめられたことに気がついた古魔法道具店の店主達が騒ぎ出した。ドームを軽くたたいたり、魔文字を浮かせて調べたりしている。

 ガラハーが立ち上がった。

「捕獲できたな」

「高く売れます」

 嬉しそうに言ったヒルはドームのすぐ側まで移動した。

 ヒルは近寄ってきた店主達に、笑顔を向けた。

「親愛なる古魔法道具店の店主の皆さん、その箱の調査は済みましたでしょうか?」

「どういうことだ」

 ロイドさんが言った。

 集まった店主の最前列、半透明の膜を挟んでヒルの真向かいに立った。

「私どもは、様々な手を駆使しまして、あの宝物庫を手に入れ、封印を解き、ダリグリッシュ・コレクションを手に入れました。ところが、予定外のことが起きてしまったのです」

 悲しそうな表情をつくったヒルが、手を伸ばしてテーブルの上にある箱を示した。ムーはまだテーブルに張り付いて、箱を見ていた。

「宝物庫からダリグリッシュ・コレクションを出すことができないのです。多くの魔術師に依頼したのですが、解析不能の結界に阻まれて持ち出すことができませんでした」

 ヒルが悲しそうに肩を落とした。だが、すぐに顔をあげて、表情をひきしめた。

「我々は諦めませんでした。札束で顔をひっぱたいて魔術師を動かし、その箱を持ち出すことに成功したのです。しかし、しかしです。その箱を持ち出すのに魔術師が2人呪いで再起不能の状態なり、5人が大怪我をしました。ようやく、持ち出せたその箱も見ての通り、特殊な封印がされていて開けることができません」

 ヒルが再び肩を落とした。今度は、ゆっくりと顔を上げた。

「我々はダリグリッシュ・コレクションを諦めることにしました。この宝物庫ごと誰かに売るということも考えたのですが、宝物庫を手に入れた経緯を調べられると非常に困ったことになるので、しかたなく、我々が所有し続けることにしました。しかし、持っているだけでは金は生まず、維持費だけがかさんでいきます。そこで、ダリグリッシュ・コレクションを使った別の金儲けを思いついたのです」

 ヒルが両手を広げた。

「皆さんです」

 笑顔のヒルが古魔法道具店の店主達を見回した。

「古魔法道具店の店主は魔術師です。そして、人身売買のルートでは魔術師は非常に高価に取引がされるのです」

「我々を売る気か」

 ロイドさんが静かに聞いた。

「はい、これだけの人数がいれば、ダリグリッシュ・コレクションを売らなくても元が取れます」

 そう言ったヒルは、まだテーブルに張り付いているムーの方を見た。つられて店主達もムーを見た。

「あのように大物もいます。高額で売れること間違いなしです」

 テーブルに張り付いていたムーが、見られていることに気がついた。トテトテと歩いて、ヒルの前まで行った。

「開けていいしゅ?」

「はい?」

「箱を開けていいしゅ?」

「ダメだ」

 きつい口調で言ったのはロイドさん。

「開けたいしゅ」

「ダメだ」

「開けるしゅ」

「どうしても開けたければ、ウィルの許可を取れ」

 ムーがキョロキョロと見回した。そして、オレを見つけた。

 距離にして約20メートル。

「ウィルしゃーーん、開けるしゅーーー」

「絶対に開けるなーーーー!」

 オレの怒鳴り声が響いた。

 屋敷にいた人々が一斉にオレを見た。

 ドームに閉じこめられた店主達も、下っ端らしい若い男達も、主催者のガラハーも、そして、ヒルも。

 オレのところにヒルがすっ飛んできた。

「なんで、お前がここにいる!」

「いや、宝物庫の中を見せて貰おうと思って」

「宝物庫より、あの箱を調べろ!」

「オレ、魔法が使えないから、調べられないんですよ」

「魔法が使えない?魔術師でもないのに、なぜここにいる!」

「古魔法道具店の店主ですから」

「古魔法道具店の店主は魔術師と決まっているだろ!」

「普通はそうなんですけど、オレ、なんというか、他の人生を歩きたかったんですけれど、その色々あって、古魔法道具店の店主以外の選択肢ができなかったんです」

「親に言って、別の人生を選べば良かっただろうが!」

「あ、親の家業を無理矢理継がされたと思っていますよね。違います。そんな青春の甘酸っぱさを感じるような理由じゃないんです。どっちかというと、煮えたぎるマグマの上に宙づりで、必死につかんでいるのはゴキブリの足、そのゴキブリには全知全能の妖怪が乗っていて………」

 ヒルが何かをつぶやいた。

 オレは横に飛んだ。直後、オレのいた場所に炎が立ち上がった。

「………どうやって、避けた」

 ヒルの顔つきが変わっていた。

 怒り狂っているコブラのような顔だ。いや、コブラはは虫類だから怒っても表情は変わらない気がする。ライオン、というより、陰湿な感じだ。冷酷で、ねちっこい感じ。恒温動物ではなく、変温動物となるとは虫類か、魚類とか。

「黙り込んで、何を考えている!」

「【ウツボ】って、円口類だったかなあと」

 ヒルが眉根を寄せた。

「いや、ヒルさんが何に似ているかなと考えていたら、一番似ているが【ウツボ】かなと思ったんですけれど、あれは円口類だったような気がしてきて、円口類で正しかったかなと思ったら気になって…………ムー、【ウツボ】は円口類かぁーー!」

「違うしゅ!【ウツボ】はウツボ科しゅ、箱開けるしゅーーー!」

「円口類って、種類なかったかぁーーー!」

「ヌタウナギとヤツメウナギだけしゅーー!箱開けるしゅーーー!」

「ちょっとだけ待ってくれ!それならいいだろーー!」

「ちょっとだけしゅーー!」

「わかったぁーーー!」

 ヒルが一歩前に踏み出した。

 オレはジャンプして、ヒルと並んだ。

「何を!」

 そのまま、ヒルの後ろを回り込むようにして、ムー達が閉じこめられているドームの方に駆けだした。

 炎が立ち上がった。

 少し前までオレがいた場所だ。

 ヒルがまた何かをつぶやいている。逃げられるように、ヒルから向かってドームの左側に移動した。

 ロイドさんが駆けてくる。

「このドーム状の結界は解けそうですか?」

「結界は外側から覆われている。ドームの外にいる魔術師が魔法道具で作ったものだろう」

 半透明の膜をはさんでの会話だ。

「魔術師の特定、または魔法道具がどこにあるのかはわかりますか?」

「わからない」

「わかりました。探してみます」

 目の隅にヒルが魔法を放ったのが見えた。炎をまとった魔法弾が複数飛んでくる。

 距離があるので楽に避けられた。

「さあ、どうする?」

 ヒルの手の上には、光る球が浮いている。次の魔法弾の準備ができているということだ。

「何か言うことはないのか?」

 余裕綽々でオレに聞いた。

「言ってもいいんですか?」

「謝罪でも、命乞いでも好きにしろ。ただし………」

 魔法弾を放った。

「死ぬことは決まっている!」

 十数発の炎の弾が飛んでくる。それをオレは再び避けた。移動は最小限に、身体をそらせて、かがんで、飛んで、弾がから目を離さなかった。

「遅い!」

 オレが避けたことよりも、オレの怒鳴り声にヒルは驚いたようだった。

「ヒルさんの弾、遅すぎます。こうトロトロと飛ばれると避けにくいんですよ。もう少しスピードを早くして……でも、ヒルさんは魔力が少ないから無理か。そうだ、弾に炎をまとわりつかせるのはやめて、魔力をスピードアップにまわす。これなら、弾の速度があがります。遅くて当たらない弾なんて、撃っていて悲しですよね。どうです、オレのアイデア、試してみませんか?」

