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誤爆娘の借金と少年になったおじさん

 帝都。

 アメディア皇帝陛下の居城、グリッド城の中で娘と少年が鬼ごっこをしている。

 少年は12歳、半袖のワイシャツに半ズボン、短めの革のブーツという軽装であるが、高貴な身分らしく、光沢のある生地と貴金属や宝石をあしらったボタンや金具の装いというなかなかお金のかかった姿だ。

 身動きが軽く、城内を素早く走り抜けている。


 一方、娘の方は16歳。赤茶の巻き毛のそこそこあどけなさの残る娘である。

 ゆったりとしたオレンジ色のローブを身にまとい、息を切らして少年を追いかけていた。


「はぁはぁ、待ちなさい、フラウス皇太子殿下」

「ふふん、ルルよ。帝国でも有名な魔法使いにもかかわらず、余を捕まえれぬのか。竜殺ドラゴンキラーの名が地に落ちようぞ」

「はぁふぅ、その称号は鬼ごっこの鬼に役に立つことはないですわ」

「ならば、ルルの得意な魔法とやらを使って余を捕まえてみせよ。余が逃げ切ったらルルは負け、余が勝ちぞ。分かっておろうな? そのときはおまえは余の女になるのだ」


 少年は現皇帝陛下の子息であるフラウス皇太子、娘は宮廷魔術師(見習い)で名はルル・バードランドという。

 フラウス皇太子は宮廷魔導師の愛弟子として仕えているところを見かけた時に彼女を一目惚れした。

 ことあるごとにフラウス皇太子は、ルルに話しかけては胸やお尻を触る。

 突然キスしようとすることも多々あり油断も隙もない。

 ルルの方はというと自分より幼いフラウス皇太子には全く興味がなく、心のなかではウザい子供としか思っていない。


 元々、自由奔放な性格で権力とかに束縛されるのは嫌だというのもある。

 とくに命令や責務がない限り、このめんどくさいフラウス皇太子にはまず近寄ることはなかった。


 フラウス皇太子のルルと一緒にいたいという願望は強かったが身分の違いで正妻にすることは出来ない。

 妻にすることは出来なくとも、側室として自分の女にすることを知っている。

 諦めの悪いフラウス皇太子は一案を画策した。

 褒美で釣って、ルルを手中にするという小狡い計画だ。


 その罠を含んだ提案にルルは楽勝だと思い、提案を飲んだのだ。


 楽勝と思った理由。

 実はフラウス皇太子はかなりのくわせ者で、ひと月前から何かとルルを呼び出しては、かけっこやかくれんぼ、鬼ごっこを強要していた。

 その際、ぎりぎりのところでルルにわざと捕まるようにして油断させていた。


 そして、この日。

 ルルはフラウス皇太子の罠にハマる。


「ルル、今日は鬼ごっこしよう。今日こそは負けないぞ! 余を捕まえたら褒美にルルの欲しがっていたペットのミニドラゴンをやろう。だが、ルルが負けたらおまえは余の専属魔法使いとして仕えよ。リミットは夕刻、日の入りの鐘の音がなるまで。いいね?」

「かしこまりました」


 こうして、ルルの皇城での最後のお勤めが始まったのである。



 ルルは焦っていた。

 いつもなら追いかけ続けていればフラウス皇太子のスタミナ切れで捕まることが出来たのだが、今日に限って全く捕まえられない。

 おかしい。

 

「あはは、ルルよ、時間が迫ってきたぞ。余はルルに、ルルは日の入りの鐘の音に追いかけられていて、なんだか愉快じゃ。よかろう、遠慮はいらぬ。ルルの得意な魔法とやらを使ってでも捕まえてみよ」

「フラウス皇太子殿下、城内での魔法は老師様より固く禁じられております」

「よいよい、余が許す。ルルの魔法をぜひ見てみたいものだ。早うしないと、鐘の音が鳴るぞ」


 フラウス皇太子は、ルルが城内で魔法を使えないと踏んでいる。

 ルルの魔法は見たことはないが、知っている限り得意な魔法は爆発系だけだと思っていた。

 そして城内で爆破したら大変なことになるから使えないはずだと。

 それにあの宮廷魔導師がんこじじいの言いつけを守らないと、ルルはめちゃくちゃ怒られるのを知っているからだ。


 だが、その読みは甘かった。

 ルルは超がつくほど負けず嫌い。

 このままでは勝ち目がないこと、しかも小馬鹿にされたこと、フラウス皇太子の女になるのが嫌だったこと、ミニドラゴンがどうしても欲しかったことがあり、ルルは疲労による血中乳酸値とともにSAN値が振り切ってしまっていた。

