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戦利品はおねいさん? 違います!

 皇城にて。

 宮廷では、ルル達の行動を盗み見ている者が一人。


「気に入らない。気に入らないぞ、あの……黒髪」



「うーん、なんだか緊張してきた。老師様、トイレに行きたいのですが」


 ナギは老師にトイレを請うと、衛兵の一人を呼び、案内させた。


 ナギは用を足し、トイレから出ると、広間にいるはずのルルが待っている。

 赤茶の癖毛、オレンジ色のローブ。

 しかし、ルルにしては違和感を感じる。


 そうだ、ナイスバディすぎる!


「ん? あれ? 君は……ルルなのか?」

「うふふっ」


 16歳のルルが20歳ぐらいになるとこんな感じなるのか。

 身長も高いし、身体のラインも充分に大人の女になっていた。

 ルルによく似たお姉さんは微笑んで広間とは違う方向に走って行く。


 怪しい。

 ナギは強い違和感からくる警戒心よりも、はるかに好奇心のほうが勝ってしまい、ルル似のお姉さんの後を付いていく。

 大理石の柱の通路を抜け、幾度か角を曲がると……。


「そこの少年、待て」

「はい?」


 いきなり衛兵に呼び止められる。


「怪しい少年め、宮中を自由勝手に徘徊するのは許せん、とらえろ」

「はっ」


 わらわらっと警備兵に取り囲まれる。


「わー、待った。僕はルルのお供です。ほら、みんな大好きアイドル魔女っ娘のルルちゃん! 知ってるでしょ? 少しも怪しくないですよ」

「うるさい、黙れ! 充分怪しいわ。後でゆっくり尋問するから牢にぶち込んでおけ」

「はっ」

「待って! いてて」

「暴れるんじゃない、おとなしくしろ」


 離れたところから、ルル似のお姉さんが口元を隠して見ている。


「ちょ……まっ、そこのお姉さんに用事が。いや、ルルか老師様を呼んでくれ、呼んでください」

「猿ぐつわして黙らせろ」

「たすけ……」


 ナギは囚えられた。



 謁見の広間。

 ルルと老師がナギと皇太子を待つ。


「んー、遅いわね。だいたい、ナギのトイレは長いからなー。早くしないと殿下がきちゃうわ」

「ふむ、たしかに遅い。おーい、さっきの衛兵、ここへ」

「お呼びでしょうか。老師様」

「ルルのお供の少年を探してくれまいか。貴殿にトイレに案内してもらったはずだが」

「承知しました」


 入れ替わりに、別の衛兵が広間に入ってきた。


「老師様、ルル殿。皇太子殿下のおなりでございます」

「あい分かった。ルル、少年は後回しじゃな」

「しょうがないわね」


 二人の衛兵が大広間奥手の両開きの扉を開ける。

 年齢的にナギとさほど変わらない少年と二人の近衛兵を伴って入り、壇上の椅子に座る。

 お共の近衛兵は皇太子の左右に立つ。

 老師は一礼をして、皇太子とルルの中間ぐらいまで進み、二人の謁見を見守るような感じで邪魔しないよう右側に立つ。


「ルル、久しぶりだな。余は誠に嬉しく思うぞ」

「皇太子殿下、ご機嫌麗しく、何よりです」

「うむ」


 見るからに皇太子は、機嫌がよさそうだ。


「老師から謁見の申し込みと用件を聞いておる。ルル、忘れておらぬ。先の鬼ごっこ、まだ、褒美を与えてなかったな」

「ありがとうございます。お約束の褒美を頂戴したく、はるか遠くの故郷から皇城へ参った甲斐があります」


「あいわかった。パイロン、ここへ」


 両開きの扉の外で待機していたのか、すぐに一人の女性が入ってきた。

 赤毛、オレンジのローブ。


 ルルによく似た、大人の女性。

 ルルが成長した姿というべきか。

 ルルの姉がいたらこんな感じか。


「お呼びでしょうか、殿下」

「パイロン、今日からお前は、そこにいるルルの下僕になるのだ。惜しいな、惜しいが約束なのだ」


 ルルは自分そっくりな女を押し付けられた。


「で、殿下。あたしは、殿下のペットを頂きたく。に、人間はいりません」

「なあに、間違ってはおらぬ。パイロンは間違いなく、余のペットじゃ。老師、相違ないよな」


 ルルは、困り半分、怒り半分で老師を睨む。


「で、殿下の申す通り、このパイロンは、殿下のペットじゃ」

「老師様っ!」

「あっ、いや、ルル。このパイロンはワシの窮極の魔法で召喚したドラゴンなのじゃ。ほら、例の……魔法陣の、な」


「ろ・う・し・さ・まっ。どこをどう見たら、ドラゴンに見えるのですか? ペットとは何ですか? えっちな事をするためですか? 究極の魔法で、究極にかわいいあたしそっくりの女をいやらしいペットとして呼び出したんですか? はーぁ、素晴らしいですねっ!この世のあらゆる魔法を極めた老師様の集大成がえっちなあたしの分身だとは! テラ驚きぶっ飛んで、どう最凶最悪の賛辞を送るか、言葉ひとつ思いつかないわ」


 ちゃっかり自分のことも究極というあたりはルルらしい。


「ルル、仕方ないのじゃ。皇太子さまが臨むだけ褒美を出すとういから断れなかったのじゃ。お前の作った借金を返すために断れなかったのじゃ」


「ほーお。老師様は、お金で動く立派な方だったんですね。可愛い孫だとか、わしの期待じゃ、大事な宝物だとかさんざん褒めちぎっていたのに、いざとなれば、お金と引き換えにあたしを辱めるのも辞さない立派な人格者だったとは。もうたくさん、二度と口聞いてやんないっ」