 オレは心をこめて、丁寧に、わかりやすく提案した。

「この………」

「いや、オレは感謝の言葉とか期待していませんから」

 ちょっとだけ期待しているが。

「一般人がぁーー!」

 30センチほどの炎の球を飛ばしてきた。炎の揺れがおかしい。何か魔法がかかっている。

 オレは避けると同時にヒルに向かって駆けだした。炎の球がUターンをしてオレを追いかけてくる。オレはヒルのところのたどり着くと立ち止まった。

「ヒルさん、魔力が少ないのに追尾魔法をかけた魔法弾を撃つのは下策です。ほら、もうスピードが落ちています。オレがあと3メートル走ったら消滅して終わりです」

 ヒルの目がカッと見開いた。

 白目に、血管が網目状に広がっている。

 魔法弾が近づいているので、オレは走ってドームのところに戻った。

 ロイドさんの隣にムーがいた。

「なんか、あの人の目の怖かったぞ」

「どうでもいいしゅ、箱開けるしゅ」

「箱の中身はなんだ?」

「わからないしゅ、封印バチバチしゅ」

「封印を外すとき、他の店主の人に迷惑をかけないというなら開けてもいいけどな」

「そんなのわからないしゅ。本部の地下の封印より上の、超高難度封印しゅ」

 そう言うとムーがグゥヒィと変な声を出した。

 超高難度封印に挑戦できて、嬉しいらしい。

「あー、わかった。他の人に迷惑をかけないようにする。これだけは気をつけて開けろよ」

「わかったしゅ。開けるしゅ」

 下手くそなスキップで、箱の方に行った。

 ロイドさんがオレを黙ってみている。

 オレが許可するとは思っていなかったのだろう。

 でも、ロイドさんの眼差しに非難は込められていない。

「ムーは天才です。オレはそのことを知っています」

 ロイドさんがうなずいた。

「ヒルさん、やめてください」

「危ないです」

 やけに騒がしいので振り向くと、下っ端らしい3人がヒルから長剣をとりあげようとしている。

「うるさい!あいつを叩き切ってやる」

「やめてください」

「ウィルと呼んでいましたから、おそらく、ムーの相棒のウィル・バーガーです」

「それがどうした!」

「ウィル・バーガーは不幸を呼ぶそうです。慣れない剣では危ないです」

「それなら、お前が倒してこい!」

「無理ですよ」

「ならば、オレが倒しに行く」

「わかりました。オレ達で倒してきます」

 下っ端らしき若い男3人がオレのところに来た。

 オレを取り巻く。

「おい!」

 オレはさっきヒルと会話していた奴を指した。肩まである茶色の髪で先だけ金色に染めている。服は白いシャツと黒いズボン。オークション会場の下働きというスタイルだが、歩き方がチンピラにしか見えない。

「お前、オレのことをウィル・バーガーと行ったよな!」

「違うのか?」

「ウィル・バーカーだ!バーカー。ハンバーガーじゃないんだから、間違えるなよ!」

「どっちだって、同じだろう!」

「同じじゃない。それから、ムーの相棒というのも間違っている。あいつは桃海亭の居候だ。働かず、金も払わず、寝て、食って、オレに寄生して、楽しく暮らしている、どうしようもないクソガキだ」

「まだ子供じゃないか!可哀想なことを言うなよ!」

「そう思うなら、引き取ってくれ」

「へっ?」

「天才ムー・ペトリを引き取ってくれ。天才だからな、色々と使えるぞ」

 茶髪が停止した。目が左右に動いている。

「おい、騙されるな。こいつはウィル・バーカーだぞ」

 隣にいた色黒の若い男が、茶髪に言った。黒い短髪で、敏捷そうな動きをする。

「そ、そうだよな。こんな奴、信じられないよな」

「早く、殴ろう」

 金髪の大柄な若者が、握った両拳を身体の前で軽く合わせた。

「行くぞ」

 色黒が最初に殴りかかってきた。

 スピードは悪くない。身体がぶれている。拳闘を習ったことがあるようだ。

 次に茶髪が軽いフットワークで殴りかかってきた。腰が引けている。暴力沙汰には慣れていないようだ。

 最後に金髪が殴ってきた。振りが大きいが早い。殴り慣れている。

「よし、今度はこっちから行くぞ」

 オレが宣言した。

「お前の腕でオレを倒せるのか」

 金髪がせせら笑った。

「行くぞ」

 オレが突進したのは金髪。金髪が後ろに下がった。オレは深い追いせずに茶髪の方に向かった。

「え、えっ!」

 いきなりの方向転換に戸惑ったようだ。

 金髪がオレを追ってきたのを感じて、向きを変えて金髪の方を見た。間近に来たところで、バックステップ。背中に密着するほどに茶髪に近づいたあと、横っ飛びをした。

 吹っ飛んだ。顎にはいったアッパーカットで身体が宙に浮き上がり、そのまま後ろに3メートルほど飛んで転がった。

 茶髪が。

「くっそぉ!」

 金髪が鬼のような形相で追ってきた。オレは、今度は色黒の方に駆けていった。

「同じ手をくうかよ!」

 色黒が逃げた。

「ヒルさんが見ていますよ。逃げてもいいんですか?」

 スピードが落ちた瞬間、オレはスライディングをして膝の裏を蹴飛ばした。体勢を崩した色黒の横をすり抜ける時、踵を蹴って転がした。

「やろう!!」

 追ってきた金髪が色黒を飛び越そうとした。その瞬間を待っていた。

「ほい」

 足をのばして、金髪の臑を軽く蹴った。バランスを崩して、上半身から地面に落ちた。金髪の太い足が倒れている色黒のわき腹を直撃。色黒が腹を押さえて転がり回った。

「…………許さねぇ」

 金髪が起きあがった。

 オレは走り出した。目的地は、ヒル。

 持ったロングソードの先を地面につけて、立っている。

「オレを切ってみませんか?」

 跳ね上げるように剣を下から上に斜めにあげた。

 すっぽ抜けた。

 宙を飛んで、腹を押さえて呻いている色黒の側に、音を立てて落ちた。

 ロングソードは重量がある。長さもあるから、見た目に比べ使いづらい。

 魔術師のヒルに使える剣じゃない。

「てめーーー!」

 ヒルが殴りかかってきた。拳に炎がまとっている。

「当たると熱そうですね」

 そう言って、横に飛んだ。

 炎の拳が、走り込んできた金髪の胸に食い込んだ。

 金髪が絶叫して両手で胸を押さえ、ヒルは拳を押さえてうずくまった。

「開けるしゅーーーーー!」

「いま、行くーー!」

 オレは両手を大きく振りながら、ドームの所までスキップしながらいった。

 ムーのとは違い、軽やかで美しいスキップ、だったと思う。





「開けるしゅ」

 テーブルの周りには魔法陣が書かれていた。

 ムーの魔法陣はいままで色々と見たが、ちょっと変わった魔法陣だった。ドーム内という限られた空間に書かないといけないから縮小したのかもしれないが、テーブルを中心にして2メートルの輪の内側は魔法の文字で埋め尽くされている。