 ルルは思わず口角を吊り上げる。


「ありがたきお言葉、感謝いたします。仰せの通り、遠慮無くいきます。お覚悟を!」

「な、なんだと?!」


 ルルはフラウス皇太子を追いかけつつ、城内に飾られている、騎士や勇者、歴代皇帝の全身鎧の前を通過するごとに、魔力を込めた手でタッチし、ぱんっ! と手を叩く。

 すると、中身の無いはずの鎧が歩き出し、ルルと一緒にフラウス皇太子を追いかけた。

 フラウス皇太子は、追いかける鎧は早歩き程度でそんなに早くないことに安心していたのだが、暫くしてその考えを改めた。

 疲れ知らずであることに気づいたのだ。

 きっと、ルルの魔力が枯れるまで追いかけるだろう。

 ただ、魔力量に置いては帝国屈指であるとルルの師である宮廷魔導師が言っていたことを思い出す。


 フラウス皇太子はルルが使役の魔法が使えるとはつゆほども知らず油断していた。

 ともかく、ルルを自分の女にしたい思いで、一生懸命逃げ続けていた。


 あっちで、ぱんっ! こっちでも、ぱんっ! と手当たりしだい鎧を使役する。

 どんどん、フラウス皇太子の背後の鎧の数が増す。


 ガチャガチャと鎧から発する音は無数に重なりああい、金属質のノイズとして城内を轟かせる。


 城内は大騒ぎになった。

 勇者の鎧を見た者は、勇者の復活に歓喜した。

 先代皇帝陛下の鎧が通りすぎては、感動で涙する者がいた。

 歴代の皇帝の鎧が騎士団の鎧を連れているところを見た者は、悪い亡霊がとり憑いたのかと恐怖した。


 ルルを先頭に無数の鎧甲冑が金属音を響かせながらフラウス皇太子を追いかけている。

 フラウス皇太子は振り返るごとに増えていく鎧の一団に驚き恐怖しながら逃げ続ける。


 フラウス皇太子が鎧に襲われている。

 慌てて城内の兵士や近衛騎士団が出動し、そのあとを追いかける。


 フラウス皇太子を先頭にルルと鎧軍団、兵士、近衛騎士団は、広間を駆け抜け、階段を駆け上がり、屋根を伝い、駆け下りては走り抜ける。


「はわわわわ、はあ、はあ、捕まってたまるか」

「はあ、はあ、殿下、でんかぁー」


 フラウス皇太子とルルは必死の形相で追いかけっこをしている。

 じれたルルは得意の爆裂魔法を使うことにした。


「殿下、お覚悟を!」


 ルルは、親指と人差し指だけ立てて人さし指の先端を前方に向ける。

 フラウス皇太子の怪我をさせない程度に足を止めさせるため、小さめの爆発を連続で発生させた。

 まるでスタントマンを使った爆破アクションみたいな感じで、足元や壁、天井をどんどん爆破する。


 ようやく、フラウス皇太子は爆破にひるんでしまい足を止める。

 ルルはフラウス皇太子の周りを甲冑軍団で包囲し、ようやく捕まえた。


 そして、日の入りを告げる鐘の音が鳴り響く。


「はぁはぁ、いやあ、負けた負けた。ルルよ、お前の魔法は予想以上だった。ドキドキするほど面白かったぞ。ルルが余のものにならなかったのが残念だが、褒美は約束通りとらす。また余と遊ぼうぞ」

