黒髪の異世界人?日本人?
あれから一週間。
バウンダリーポートに東方周回航路便の帝都定期船が寄港した。
乗船、下船を繰り返す人々を尻目に、オレンジ色の服を着た一団が数台の荷馬車に分乗し集結しつつある。
オレンジ色の一団のなかで紅一点、赤い巻き毛、オレンジ色の魔術師のローブを纏った娘が現れると、定期船から声援と手を振る者多数。
娘は娘は口元に人さし指を立て、大げさな身ぶりで静かに! のポーズをしながらも、手を振って声援に応える。
ほかのオレンジ色のツナギを着た男どもは、荷馬車から大量の資材、食料の入った木箱、水樽を山積みにして定期船の船べりに下ろしていく。
そのオレンジ色の一団。
オレンジ色のローブを纏ったルル・バードランドを先頭に、背中いっぱいに大きな字で「み」の一字をかかれたオレンジ色のツナギを着たナギ・ユミハマと同じデザインのツナギの元海賊団のドラゴン・ポン船長、ほか7名の子分たち。
背中の「み」の字を背負って、これからは「み組」と宣言し、真面目に汗を流すことになった。
ナギの着ていたツナギは、体が小さくなったこともあり、ルルのお母さんのストナに頼んでオレンジ色のツナギを作らせていた。
同時にドラゴン・ポンたちのツナギも同じデザインのものを作らせて着させている。
オレンジ色に拘る理由。
オレンジ色はルルの纏っている魔術師のローブの色ということ、異世界から来たナギが着ていたツナギもオレンジ色だったということで、ルルが引き継いだバードランド商店のイメージカラーとしていきたいというナギの提案が最初でである。
それに、オレンジ色は遠目暗目でもよく目立つし、この姿はバードランド商店の者以外にいないこともあり、安心感を与え仕事を受けやすくなる狙いもある。
安全の面では海に落ちても視認しやすい点も大きい。
他に、ルルはみかんが好物で、愛用のガマクチもみかんをデザインにした可愛らしいものを愛用している。
ちなみにツナギの背中の「み」はみかんの「み」で、ルルがどうしても自分のアイデアを盛り込みたいとムキになって主張をしたため、しかたなく採用した経緯があった。
後付的な理由も多々あるが、こうしてオレンジ色は、ルルの色、バードランドカラーとして決定したのだった。
さて、ドラゴン・ポン船長とその子分たちはまじめに働くことを条件に、ルルとナギとの約束で海賊を廃業し、バードランド商店専属の荷役の仕事をすることになった。
手癖が悪く威張ってばかりで評判の悪い彼らだったが、ナギと同じオレンジ色のツナギを着て衆目の目にさらされるようになってからは、心を入れ替えまじめに働くようになった。
もし、彼らが悪さしようものなら、今度こそ、仕事にありつけなくなるばかりでなく、バードランド商店の看板を汚したということになり、それなりの代償を払わなければならない。
「あたし、竜殺ですから。あんた、ポンでなく、ボン! と戒名してもらうから」
ルルは汚れたものを見る目で宣言する。
「ルル、戒名でなく改名だから。それに、ボン! したらゴミになるだけ無駄だから、せめて魚のエサにでもなって、最後の最後まで貢献してもらおうよ」
「もう、堪えてくだせえ。今は仕事がもらえて感謝感謝でさあ」
もともと、ルルとナギのもとに自ら押しかけ、真面目に仕事するからということで、土下座までして懇願したこともあり、今のところ本気になって荷役の仕事に取り組んでいる。
「姉御、番頭、荷物は全て揃ってやす」
ポンは、ルルとナギにむかって報告した。
彼の言う、姉御はルル、番頭はナギのことである。
ナギは自分が見た目が少年ということもあり、番頭でなくナギと呼んでくれといったが、異常に張り切っている元海賊の連中は、いや、それではしめしがつきませんからと押し通し、数日で定着したのである。
ナギは、注文票と商品を交互に見比べる。
「うん、いいね。数に間違いなしだ。甲板長に荷を引き渡すことを伝えて」
「アイアイサー」
帝国定期船の甲板長と船員たちが降りてくる。
甲板長の合図で船員たちとドラゴン・ポンとその子分たち手で荷がどんどん積まれていく。
「ルルちゃん、バードランド商店も賑やかになってきたね」
「甲板長、あたしの代からはどんどん繁盛させるからね、よろしくね」
甲板長とルルはあいさつがてら、雑談しつつ荷揚げの様子を見ていた。
ナギは船上に上がり、船長から受領サインを貰っている。
その荷揚げの最中に港湾警備隊の制服組がちらほら集まりだす。