 古魔法道具店の店主の人達はその輪の外側にぎっしりと立っている。危険だとわかっているのだから、離れていればいいと思うのだが食い入るように箱を見ている。

 ムーが魔法陣の前に立って何かをつぶやきだした。両手を使って様々な印を高速で結んでいく。

 箱に貼られた封印の紙が1枚浮き上がった。数秒後、燃えて消えた。また、次の封印の紙が浮き上がった。燃えて消える。それを繰り返す。

 箱にはベタベタに貼られている。見た感じだけでも二十枚以上ある。

 かなり時間がかかりそうだと思ったとき、ムーが「しもうた」と言った。

 浮き上がった封印の紙が、コントロールを失ったらしく、テーブルから離れてドームの壁にぶつかった。と、思ったら、すり抜けた。

 フワフワと風に吹かれて、屋敷の入り口に立っている柱に触れた。

 なくなった。

 柱から屋敷の方に向けて球形に約3メート。音もなく、消えた。

「ふぅしゅ…」

 ムーが息を吐いた。

 その間も、指は高速で動いて魔法を維持している。

「そうだしゅ」

 ムーが顔を輝かせた。

「ウィルしゃん、おっきな紙を持ってないしゅか?」

「ない。何に使うんだ?」

「風をおこすしゅ」

 その先に何を言うのか予想できた。

 できたら止めたいが、止めてもムーはやるだろう。

「わかった。宝物庫の方から風が吹いたときに教えてやる」

「はいしゅ」

 風は今屋敷の方から宝物庫の方に流れている。

 ムーは呪文を唱えはじめて、封印の紙が次々浮かび上がる。燃えることなく、封印に使われていた二十数枚の紙がすべて浮かび上がった。

 その状態で呪文をやめて、印だけを結び続けている。

 風向きが変わった。

「いいぞ」

「ほいしゅ!」

 二十数枚の紙がドームを抜けた。風の流れに乗って屋敷に向かう。

「あっ!」

 風の流れが変わった。

 風下にはヒルと下っ端達がいる。

「逃げろ、死ぬ気で逃げろ!!」

 オレは駆けながら、声をかけたが反応が薄い。

 全員怪我をしているからだと思うが、ぼうっとした感じでオレを見ている。

 封印の紙が1枚、地面に触れた。直径3メートル、深さ3メートルほどの丸い穴が音もなく出現した。

「紙に触れるな、消滅するぞーーー!」

 オレの声を聞いて、穴を見て、4人とも状況を理解したらしい。逃げ出した。風下に。

「そっちじゃない!横にそれろ!振り向いて、流れてくる札を確認しろ!」

 最初にヒルが横にそれた。振り向いて、札から遠ざかるコースで逃げていく。茶髪が転んだ。起きあがろうとしているが、うまく起きあがれない。札はもうすぐ後ろだ。

「茶髪、頭を下げて、地面に張りつけ!」

 茶髪が大の字になって地面にはりついた。その上をギリギリ札が通過した。10メートルほど先で数枚が落ちた。穴が開いた。

「茶髪は絶対に動くな。金髪は右斜め前に向かって走れ、10メートルほどでコースから抜けるから後ろを振り向いて、札の位置を確認しながら逃げろ」

 金髪はすぐに右斜め前にコースを変えた。すぐに札の進行方向から抜けるだろう。

「そこの色黒の男!」

「ボブだ!」

 この状況でわざわざ名前を教えてきた。

「ボブ、頑張れ!」

「オレも助けてくれよ!」

「今、左右にそれると封印の札にぶつかる可能性がある。まっすぐに走り続けて、風の向きが変わるの待て」

「オレは走るのは苦手なんだよ。それに真っ直ぐに走ったらもう少しで森にぶつかっちまう」

「わかった。向きを変えて、真後ろに走れ」

「無理言うなよ」

「真後ろには札は浮いていない。風の向きが変わらないことを祈りながら、札の間を突き抜けて戻ってくるんだ」

「森にはいったら、札は木にぶつかってなくならないか?」

「札は1枚じゃない。次々に木を消しながら飛んでいくだろうから、スピードを落としたら、追いつかれて消されるぞ」

「どうすればいいんだ!」

「振り向いたら、札の位置を確認して、真後ろに全力で走れ。絶対にとまるな」

「わかったよ、やるよ、やってやる!」

 振り向いたボブが札の数に驚いた。

「走れ!!」

 オレの声に反応して、真っ直ぐに走り出した。

 数秒で札の間を抜けた。

 荒い息で座り込んだ。

 オレはボブの側に行き、腕をつかんだ。

「立てよ。風が変わったら危険だ。あっちに逃げるぞ」

 うなずくと立ち上がってヨロヨロと歩き出した。

 屋敷の側に戻っていたヒルのところまでボブをつれていった。茶髪と金髪もヒルの足下に座り込んでいた。

「オレはムーの様子を見に行くから」

 別れを告げてムーの所に向かった。

 風向きは変わらず、札は森を消しながら飛んでいった。大きな森だったから、十数枚では森を抜ける前に消滅するだろう。

 ドームに向かって走っていくオレに「今のが【不幸を呼ぶ体質】か」というヒルの力ない声が聞こえた。





 箱はすでに開いていた。

 そこからムーが取り出したのは、巨大な宝石がはめ込まれた黄金の天使の置物。2人の天使がからみあうようにして、巨大な真紅の宝石を支えている。

 貧乏な桃海亭の店主としては値段を考えるだけで、吐きそうになる代物だ。

「ほよしゅ?」

 ムーが首を傾げてみている。

「どうした?」

「魔法がかかってないしゅ?」

「ただの置物?」

「置物しゅ」

 置物に封印。

「でかい宝石を守るため封印していたのかな」

「違う気がするしゅ」

 首を傾げたまま、置物見ている。

 ドームの半透明の膜をはさんでの会話だ。

「そろそろ出たいしゅ」

「中からは無理か?」

「地面ごとの吹っ飛ばしになるしゅ」

 怪我人が多数出ることは確実だ。

「わかった。聞いてくるから、ちょっと待ってろ」

 オレは屋敷の前にいるガラハーのところに行った。

「すみません。ドームを開けていただきたいのですが」

「魔術師の買い手が決まっている」

「いま開けると、豪華巨大宝石のついた天使の置物が手に入ります」

「買い手に渡すときに回収すればいいことだ」

「うちの居候魔術師がドームを吹っ飛ばすと、置物が壊れてしまうおそれがあります。置物だけで我慢してはくれませんか?」

「あれは特殊な魔法で作られている。ムー・ペトリと言えど不可能だ」

 魔法の知識がないオレにはガラハーの言っていることが本当かわからない。

 しかたがないので、先ほどヒルが放り投げたロングソードを取りに行った。重い。引きずるようにしてガラハーのところに戻った。

「ドームを開けろ」

 持ち上げて、脅してみた。

 重量で腕がフルフルと震える。

「そんな腕で、私が切れるのか?」

 笑われた。

「オレはエンドリア王立兵士養成学校を出ているんだ」

「剣が使えるといいたいのか?」

「格闘クラスに入ったが、長剣の訓練は受けた。1度だけだけどな」

「それでは使えないだろう」

「1度しか受けなかった理由は…」

 オレは剣を振り上げた。そして、ガラハーの横、1メートルほどのところに力一杯振り下ろした。

「…………いまのは何だ」

 ガラハーがオレを見た。小さな眼が見開いて真ん丸になっている。

「ドームを開いてください」

 ガラハーは訝しげな顔をした。

 真っ直ぐに振り下ろしたはずのオレの剣は、速度は早いのに左右に不規則に動いた。

 ”奇跡の軌道”と言われた、オレの剣さばきだ。

「どうやった」

「普通に振り下ろしただけです。なんか、こうクネクネと勝手に軌道を変えるんです。他の生徒が危ないからという理由で長剣の授業は免除されたんです」

 オレ自身も怪我をする恐れがあるんで、長剣は使わないようにしている。

「こうすればいいだけの話だ!」

 ガラハーの手のひらがオレを向いた。

「こうかな?」

 ガラハーに向かって、剣を下からすくい上げた。

 頑張って顔の高さまで持ち上げたが、重さに腕がひっぱられて、ガラハーの足下にある床石をたたいた。

 何かがぶつかる音がして、上から石の破片がパラパラと降ってきた。ガラハーが放った魔法が、屋敷の屋根のひさしを削ったらしい。

「ドームを開けてくれませんか?」

「ガキが調子に乗るな!」

「見ての通り、オレの剣のどのように動くのか想像がつかないんです」