「はっ、有難き幸せ」


 ところがまだ騒ぎは収まっていない。

 城内の兵士と近衛兵団が追いつき、フラウス皇太子を救出しようと包囲している甲冑軍団に斬りかかる。

 甲冑達は一切反撃はしなかったが、次から次へと兵士と近衛兵団が押し寄せ、互いにキズつきながらもみくちゃになっていた。




 帝都の皇城、離宮のひとつ、宮廷魔導師の住まう三日月の塔の中の執務室。


 老齢の男と娘が言い合いをしている。

 男は枯れた黄土色のローブを、娘はオレンジ色のローブを来ている。


「ばかもーん! この誤爆娘のルルめ。もう我慢ならん、おまえはクビじゃ、破門じゃああ」

「老師様、あたしはフラウス皇太子殿下と鬼ごっこしただけなのです。怒られる理由が分かりません」

「理由? おまえは城内にある貴重な歴代皇帝や勇者の鎧甲冑を使役し、鬼ごっこの鬼として泣き叫ぶ殿下を追いかけまわしたのだぞ」

「あたし一人じゃ、鬼として迫力がありません。そして殿下はおびえて泣いているわけでもありません。歓喜感涙していたのです。殿下にはリアルでスリリングな鬼ごっこを楽しんで頂きたく、城内の鎧甲冑を使役し、ちょっぴりデンジャラスな演出をしただけです」

「デンジャラスじゃと?」

「ええ、殿下にお怪我を及ばぬ程度の爆破演出を少々……」


 ルルは、後半少し口ごもる。


「じょ、城内で爆破だと? おまえは殿下との鬼ごっこに禁忌の爆散魔法も使ったのか?」

「ええ、殿下が許すから、是が非でも見せてほしいと命じるままにお見せしたところ、大層お喜びになられ、鬼ごっこで遠慮無く使うようにと」

「ばかもん、爆破と100体を超える中身の無い鎧を使って殿下を追い詰める鬼ごっことは何事じゃ。近衛兵団が大騒ぎで殿下を護衛のため戦ったのじゃぞ。多数のけが人は出るわ、調度品や美術品は壊れるわで、ほれ、このワシに莫大な請求書が……。なんで弟子のお前の不始末をワシが尻拭いするのじゃ」


 老師はぷるぷる震えながら眉間をしかめ、顔中のシワを強調させている。

 手には今までの請求書と領収書、今回の新しい請求書の束を掴んでいた。

 ルルはしれっとした顔で老師を見上げている。


「大体な、今まではお前の類まれなる魔術の才能に対しての投資だと思って我慢しておったんじゃ。じゃが、今回の事件でとうとうお前の不始末で出来た請求金額が10億ジェムの大台を軽く突破した」

「老師様、殿下が大変お喜びになられておりました。あたしには『ドキドキするほど面白かった、また余と遊ぼうぞ』とありがたいお言葉を頂きました。宮仕えの身には余るありがたきお言葉」

「と、とにかくワシはお前の不始末を立て替えたのじゃ。お前には必ず返してもらうから覚悟しろ」


 顔を真っ赤にして怒り皺を震わせてルルを怒鳴りつける。


 老師と呼ばれている男。

 かつて魔王を討伐した勇者とともに戦った冒険者の一人だ。

 当時の勇者とともに戦ったメンバーで現在存命している最後の一人、その後生を宮廷魔導師として皇城にて皇帝陛下を守りつつ、後進の優れた魔術師を育てていた。


 ルルと呼ばれた娘。

 ルル・バードランド。

 類まれなる魔力をもち、その威力に持ち余していた。

 11歳で西方辺境の田舎町である故郷を離れ、同郷出身の宮廷仕えの騎士を頼って、この宮廷魔導師の老師の元へ師事することになる。



 ここで、ルルの伝説のひとつ、帝国主催の宮廷魔術師入門試験事件を紹介する。


 毎年、帝都では才能ある若者を集め入門試験を実施している。


 多くの貴族の子弟に人気の騎士道、平民が冒険者にあこがれて受ける剣術、海に憧れる者は航海士、魔法の才能があるものは魔術師の試験がなどある。

 これはそれぞれの入門試験に合格すれば、帝国屈指のエリートの元で技術を学び修練することが出来るというので、帝国全土から夢を見る若者が帝都に集まるのだ。

 そして、より高い技術を修めた者は、帰郷して己の才覚を発揮するのもよし、帝国に雇われてより上の身分や収入を目指すも可能ということで明るい未来が開かれる。

 帝国も優秀な人材はこの門下生から引き抜くことも多いし、国力の底上げに貢献する人材を作り出すことにもつながるため、積極的に取り組んでいる。


 さて、ルルの入門時の様子から誰もが度肝を抜く伝説級の試験であった。

 ルルは、故郷の西方辺境伯爵の血筋の者で宮仕えの騎士に連れられてきた。


 魔術師の入門試験に志願するため、三日月の塔の入り口に設置された受付に願書を記入する。

 ルルは学校には行っていたが字を書くのが苦手で、同伴の騎士にお願いして代理で記入してもらう。

 