「うぐっ、ぬぬ、違うのじゃ、ルル、誤解なのじゃ」


「ははははは。あい待った。ルルよ、聞くがよい。パイロンは女じゃない。オス♂のミニドラゴンじゃ」


 皇太子は、ルルと老師のやりとりに堪らず、大笑いしつつとりなした。


「おお、そうじゃ。パイロンよ、ルルの誤解をとくためにドラゴンに戻ってくれまいか」

「ちぇ、面白くなってきたのに。まあ、いいや」


 ルル似のお姉さんは、そう言うと、姿形が変わっていく。

 きれいなやわ肌が白い鱗に覆われる。

 髪は頭皮に吸い込まれるように消える。

 顔も輪郭が爬虫類のように長細くなる。


 目が大きくつり目に。

 口は裂けるように大きく、唇は消えていく。

 オレンジ色のローブも霧散して消える。

 両手は指が3本になり、爪は鉤爪に。

 脇の下に膜が張る。


 その膜に骨格が浮き出る。

 巨大なコウモリのような皮の羽だ。


 みるみる、二足歩行する白いミニドラゴンに変わっていく。

 身長はドラゴンになる前の人間の姿の時と変わらない。


「ルル、よろしくな」


 ルルは戸惑いながらもつかつかっと、老師に近づき、耳打ちする。


「ねえ、この子、大丈夫なの? なんか上から目線だけど」

「この子はな、ルルの身代わりとして、殿下にあれこれ弄ばれておったのじゃ。横柄なところとひねくれているところがあるがな」

「……。どういうこと?」

「ワシには、言えん」

「なんだか、頭にきた。老師様、もう、ほんとーに口聞いてやんない」

「ルル、すまぬ。こうしないと、お前自身が殿下のおもちゃにされるのじゃ。不憫な目にあうのが辛かったんじゃからな」

「だ、だからと言って……、もういい。この子、引きとるわ」


 皇太子はニヤニヤしている。


「分かりました。このパイロンをありがたく頂戴します」

「うむ。ときにルルよ。余の末端の側室と言わず、第四后だいよんきさきにならぬか?」

「いえ、ありがたいお言葉ですが辞退します」


「ダメか」

「ダメです」

「第三后は?」

「正室でもダメです」

「そうか、ダメか」

「はい」


「残念だ。だが、余は諦めぬ」

「さくっと諦めてください」


 皇太子は立ち上がり、ルルを見つめ、ニヤリと笑う。

 皇族の証の赤マントを翻し、広間を退室する。


 部屋には、老師とルル、パイロンが残る。


「パイロン。まあ、その姿だと何だし、人間の姿になってくれる?」

「はああ、変身は結構魔力使うから連続して使いたくないなあ」

「命令よ」

「わかったって」


 パイロンは、また、大人のルルの姿になる。


「あんた、その姿やめてくんない?」

「でも、殿下の命令でいつもこの姿でいたから当然慣れてるし、ついでにあんなこと、こんなことされてるし、それは意外と気持ちいいことだし」

「やめれー。聞きたくない。汚らしー」

「ルルにはわかんないかなー、そこは、男のロマンというやつだ。なあ、老師」

「うむ、いや、けしからんが、殿下の意向につき、その何だ……」


 ルルはイライラした。


「いいから、違う姿になって。はよ」

「うーん、残念。もう魔力が足んない」


 ルルは超イラッとする。


「老師様、このパイロンは危なくないの? 突然ガブリ! とかしないかしら」

「おいおい、俺はそこまで野蛮じゃねえよ」

「わしの召喚魔法陣に記載した主となるべき名の者の言うことは絶対じゃ。今回は、主である殿下がルルを主とせよと仰せなのだから大丈夫。な、はず。たぶん」

「帝国一の大魔導師ともあろう御方が、そんな弱気な答えをいうのはどうかと思うわ」


 ルルは困った顔をする。


「魔法陣に書かれた主の名前の者に対しては、召喚契約によって呪いに近い束縛を伴うからの。絶対的な忠誠を誓うのは知っているのじゃが。パイロン、そのへんはどうじゃ?」

「うん、俺にはルルに対して拘束するような忠誠はまったくないよ。一応、殿下の拘束は、さっきの言葉でほとんど解放されたしな。つまり、ルルに敵対しなければ殆ど自由だと思う。でも、どこまで許されるのか俺にはさっぱりわからん」


「いいわ。パイロンがその気なら、受けて立つわよ。なんせ、あたしの二つ名は竜殺し(ドラゴンキラー)なんだから。あんたをいつでも木っ端微塵にして無数の肉片にしてやんよ」

「おっかねえ……。ルルのこと、殿下から散々聞いてるからな。逆らわねえようにするからよ」

「懸命ね」


 ルルは真顔でうなずく。


「しかし、ナギはどこに言ったのだろう。遅いわね」

「ああ、俺をルルと思ってたあの少年か? 今頃、牢屋に入ってるよ」

「なっ、なんだって!」


 ルルがパイロンの胸ぐらをつかむ。

 背の低いルルが背の高いルルを掴みあげているように見える。


「だって、殿下が気に入らん、とか言って、俺と近衛兵、警備兵に少年の逮捕命令出してたからな。まあ、殿下のヤキモチだな、ありゃ」

「じゃあ、なんでそんな不条理な命令を受けるの? ばかなの? 死ぬの?」

「だから! さっきまでは、殿下の命令には逆らえないし、忠誠は絶対だし」

「じゃあ、今度はナギを助け出しなさい。これは命令よ」

「ムリ。俺、牢屋の場所わかんないし。老師なら何とかなるんじゃない?」


「役に立たないドラゴンね。ナギのほうがずっとすごいわ。あの子がいなければ借金返せなくなってしまうの。いい? あたしにとって死活問題なの、最優先事項なの。ちょっと、老師も聞いてる?」