 床についた剣を握って中腰になっているオレと、そのオレを見下ろしているガラハーと、屋敷の入口に前でにらみあうことになった。

 次の手をどうしようかと考えているオレの耳に、馬車の音が聞こえた。1台じゃない。数台が近づいてくる。

 ガラハーが顔をしかめた。

「お前と遊んでいる時間はない」

 そう言うとドームの方に歩き出した。オレだけ屋敷の前にいてもしかたないので、重い剣を捨て、ドームのところに移動した。

 数台の馬車が屋敷の敷地に入ってきて、こちらに向かって走ってくる。

「ウィルしゃん、まだしゅか?」

「あの人が、いま、ドームを開けてくれるそうだ」

 オレの言った意味がわかったガラハーが、苦虫を噛みつぶしたような顔でオレをにらんだ。





「ガラハー、ドームを開ける鍵を渡せ」

「だから、いま開けるのは危険なんですよ」

「いいから、渡せ。あとは我々がやる」

 やってきた馬車は5台。

 先頭の馬車から最初に降りた壮年の男性がガラハーと言い合いになっている。高級そうな作りの長上着とズボン。骨董店の上客になりそうな風体だ。

 オレはまだドームの側にいた。半透明の膜を隔ててすぐの場所にムー、その隣にロイドさん、後ろには古魔法道具店の店主の皆さんが並んでいた。

 オレとムーは、ロイドさんと古魔法道具店の店主の皆さんに冷たい視線を注がれている最中だった。

「ムー、不可抗力だよな」

「はいしゅ」

「想像できないよな」

「はいしゅ」

「普通だったら、あり得ないよな」

「はいしゅ」

 冷や汗をかきながら、オレとムーはさりげなく自己弁護をしていた。

「あれは何だ?」

 ロイドさんが冷たく言った。

 馬車が5台。

 最初の1台目には長上着の壮年の男性、参謀、幹部らしき5人と手下らしい8人が乗っていた。

 2台目には手下らしい15人が乗っていた。

 3台目、4台目、5台目からは、誰も降りてこなかった。窓には人影はなく、捕まえた古魔法道具店の店主達を運ぶ為の空の馬車だと推察できた。

「あれは……おい、ムー」

「ボクしゃん、お眠むの時間しゅ」

 ころりと地面に横たわった。

 露骨な狸寝入りだ。

「あれは…………封印の札、かな」

 4台目と5台目の人を乗せる部分が4台目は後ろ半分、5台目は上半分が半円状に消えていた。

 封印の札は森を抜けないだろうというオレの予想を覆し、森を抜け、道に出て、タイミング悪く通りかかった馬車を削ったのだろう。

「オレ、ちょっと、森の向こうを見てきます」

 難しいことじゃない。封印の札が飛んでいった方向は、風景がボコボコに抜けている。

「必要ない。ここにいろ」と、ロイドさんが言った。

 森にまで届いた札は十数枚。おそらく、森を抜けたとしても2、3枚。

 オレ達がこの屋敷に来るまでの道のりで、ノォダプ街道を北に曲がってからは人家を1件も見なかった。

 札が森を抜けないという甘い見通しだったオレも悪いが、陸の孤島のようなこの場所に、誰か来ると思わなかったことも札が飛んでいくのを見逃した理由だ。

「とにかく、鍵を渡せ」

 怒鳴られたガラハーは、ポケットからしかたなそうにボタンのような物を渡した。

「おい、準備をしろ」

 手下達が馬車から長い巻き尺のようなものをおろした。馬車からドームに向かって、巻き尺を伸ばすと等間隔に青い石のようなものを置いている。

「ゴルボーンさん、待っていただけませんか」

 長上着に近づいたのはヒルだった。怪我をした右手を左手で包み込んでいる。

「お前までドームを開けるなと言うんじゃないだろうな」

「すみません。オレも開けるのは反対なんです。あのまま、しばらく放置して、弱ったところで回収した方がいいと思っています」

「馬鹿を言うんじゃねえ。納期に遅れたら組織の信用に関わるだろうが!」

「捕まえた魔術師にムー・ペトリが混じっていました。あいつは危険すぎます」

「ムー・ペトリがなんだというんだ。商品が魔術師とわかっているから準備はしてきている。安心しろ」

 ゴルボーンは忠告を聞く気がない。ヒルは諦めたようで、数歩離れた。馬車に乗ってきた手下たちが数人、ヒルのところに行った。ヒルの手の怪我を心配しているようだ。

 ゴルボーンが大股でドームに近づいてきた。

 そこで、ようやくオレに気がついた。

「こいつは誰だ?」

「ウィル・バーカーです」

「聞いたことがある名前だな」

「ムー・ペトリの相棒で【極悪コンビ】の片割れです」

 ガラハーが説明した。 

「ちょっと、待て。今のは違っている」

 オレは訂正する為に、2人に近づいた。

「オレは、ムーの相棒じゃない。極悪でもない。心優しい、善良な古魔法道具店の店主だ」

「古魔法道具店の店主?なぜ、こいつはドームの外にいる?」

「魔力がないそうです」

 ゴルボーンの質問にガラハーが答えた。

「金にならん奴は、放っておけ」

「わかりました」

 オレの横を通り過ぎ、ドームの半透明膜のすぐ前に立った。ロイドさんと向かい合う位置だ。

 ゴルボーンがロイドさんに言った。

「ドームを開けたら、全員馬車に乗れ」

「屋根がない方の馬車か?」

「いや、屋根がある方の馬車だ」

「これだけいると3台いるぞ。お前たちはどうする?」

「答える必要はない」

 平静を装っているがゴルボーンが苦々しく思っているのが顔に出ている。

 屋根がなければ、古魔法道具店の店主達はは魔法で逃げてしまう。だから、ゴルボーン達は半円状に削られている2台に分れて乗るしかない。

「車輪がチビッとないしゅ」

 起きあがったムーが4台目を指した。

「あれだとゴンゴンしゅ」

 オレも気になっていた。ちょっと、ほんのちょっとだが、壁と屋根と一緒に車輪が削られてしまっている。

「黙れ」

 ゴルボーンが恐ろしい顔をしてムーをにらんだ。

「あの………」

 ガラハーが小声でゴルボーンに言った。

「なんだ」

「そのチビがムー・ペトリです」

「っ!」

 ゴルボーンが驚いて身を引いた。

「ガキが勝手に名乗ったんじゃないのか」

「本物です。例の箱の封印の紙を全部はがして、箱を開けました」

「何が入っていた?」

「例の天使の置物ですが、魔法道具ではありません」

「外れか」

 ゴルボーンの舌打ちが聞こえた。

「わかった。とにかく、こいつらは馬車に乗せて売りに行く。おい、あんた」

 ロイドさんに顔を近づけた。

「見ての通り、地面に石を並べている。その間を通って馬車に乗るように他の奴らに言ってくれ。それから、ドームを開けてから馬車に乗るまで、魔法は厳禁だ。絶対に使わせないでくれ」

「なぜだ?」

「石に見えるが魔力に反応する特殊爆弾だ。魔力を関知しただけで爆発する。逃げようとしたら、こいつらが力ずくで乗せることになる。あんた達も怪我をしたくはないだろう」

 低い声でゆっくりと言い聞かせるようにロイドさんに言った。

 ロイドさんがオレを見た。

 順番をオレに譲ってくれるようだ。

「あのゴルボーンさんと言いましたよね?」

 オレはできるだけ丁寧に話しかけた。

「一般人は黙っていろ」

 学生時代のオレなら、逃げ出しそうな迫力だ。

 オレはムーを指した。

「このムー・ペトリは魔力が膨大にありまして、体内に貯めきれないんです。そこで、魔力を垂れ流しているんで、いまドームを開けると石が爆発する恐れがあるんです」

「魔力を垂れ流すだと、そんなことがあるはずがないだろう」

「もちろん、魔法に使用したり、自動二輪車の燃料にしたり、せっせと使用しているのですが、多すぎて使いきれないんです。体内に溜まりすぎると健康に影響がでるんで放出するんですが、一気に放出すると、町や山が消えるおそれがあるんで、できるだけ影響を少なくするため垂れ流しているんです」

 半分本当で、半分嘘だ。

 溜まりすぎると健康に影響がでるので、放出しなければならない。ここは本当だ。嘘なのは『垂れ流す』だ。ムーの身体に魔力が一定以上溜まるとチェリースライムというモンスターが余分な魔力を、ブラッディストーンという魔法材料にしてくれる。チェリースライムもムーがブラッディストーンを持つのは危険とわかっているのか、ムーにわからないよう、ムーが寝ている時に作ってオレに渡してくれる。売れば高額だが、売るには危険すぎるのでオレが密かに保管している。