 受付担当の魔術師は、あまりに幼い子を受けさせるのはまずいのではないかと思った。

 現在もだが、受験者の年齢に関する明確な基準が無いため、まあ、しょうがないかとこの時思っていた。

 この試験は、通常、16歳以上25歳までの者が受け、平均18歳前後の者が一番多い。

 しかし、このルルという少女は11歳、試験を受けるにはあまりに幼い。


 記入事項は、住所氏名の他、得意な魔法や元素属性などの事前調査を記入することになっていた。


「えっと、ルルちゃん、得意な魔法はなにかな」


 同伴の騎士が入門願書に代筆する。


「火花! あと、ままごと」

「え? えーと。 火花って小さい魔法だね、まあ、ルルちゃん可愛いから、いいか。でも、ままごとってのはお遊びだよね」

「うん、でもあたしのままごとは、皆んなびっくりしてたよ」

「えーと、ま、いいか。ままごとっと」

「属性はっと、火花からして『火』の属性だな、『火』っと」


「あと、魔法はどこの誰に習ったのかな」

「んー、かまどさんかな。あと、ルルコとルルオ」


 かまどさんっていうのは、ヒトではない。

 煮炊きするあの「かまど」のことだ。

 しかし、騎士は気がつかず、そのまま、「かまど」と記入する。


「ルルコって誰かな? ルルちゃん、お母さんはストナさんだよね?」

「えーと、ルルコはあたしの妹でお人形さん。ルルオはあたしの弟でお人形さん」

「……お人形さん? まさかね。そのルルコやルルオはどういうふうに教えてくれたのかな」

「最初、立たせてと言ったので立たせた。歩きたいと言ったので歩かせた」


 騎士はだめだこりゃと思ったが、故郷の伯爵の依頼もあって願書の記入を続ける。

 受付担当者は、火花って書かれているのを見て苦笑いする。

 ところが、ままごとという魔法には、その意味を知らなすぎた。


 受付も騎士もルルのいう魔法、「火花」と「ままごと」の評価を見誤っていた。

 単純にルル自身の魔法に関する知識が皆無なため、こういう誤解を招く表現で書くしかなかったのだ。


 受付が終わり、暫くして筆記試験が始まる。


「ルルちゃん、終わるまでここで待っているよ」


 同伴の騎士は、ルルの頭を撫でて送り出す。

 ルルはこくりと頷き、水晶宮の仮設試験場に向かう。


 筆記試験。

 ここでは、基礎的な魔法の呪文スペルや簡単な魔法陣についての問題が出る。

 どれだけ正確に魔法を知っているか、今まで師事した者から魔法の知識を習得しているのかをみるのが目的である。


 暫くしてルルが戻ってきた。


「どうだった?」

「何が書かれているかさっぱりわからなかった」

「そ、そっか。でも頑張ったんだよね」


 騎士は笑顔でルルの頭を撫でてやったが、心のなかでは不合格確定! という文字が頭の中でぐるぐる巡っている。


 いったい、大金の旅費を払ってこの子を帝都に寄こすなんてありえんだろ?