 ルルは老師を睨む。


「ま、待てルル。わしはさすがに殿下を裏切る事は出来ん」


 ルルは腕組んで考えてみる。

 そして何か閃いたようだ。


「じゃあ、老師様、よく聞いて。帝国一の博識で知恵者の老師様なら間違えようのない、簡単かつ究極の二択問題よ」


「何じゃ?」


「一つは、ナギを助けず、あたしとも永遠にお別れするの。もう一つは、ナギを助け、あたしが老師様の肩叩きをするの。今なら、肩もみオプションもあるの。さあ、どっち?」


 老師は、急にニヤける。


「ふむ簡単じゃな。ルルの肩たたきと肩もみの一択じゃ」

「惜しい、ナギを助けるのが抜けてるわ。その答えじゃ、ペナルティがつくの。オプションの権利がなくなるの」


「わかったわかった。すぐに助けるから、機嫌直すのじゃ」

「んじゃ、正解にするから。はよ」


 老師は後ろを振り向く。


「ゼロ、ここに」


 誰も居ない壁に向かって呼ぶ。

 壁が揺らめく。

 透明な何かがうごめいて見える。


「老師様、ここに」

「あ、ゼロ兄、いたの? 黙っていたなんてつれないわね」

「ちっ、お前はなんでもねだるから嫌いだ」


「まあまあ。ゼロ、聞いてたと思うがナギという少年を助けたい。今日の当番で一番の幻術使いは誰がおる?」


「今日はテンが当番で宮中におります。次に私かと」

「テンとゼロか。完全な幻術だと2日がやっとか。ルルの帰郷まで保たせんとならん。木偶ゴーレムを用意してそれに幻術を掛ければ3、4日は持つじゃろな。テンを呼べ」

「はっ」


 ルルの顔色が悪くなる。


「テン兄……あたし、ちょっと会いたくないわ」

「何を言ってんだ? 老師様の次にお前を可愛がっていたはテンじゃったろうが」


 チラチラ歪んで見えた壁が動かなくなる。

 暫くしてまた、壁が蠢きだした。

 先ほどと同じ透明な何かがいる。


「老師様、テンにございます」

「ん? ちっ、ルルか。はよ金返せ」


 ごん。


「いてっ!」


 朧げにしか見えない透明な姿のテンはルルの頭に無慈悲な拳骨をおとす。


「いきなり、かわいい女の子に拳骨を張るのはテン兄だけよ。……老師様でもこんな痛いのないわよ」

「うるさい、自分で可愛い、言うな。口出す前に金を出せ」

「テン兄、お金はないの。あたし、まだ貧乏なの」


 ルルは涙目で訴える。

 ルルは、兄弟子からも借金をこさえてたらしい。


 テン兄と呼ばれた兄弟子は、ルルが登用するまでは、最年少で宮廷魔術師に登用された、若手のホープであった。

 そしてわずか数年で上級魔術師になった優秀な老師の弟子の一人でもある。

 ちなみに、ルルは魔法の素質だけはテンをはるかに凌駕していたのだが、その性格のせいで結局は「見習い」のまま、クビになっている。


 ルルが登用した時は、すでに成年になっていたが、年齢が一番近いこともあり、老師の次にルルの面倒をみていた。


 生意気盛りのルルとはよくケンカもした。

 ケンカの勝敗はテンが全勝している。


 テンは多彩な魔法が使える。

 数ある魔法の中で得意な幻術を駆使してケンカに勝ってきた。

 姿を消したり、惑わしたりしてルルの恐るべき魔法の数々を全てかわしている。

 で、ルルが魔力切れおこした時、とどめのきつい拳骨の一撃で勝負を決していた。


 あまりに悔しかったので、テンの魔道具の数々を破壊した事があった。

 テンは激怒して、ルル自身に幾重にも、強力な物理結界、魔力を中和する結界、魔力を吸い上げ再結界化する魔法でルルを無力化し、きっつい拳骨5発、ほっぺがさんざん赤くなるくらい引っ張りあげた。

 最後に3日間、ルルを子豚にしてやった。


 この時、ルルの所業に手を焼いた老師は戒めと思い、子豚になったルルをそのままかわいがっていたことは言うまでもない。


 この件以来、負けず嫌いのルルでも、ついに、テン兄にかなわないと思うようになる。

 

「テンとゼロの二人で、宮中の牢屋にいるナギという黒髪の少年を探してくれ。見つけたら、わしが遠隔で木偶ゴーレムを作るから、それにナギの姿に変える」


「「はっ」」


 老師は振り返り、にやけながらルルを見る。


「ふっ、ルル。これでお前の肩たたきと肩もみゲットじゃ」

「老師様、まだ、ナギは助かってないわ」

「わかっておる。わしらはいったん、水晶宮の三日月の塔で待つとしようかの。あそこは殿下の手は及ばぬ」


 水晶宮。


 魔術ギルド総本部。

 1階だけは誰でも出入りできるが2階から上は宮廷魔術師らのみ出入りできる場所。

 かつてルルが受けた登用試験のように、民間の若き有能な魔術師の卵の発掘の場として利用したり、魔術ギルドに対しての相談や陳情などの受け口として機能しているのが1階。


 2階より上は、宮廷魔術師しか出入りできない。

 まず、階段がない。

 上がるには瞬間移動の魔法陣を利用する。

 さらに様々な結界術を組み合わせてあり、誰でも自由に出入りというわけにはいかない。


 つまり、水晶宮内の各施設は権限と魔力がないと使えないのだ。


 当然、施設ごとに入室権限が設定してあり、権限のないものは入れない。

 