 桃海亭の【売れば高額なのに売れないアイテム】のひとつだ。

「開けるしゅ。爆発バンバンしゅ。ボクしゃん、結界張るから大丈夫しゅ」

「魔力が多すぎるなど、ありえない。嘘ならもう少しマシなのをつけ」

 ゴルボーンが鼻で笑った。

「馬車置き場に誰かをやってください。魔力で動く自動二輪車があります。大量の魔力がいりますから、普通の魔術師には使えません」

 顔をクイッとゴルボーンが動かした。

 手下のひとりが馬車置き場に駆けていった。すぐに戻ってくる。

「ありました。魔力が燃料の自動二輪車です」

 顔をしかめたゴルボーンだが、すぐに元の表情に戻してガラハーに言った。

「今から、爆発が起きても巻き込まれないところまで、手下どもを移動させておけ。魔術師達には逃げられないように配置するのを忘れるなよ」

 ガラハーがうなずくとゴルボーンはドームの中にいるロイドさんに向き直った。

「そのチビをこの場所から遠ざけろ。最後にひとりで歩いてもらう。他の奴は先に青い石の間を抜けて馬車に乗れ。いいな」

 ロイドさんの返事を聞く気はなかったらしい。

 すぐにドームから離れた。

 ガラハーは10メートルほど離れてドームの方に向き直った。手下たちも10メートル以上離れて、この場所を取り囲んでいる。

「よし、開けるぞ」

 ムーが慌ててロイドさん達から離れた。テーブルの側まで移動した。

 上部から半透明な膜が徐々に消え、数秒で完全になくなった。

「歩け!」

 ゴルボーンの声を受け、ロイドさんが青い石の間を歩き始めた。ロイドさんが先頭で、古魔法道具店の店主達が一列になって歩いていく。

 ムーの声が響いた。

「取ったしゅ!」

「よくやった!」

 天使の置物を頭に乗せたムーが、オレの方に向かって駆けてくる。

 古魔法道具店の店主達に気を取られて、みんな置物のことを忘れていたようだ。

 置物は重量があるらしく、頭の上に乗せて両手で支えている。

「あのガキ!」

「捕まえろー!」

 取り囲んでいた手下たちがムーに向かって走り始めたときだった。

「ひょっ!」

「あっ!」

 こけた。

 転んで、転がって、地面に倒れた。

 天使の置物は粉々になった。

 オレの足下に、外れた宝石がコロコロと転がってきた。

「こいつだけでも貰っておくか」

 拾ってポケットに入れた。

「こいつらーー」

「やっちまえ」

 追いかけてきた手下12、3人が、オレを取り囲んだ。

「ウィルしゃん、やっつけるしゅ!」

 地面に転がったムーが怒鳴った。

「残念だが、オレに攻撃力はない」

「そうだったしゅ」

 ムーが起きあがった。

「ボクしゃんが攻撃するしゅ」

「爆発がおきるからやめておけ」

「ちょび離れるしゅ」

 しかたなく、オレはムーを脇に抱えた。フェイントをかけ、囲いを抜けて走った。

 石から30メートルほどで遠ざかったところでムーが言った。

「やるしゅ」

 オレは立ち止まり、ムーを降ろした。

 すでに両手で印を結んでいる。

「今日は寒いから、暖かいのがいいなあ」

「ボクしゃんは冷たくしたい気分しゅ」

 ムーの言葉が終わらないうちに粉雪が降ってきた。追いついてオレ達を取り巻こうとしていた手下達も驚いたような顔で空を見上げた。

 十秒ほどでボタ雪になった。さらに十秒ほどで吹雪になって、ホワイトアウトになった。

 オレは積もりだした雪を踏みながらムーの隣に行った。

「寒い!」

「やりすぎたしゅ」

「とめろよ」

「1時間降るように設定したしゅ」

「するなよ」

「炎でも呼ぶしゅ?」

「呼ぶなぁ!!」

 オレじゃない、誰かが怒鳴った。

 雪に隠れて見えないが、手下のひとりだろう。

「このままだと凍死するぞ」

「雪で馬車は動かないしゅ」

「誘拐を防いだと言いたいんだろうけど、このままでと古魔法道具店の店主の皆さんもここで凍死、店に帰れないことは同じだろう」 

「やってみるしゅ」

 ムーが呪文を唱え始めた。

 青い石から30メートルくらい離れているから、石は爆発しない。

「ほいしゅ」

 ムーの手から赤い球が浮かび上がった。高さ5メートルくらいのところで停止。かなりの熱を発しているようで、オレとムーの周囲5メートルくらいはポカポカと暖かくなった。足下に積もった雪もどんどん溶けていく。

「暖かいなあ」

「暖かいしゅ」

「ああ、暖かいなあ」

 オレを取り巻いていた手下たちも入ってくる。

「休戦にしような」

「わかった」

 いま、戦うなら吹雪の中にでていかなくてはならない。

 それはオレもイヤだが、手下たちもイヤみたいだ。

「やる前に考えろ」

 次に入ってきたのはロイドさん。古魔法道具店の店主達も続いてはいってくる。オレ達の状況を見ていて、雪が降り始めてすぐに動いたのだろう。

 熱が降り注ぐ空間は人でギュウギュウになった。

 1分ほどすると若い古魔法道具店の店主の男性が入ってきた。古魔法道具店の店主達に、店主達が乗ってきた馬車の馬を逃がしてきたことを報告していた。

「オレ、ヒルさんを探してくる」

「オレも行く」

 手下の数人が雪の中に出ていった。

 さっきも怪我したヒルの手を数人の手下が心配していた。ウツボ顔だが手下達には慕われているらしい。

 数秒後、爆発音がした。誘爆しているらしく、連続して何度も爆発している。

「石だな」

 ロイドさんが言った。

 本当に爆発する石だったようだ。

「ヒルさんかな」

「オレ、見てくる」

 また、数人が吹雪の中に出ていった。

 ロイドさんがオレを見た。

「オレ、寒いの苦手です」

 沈黙が重い。

 無視したいが、ロイドさんには多大な恩がある。

「あーー、わかりました。ヒルさんを見てきます」

「他のメンバーと馬も頼む」

「わかりました。見てきます」

 20センチは積もった雪を、先に出ていった手下の足跡を踏みつけるようにしてドームの方向に向かった。方向は間違っていなかったようで、肺が凍りつく前に爆発現場にたどりついた。

「こりゃひどいな」

 爆発に巻き込まれた怪我人があちこちに転がっている。転がっているのは2台目の馬車に乗っていた手下達で、ゴルボーンやガラハーは幹部と共に馬車の中に逃げ込んでいる。

「ヒルさん、しっかりしてください」

 探しにでた手下達が倒れたヒルのところに集まっている。

 近寄ってみた。

 雪が次々と降り積もっているので判断しにくいが、怪我は深いように見える。

「おい、動かせそうか?」

「わからないんだ。ヒルさん、返事してくれないし、血がいっぱい流れているし」

 ヒルの側に屈み込んでいる茶髪が泣きそうな顔で言った。

「ここだと治療もできないだろう。おい、ボブ。急いでテーブルクロスをとってこい。箱を置いていたテーブルにかかっているやつだ」

 吹雪をものともとせず、走って取ってきた。

「こいつを地面において、そっと移す。そのまま、屋敷に………」

 屋敷が壊れていた。

 いまの爆発で正面の部屋はすべて全壊だ。

「……しょうがない。宝物庫に運ぶぞ」

 最短距離にあるのは馬車、次が宝物庫。

 馬車にいるガラハー達と交渉する時間が惜しい。

「あそこは」

「大丈夫だ。オレがいる」

 いるだけで、何もできないが。

 ボブがうなずいた。

「わかった。運ぼう」

「ヒルの移動は6人ほどでいいだろう。残りのやつは怪我をした仲間に肩を貸してやれ。急いで宝物庫に運ぶんだ」

 意識がなかったのはヒルだけで、10分もかからずヒルと手下全員が宝物庫に避難できた。

 古魔法道具店の店主達の話しぶりから、恐ろしげなイメージがあったが、中は普通の部屋になっていた。右側の壁には棚がおかれ、封印された箱が二十数個整然と並べられている。奥には高さ3メートルほどの獣神の石像が4体並んでいた。

