黒い粉? もうかるの?
夕方のバードランド商店。
ナギは、商店の前にルルとルルの両親を集まってもらった。
「皆さん、お疲れ様でした。これからのことでお話とお願いがあります」
ルルのお父さんのタウロ・バードランド、お母さんのストナ・バードランドも耳を傾けてくれた。
「ルルと僕が帝都からバウンダリーポートに着て3日経ちました。その間の売上と利益を精査したところ、およそですが、仕入れが50万ジェム、売上が64万ジェム、利益が14万、帝国への港湾での出店権利など税金が1万を引いて13万ジェムあります」
「あは、素敵ね。1ヶ月で400万ジェム近く儲かる計算だわね。あたし、小遣い要求する!」
「ルル、13万ジェムの利益は3日間での利益なので30日で130万ジェムなの。そんなに甘くないです」
「それでも、大金だわ。うれしいわ」
いつもみかんのガマクチの中に小銭がデフォのルルには、130万ジェムという金額には憧れの域に達している。
じゃあ、11億ジェムもの借金はどうなのかというと、そんなの払えるわけないもん、老師様の嫌がらせに決まってるもん、という気持ちと、桁が多すぎて実感が無いのが本音だ。
だが、ルルの魔法のお陰で配送能力が向上して売上とともに利益が上がってきているのは確かだ。
今までは、ルルの両親が出来る範囲で注文を受け、捌いていた。
そういう意味でも、貢献したルルには、お小遣いを奮発してあげたいのは山々だが。
「ルル、このお金には食費などの生活費、仕事に関わるいろいろな経費、お父さんとお母さんの取り分もあるんだ。それと、これから冬になる。冬の海はしょっちゅう荒れる。すると、船は航海を見合わせるため、売上は激減するよ。さらにこのお金を元手にもっと儲けるための資金や何か合った時のための準備金も必要になる。忘れてはいけないのが、ルル、君の借金だ。その残りをルルの取り分にすればいい」
「あたしは、どのくらいもらえるの?」
ルルはガッカリ感を醸しながらも僅かな期待を込めて聞いてくる。
「まだ、月末まで様子を様子を見ないとわからない。月末にもう一度、皆さんと相談して決めようと思う。僕としては、ルルの頑張りで売上が上がっているので、がんばった分だけ貰えるような提案をしたい」
「ナギの給料は?」
「僕は今のところ欲しいものはないので、ご飯と寝るところさえあればいらない」
「あら、いいのかしら。ナギちゃんは給料要らないの?」
「今のところ、個人的なお金はいらない。僕は一刻も早くルルの借金を終えてもらい、帰りたいのです」
ルルの両親は、ナギは帝都に帰りたいと思い込んできた。
「だから僕のためだけでなく、ルルのためにもバードランド商店を盛り立てていきたい」
「ふむ、わかった」
「現在はバードランド商店はルルが店主ですが、僭越ながら僕にも意見を出させてください」
「わかったわ、よろしくね」
とりあえず、ルルの両親に希望を伝えた。
どこまで意見が通るか未知ではあるが、あまりごり押しすると、僕が乗っ取りとかを疑われたりしかねないので、ほどほどにしておく。
「天気が急変して海が時化たときは、商売が出来なくなることも忘れてはならない。そこで、稼げる時に稼げられるよう、商品の在庫管理を僕に任せてください。これは、いままでの仕入れの限界や運搬量の限界を超えるようにして最大限売りたいのです」
ルルと両親は耳を頷きながら耳を傾けている。
「それと、このバウンダリーポート周辺を調査もしたいです。これは産業もさながら、作物や資源などを開拓していきます。小さなことでも構いませんので、僕に情報を教えてください」
◆
今日の納品は1船分だけなので、仕事は午前中で終わった。
ナギは、ルルとタウロにバウンダリーポート近郊を案内してもらうよう頼んだ。
ちなみにルルのお母さんのストナは店番をすることになっている。
見渡すかぎりの草原と所々の畑。
畑には、サツマイモと綿花、タマネギ、ネギ、キャベツなどが作られている。
道は踏み固められたあぜ道で凸凹がひどい。
バウンダリーポートから途中の小さな集落を中継して城塞都市リトルライス・シティにつながっているという。
元いた故郷と同じだ。
砂も雑草も木などの植生も似ている。
芝や芦、シロツメグサやたんぽぽも生えている。
ということは……。
ナギは荷馬車を止めさせ、草むらにしゃがみ込む。
何やら素手で土をほじくり始める。