 そう、声にならない言葉をつぶやく。


 次に実技試験を受けることになっている。

 筆記だけでは年齢や、社会的経験、地方によって学力や知識に差があるため、足切りなしで実施する。

 つまり、すでに身につけている才能や能力を見逃さないため、志願者全員が受けることになる。


「ルルちゃん、実技試験が終わったら、帝都を観光しようね」

「うん、おみやげいっぱい買いたいな」

「そ、そうだね」


 同伴の騎士は、すでにルルは土産を持って帰郷するつもりらしく、つい苦笑する。

 さすがに不合格だろうと思って、帝都の思い出にあちこち連れて行ってやろうと配慮していた。


「あのっ、あたし、ネズミーマン大好きなの。有名なネズミー城とかも連れてってー」

「いいよ、明日行こうね」

「やったー」


 無邪気な子供の反応に騎士もほっこり喜んだ。

 費用と付き添いの報酬は、すでに伯爵から充分にもらっていたし、騎士としての休みも明日までとってある。


「実技試験がございますので、魔術師入門志願者はすみやかに皇城隣接の帝国闘技場に移動してください」


 試験官が大声で会場移動を促す。


「行っておいで」

「うん、すぐ終わらせてくるね」


 騎士はルルの肩をぽんと叩いて送り出す。


 試験会場は帝国闘技場で行われる。

 試験方法の様々な魔法が飛び交うため、広さと視認性、魔法の発する音などの対策もかねて帝国最大施設の闘技場が使われた。

 闘技場の広さは、収容人数6万人、グランド部分は縦400メートル、横幅1200メートルある。

 閲兵式を始めとする帝国の様々なイベントに使われている施設だ。


 試験方法は、まとを立て、それに魔法をぶつけるものを基本にしている。

 最初に精度、小さなまとに当てられるかどうかの試験。

 次に飛距離、グランド最大使っての端から端まで到達するかどうかの試験だ。

 最後に威力、様々なまとを用意しどの程度の硬質なものまで破壊するかの試験。

 あと、任意で、得意魔法の披露もある。


 番号順に志願者はまとに魔法をぶつける。


 志願者の半分以上はファイアーボールを詠唱して望んだ。

 他には水弾や雷撃、石つぶて、魔力を具現化し閃光を放つ矢を飛ばす者もいる。

 魔法を飛ばせない者もいたが、それ以上に武器を剣や槍を具現化する魔法で試験会場を賑わせる。


 ファイアーボールを飛ばすものは、途中で魔力が燃え尽き距離がでない。

 水弾も距離と威力に難あり。

 雷撃はまと以外に避雷することもあり、精度に難がある。

 武器の具現化は見た目は派手であるが、余分に魔力を消耗するため、得点の平均値が低くなる傾向があった。

 一長一短あれど、いずれも修行すれば充分に伸びる要素のある若者ばかりだった。


「老師様、今年はなかなか粒ぞろいですな」

「ふむ。帝国の未来も明るいじゃろうて。これでこの子らが育てばわしも安心して引退じゃな」

「なにをおっしゃいますか、老師様は終生頑張っていただかないと」

「わしも、十分生きた。もうわしの楽しみは温泉でも浸かってのんびり過ごしたいものじゃな」


 老師と呼ばれる宮廷筆頭魔導師と上級魔術師たちは特別観覧席から実技試験を見ていた。


 いよいよルルの番がくる。

 伝説の入門試験の始まりでもある。


「老師様、今年はあんなに小さな娘が参加しているのですな。うーん、得意魔法が『火花』と『ままごと』。はは、かわいいですなあ。筆記試験がまるで駄目か。」

「あんな小さな娘が受けるのは酷じゃろうて。次回から、年齢制限も設けようかの」