 東方の幻獣、獅子だ。

「宝物庫、って、こんなものなのかなあ」

「オレは他に入ったことがないんで知りません。それより、ヒルさんが」

 手下たちは、そっと石の床に横たえた。

 ヒルが呻いた。

「気がついたか?」

 目は閉じているが、うなずいた。

「今から古魔法道具店の店主のところに行ってくる。あれだけ魔術師がいるんだ。治癒系もひとりくらいはいるだろう。頑張れよ」

 茶髪とボブの感謝の視線が心地よい。

 外を見た。雪はしばらく、やみそうにない。

「ちょっとだけ、寄り道するけれど、そう時間はかからないと思う」

 距離にして30メートル、寄り道しても50メートル。

「行ってくる」

「頼みます」

「待っていますから」

 手下たちの優しい声が背中に受けて、オレはガラハー達が乗った馬車に向かった。ガラハー達には用はない。

「今、自由にしてやるからな」

 手早く紐を解いて、5頭の馬を放した。自由になった馬達は街道に通じる道に向かって歩き始めた。少し歩けば、雪から出られる。

 降りしきる雪の向こうからガラハーの声が聞こえた。何か怒鳴っているようだが、雪がひどいので聞こえないことにした。

 それから、ムーのところに戻った。

「ふわぁ……暖かいなぁ……」

 暖を取っていると頭をはたかれた。

 先ほどヒルに質問した気の強そうな壮年の女店主だった。

「どうなったの?」

 有無を言わせない迫力だ。

「馬は逃がしました。怪我人が多数出ました。ひとりが重傷です。白魔法を使える人がいましたら、一緒に来てください」

「私が行こう」

「軽傷ならばオレも治せる」

 数人が申し出てくれた。

「先に言っておきます。場所は宝物庫です」

 ひるむかと思ったら、顔を輝かせた。

 古魔法道具店の店主だけあって、宝物庫の中を見たかったらしい。

「ボクしゃんも行くしゅ」

「ダメだ!」

「行くしゅ!」

「お前がいなくなると維持できないだろう!」

「全員で行くのなら問題なかろう」

 ロイドさんも見たいようだ。

「わかりました。ムー、移動できるのか?」

「大丈夫しゅ」

「重傷を治療できる魔術師の方、いられますか?」

 3人、手を挙げてくれた。

 その中で一番若い30歳くらいの白いローブを着た男に

「雪は強く吹雪いています。地面にもかなり積もっていますが、オレと先に宝物庫に行ってくれませんか?」と頼んだ。

 ヒルがどれくらい悪いのかわからない。

 治療は少しでも早い方がいい。

「同行しよう」と言ってくれた。

 吹雪の中、宝物庫まで戻った。

 宝物庫は熱源がないため、氷室のような寒さだ。

 白いローブの男はすぐにひざまずいてヒルの治療を始めた。

「命に別状はない。怪我は魔法でふさいでおく。数日間安静にしていれば元通りに動ける」

 手下たちが喜び声をあげた。

 白いローブの男は手際よく魔法でヒルの怪我をふさいだ。

「他に怪我をしている者がいるのなら診よう」

 次々と手下たちの治療を始めたところで、ムー達が到着した。

 ロイドさんを先頭に古魔法道具店の店主達、残りの手下が入ってきた。数人の店主が怪我人の治療をはじめた。

「やはり、いるな」

「いますね」

 封印の箱や獣神の石像を丹念に見ている。が、触れようとはしない。

 先に入った手下たちも、後からきた手下達も、箱が置かれた棚や石像の場所からできるだけ離れた位置に座っている。

「ヤバヤバしゅ~~」

 ムーがうれしそうな声を上げた。

 石像を見て、挙げた両手を目一杯伸ばしている。

「見ていないで、宝物庫を暖めろ」

「熱の魔法を使ったら全員お空に旅立つしゅ」

「あっちか?」

 オレは獣神の石像を指した。

「あっちしゅ」

 ムーは棚に並んでいる箱を指した。

「なんで、あっちなんだよ!ヤバヤバと言ったのはこっちだろ!」

「こっちはゴーレムさんしゅ」

「守護ゴーレムなのか?」

「たぶん、違うしゅ。殲滅型しゅ」

「誰を襲うんだよ」

「起動条件はまだわかないしゅ。起動すると、ガオォーー!」

「わかった。起動させるなよ」

「ウィルしゃん、アホしゅ。いま起動条件がわからないと言ったばかりしゅ」

「言い直す。動くな、話すな、そこにジッとしていろ!」

「ボクしゃん、調べたいしゅ」

「絶対に動くな、オレはまだ死にたくない!」

「おい」

 ロイドさんに声をかけられた。

「何でしょうか」

「この箱の中身を教えてやろう」

「えっ、知っているんですか!」

「さっき見ただろう。天使の置物。あれが入っている」

 箱は20個以上ある。そのひとつひとつに巨大宝石が入っている。

 ひと財産、いや5財産くらいになる。

「ダリグリッシュ・コレクションと呼ばれているが、2つしかない。対の天使の置物と獣神型ゴーレムだけだ」

「獣神………すると、そこにある石像は守護の為ではなく、コレクションの方なんですか?」

 ロイドさんがうなずいた。

「動けば、無敵と言われている。動いたのは確認されていない」

「はあ」

 もし、動かなければ、ただの石像だ、と突っ込みそうになった。

「天使の置物は稼働すると扉を開くと言われている」

「先ほど、天使の置物は対といいませんでしたか?20個くらいありそうなんですけど」

「2つだけが本物で、残りはダミーだ。2つしか置いてないと盗まれやすいと考えたダリグリッシュは、20個のダミーを作って並べた。同じように封印されているので、どれが本物かわからない」

「その2つだけが魔法道具というわけですね」

「2つの置物の4人の天使が扉を開くと【世界の終わり】が来ると言われている」

 オレは両耳に指を突っ込んだ。

「どうした?」

「聞かなかった。【世界の終わり】なんて聞かなかった」

「脅えてはいない」

「はい?」

「脅えていないのに、なぜ【世界の終わり】を嫌がる」

「オレはたくさんの子供と孫に囲まれて、幸せだったなあと思いながらこの世を旅立つ予定なんです」

 ロイドさんが顔を背けた。

 背中が小刻みに動いているように見える。

 古魔法道具店の女店主の人が近寄ってきた。

「ロイドさん、どうします?」

「雪が降り止んだら宝物庫を出る。それまでは触れないことを条件に各自調査する」

「わかりました。それでいきましょう」

 他の古魔法道具店の店主達も納得したようで、石像や箱の近くに寄って見ている。

 後ろから肩をたたかれた。

 振り向くとボブがいた。

「ありがとな」

「何かしたか?」

「ヒルさん、助けてくれて」

「そう言えば、ヒルさんとガラハーは別の組織なのか?」

「あんたは堅気の人だから知らないと思うけど、タンセド公国にプルゲ宮という犯罪者の住処があったんだ。もう、ないけどな」

 桃海亭で留守番している黒髪銀目を思い出した。

「オレ達、そこにいたんだけれど、そこがなくなって、町で盗みをして食いつないでいたら魔法協会に捕まって、鉱山に送られて、そこでヒルさんにあったんだ。ヒルさん、脱走するときオレ達を一緒に連れ出してくれて、それから、ヒルさんがガラハーの下について、オレ達も一緒に働かせてもらえるようにしてくれて、だから………ヒルさんが死んだりしたら………オレたち………」

「泣くなよ。わかったから、泣くなってば」

「頼むよ。この仕事がうまくいけば、ヒルさんの組織で地位があがるんだ。手伝ってくれよ」

「仕事って、魔術師誘拐のことか?」

「誘拐できないなら、このコレクションでもいいんだ。このままだとヒルさんが組織から制裁を受けることになっちまうんだよ」

「気持ちはわかるけど、オレに言われても困る」

「あんた、ウィル・バーカーだろ」

「あのな、オレは善良で真面目な古魔法道具店の店主なんだ」

「【極悪コンビ】の片割れだろ?」

「だから、オレは……」

 上着の裾を引っ張られた。

「なんだよ、ムー」

「起動できるかもしれないしゅ」

「獣神か?」

「はいしゅ」

「できてもやるな」

「プルゲ宮、聞こえたしゅ」

「へっ?」

「あれはゾンビ使いが………」

「わぁあーー!」

「どうかしやしたか?」

 ボブがオレの大声の理由を聞いてきた。

「なんでもない。ちょっとだけ、待っていてくれ」

 屈み込んだ。

 ムーに小声で話す。

「獣神をコントロールできるのか?」

「たぶん、しゅ」

「殲滅型を起こすのはまずいだろ」

「2体足りないしゅ」

「足りない?」

「6体ないと魔法が発動できないしゅ」

「そうすると、起動させると何が起きるんだ?」

「動くしゅ」

「他には?」

「ないしゅ」

 止めたいがムーの無駄にでかい瞳がギラギラと輝いている。止めてもやるに決まっている。

「動かす為の準備を整えるから少しだけ待て」

 ムーに動かないよう釘を差してから、立ち上がってボブに言った。

「オレは誘拐を手伝わない。ここのコレクションを犯罪組織には渡すのを手伝いたくない」

「でも、このままだとヒルさんが」

「オレに出来るのは、あんたたちが組織を抜けるなら手伝うくらいだ」

「そんなことできっこない!」

 オレは眼を閉じて横たわっているヒルの側にひざまずいた。

「ヒルさん、起きているか?」

 薄目を開けた。

「オレが組織を抜けられるようにしたら、こいつらを何とかしてくれるか」

「……抜けられるわけねえ」

「もし、オレがヒルさんと仲間の人達を組織から抜けさせたら、こいつらと連れて裏の世界から手を洗う。で、どうだ?」

 ヒルが唇をゆがめながら、それでもわずかにうなずいた。

「休んでいるところ悪かったな」

 オレは立ち上がるとロイドさんの所に行った。

 ロイドさんは数名の魔術と立ち話をしていた。

「あのちょっとだけいいでしょうか?」

「なんだ」

「ムーが獣神を動かしたいそうです」

「ちょっと、あなたたち何を考えているのよ」

 壮年の女店主が怒鳴った。

 片手を挙げて、ロイドさんが女店主の人を制した。

「動かしたら、どうなる」

「今の状態だと動くだけで、殲滅魔法は発動しないそうです」

「ここの持ち主は我々ではない」

「はい、一応、そっちからも許可を取るつもりです」

「わかった」

「それと、これは勝手なお願いなのですが、もし、獣神の権利が手に入って、ムーが獣神をコントロールできるように調整したら、ロイドさん、引き取っていただけませんか?うちの店では手に余ります」