虫もミミズも同じ、全く同じだ、違いが見当たらない。
「ルル、この部分を1メートルばかり深さの穴を魔法で開けられないかい?」
「簡単だわ。でも、どうするの?」
「いや、砂の中を確かめたいんだ」
「それじゃあ、少し離れてて」
ルルは指先を地面に向けて魔力を込める。
ぼこん。
地中を爆破して土をえぐるように吹き飛ばした。
深さ約1メートル、直径2メートル程度のクレーターのような穴が空く。
「ほほう、こうしてみるとルルの魔法は使いようで便利になるんだな」
タウロは感心する。
「ナギくん、穴開けてどうするんだ?」
「うん、もう少し待って。そろそろ出てくるともうけど」
ナギはじっと穴を見つめている。
視線をずっと穴の底からはなさない。
数分が経過した。
「ナギ、なにが出てくるのよ?」
「ほら、出てきた」
ルルは言われたまま穴を見るが、まだ、何も出てきていない。
「なにも、出てないわ」
「よく見て。底の砂がびっしょり濡れてきてるでしょ」
ゆっくりではあるがじんわり水が滲み出てきている。
「このあたりはね、水はけの良い砂地で出きているんだ。しかも、海抜が低い。一メートルほどの深さでで水が滲み出ることを確認できた」
「だから?」
「穴を掘った分だけ、水場が出来る。そしてこの水は真水なので、畑を作るにもいいし、池を作って魚なんかも育てられる」
「魚はいくらでも海で取れるわ。それに川や池の魚は泥臭いので帝都でもあまり人気ないし」
「だけどね、魚は時化のときは取れないよ。特に冬の間の海は危険だからね。それと、泥臭さを無くす方法はある。大丈夫、泥臭さを取る方法や美味しい魚も知っている。そのうち養殖もやっていこう」
ナギは荷馬車に乗らず、そのままあぜ道を進んでいく。
ルルとルルのお父さんは荷馬車に乗って付いていく。
小さな集落に近づくにつれ、畑があちこち作られているのがわかる。
畑で作業していた農家のおじさんが作業の手を止め、こちらに手を振る。
「バードランドさん、こんにちわ。野菜の買い付けかね?」
「こんにちわ。せいがでますな。いや、今日は散歩がてらにぐるっとね」
「そちらの可愛いいお嬢さんはもしかしてルルちゃんかね?」
「ああ、娘が帝都から帰ってきたんだ。わしは引退して、このルルが店主をする事になったのでよろしくな」
「ルルです。こんにちは!」
ルルはペコリと頭をさげる。
「ああ、大きくなってべっぴんさんになったな。ルルちゃん、よろしくな」
「で、こっちの少年はナギ、この子もうちで働いている」
「ナギです。よろしくお願いします」
「ナギくんもよろしくな」
ルルの父のタウロは、2人を農家のおじさんに紹介してくれた。
「いま、丁度、取れたばかりのものだ。晩御飯にでも食べておくれ」
おじさんは、ルルの父に沢山のサツマイモや大根、かぼちゃを渡す。
「ありがとう、おじさんっ」
ルルは満面の笑みでお礼する。
農家のおじさんは、ルルの反応に喜んでいた。
「ああ、ルルちゃんかわいいなあ、よし、キャベツも持っていけ」
「いやいや、済まないな。今日は仕入れもないのにこんなに貰ってしまって」
「ふふん、おやじさんだったらしっかり金を取るけど、ルルちゃんにはサービスしたいからなあ」
「はは、まいったな」
「おじさん、ありがとー」
「ああ、かわいいなあ、ネギも持っていけ」
「おじさん、ありがとー」
「かわいいなあ、こりゃ、おじさん参った。ええい、収穫したもの全部持っていけ」
「ありがとー」
ルルは農家のおじさんに抱きついた。
「ああああ。もうあげるものないな、ははははは。また、またおいで。べっぴんさん」
「うん、またねー! ばいばいっ」
16歳の娘の無邪気な笑顔の破壊力にナギとタウロはおもわず苦笑した。
◆
ルルの思わぬ魔法以外のスキル攻撃でやっつけた、農家のおじさんからの戦利品を積んで帰路に向かう途中、砂浜に立ち寄った。
ナギはここでもしばらく海を見ていた。
次に波打ち際に立ち、その場でゆっくり回りながら、遠い山とその稜線を見つめていた。
波にさらわれている足元の砂を手ですくっては指の間からこぼしている。
暫くしてルルとタウロのもとに戻ってくる。
「ねえ、鉄貨1枚貸してください」
ナギは何を思いついたのか、ルルとルルのお父さんに向かってお金を借りようとしている。
こんな誰もいない砂浜で何に使うのか不思議に思いつつも、お父さんはポケットから50ジェム鉄貨1枚を渡す。