「老師様の言うとおり、無駄に受けさせるのは問題かと。申し伝えておきましょう」


 老師と呼ばれる、「宮廷魔導師」という称号の筆頭魔術師は苦笑しながらルルの試験を眺めていた。


「お嬢ちゃん、わかるかい? あのちいさなまとに魔法を当てるのだよ」

「はい、わっかりましたー」


 ルルは試験官から説明を受ける。

 最初の試験、小さなまとを当てるという課題。

 サイズは直径約10センチ、距離は50メートル。


 試験官は、ちいさなお嬢ちゃんにはムリだろうと思いながらも、決まり通り、ルルから安全な距離をとるため離れていく。


「どうぞ」


 ぱーん。


 試験官が合図を送った瞬間に破裂音が鳴り響き、まとが消える。

 ルルはピクリとも動いていないし、詠唱している様子がなかった。

 何かの間違いじゃないかと試験官数人があつまり、協議する。

 残留している魔力か、別の志願者の魔法が暴発したのかもという結論で、再度試験することにした。


「あのう、お嬢ちゃん、合図してから魔法を始めてね」

「はーい、わっかりましたー」


 試験官はルルから離れていく。

 念のため、周りの残留魔力が漂っていないか、詠唱しているものがいないかを確認している。


「どうぞ」


 ぱーん。


 さっきと同じく、すぐに破裂音が響き、まとが消える。


「な、なんと。あの娘、確かに無詠唱しおった。しかも魔力の飛翔なし、瞬間移動に並ぶ、遠隔系の魔法じゃ。たまげたわい、すごいぞ、あの小娘」

「ろ、老師様。落ち着きなさいませ」

「わしは、グランドに出る。近くで見たい」

「老師様、お待ちくださいませ」


 特別観覧席で見ていた老師と上級宮廷魔術師の面々は沸き立ち驚いていた。


 試験官の方は、ルルの魔法がどうなっているかわからず、試験の判定に戸惑っていた。

 飛翔する魔力がないかわりに、まとに一瞬に魔力が集まり、消し飛ぶ。

 そして、まとには当たってるだろうが、中心なのか外側なのかが判定できない。


「あの、今の魔法はルルちゃんのだよね? なんという魔法かな」


 試験官はルルに聞いてくる。


「ひばなー」

「ああ、この志願書の火花のことか。なるほど」


 いや、試験官はわかったふうな返事をしていたがよくわかっていない。

 グランドに設営された試験官席に老師が現れる。

 ルルについている試験官を呼ぶ。


「ふむ、面白い娘だ。だが、ここからわしも試験官として参加させてもらう」

「老師様、それはわたしたち若手にお任せください」

「いや、お主、あの娘を低く評価しているじゃろ? あの娘の実力を試験したいので上級魔術師もすべて呼んでくれ」


「いや、これは入門試験でして。魔力検査は入門後でよろしいかと」

「お主、あの娘の魔法はどんなものか分かっておろうな」

「はあ、速射系の魔術かと。かなり高度な魔法で、おそらく超短縮呪文ショートスペル詠唱の超速射出だと思いますが」


「お主、やはり甘いな。あれは禁忌の魔法のひとつ、爆散魔法だ。しかも、飛翔なしの遠隔系さらに無詠唱じゃ」

「き、禁忌魔術? 無詠唱で遠隔系? ま、まさか」

「しかも、息ひとつ切らしておらぬ。あれだけでも中級レベルの魔術師までなら魔力切れで気絶ものじゃ」


「しかし、ここは入門試験ですので別途、再検査という形ではどうかと」

「おぬし、入門試験の考査であの娘は受かるかの? 筆記試験は得点ゼロ、実技試験では判定不能。じゃが、いままで禁忌、無詠唱、莫大な魔力保持者でこの入門試験に臨んだものはおらぬ。このまま、あの娘を追い返すのか、お前たちは?」