 ちなみに、老師は総責任者につき全ての施設に入室できる。

 もともと、この仕組みを作り上げたのも老師本人いうこともあるが。


 老師の認めたごく側近の上級魔術師は、老師の私室を除いてほとんど全ての入室権限がある。

 ルルの場合は、単独では自由に出入りできない場所はいくつか存在する。

 ただ、ほとんど毎日、老師と同行していたので、ほとんどの施設に入室した事がある。


 三日月の塔。

 魔術師の居住と執務室になっている。

 それぞれの宮廷魔術師は居住区にプライベートのルームが割り当てられている。

 皇城の外に住まいがあるものは、当番の日に寝泊まりする。

 実家が遠方の者、家を持たない者、そういった魔術師は住み込みで利用している。


 かつてルルも部屋を与えられ生活していた。

 実はクビになったあとも、いつでも戻って来れるよう老師の独裁でそのままにしてあった。

 ルルがいなくなった後は、老師がしょっちゅうルルの部屋に入り浸って泣いていたのは誰も知らない秘密である。


 水晶宮、そして三日月の塔は、皇帝ですら手の届かない皇城内にある唯一の老師のための城であった。





 水晶宮の会議室。

 老師とルル、パイロンは、ゼロとテンの報告をまつ。


 暫くして老師は気配を感じたのか、壁に視線を移す。

 その先の壁の前におぼろに透明な何かがうごめいて見えてくる。


「老師様」

「テンか、どうだ、いたか?」

「はい、件の少年を発見しました」

「さすが、テン兄、素敵! かっこいい、帝国一のイケメン魔術師このー、このー」

「おまえの安い褒め言葉は1ジェムにもならん。黙っとけ」

「はい……」


「ふむ、あいわかった。どこの牢だ?」


 テンから詳細を聞いた老師は、少し遅れて戻ってきたゼロと打ち合わせをする。

 ひととおり指示を受けたゼロとテンは透明なまま空間に溶け込むように消えた。

 