「どうするんだ?」
「ちょっと、実験をしてみます」
そう言うと、砂の上に50ジェム鉄貨を置く。
「ルル、このコインに雷を落としてくれ」
「あまり得意な魔法でないので、弱いのしか出来ないけどいいの?」
「構わない。これは実験だから」
ルルとタウロとナギは、鉄貨から放れた。
「いくよー」
ルルは鉄貨を見つめ、念を送る。
……なにも起こらない。
「ん? 魔法かけたのか?」
「うん、失敗かもー。でもしっかり魔力は込められているはずだけどね」
タウロは鉄貨を拾い上げる。
「おや、何だ? これは……」
「ああ、それ、それです。成功ですね」
タウロの疑問にナギが答える。
鉄貨にもっさりと無数の黒い針状の塊が付いていた。
ナギは、その黒いモノをつまみ取ると、黒い粉に変わり、さらさらっと指からこぼれ落ちる。
「砂鉄です。これから、鉄ができます」
「ほほう、おどろいた。こんな方法で取れるとは……」
「この砂浜には、黒い砂が広がっているところがありますよね。白い砂地にも砂鉄はありますが、黒い砂はほぼ砂鉄ばかりの砂です」
ナギは砂浜へ指をさした。
白い砂浜にところどころ黒い砂が広がっている。
この世界では金属は貴重な資源で、鉄でさえ高価なものとされている。
剣や鎧などの武具を始め、様々な道具に使われる。
大規模な製鉄所があるわけでないので炭火を燃やし、鉄鉱石や砂鉄を鋳溶かして地金を作っている。
当然、製造量が少ないので鉄は貨幣にするほど値打ちがある。
「50ジェム鉄貨を一回砂に潜らせて大体10ジェム3枚分の重さの砂鉄が取れる。金額が少ないように思えるかもしれないが、これは一日中やれば、かなりの量の砂鉄が取れる」
ナギは鉄貨を砂にさっと潜らせて付いた砂鉄を取除くを10回してみせる。
「たったこれだけで、10回で10ジェム鉄貨30枚分の砂鉄が取れる」
「すごいわね。砂浜から鉄を取って売るのね!」
「そういうこと」
「だが、ナギくん。最初にその鉄貨にルルの雷魔法をかけたのに何も起こらないのに成功したとはどういうことか、さっぱりわからないのだが」
「まず、雷の魔法についてですが。ルル、あの一本生えている草が生えてるよね。あれに同じ魔法を草より少し上辺りにかけてみて」
「うん、いくよー」
すぱーん!
すごい閃光を発すると同時に破裂音が鼓膜を叩く。
草は木っ端微塵に弾けとび、根元は焦げてくすぶる。
「いやいや、びっくりした。今のは、小さけど雷だな」
「そうです。雷は空気中に電気というエネルギーが放出した時に起こる現象です。鉄貨にかけたときは直接電気が流れ、そのまま地面の砂鉄や水分、塩分などを通じて地下に流れていったので雷は起こらなかったのです」
「デンキ? なにそれ、おいしいの?」
「うーん、この世界では利用されていないので説明しにくいけど、雷の力の元というか。魔法の魔力と違ったエネルギーというか。うーん、説明しにくいな」
ナギはエネルギーという言葉すらも理解できないのではないかと思った。
「エネルギーというのは力を生み出す源だね。魔法は、魔力というもので物を動かしたり爆破したりする。魔力がなくなると動かなくなる。火は、木や油があるかぎり燃える。しかし、燃え尽くすと火は消える。魔法なら魔力がエネルギー、火なら木や油がエネルギーになる。ここまではわかるね?」
エネルギーという言葉に戸惑いながらもルルとタウロはうなずく。
ルルは基本的に勉強嫌いなところがあるので難しいことを言っても理解できないかもしれないとナギは思った。
「それじゃあ、問題です。ルルのエネルギーは、何?」
「あたしのエネルギー? うーん。わかんない」
ルルは腕を組んであれこれ考えているが、答えに到達できない。
「答えは、お菓子だよ。お菓子食べれば元気になるし、お腹減ると動かなくなるじゃない」
「うむむ、わかった気がする……。でも、なんだかバカにされているような」
「ああ、ごめん。ルルだけでなく人間は皆んなそうだよね」
「うーん、わかったような、わかんないような。まあいいか」
「次は、鉄貨に砂鉄がくっつく事について。こっちはもっと仕組みを説明するのが難しい。砂鉄を集めるには、鉄だけを吸い寄せる磁石というものが必要なんです。今回は50ジェム鉄貨をルルの雷の魔法を利用して磁石にした。つまり、鉄に電気というエネルギーをぶつけて磁石というものを作ったんだ」