その警備隊のなかから、見覚えのある偉い人2人が、ルルのもとにくる。
ネコミミ獣人族のタマ隊長とターク・バウンダリー伯爵だ。
ルルは、タマ隊長の姿を見て先週の騒ぎを思い出す。
「あたし、真面目に働いているもん。こないだのような騒ぎはないわよ。何しに来たのよ」
ルルは、元海賊たちを使っているのを咎められるのでないかと警戒した。
「いや、ルル殿、お仕事ご苦労である。あの人騒がせな海賊どもを真面目に働かせていることもすでに聞き及んでいる。いやいや、誠にご苦労。今日の我々の任務はターク伯爵殿の護衛である」
ナギは船べりに警備隊とターク伯爵の姿が見えたので慌てて下船する。
ルルは叱られるのが苦手である。
というより、アレルギーを起こすくらい大っ嫌いである。
今日は怒られるわけでないことを知り、警戒をとく。
「今朝、帝都から私とルルちゃん、ナギくんの招聘状が届いたよ。すぐにこの帝国定期船に乗るから、出船までに準備を済ましておきたまえ」
「なんだって? なんで?」
「ほら、砂鉄だよ。忘れたの?」
「ああ、そっか。そうね、そうよ、覚えてるわよっ」
ターク伯爵は、手短にそう言うと、荷揚げの様子を見てから警備のを数人連れて船上にいる船長のもとにいく。
いよいよ、砂鉄の採掘の話が実現に近づいた。
この話がまとまれば、ルルの借金返済も現実味が帯びるだろう。
◆
バードランド商店。
「みんなー、会議よ、会議。集まれー」
覚えたての「会議」という言葉を得意気に口にする。
ナギが、仕事の打ち合わせに会議という言葉を度々使い、ルルの両親とルル、ポンたち荷役の連中を集めて話し合いをする。
ルルは、けなげにもバードランドの店主として皆んなを引っ張って行かなくてはいけないと考えていた。
店舗の前で全員が集まる。
「いまから、会議始めるよー。議題は、あたしとナギ、ターク伯爵が帝都に行くことについてよ」
ナギが会議なる話し合いを始める時の口ぶりを真似するが、少しおかしいのはデフォなので気にしない。
「んー、あと、ナギよろしく」
結局、ナギにぶん投げる。
「えっ、あー、うん。タウロさんも知っての通り、例の砂鉄の採掘権と販売権の話をまとめるために帝都に行くことになりました。しかも、今日、入港している帝国定期船に乗るようにと、ターク伯爵様から要請が来ました」
タウロとストナ、ポンたち荷役組8人も互いに顔を見合わす。
「ナギくんだけでも残れないだろうか」
心配を口にしたのはルルの父、タウロである。
「いえ、大丈夫です。心配なのは仕事についてでしょうが、これについては彼ら荷役の皆さんがサポートしてくれます」
「いや、その、しかし」
一週間、ポンたちを使ってみて多少ミスなどがありつつも真面目に働いてくれている。
「大丈夫です。彼らはルルと僕との約束は決して破りません。また、バードランド商店の看板を汚すことはしないと信じています。ねえ、船長」
「へえ、番頭の言うとおりでさぁ。旦那様、奥様、命に替えてでも看板を守らせてくだせえ」
「ということです。僕達の留守の間は、彼らが手足のように使ってやってください。もし、僕達が帰ってきてなにか問題があるようなら、彼らは……海の神様のもとへ行くことになるので心配は要りません」
「あっし達は、海の神よりバードランド商店を信じてますから、信じてますからあ」
ナギは荷役組を一切、裏切らないことを確認しつつ、タウロたちに段取りを引き継ぎをさせる。
「水の仕入れもターク伯爵様には話をつけてあります。それと、荷役の仕事賃はいつもどおり、樽と木箱1個につき500ジェムをポンさんに支払ってください」
タウロとストナはそこまで言うのならと、特に意見を言うこともなかった。
「話がすぐにまとまれば15日ぐらい、定期便の運行状態や話がなかなかまとまらなければ一ヶ月ぐらいで帰ります。話がまとまらなくても、です」
ナギは、ポンに向かう。
「いいですか。タウロさんとストナさんは、ルルの大事なご両親です。くれぐれも粗相のないようにお願いします」
「当然でさぁ。大事な姉御のご両親に何かあってはあっしらは生きていけねえ」
まあ、問題はないだろうとナギは納得する。
「それと、集めておいた砂鉄、どのくらいあるかな。それを持って行こうと思うが」
「番頭に言われた通り暇な時間に集めたサテツは小さい酒樽に6個分ありますぜ。何ですか、あの黒いサテツってやつは? どえらい重さで普通の樽に入れると、俺達何人いても、びくともしねえ」
