2−2
ヴヴヴ…、テーブルの上においてあった携帯電話が鈍い振動とともに孝之からの電波を受け取る。
「あ、もしもし、おはよう。」
「おはよう。もう着いたよ、準備できた?」
「うん、あとちょっと。すぐ行くから待ってて!」
予定の時間より少し早い孝之の到着は、約束の30分前には全ての準備を整えてソワソワしていた私を軽やかに受け止める。
少しでも早く来てくれることが、嬉しい。孝之が私と会うことを楽しみにしてくれている証拠だと。
部屋にカギをかけ、カンカンと階段を駆け下りると孝之の青いコンパクトカーが私を待っていた。
助手席に滑り込むと、懐かしいような照れくさいような匂いが鼻をくすぐる。
「おはよう。久しぶりだね。」
「うん。」
「しばらく会ってなかったから、なんか恥ずかしいね。」
「え?あ、うん。ホントだよ。もぉ。」
孝之からそんな台詞が出るなんて思ってなかったから、少し戸惑ってしまった。やばい、にやけそう。
上気して緩みそうになる顔を抑えて平常心、平常心と心の中でつぶやく。
「ごめんごめん。でも仕事忙しくてさ。」
「そっか、そうだよね。今日はゆっくりできるの?」
「うん、久々にね。だからちょっと遠出しない?」
「いいけど、体大丈夫?」
本当は遠くまでドライブしたいけど、孝之は仕事で疲れてるんじゃないだろうか。
雨の中を青空のような車がゆっくりと動き出す。
「大丈夫だよ。遠出って言っても県北。とりあえず温泉いかない?」
「うん、いいね。温泉ならゆっくりできるし。最近寒いのにシャワーばっかりだったから、ちょっと嬉しいかも。」
「え、ちょっとだけなの?」
「ううん、嘘。ホントはすごく楽しみだよ。」
「どのくらい?」
「どのくらい?そうだねぇ、ん〜。」
孝之をチラリと見る。孝之は私に甘えたような視線を投げかけている。
「もぅ、ちゃんと前見て運転してよ。」
なんだか恥ずかしくて、嬉しくて、少し憤慨したフリをして孝之に言う。
なんて甘い時間が流れているんだろう。
他の誰にだって共有されたくない時間。
私は孝之から放たれているもの全てを取りこぼさないように、持ち得る全ての感覚を駆使してキャッチする。
そして、受け止めたそれを私の足りない部分に注ぎ込み、満たしていく。
アナタがここにいることが、こんなに嬉しい。
孝之と過ごす時間がこんなにも愛しい。
ただ流れていくこの柔らかな時間を掬い上げて、この両手で優しく抱きしめることができたならどんなに幸せだろうか。