「難しい仕組みはともかく、この磁石さえあれば沢山砂鉄を集められるのだな」
「そういうことです」
タウロは感心している。
ルルは自分で50ジェム鉄貨使って砂鉄をくっつけたりしている。
「ナギはあたしたちの知らない魔法を知ってるのね」
「魔法とは違うけどね」
「ふむ、『異世界から来た賢者』もナギくんみたいに物知りだったな」
「異世界?」
「正確には商船団を取り仕切る若い提督だがな。『異世界から来た賢者』と言うのは、わしらの常識を超えたあまりの博識ぶりに尊敬を込めて皆んなが呼ぶようになった。いまの最新の帝国定期船なんかの蒸気の力で海を進む仕組みも彼がもたらしたというがね、わしにはさっぱりわからんがな」
「一度会ってみたいですねその賢者さん」
「時々、バウンダリーポートに寄港するからそのうち会うだろう」
ナギは、もしかしたらタウロの言う賢者なら、僕が帰る方法とか手がかりとかでも知ってるかもしれないと思った。
タウロは、難しい顔をしている。
まだ少し疑問が残っているからだ。
「具体的にどこの誰に売るんだ? それに海岸は皆んなのもので自由に利用しているだが、鉄が取れるとなると自由にならない。金属は貴重なものだからな。帝国の鉱山はすべて帝国直轄で管理される。帝国に海岸を召し抱えられることになれば、このあたりに住む者皆んなが困ることになりそうだが」
「それは、ターク伯爵と相談しましょう。もともとこの辺りは伯爵領だし、ルルの希望をある程度叶えてくれると思います。それに、この砂鉄を吸い付ける力は徐々に弱まるので、この雷の魔法を使う方法さえ秘密にしておけば、ルルなしでは採集できないのです。いいですか、タウロさん、ルル。この事は、口外すると借金の完済が遠退きますよ」
ナギはここはこの仕事のキモだと言わんばかりに、自分の口もとに人さし指をあてる。
「わかったわ。……お小遣いも増えるんでしょ」
「そそ、それは期待してもいい。それと、一応、僕の案を言っておくと、独り占めはよくないと考えているので、僕たちは直接採集することはしないつもり」
「ん? うーん? どういうこと?」
「例えば冬になると収入が激減するのは、この辺りに住んでいる者みんな同じだよね。多少でも収入を希望する人に磁石を貸し与えて砂鉄を集めてもらい、我々バードランド商店が買い取る。そして、集まった砂鉄をターク伯爵に引き渡す。もちろん、ターク伯爵からも代金をもらうことにしたい」
「えー? 全部、あたしたちで採ったほうが儲かるじゃないの?」
ルルが欲張った反論する。
「あのね、ルルは朝から晩までずっと砂鉄を取りたいのかい? たしかに、砂鉄の重さに対する売上の効率は上がるけど、だれでも出来る簡単な仕事はルルがすることはないよ。それよりも、砂鉄を採りたい人にまかせて売上の1割から2割を我々が貰えばいいと思う。だって、人に任せている間に別の仕事もできるからね。もうひとつ。たとえ、1割だけ儲けさせてもらえるとして、11人以上の人が砂鉄集めすれば、ルルは仕事しなくても一人分以上の儲けが出る。わかるかな?」
「うーん、つまり、11人以上の人がいれば、あたしは何もしなくてもお金を手にできるのね?」
「そそ、極端に言えばそうなるね。お金と砂鉄の管理だけはしなくちゃいけないけどね。一日中砂鉄集めしなくてもいいということなんだ。ルルがバードランドの店主になったんだから、そういう考え方で仕事をしていけば、あの借金も返せるようになるよ」
ルルはわかったような、わからないような微妙な顔しつつも、それでも明かりが見えたような表情になってきた。
「上手に人を使って、物売っていけば、儲かるのね」
「そういうこと」
ナギはルルが納得した様子見て微笑む。
「バードランド商店としてすることは、この吸い付く道具を作って売ること。集まった砂鉄を買い取り、ターク伯爵様に納入すること。つまり、間を抜く手数料で稼ぐ。さらに、砂鉄の輸送と保管、船などに積み込みする部分でも、バードランド商店が引き受け、それぞれの料金ももらう。これが、僕の案だ。もちろん、細かなことはターク伯爵様も交えて詰めていこうと思う」
タウロとルルは見かけが10歳程度の少年の知恵と言葉に感心した。
「さっそく、帰りにターク伯爵様のお屋敷に向かおうと思うがいいかね?」