「わかった」

 ロイドさんがうなずいた。

 周りの魔術師がざわめいた。

「いいんですか、ロイドさん」

「滅茶苦茶なことを言っていますよ、こいつ」

 ロイドさんが古魔法道具店の店主たちに向き直った。

「こいつのことはわかっている」

 それだけで、店主の人達は黙った。

「いまから、交渉に行ってきますから、誰か紙と筆記用具持っていませんか?」

「これでいいか?」

 ロイドさんの隣の若い男性が、懐から数枚の紙と携帯用ペンを出してくれた。

「ありがとうございます。それから、ロイドさん、金貨5枚ください」

 また、周りの魔術師が色めきたったが、ロイドさんは金袋を取り出して金貨5枚くれた。

「遠慮なくいただきます」

「貸すだ」

「オレの物でないとまずいんで」

「わかった。やる」

 紙と筆記用具と金貨5枚をシャツの下に入れて、吹雪の中に飛び出した。

 やたらに忙しい日だと思った。





 意外なことにガラハー達が乗っている馬車の中は暖かかった。

 魔術師のガラハーが、何か魔法を使っているのかもしれない。

「馬を逃がした賠償にでもきたのか?」

 2人掛けの席にひとりで座っているゴルボーンが言った。オレは前の席をグルリと回して、ゴルボーンと向かい合う形で席に腰を下ろした。

「いえ、交渉にきました」

「ガキに交渉ができるのか?」

「あの宝物庫をオレが買い取りたいという交渉です。こちらはお願いです。ヒルさんとヒルさんが連れてきた手下たちを組織から抜けさせていただけませんか?」

「そんな条件、飲むと思うのか?」

「宝物庫の買い取り価格は金貨3枚、ヒルさん達の組織から抜け出すのは無償でお願いします」

「話にならん、帰れ」

「そうしたいんですが、そうできないんですよ。ムーの奴が封印の箱の札を剥がしたいと言い出しまして」

 ゴルボーンの表情がわずかにこわばった。

 ガラハーから封印の札について聞いたのだろう。信じられないような話だが、一緒に走っていた馬車が2台も削られれば疑いようがない。

「箱がまだ20個ほどありまして、封印の紙が約20枚。400枚も漂うことになると、動けないこの馬車にいる皆さんは命の危険が伴うかもしれません」

「脅す気か?」

「とんでもない。オレだって、止めさせられるものなら、止めさせたいんですよ。でも、ムーっていう人間は、我が儘で自己中で人の話は絶対に聞かない、やりたい放題の魔術師なんですよ。先週も島を沈めてしまって、本当に困っているんです」

 来週には説教と始末書の為に魔法協会本部に出向かなければならない。

「島………おい、ザギェロ島のことか?」

 ゴルボーンは知っていたらしい。

「名前は忘れました。どこだったかなあ」

「犯罪組織で金を出しあって作った共有の偽金づくりの島のことだ。先週、海中に没したと聞いていたが、あれはお前たちだったのか」

「違います。別の島です」

 本当はザギェロ島だ。魔法道具の買い取りの依頼が入り、ムーと船で目的地に向かった。新米の船長で進路を間違ってザギェロ島の港に船をつけてしまった。慌てザギェロ島から逃げたのだが、島の方々が武装した船でオレ達を追いかけてきて、ムーが威嚇の為に撃った新作魔法弾が島を支えていた珊瑚礁を粉々に粉砕してしまったのだ。

 ゆっくりと沈んだから、島にいた人間は全員待避できたと聞いている。

 というわけで、オレ達は悪くない。

 何もしてない堅気のオレ達を、武装した船で追いかけた島の犯罪者の皆さんが悪い。

「ゴルボーンさん、宝物庫の権利はこいつに渡しましょう」

 ガラハーが力なく言った。

「冗談をいうな。あれを手に入れるのにどれだけ苦労としたと思っているんだ」

「こいつらには関わらないほうがいい。予定ではもう魔術師を売り渡している頃だ。それなのに、吹雪で馬車に閉じこめられて、馬も逃がされて帰れる見込みがない。宝物庫さえ渡せば、こいつらとは縁が切れる。渡して、終わりにしたほうがいい」

「ここに紙を持ってきました。書類を作りますから、サインをいただけますか?」

「こちらで作ろう」

 唇が薄い、細目の男だ。オレは組織の参謀とふんでいた。手を伸ばして、オレから紙を受け取った。

 サラサラと書き上げるとオレに見せた。

「これでいいか?」

「オレは古魔法道具店の店主です。こんな書類にサインするはずないじゃないですか」

 トラップだらけの書類だ。

 サインしたら店も金も尻の毛までむしり取られる。

「サインした方がいいと思うが」

 脅しているつもりらしい。

 桃海亭が犯罪組織に渡る。オレは無一文になる。たったひとりで、一からの出直し。

 心惹かれる未来図だ。

「わかりました。サインをします」

 残念なことに、桃海亭で留守番している知識豊富な黒髪銀目が法律の抜け穴を駆使して、ゴルボーンには壁の破片すらも渡さない可能性が高いが。

 ペンを持ったところで、オレの手をガラハーがつかんだ。

「悪かった」

「ガラハーさん、邪魔しないでくれ」

 細目の男が淡々と言った。

「お前は引っ込んでろ!」

 そう怒鳴ると、オレがサインしようとした紙を粉々にちぎった。

「桃海亭に手を出すつもりはない。宝物庫もそちらに売り渡す。ヒルも自由にする。それでどうだ?」

「書類はオレが作ってもいいですか?」

「頼む」

 今度はオレが書類を作った。

 宝物庫売買とヒルの組織脱退に関する公式な書類だ。

 前にオレが作った書類の不備で、店の道具をひとつ、失ったことがある。

 その日の夜、鬼と化したゾンビに売買書類の作り方を徹底的に仕込まれた。それから、ほぼ徹夜で3日間。ゾンビが「これならば良いと思います」と解放してくれたときには、ヨレヨレで魂が半分抜けていた。

「ほい」

 オレが渡した書類を見て、ガラハーが驚いた。

「これほど、汚い字の書類は初めてだ」

「内容を見ろよ、内容を」

 一通り読んでから、ゴルボーンに渡した。

 ゴルボーンは読まずにオレに返してきた。

「サインする気はねえ」

「わかった。もし、サインする気になったら宝物庫まで来てくれ」

 書類を持って立ち上がった。

 ゴルボーンが唸るように言った。

「無事にこの馬車から出られると思っているのか?」

 オレはため息をついた。

「悪い、嘘をついた」

「何を」

「ムーがやりたがっていたのは封印の箱じゃないんだ」

 ゴルボーンもガラハーも言っている意味がわからなかったらしい。表情が変化しない。

「それから、ムーは我慢が苦手なんだ」

「それが……」

 ゴルボーンが最後まで言い終える前に、何かが飛んできて馬車の後方の屋根を潰した。

「オレ、帰るから」

「待ってくれ」

 ガラハーがオレの手から書類を取り上げた。

「ゴルボーンさん、サインをしてくれ。こいつらは世の中のルールから外れている。早く縁を切らないと、とんでもないことに巻き込まれる」

 屋根の上に乗った何かは重量があるらしく、後方の部分はギシギシと音を立てながら徐々に潰れていく。

「頼む、ゴルボーンさん!」

 ゴルボーンがオレの手から書類をひったくった。2組4枚の書類に手早くサインをする。オレもサインをして、2枚をゴルボーンに渡した。

「代金は金貨3枚と」

 シャツの裏ポケットから出して渡した。

「では、オレはこれで」

「こいつをなんとかしていけ」

 沈んでくる屋根を指した。

「大丈夫です。たぶん、オレの迎えです」

 何を言っているのかわかっていないようだ。

 オレは書類をシャツの下に入れると、馬車の外に出た。

「オレがウィルだ」

 屋根の上から飛び降りてきたのは、石造りの獅子の獣神。

 オレの前に伏せた。

 背中に乗れと言うことらしい。

 石の背中は、尻が凍りつきそうで、滑りやすそうだったが、ゴルボーン達へのデモンストレーションのためにまたがった。

 馬車の窓には、ゴルボーンやガラハーや幹部が張り付いて見ている。

 オレは手を振って、宝物庫への帰路についた。





「『宝物庫の販売会があるから、ちょっと行ってくる』と出て行かれて、様々な体験されたんですね。さすが店長です。それで、どうしてこうなるのですか?」

 シュデルの目が冷たく光っている。

「その後も色々あって」

「大変だったしゅ」

「大変だったでしょうね、その有様では」

 オレとムーの服は焼き焦げてボロボロ、顔はススで汚れていて、髪も所々焦げている。

「もし、僕がその場にいたのでしたら、書類を宝物庫に持ち帰り、余った金貨をロイドさんに返却。新たな書類を作成してロイドさんに権利を譲渡。ヒルさんとお友達が自由になった書類を彼らに渡して、雪がやんだら帰路につく。それだけのことだと思うのですが」