「ルルよ、これで安心じゃ。間もなく少年はここに帰ってくる」

「ありがとう老師様。そういえば、老師様の木偶ゴーレムを久しぶりに見てみたいわ。あたしはまだ作れないし……」

「そうか、そうか。いいぞ。勉強になるなら今見せてやろう」


 老師は会議室にあるいくつかの椅子に術をかけ、バラバラにし、人型に再構築する。


「わ、すごい! 素敵ね。老師様、どうやったらゴーレムが出来るのかしら。あたし、いろいろ頑張っても人型に構築できないの」


 ルルは、出来上がった木偶ゴーレムをあちこち触っては褒めまくる。

 老師は目尻がやに下がって上機嫌だ。


「苦手でも修行すれば出来るのじゃ。どうじゃ? ずっととは言わん。わしが直々に教えよう。ゴーレムの術の集中特訓してみないか?」

「いえ、忙しいので結構です」


 また、老師の希望が一つ潰えた。


「しっ、テンから報告が来た。ふむ」


 老師は目をつぶる。


「ルル、もう大丈夫じゃ。まもなく少年がここにくる。肩たたきと肩もみ、楽しみじゃ、ふぉふぉふぉ」


 老師は勝ったも同然と、会議室の一番座り心地のいい議長席に座り、ローブを緩める。

 年の割に引き締まった肩をはだけ、目でルルに合図する。


「まだよ、まだだわ。あっ、ナギ?」


 壁が揺らめくように動きだす。

 やがて、ローブを纏った二人の魔術師と少年が姿をあらわす。


「ただいま」


 ルルの抵抗は、ナギの出現により無駄に終わる。


「老師様、仰せの通り、少年の救出を完了しました」

「ご苦労じゃった。ささ、ルル約束じゃ。はよ、はよう」


 ルルは老師の後ろにまわり、肩を叩き始める。


 とん、とん。

 気持ちよさそうな顔だ。


「おおう、気持ちいい。もっと強う叩け」

「こうですか」


 どっ、どっ。

 目尻から涙が流れている。


「おおお、この歳になるとこのくらいは強くないと効かぬのじゃ」

「こうですねっ」


 どん、どん。


「い、痛い。ううう、ちと強すぎる。今度は肩を揉むのじゃ」


 もみっ、もみっ。

 老師は、目をつぶり感涙する。


「いい、いい。ルルの肩もみは最高にいいっ。こんな幸せに遠慮はいらん、もっと強く」


 ぐいっ、ぐいっ、みしり……。


「ぎゃあああ」


 肩から嫌な音、同時に老人とは思えぬ絶叫が。

 すぐに老師は激しい激痛に耐えかね気絶する。


 一部始終を見ていたパイロンとテンとゼロは、思わず爆笑してしまった。

 実は、老師の肩たたきをルルの素手で叩いたのは最初だけで、後はこっそり支配権を奪った老師の作った木偶ゴーレムを使役しやらせていたのだ。


 兄弟子二人は、老師があまりにルルを甘やかしているので黙って見ていたのだ。


 テンとゼロは気絶している老師を放っといてルルとナギ、パイロンを場外にある魔術ギルドの施設に転送させ、安全な場所にて開放してくれた。


「テン兄、ゼロ兄ありがとう。あたし、この恩は絶対忘れないから。必ず返すから」

「ルル、お前の俺に対する恩は、すでにてんこ盛りだぞ。相当お金も貸してるし、どうやって返すというのだ?」


 テンはそう言うが、やっぱりルルがかわいい。