「はい、早く実行するようにしましょう。砂鉄をひとつかみほど包んで伯爵様にお見せしながら話をしたいですね」
単純思考のルルはすでに儲けている気分になっているようで、帰路の途中、えへらとニヤつき続けていた。
◆
ターク・バウンダリー伯爵邸の応接室。
陳情を兼ねた商談は、ルルとルルの父タウロ、ナギの3人で臨むことにした。
「これはこれはバードランドさん、ルルちゃん、ナギくん、ようこそ。一体、どうされたのかな」
「伯爵様、貴重な時間を頂き感謝します。伯爵様としても我々にしても重要な事だと思い、参りました。まずは、ご覧に頂きたいものがございます。ナギくん、例のものを」
ナギは、ツナギのポケットから布の包を取り出し、広げる。
包の中身は先ほど海岸で採集した砂鉄を見せる。
「ほう、この黒い粉は何かな。匂いもないし、色が黒い以外は砂のようにしか思えないが」
ターク伯爵は指先で摘んでは手触りを確かめたり、匂いを嗅いだりしている。
「ナギくん、説明をしてくれ」
ここでタウロからナギにバトンタッチする。
「伯爵様、砂鉄という鉄の原料です。これを鋳潰して鉄を作ることが出きます」
「なんと! 鉄がとれるのか?」
「はい。伯爵様の領内で見つけたものです」
「なんだと! して、鉱山はどこにあるのだ?」
「いえ、鉱山などございません。極論すれば伯爵様の領内全域で採れます」
「ばっ、ばかな! そんなこと未だかつて聞いたことないぞ」
ナギの言葉にルルとタウロも驚いた。
海岸の黒い砂から採取できるものだと思い込んでいたからだ。
「我が領地の全域からとれるとなると、領地をお取り上げになるかも知れぬか……困ったな。しかし、本当に砂鉄が取れるのか?」
「心配はないかと思います。鉱山は存在しないことを主張すればいいと思います。実は、この伯爵邸の庭でも取れるのです。ただ、この方法は、ルルの錬金魔法を使わないと集めることが出きないことを先に申し上げておきます」
「ほう、それはぜひ見せて貰いたいな」
「ルル、さっきの50ジェム鉄貨を出して」
さきほど、海岸で砂鉄集めに使ったタウロの50ジェムを、ルルは自分のみかんのガマクチにしれっと入れていたのをナギは見逃していなかったのだ。
せこいぞ、ルル。
「すでにルルの魔法がこの50ジェムにかけてあります。では、伯爵様。庭を拝借させてください」
「穴を掘るのか?」
「いえ、取れるところをお見せするだけですので、庭は荒らしません。ご安心を」
ナギを先頭にターク伯爵とタウロ、ルルが付いていく。
ナギは、芝の生えていない砂地の場所を探し出し、振り向く。
「では、伯爵様。いまから、砂鉄をここから取り出します。よく、ご覧くださいませ」
伯爵は黙って頷く。
ルルとタウロは心配そうに見ている。
今、ナギが指し示す砂は白っぽい砂でどう見ても黒い砂鉄があるように見えなかったからだ。
ナギは、みんなが様子を見れるように腰をおろし、砂を撫で回す。
そして、サラサラになった砂を50ジェム硬貨にふりかける。
数回ふりかけ終わると、硬貨をつまみ、軽く砂を振りおとすと、黒い針状のものがびっしり付いていた。
「伯爵様。これが砂鉄でございます。手にお取りになって御覧ください」
ナギは砂鉄の付いた硬貨を手渡す。
伯爵は、鋭い針状に吸着した砂鉄の付いた硬貨を危なっかしく受け取る。
針状の部分を触り、刺さるようなものでないことがわかると、今度は針状の砂鉄を硬貨からむしり取る。
むしりとった砂鉄は摘んだ指先からサラサラと崩れ落ちる。
「鋭いトゲのように見えるが痛くないな。しかも不思議な力を感じるが。これがルルの魔法か。ふむ、砂から鉄を取り出すとは、うわさに聞く錬金術の一種だろうな」
「そのように思って頂いて構いません」
実際は、磁石のもつ磁力の特性でしかない現象だが、この世界では理解外の現象はすべて魔法のなせる技でしか説明するしかない。
伯爵、ルル、ナギ、タウロは再度応接間に戻る。
ナギは手を合わせ指を組みテーブルに乗り出すような格好でターク伯爵と対峙する。
到底10歳ぐらいの少年には見えない、へりくだりながらも伯爵に説得と交渉に臨むといった構えだ。
「伯爵様。ここからが、重要な話でございます。この砂鉄の採掘権をターク伯爵様と我々バードランド商店で独占しませんか?」
ナギは、声のトーンをさげて持ちかけた。
「ナギくん、そ、それは魅力的ではあるが。しかし、帝国が認めるだろうか」