「あれは、鉄の砂だ。水の5倍は重たいものなんだ。砂鉄の一樽は、水の5樽分の重さに等しいと思えばどれだけ重いかわかるよね」
「どおりで重いかと思ったぜ。集めるのは簡単だが、運ぶのは厳しすぎるわな」
「大変な思いした分だけ儲かるよう、頑張るよ」
ナギは自分たちばかりでなく、この荷役組にも、頑張った分だけのお金をあげられるよう、有利な交渉しようと肝に命じたのだった。
◆
夕方。
ナギは帝都に行く準備をしている。
肩掛けバッグに着替えと筆記具。
み組の連中に集めた砂鉄、小さめの酒樽6個を帝国定期船に積むよう、指示する。
バードランド商店の前にはタマ隊長の部下2名が待っていた。
馬車にルルとナギは馬車に乗り、港に向かう。
辺りが薄暗くなるまで、馬車の中で待たされる。
ルルが他の乗客にみられないようにするためだ。
先週の大騒ぎみたいなことにならないようにするための取り計らいである。
甲板にいた乗客がすべて船室に入ったのを確認した後に、船員の案内で特級船室に入る。
船室にはターク伯爵が待っていた。
「おお、やっときたか。ルルちゃん、ナギくんは帝都は久しぶりだよね。実は私は一回しか、帝都に行ったことはないんだ」
「そうね、まだ一ヶ月経ってないけどね。いろいろあったから、もっと前の気がするわね」
ルルは頷く。
ナギは微妙な顔をしている。
ナギがルルに付き従って帝都からバウンダリー・ポートに来たというのは嘘であったからだ。
「おふたりさん。これからのことについて話ししておこう。帝都まで順調に行って6日後につくから、その間にじっくり砂鉄の採掘と販売の交渉内容を詰めたい。ああ、そうそう、タマ隊長から進言があったが、ルルちゃんはこの部屋からなるべく出ないように。出歩くにしても、特級船室区から出ないようにしてね。騒ぎになるのはまずいからな」
ターク伯爵が懸念しているのは、有名人のルルが乗船していることを一般の乗客に知られ、騒動になるということだ。
先週のルルたちの帝国定期船への納品時にあったような騒ぎを海上の孤立した船内で再現すると危険だということを言っている。
他の特級船室を利用している身分の高い貴族や金持ちの客に迷惑をかけてややこしくすることもないだろう。
「さて、部屋割りなんだが。都合のいい船室が2部屋しか空いてなくてね。ルルちゃんはこの部屋、わたしとナギくんは隣の部屋で同室ってことでいいかな」
「やったー、伯爵様ありがとー。こんな豪華な部屋を独り占めなんて素敵ね。宮廷勤めの時の部屋もそんなに悪くなかったけど、かなり質素だったし、同僚の魔法使い3人同室だったから夢みたいよ」
「伯爵様こそよろしいのですか? 僕と同室なんてなんだか申し訳ないようで」
「いや、かまわんさ。お年ごろの女の子を男性と同室なんてことは、ルルの親御さんに申し訳ないからね。本当は、わたしとルルちゃんが同室なら最高だけど、それは結婚するときまで楽しみにとっておくさ。ははは」
ターク伯爵の本音が見え隠れする言葉にナギは苦笑する。
ルルは夢中でベッドの飛び込んではねたり、俯せたりしてはしゃいでいた。
コン、コン。
ルルとナギと伯爵のいる船室のドアからノックの音がした。
「ターク伯爵殿はこちらにおいででしょうか。わたしは商人ギルドの支部開設の件で昼にお伺いした、ユージ・ナカヤマです。乗船されたところをお見かけしまして、ご挨拶に参りました」
ターク伯爵はナギとルルを手招きして顔を寄せる。
「乗船するとこ見つかったみたいだ。しょうがないから話を合わせるために彼を入れるよ」
ターク伯爵は小声でルルとナギに同意を求めたので2人は頷く。
「ああ、ユージさんか。どうぞ、入りたまえ」
ドアのロックを解錠して声の主を招き入れた。
入ってきたのは背の高さが170cmぐらい、肌は浅黒く年齢は20代後半から30代前半ぐらいか。
頭にバンダナを巻き、白い長袖シャツに黒の綿パン、革のベストを着ている。
容姿も中肉中背でそんなに際立ってはいないが、バンダナから漏れるこめかみの色が黒だった。
ナギはこの世界で初めて黒髪の者に出会った。
「失礼します」
ユージは会釈して入室する。
そして、ルルとナギを見る。
「おや、お客様でしたか。よろしいですかな」
「ああ、この部屋と右隣の部屋を借りていてな、この部屋はこのルルちゃんに使ってもらおうかと相談していたところだ」