 本音は、暫く顔を見ないと寂し思っていた。


「まずいなあ、老師様が目覚めたら、俺達、相当怒られるぞ。放ったらかしたからな」

「ゼロ兄、必ず恩を返すから。このナギが何とかするから」

「ええええ?」

「いいの。テン兄とゼロ兄のお陰でナギは生きて帰れたから。文句を言わないの」


「「「いや、そこは老師様のおかげだから」」」


 ルルは気にしていない。

 ルルの論法で行くと、じじいは恩を返すまでに逝くから、ということらしい。

 てか、逝ったついでに借金も消えてほしいとも願っているに違いない。



 魔術ギルドの施設。

 数ある高みの塔の一つで、ターク伯の叔父の私邸近くの道すがら。


「ねえ、このお姉さんは誰?」


 ナギは渋い顔でルルに聞く。


「お姉さんじゃないわ。あたしの戦利品よ」

「さっきはご迷惑をお掛けしました。パイロンと申します」


 パイロンは、色気たっぷりの女声でナギに語りかける。


「お、女奴隷? ドラゴンを貰うんじゃなかったの?」

「そうよ」

「ルルそっくりだし、ないすばでぃだし、それに僕をはめて牢屋に入れたんだぞ」

「だーかーら、女じゃないって言ってるでしょ。このパイロンはオスのドラゴンなの」

「えええええ?」


 ナギは疑っているが、パイロンはすでに魔力切れのため、今日はこのままの姿でいるしかない。


「俺、オスだから。少年、お詫びの印に好きなほど胸を触っていいぞ。遠慮はいらん、俺はなぜか気持ちいいからな」

「な、なんですとー?」

「だめー。あんた、ぶっ壊すわよ」

「じょ、ジョーダンだよ、おっかねえな、おい」


 パイロンは男の声でわびをする。

 今はルルの姿を元にした、ないすばでぃに変身しているわけで、ルルの嫌悪感はハンパない。


「じゃあ、オスである証拠にパンツの中、見せてやっから」

「なんと! どうなってるの?」

「がっつくなって。見ればわかるさ、何事も、ってな。よし! 今パンツ脱いで見せるから」


 パイロンは真顔でローブの前をはだけようとする。

 ナギはそれを興味津々で凝視する。


 ごくり。


「まちなさい!」


 ルルは顔を真赤にしてぷるぷる震えている。

 魔法に無縁なものでも見えるくらいの濃い魔力が、ルルの身体の周りを漂いはじめる。


「つ、ついてんの? その姿で? あれが、ぱんつの中についてんの? 中途半端な変身してんじゃないわ! あたしが、あれを今すぐ消し飛ばすから。ナギの、も、ついでに……」


 恥ずかしさ振り切った怒気が殺気に変わり、ルルの口から漏れる。

 ナギとパイロンは慌ててジャンピング土下座した。


「「許してください」」


 この時、水晶宮で気絶していた老師は、ルルの怒気と強烈な魔力を感じ取り目が覚める。

 会議室を見回すが、すでに誰もいない。

 ルルも、ナギも、パイロンも、ゼロも、テンもいない。


 振り向くと、バラバラになった木偶ゴーレムが転がっている。


 一方、ルルの方はというと、暫く怒りを収めることは出来ないでいた。


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