「伯爵様はどうされたいのです? 採掘場所はターク伯爵様の領地内全域可能。鉱山はどこにもなし。しかも、採掘にはルルの魔法が不可欠。仮に帝国が領地をお取り上げになっても、ほとんど採掘するのは不可能でしょう」
「正直言って、わたしとて鉄の採掘権が喉から手がでるほど欲しい。それなりの利益が期待できるからな。で、具体案があるのか?」
伯爵はいつになく、興奮している様子だ。
「僕には、腹案がございます。ただし、成功のあかつきにはそれなりの見返りを要求します」
「うーむ、拒否は出来ないよな、ナギくんよ?」
「そのとおりですね。これはルルの魔法があっての採掘ですから。拗ねると怖いですよ、なんせ、称号が竜殺で誤爆娘ですから」
「なんであんたもその名前知ってのよ?」
ルルは頬を膨らませる。
「な、なるほど」
「また、伯爵様の領内で採掘を拒否すれば、他の領地で採掘の話を持っていくだけですから」
少年のナギは、その倍は生きている若き領主に、にこやかに笑って脅している。
「怖い少年だな、君は。わたしには拒否権はないのか。はは、参ったな」
「何も、伯爵様の取り分を取り上げるのではありません。お願いなのは、この領内の採掘分は全てバードランド商店が取りまとめること。当然、その全量を伯爵様にお渡しします」
伯爵は何だその程度のことか、と思いつつ、油断のならない少年の言葉をじっくりと反芻する。
「伯爵様、迷うことはないです。ともかく、伯爵様は帝国から採掘権をお取りつけください。我々は、砂鉄の採掘と回収を独占することを認めて頂きます。集まった砂鉄はターク伯爵様に全て献上します。報酬の名目として買い取っていただければいいのです。むろん、その金額は帝国の買取金額で調整しましょう」
「ふむ、そのとおりにしよう。帝国にはどういうふうに話を持っていくのだ?」
「僕の腹案はこうです。ルルが錬金術の魔法を使えるようになったということにして、帝国に砂鉄を納めたいと話をします。きっと、帝国は伯爵領内の鉱山の有無の調査をするでしょう。しかし、どこにも鉱山は存在しません」
「そうだな、当然あるわけないな」
「そこで、ルルの魔法です。ルルの錬金術により砂鉄を生み出すことを強調します。同時に、かねてからの陛下からの命令でこの領内で借金返済の命令を実行しなくてはいけないことを主張します。それとルルにはこのバウンダリーポートで、つまり、伯爵領でなんとかお金を稼いで借金を返済せよ、という皇帝陛下の命令でもありますので、これを逆手にとりましょう」
「なるほど、ルルちゃんが借金返済するための口実で領地の取り上げを防ぐのか」
「伯爵様。ルルの魔法があれば、どこに領地を移されても砂鉄はとれるのですが、これはここだけの秘密ということで」
「なるほど、ルルちゃん次第で砂鉄はどうにでもなってしまうのか」
ナギは紅茶を一口飲む。
「伯爵様。いっしょに帝都に行きませんか? 伯爵様とルルと僕で砂鉄の献上の具申をしたいのです。我々の採掘権の確保と、買い取り価格や輸送についての具体案を詰めたいですからね」
「うむ、わかった。早急にルルちゃんの帝都行きの許可を先にとっておこう。一週間程度待ってくれ」
「一週間、ですか」
ナギは少し驚いた。
ここは通信手段が原始的な方法しかないのかと。
早馬か、陸上か海上の定期便しかないのか。
通信方法を確立すればもっと便利になるのにな、と。
「それでは、ターク伯爵様、帝都行きの許可の件、楽しみにしております」
「ナギくん、任せたまえ。しかし、君は本当に少年なのか? 見た目と違って知識も知恵もある。わたしよりも歳上に感じるのだが」
伯爵は22代前半、ナギの本当の年齢は36歳。
伯爵の言うとおりなのだが、本当のことを言っても信じてもらえないだろう。
ナギは黙って苦笑するしかなかった。
◆
帰路。
タウロ・バードランドとルル・バードランド、ナギ・ユミハマの乗っている荷馬車はバウンダリー・ポート・シティの商店街の通りを抜け、海岸沿いに出た。
屋台の中からまたぞろぞろと人相の悪い連中が針路を阻む。
「おい、ちょっと待ちな」
自称海賊のドラゴン・ポンとその一味だ。
「なによ、めんどくさい連中ね。今度はなに? 新しいダンスでも披露するの?」
ルルが啖呵を切り、みかんのガマクチから50ジェム鉄貨を取り出す。
それはタウロさんの50ジェムだろ?
