水泡
物心がついた時のことを、君はおぼえているだろうか
僕はおぼえている
だから、僕は忘れない
あの血を
忘れられない
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「なんで学校くんだよ!!」
「くんじゃねーよ!」
投げられる石。できる傷痕。飛び交う罵声。
でも、もう慣れた。
もう、痛みなんて感じない。
慣れてしまえば、なんてことはない。
こんなの、ただの小学生の戯れ事だ。
「ただいま……」
「ふざけんじゃないわよ!!」
「それはこっちの台詞だ!!」
「……母さんと父さん、帰ってきてるんだ。」
僕の心が冷めていくのを感じる。
……互いに愛人がいるのなら、別れてしまえばいいのにね。
さっさと離婚して、バラバラになってしまえばいいのに。
その時、僕はどちらがわになるんだろう?
……もしかしたら、捨てられちゃうかもね。
『『不気味な子供』』
母さんと父さんにとって、僕は化け物だから。
そう考えるだけで、心臓が締め付けられるような感覚に駆られる。
……あぁ、悲しんでるんだな。
ただ、記憶力が良かった。それだけ。
それだけなのに……僕は、皆に嫌われた。
なんでかな?
僕はなにも望まなかった。
なにも祈らなかった。
なにも……嫌わなかった。
それなのに、皆は僕のことを嫌ってく。
ある人は言ったらしい。
『好きにならなきゃ、誰も自分を好いてくれない。』
と。
僕が嫌われるのは、僕が誰にも興味がないからだろうか。
僕が親にも好かれないのは、僕が親を見限っているからだろうか。
“居場所が何処にもない”
って、こういうことを言うのかな?
そんなことを、考えたりして。
「……………………あれ?」
ふと、自分の考えに疑問を持った。
あれ?僕が親に嫌われたのは、いつだっただろう?
僕が親に嫌われたのは5年前、5歳のとき。
産まれたとき。この世に産まれ落ちたときのことを、僕が覚えたいると言った時だ。
それまでニコニコ笑ってた両親の顔が、固まって。
僕に向かってこう言ったんだ。
__________バケモノ__________
その時、僕は自分がおかしいことを知った。
ふと見たニュースでキャスターが喋った一言一句。
友人と話した些細な世間話の一言一句。
産まれたとき、産まれたすぐ後の出来事を。
まるきり違わず言えることは、異常なのだと。
……あれ?僕はそれまでに、両親を好いていなかったときがあっただろうか?
ならば何故、僕は両親に嫌われたのだろうか?
……あぁそうか。僕が化け物だからか。
ならば何故、化け物のはずの僕が、ヒトである両親と住んでいるんだ?
ヒトであるクラスメイトと学校に通ってるんだ?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
僕の居場所は何処にもないはずだろう?
パチンッ。
と泡が弾けるように、思考の海から浮かんで消えた。
その“答え”は。
「ああそうか。どこにも居場所がないのなら、消えてしまえばいいよね。」
至極シンプルで、極普通の答えだっただろう。
「なんで今まで気がつかなかったんだろう。」
耳元で風が唸る。
眼下には光るガラクタ。
ガラクタの中で、何人も食い潰される。
そしていつかきっと、僕も。
なら…………いっそその前に。
「さぁさぁ皆さんお立ち会い。これより始まるは世界を見捨てた異端者の、初めてのヒトゴロシ。」
何もかもを捨て去って。
「化け物と呼ばれた少年の、末路です。」
キオク
自分を消し去れば。
「……次、次産まれたところでは。」
……愛されたい。
そうして僕は、闇に消えた。
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「大丈夫かい?気分でも悪いのかい?」
「いえ、なにも問題はありません。」
結論から言おう。
僕は、死ぬことも記憶を無くすこともできなかった。
飛び降りた真下、そこには運のいい(悪い?)ことに、ある酔っぱらいが寝ていたのだ。
その人物がクッションになり、僕は記憶を無くすことすらできなかった。
しかもその人物は医者だったのだ。
なんとも運の悪い。
「で、何故あんなところで上から落ちてきたんだい?」
「言ってるでしょう?…………忘れましたって。」
当然のごとく嘘だ。
変に追求されるのも面倒だから、こう言っている。
へたに自殺しようと思っていたと言ってしまえば、家庭のドロドロ加減をむりやり理由にされてしまう。
そんなことされたら、両親が黙ってない。
暴力なんか振るわれた日には、目も当てられない。
……それよりも、逆にこっちが聞きたいですよ。
何故、医者のはずの貴方があんなところで酔いつぶれてたのか。
「まいったなぁ……とりあえず、親御さんに連絡……」
「あ、いえ……自分でするので結構です。」
「そうは言ってもだね。あんな怪我をしていたのに、何も無しとはいかないんだよ。」
「えっと……じゃあ、僕からここに来てもらえるように連絡しますので、先生は待っててくれますか?」
「むぅ……いいだろう。」
それはよかったです。
そう言って、僕は適当な理由をつけて、先生を追い出した。
……これからすることを見られると、少し面倒だ。
先生を追い出したら、すぐに準備にとりかかった。
まず、メモに簡単な最期の言葉……まぁ、いわゆる遺書を書いて置き、
カーテンと窓を開け、身を乗り出す。
「……今度こそ。」
下に誰もいないことを確認して、助けに入れるような人間もいないことを確認する。
…………うん。
「誰もいないね。大丈夫そうだ。」
それじゃあ、早く飛び降りなきゃ。
あの人が戻ってくる前に。
頭を下にすれば、死にやすいかな?
死ねなかったとしても、せめて記憶が飛ぶようにしないと。
さすがに、何度も何度も飛び降りるのはキツいからね。
それじゃ、行こうかな。
ガラッ
「おーい。もう終わったかー?……っ!何やってんだ!?」
……あーぁ。来ちゃった。
例え上部だけでも、優しくしてもらえたのは久しぶりだから、あんまり会いたくなかったのに。
人の優しさに触れると、泣きたくなるから。
「早くこっちに戻ってこい!!」
ごめんなさい、先生。折角治してもらったのに。
でもね……もう疲れたんだ。
怒っていいから。笑いかけてくれたのに、
それを忘れようとしている僕を。
「おい……っ!」
「ばいばい。」
体重を後ろに傾けるだけで、簡単に落ちていく身体。
叫びと共に伸ばされた手に笑いかけて。
僕の選択は。
「さよなら。今までの自分。」
また一つ、小さな泡が浮かんで消えた。