「いま、お前が言ったことことは全部した」

「したしゅ」

「それで、なぜ、焼け焦げるのですか?」

「こいつが」

「ボクしゃんが」

「箱の封印を解いたんだ」

「天使を出してあげたしゅ」

 シュデルがカウンターの引き出しから、鹿皮の磨き布を出した。それから展示してある銀製のチョーカーを手に取ると、丹念に磨きだした。

「どうぞ、話の続きを」

「あの」

「心を落ちつけるために磨いています」

 銀色の目が完全に据わっている。

「雪がやんだあと、宝物庫から石造りの獣神4体を外に出したんだ。広い場所があったから、コントロールが正しく作動するか、実際に動かして試してたんだ。ゴーレムを動かすのにホスト認証システムと魔力によるコントロールが必要だったんで、最初がムー、ホストの権利を移して、ロイドさんがやったんだ」

 ロイドさんのゴーレム操作は素晴らしかった。土系魔術師だからゴーレムは扱ったことはあるとは思っていたが、4体同時に曲芸のような動きをさせたときにオレだけでなく、周りで見ていた古魔法道具店の店主達もヒルさんの仲間たちも拍手した。

「ロイドさんのゴーレム操作をすげーなーって見ていたんだけれど、少しして古魔法道具店の店主の人達が一斉に宝物庫を見たんだ。みんな真っ青で、ロイドさんは獣神ゴーレムを並べて停止するとオレのところに来てムーの居場所を聞いたんだ」

「その先がわかるような気がします」

「ムーは見あたらなくて、ロイドさんと一緒に宝物庫に行ったんだ」

「何をご覧になられたのですか?」

「床に開いたドでかい穴と、箱を片っ端から開けているムー・ペトリ」

「ボクしゃん、考えたしゅ。封印の札を圧縮呪文で重ねて、一気にはがせると思ったしゅ」

「それをやったのですね?」

「ばっちりだったしゅ!はがした札はまとめて宝物庫の床の真ん中に落としたしゅ」

 ムーは落としたと言ったが、400枚以上の封印の札が土を削りながら消滅していったのだ。オレが見たときには、底が見えないほど深い深い穴になっていた。

「封印の箱から、本物の天使の置物を見つけたのですか?」

「はいしゅ。右が赤い宝石、左が青い宝石しゅ」

 オレとロイドさんが入ったときには、赤い宝石を担いでいる天使の置物はすでに見つかっていた。ムーは最後から2番目の箱を開いたところで、最悪なことにそいつが青い宝石を持った本物の天使の置物だった。

「まさかと思いますが……」

「ばっちりしゅ!」

 床に穴が開いていなければ、捕まえられたかもしれない。直径約6メートルの穴がオレ達の行く手を遮り、怪しげな呪文を唱えるムーを止めることができなかった。ムーが唱えている途中から、青と赤の宝石が共振をして、空気まで震え始めた。今までに体験したことのないような奇妙な震え方だった。

「まだ、世界は破滅してないようですが」

「ロイドさんが置物を穴に落とした」

 移動魔法で、ロイドさんが床に置かれていた2体を穴の上に移動させた。あとは、重力の法則に従って2体とも落ちていった。

 400枚×3メートル、穴は適当に計算しても1キロより深いはずだ。

 天使の置物の魔法がどのような魔法だったのか、オレにはわからない。知っているのは事実だけ。

「天使の置物の魔法が発動して、穴から熱い空気が吹き出してオレとムーが焦げたんだ」

「ロイドさんは大丈夫でしたか?」

「天使の像を投げ入れて、すぐに宝物庫から出たから無事だった」

「床の穴はどうなりました?」

「熱風が吹き出しただけで、穴自体には変化はなかった。すぐにロイドさんが土系の魔法で埋めてくれた。所有権もロイドさんに移ったあとだったから、ロイドさんがあとの処理はやってくれると言ってくれた」

 吹き出した熱風をオレもムーも、まともには食らっていない。

 ロイドさんが置物を穴の上に移動させ、それが落ちていくのを見たオレは、すぐにロイドさんの腕をつかみ、全力で投げるようにして宝物庫の外に放り出した。オレもすぐに飛び出したが、ほんのわずかな時間の差が、無傷と半焦げの違いになった。

 宝物庫にいたムーはチェリースライムの防御ドームに守ってもらった。瞬時に開いてくれたようだが、閉じきるまでのわずかレイコンマ数秒に受けた熱風で焦げた。当然だが、宝物庫に残っていた天使の置物は焼けただれて全滅。宝石もダメになっていた。

「天使の置物が処理されたとなると、残された問題は獣神のゴーレムだけですね」

「ロイドさんが秘密の場所に封印すると言っていた。残り2体がでてきて殲滅魔法が使われることを危惧したみたいだ」

「ロイドさんの為にも、残り2体は処理した方がいいですね」

 シュデルが微笑んで、片手を挙げた。

「リモファス。手伝っておくれ」

 手のひらに乗るほどの小さな竜巻がムーの周りを一周した。そして、シュデルの元に戻った。

「ありがとう、リモファス」

 竜巻が消えた後、シュデルがオレの前に手を開いた。

「これが残り2体です」

「こいつが?」

 小さい。

 豆粒くらいしかない。

「返すしゅ!」

 ムーが取り返そうとシュデルに飛びついてきたので、オレが素早く取って、手の中に握り込んだ。

「どういうことだ?」

「店長が言っていましたよね。庭に壊れた獣神の像がたくさんあると。おそらく、そこにあったのだと思います。6体あって作動するとしたら、4体の近くに残り2体を隠すはずです。ムーさんが言っていた『面白い』というのは、2体を隠し場所を示す手がかりだったのではないでしょうか」

「待てよ、そうなると、あの宝物庫に最初に入ったとき、すでに6体揃っていたということか?」

「店長が話してくれたことが正しければ、そうなります」

 シュデルの言うことに推測も含まれているが、大筋では合っていそうだ。そうなると、不思議なことがある。

「なぜ、ムーは殲滅魔法を試さなかったんだ?」

 実験大好き、新作魔法大好き、殲滅魔法が手に入ったらすぐに試しそうだ。

「それは僕にはわかりません。ムーさんに聞いてください」

 ムーがオレに手を出した。

「返すしゅ」

 6体揃っていたのに、魔法を発動させなかった。

 オレは豆粒ほどの2体を、ムーの手に乗せた。

「殲滅魔法だからしゅ」

「もしかして」

「本物の殲滅魔法しゅ。ボクしゃんもウィルしゃんも人類の終わりしゅ、だから、これはこうするしかないしゅ」

 指の先で2体を潰そうとした。

「こうするしか……こうするしか……なしてしゅ!」

 ムーの指の力では、潰れないようだ。

「ウィルしゃん、やってしゅ」

 オレのところに獣神が戻ってきた。

 目に近づけてよく見た。

 石造りの獅子の獣神だ。巨大な獣神をそのままミニチュアにした感じだ。

 カウンターに置いた。引き出しからハンマーを取り出して叩くと、あっけないほど簡単に粉々になった。

「ほれよ」

 粉をムーに返した。

「これは再生されないように、ボクしゃんが始末するしゅ」

 ムーは自分の手のひらに置かれた粉を見ながら、顔をキリッと引き締めた。

「あっ」

「あっしゅ!」

 粉が燃え上がって消えた。

「すみません。手違いです」

 シュデルが慌てて言った。

 道具のどれかが間違って燃やしてしまったらしい。

 ムーが何もなくなった手のひらをジッと見た。

 そして、言った。

「ボクしゃん、グレたしゅ」

 オレ達の方を見ようともせず、部屋に戻っていった。

「オレも寝るから」

「お疲れさまでした。ポケットの物は見なかったことにします」

 宝石の存在はばれていたようだ。

 魔法がついていないから、店では売れない。宝飾屋に売って着替えを何着か買い、残りは緊急用に取っておくつもりだ。

 翌朝、ムーがオレのズボンのポケットに入っていたはずの宝石を持ってきた。

「ボクしゃん、グレたしゅ」

 そう言って、散歩に出かけた。

「グレたんですね」

「ムーがグレたのはお前のせいだろう!何とかしろ、シュデル」

「そう言われましても、僕にも道具達にも戻すことは無理そうです」

 巨大宝石には、ウツボの頭が生えていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