「ほら、今度は10倍の50ジェムよ。これあげるからソコどきなさい」
大男どもは一斉に首を横に降る。
「あ、いや、とんでもない。俺達は、あんたに用がある」
「何よ、あたしにはないわ。どいて」
「いや、話を聞いて欲しい」
「いやよ。どいて、どいて、どいて、どーいーて! 」
「じっ、実はな。俺たち、あれから……」
「アー、アー、アー、聞こえない、聞こえない」
ルルは耳を塞いだ。
一ミリたりとも聞く気がない。
「船長、こんな態度だとまずいですよ」
「わ、わかったよ」
ポン船長は子分にさとされ、いきなり土下座する。
他の連中もあわててジャンピング土下座する。
「ルルの姉御。俺たちをどうか助けてくだせえ」
「なっ、何よ、いきなり……あんた達は、泣く子も引きつけ起こす海賊でしょ?」
「いや、そこは引きつる、だったかと?」
「普通そこは、黙る、かと?」
ルルの天然ボケにナギのツッコミと海賊の子分のツッコミがかぶさる。
「で、引きつけるあんた達は、なにが言いたいのよ?」
ボケをごりごり押し通すルルに誰もがツッコミを諦めてスルーした。
自称海賊たちが必死に土下座までしてきたので、ルルはしかたなく聞くことにする。
「俺達はよぉ、食い扶持求めてこの港に流れて来たのになかなか仕事がなくてよ。そんな時に、帝国でも有名なルル、あんたの出身地だと聞いて、俺達は帝国にいるあんたの知り合いで世話にもなってる、というと大なり小なり仕事がくるようになったんだ」
「あんたねえ、いきなりそんなこといても、あたしは殆ど皇城にいたのよ。あんたたちみたいな連中と関わることなんてあるわけないじゃない」
「いや、そこは……俺達の嘘というか、あんたの名前を利用したというか」
「あっきれた。あんたたちを警備隊に引き渡すわ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。すまなかった。このとおりだ」
海賊たちは、土下座のまま地面に額をガシガシこすりつけて謝罪している。
泥まみれの額から血が出ている。
「あんた達は、海賊を名乗っているのだから、海賊すればいいじゃない?」
「最近は、帝国の沿岸警備隊の目が厳しくてな、帝国領海から離れてやろうとも考えたが、すでに他の海賊の縄張りだらけでな。俺たちの居場所はないのだ」
たしかに、ここの西方辺境警備隊配下の沿岸警備隊も帝国でも屈指の優秀な者達ばかりだ。
特にここ数年、タマ隊長が配属されてからは、その指揮と指導の手腕により、かなり練度があがったという。
「なんか、かわいそうになったよ」
「なっ、なによ。あたしが悪いわけ? 海賊が土下座するのも、今朝のご飯のおかずにピーマンが入っていたのも、ネコの肉球が取れそうで取れないのも、ナギが時々あたしをエッチな目で見ているのも全部あたしのせいなの?」
「あわわ、そんなこと言ってないし、そんな目をしてたのかな……いや、ないない。もう少し、話を聞いてみないか」
ルルのいきなりな発言にナギは微妙に慌てる。
タウロはナギを見て咳き込む。
そんなふうに見てた時あったかな……。
「よ、要するにだ。俺たちがルルさん本人だと知らずにケンカを売ってこてんぱんにヤラれてしまった。いや、その節は申し訳なかったが、あんたとは関わりがないことが皆んなにバレて仕事がなくなった」
「次号地獄よ」
「自業自得です、ルル」
いくら海賊がめんどくさくても、その投げやりな返しは適当すぎるぞ、ルル。
「で、話というか、お願いだ。俺たちをあんたの元で雇ってくれ。あんたの魔法ほどではないが、腕力もあるし、船も持っている。役に立つよう頑張るから、このとおり、お願いだ」
「「「「「「お願いします、ルルの姉御」」」」」」
「お断りします」
ルルはきっぱりと断る。
だが。
「いいよ」
ナギは、安請け負い的な返事をする。
「そうよ、いいわよ。って!? ナギ、あんた何言ってんのよ? あたしは海賊なんか嫌よ。クサいし」
「あはは、ルルがどうしてもダメなら仕方ないけどね。おじさんたち、ルルを説得してみるからちょっとばかり時間をください」
ナギがそう言うと、すがるような目つきで海賊たちは様子を見ている。
「あたし、こんな人達と関わるヒマはないの。わかる?」
「そう、そこなんだよ、ルル。君はヒマがないほど忙しい。だから港の仕事でね、貨物なんかの積み下ろしや輸送専門の仕事をする人たちが必要なんだ。荷役という仕事だ。今のところ、このバウンダリーポートにはそういう人がいない。今のところは僕とルルとで納品を賄っているけどね。これからは砂鉄の件もあるし、バードランド商店としてもっと取り扱い量を増やすつもりなんだ。それも、2割3割増やすって話しでなく、10倍いや20倍以上目指したい」