「ほう、あなたがかの有名なルルさんでしたか。初めまして。商人ギルドの事務局職員をしているユージ・ナカヤマです」
「ルル・バードランドよ。よろしくね」
「こちらこそよろしくお願いします」
ユージはルルと握手する。
「知っての通り、ルルは帝国ではアイドル並みに人気者でな。他の乗客に知られると騒ぎになるのでくれぐれも、他言しないよう頼むぞ」
「承知しました」
ユージは笑顔でうなずく。
「ルルさん、港で噂をお聞きしましたところ、バードランド商店を経営されているとか。いやはや、若くて美しくて高名な魔術師のあなたが商人として頑張っておられるとは。ぜひとも、バウンダリーポート支部が出来ましたら、ぜひ、商人ギルドへご登録をお願いしたいですな」
「登録? お金かかるの?」
最近は、ナギにしつこくお金のことを細かく言われていたため、過敏気味に反応してしまう。
「本来は支部運営に会費を頂くのですが、ルルさんからは会費は頂きません。ルルさんがご入会されるのであれば、ギルドの広告塔になるでしょうし、会費以上にメリットがあると思いますので結構でございます。」
「ああ、そう。ならいいじゃない。ねえ、ナギはどう思う?」
ルルは一応、ナギに振る。
「ナギ・ユミハマです。一応、バードランド商店の番頭を務めさせています。よろしくです」
「ほう、これはまた、可愛らしい番頭殿ですか。いや、失礼。ユージです、よろしく」
ユージはナギとも握手する。
ユージは一瞬目を細め、じっとナギを見つめる。
「ユージさん、商人ギルドの入会にはなにかメリットがあるのでしょうか」
「ふむ、商人と職人を生業としている者の相互協力を目的としておりましてな。職人においては原料や材料の共同購入や製品の納入先の紹介、商人においては仕入れと販売の相互融通や相場の安定、資金の融通も視野にいていますな。現状はかの国の商工会と同じもの作り上げているところ。将来はかの国の銀行や証券、保険業というものも考えている」
かの国? 銀行? 証券? 保険業? ナギは、はっとする。
現在のこの世界には通貨はあっても、まだ、原始的なレベルの経済でしかないはず。
帝国が値打のある金属で鋳造して貨幣を作り、安定的な相場でお金が回っているだけである。
せいぜい、お金を多く持っている者が貸金業するぐらいだ。
投資、ファンド、保険など高度な金融システムはまだ存在していない。
だが、このユージという男は、かの国というところの金融システムを構築することを宣言している。
かの国とは、僕の元いた世界ではないのだろうか?
「なんだか帝国の経済を一手に引き受けるというようなことに聞こえてきますね」
「いえ、まだ、将来的な展望ですな。ところで、かなりお若いのにナギさんは私の話についてきているご様子で。あなたは、もしかしてかの国の出身者じゃないのですかな」
ナギは、表情を曇らせた。
ルル以外、ターク伯爵を始め、この世界に出会うものには帝都から来たことにしている。
同席しているターク伯爵がナギを見ている。
このままでは、嘘をついていることがバレてしまう。
嘘をついてまで出自をごまかしているとなると、外国人認定され、密航や犯罪を疑われてしまう。
「いえ、僕はしがない帝都の港湾商人の生まれでして」
「ふーむ、なるほど。いや失礼。ナギさんはかなりお若いのに聡明な少年ですな。今後ともお付き合いをさせて頂きたい。商人として、黒髪の同士として」
やはり、ユージは黒髪であることに興味を持ったのだなとナギは思った。
同時に、ユージは元の世界の経済システムをこの世界に持ち込もうとしているだろうとも。
それになんといっても、ユージ・ナカヤマの名前。
明らかにナギの元いた世界の日本人の名前だ。
ナギ・ユミハマは、弓浜凪であるというように、ユージ・ナカヤマは、苗字が中山か仲山、名前が雄二か裕二あたりとか。
「ターク伯爵殿。ご挨拶だけのつもりでしたが、若いおふたりと話し込んでしまい申し訳ない。ターク伯爵殿との出会いでこの素晴らしき出会いにつながったことに感謝します。私にとってこの出会いが値千金でございます。帝都まで同舟の仲でございます。しばしのお付き合いよろしくお願いします」
「ああ、よろしくな。商人ギルド支部の設立の件、ルルとナギの同意を得たなら、前向きに考えておこう」
「そうですか、では、ルルさんナギさん、よしなに」
ユージは一礼して退室した。