「そ、そうなの?」
「ルルも僕も、タウロさんもストナさんも、もっともっと、大事で重要な仕事をしていかなくてはいけない」
「でも、あたしの魔法なら納品はずっと早くできるし」
「たしかにルルがいると早いけどね。でも、納品は魔法がなくても一応誰でも出来る仕事だよ。お客さんとの約束に間に合えばいいのだから、早さはそんなに重要じゃない。そして、これからはルルの魔法がないと出来ない仕事も増やしていきたい。タウロさんやストナさんには、仕入の手配や大事なお金の管理に力を注いで欲しい。これは、他の人には任せられない仕事」
「ふむ、仕入の仕事に集中できていいな」
「あたししか出来ない大事な仕事……」
「僕は、この通り子供だから力仕事は出来ないけど、バードランド商店の全体の調整や新しい仕事の提案をしていきたい」
ルルは、あたししか出来ない仕事ということを数回つぶやく。
「海賊のおじさんたちは、力もあるし、船も持っている。操船が出来るのは僕達には出来ない仕事だ。これはルルがどんなに優れた魔法を使えてもかなわないよ。海は危険が多いし、経験を積まないとまともに航海は出来ない。そうでしょ、おじさんたち」
「お、おう。たしかに一度航海に出ると、寄港するまで命がけだからな」
「僕のプランでは海運業も視野に入れている。これは、港で仕事する者の夢でもあるんだ。どうかな、ルル。このおじさんたち使ってみないかな」
「ナギがそこまで言うのなら。でも、悪さしたら許さないからね」
「ありがとうございます、ルルの姉御」
「礼を言うならナギに言いなさい」
「ナギくん、ありがとう」
「「「「「「「ありがとうございます」」」」」」」
ポンたち8人は一斉に土下座する。
「おじさんたち、良かったね。でも、まだ安心は出来ないよ。まだ、仕事を頼めるだけの荷物はないからね。だけど、近々間違いなく、忙しくなるし、おじさんたちも十分に飲み食い出来るだけの仕事をお願いするから」
「わ、わかった」
「それと、もう一つ。ルルを困らせたり、怒らせることは絶対しないでよ。おじさんたち、マジで死ぬから」
ナギは、ルルの顔をちらりとみてにっこり笑う。
「と、とんでもない。ルルの姉御を裏切るようなことはしない。なあ、お前たち」
「アイアイサー」
「仕事は出来高になる。バードランド商店の仕事は量の多少にもかかわらず、必ず優先してね。手が空いているときは基本自由だけど、少しでも稼ぎたいなら、暇な時でも出来る仕事も用意するから」
「おお、ありがてえ」
土下座しているおじさんたちは頭の上で手を擦り合わせている。
「何をさせようとしているの?」
「例の砂鉄集めをさせようかと思う。集めた分だけ、帝国に売るから問題ない」
「まだ、値段は決まってないわよ」
「だから、商談がまとまるまで買い取りは待たせるよ」
ナギはルルとの相談を終え、海賊のおじさんたちに話をふる。
「聞いた通り、おじさんたちには砂鉄を集めて欲しい。帝国に売るものだ。だけど、まだ価格が決まっていないのですぐには買い取れないが、貴重なものなので買い取り金額は期待してもいい。僕たちはこの件で帝都に行ってくるから、それまで暇なら集めておいて貰えれば帰り次第、買い取る」
「サテツ? なんだそりゃ。喰いもんか?」
「いや、鉄の原料ですね。剣や包丁、釘、鎖なんかになる。10ジェム、50ジェムの鉄貨と同じ金属だよ。集め方は明日の朝に教えるからバードランドに来てください」
「わかったら、さっさと立って身体でも洗って来なさいよ。あたし、クサイの大っ嫌いだから」
ドラゴン・ポン船長とその一味は、それぞれが頭を深く下げ、雑踏に消えていった。
「ナギ、あたしはやっぱり、反対よ」
「いや、彼はバードランド商店には必要な人材になると思うよ。これは、僕の責任でそうなるようにするから」
「でも、あのしゃべり方や顔つきがイヤ。品がないし、アレじゃ、お客さんに悪いイメージが持たれそうだわ」
「海の男ってのは皆んなあんなものだよ。逆におとなしいと舐められる。声が大きいとか体格がいいのは、港湾の現場ではアドバンテージになる。むろん、ルルの名前もアドバンテージだけどね」
「アドバンテージって美味しいの?」
「食べ物じゃない。けど、有利だということ。そういう意味では美味しいかもね」
「食べ物でないのに美味しいとはいかに。むずかしいのね」
存在感の薄くなっているタウロだったが、ルルとナギの会話に耳を傾けて楽しんでいたのだった。