「いえ、しかし、公正な試験での受け入れるという建前が崩れます」


「ふむ、あの娘はわしが直接指導しようかの。お主らは他の魔術師を育てるが良い」

「わ、わかりました。老師様がそこまで仰るのであれば」


「ふむ、遠隔魔法なら、見える範囲であれば距離は全く関係ないからの。威力テストでもしようかの。おい、上級の連中を呼べ」

「わかりました」


 上級魔術師。

 帝国の攻防の要である宮廷魔術師の中でとくに魔力の強い者に、皇帝陛下から与えられる称号である。


 現在、10人存在し、いまこの試験会場に集まっているのは5人。

 ちなみに、老師は「筆頭上級魔術師」と「宮廷魔導師」の称号を下賜されており、5人の上級魔術師のさらに上に立つ帝国最高位の存在である。


「おおきたか。これから特別試験を実施する。試験を受けるのはあのルルという娘じゃ。お主らも見ての通り、禁忌魔法を無詠唱で臨んでおる。まずは、フェリッチ」

「はい、ここに」


 その内のひとり、フェリッチ上級魔術師が前に出る。


「お主には、ここで作れる範囲でいいから、最高に硬いまとを作ってくれ。あの小さなまとぐらいの大きさのもので良い」


 フェリッチは魔術師であると同時に優秀な錬金術師でもある。


「わたしのオリハルコンのナイフをベースに錬成すればこの世で十指に入るくらいの固い合金が作れますが、幾分高価なナイフでして。いかがでしょう?」

「高いのか?」

「はい、6000万ジェムはしますが」


「ふむ、むむむ。か、構わん、わしの私財から支払おう」

「他の者はフェリッチの作ったまとを破壊されぬよう、魔法障壁結界を張るのじゃ。わしも全力で結界を張る、よいな」

「「「「はっ」」」」


 老師は上級魔術師との打ち合わせを終える。

 フェリッチは指示通りに持ち物のオリハルコンのナイフを錬成し始める。

 ルルのもとに老師が歩み寄る。


「こんにちは、お嬢ちゃん」

「こんにちわ、おじいさん」

「こらっ、この御方は……」

「まあ、よいよい」


 老師とルルの挨拶に、無粋な試験官が割り込もうとしたが老師に制止される。


「これから、お嬢ちゃんには違う試験をしてもらう」

「あの、あたし、おみやげを買いたいの。早く終わりたいの」

「い、いやいや、すぐに済むから待ってくれ」


 試験官は失礼な娘だな、何しに来たのだと、心のなかでツッコんできた。

 フェリッチの錬金術で出来た超硬質のまとが出来上がる。

 フェリッチはまとを設置し、老師に最高の出来だと報告する。


「よいか、これから試験を行う。上級魔術師は配置につけ」

「お嬢ちゃん、合図したら思いっきりあのまとを壊す魔法をかけなさい」

「あい」


 老師と上級魔術師は詠唱を始める。

 2分ぐらいかかった辺りでまとに変化が現れる。

 それぞれの魔術師の詠唱を終えたころ、まとがまばゆいばかりに光り輝く。


「いまじゃ」


 どごっ、ごごごごごおおおん。


 地鳴りのような音がしたが、まとはまばゆく輝いているまま、変化はなかった。

 試験官は、普通にアレだけの結界を破れるわけないでしょうと思っていた。

 しかし、その魔法試験は、この後皆が驚愕する結果になる。


 上級魔術師が次々と倒れていった。

 彼らの目は血走っている。

 吐血、血の涙、鼻血、耳からも血が出ている。

 高威力の爆発を魔法障壁で守らんがため、高負荷の魔力注入と瞬間的な魔力枯渇が彼らを襲ったのだ。

 ひとり、またひとりと倒れるごとに障壁が解かれる。

 まとから放つ障壁の光が衰えていく。


 全ての魔法障壁が解けた時、6000万ジェムの超硬質のまとがトロリと溶け、煙を上げながら地面に吸い込まれていった。

 実は魔法障壁は遠隔によってまとに直接作用していたのだ。

 ルルは強い爆散魔法をまとに当てたのに壊れなかったので、すぐに魔法を連射していた。

 そのため、地鳴りのような音を発し、まとに魔力と爆圧による高負荷がかかって、魔法障壁が解けた途端に形が崩れたのだ。


 そういう意味でも上級魔術師たちの魔法障壁には、このまとを破壊するのに必要な魔力によって帝国自慢の闘技場が消失する大惨事にならなかったということに感謝しなくてはならない。


 上級魔術師が次々とタンカに乗せられ運び去られていく。

 最後まで粘った老師も腰が砕けてその場で座り込んでいた。


「ご、ごめんなさい。 もう少し弱くしたほうがよかったかなー」

「はあはあ、お嬢ちゃん、もしかしてまだ手加減したのかな」


「ふぅふぅ。うん、かなり強くしたけどね。全力でやっちゃうとあたし、気持ちが悪くなって倒れちゃうもん。お買い物が出来なくなるのはイヤだもん」

「ははは、参ったわい。みんな担がれてしまったの。じゃが、もう一つだけ見たいのう」


 老師はクタクタになりながらも、まだ、好奇心が満たされていない。


「お嬢ちゃんの火花、確かに見届けた。もうひとつの『ままごと』とはなんじゃ?」

「ままごとは、お人形さんで遊ぶの」

「いや、遊びではなくて魔法が見たいのじゃが」

「うーん、わかった。でも、お人形さんいないね……」


 ルルは周りを見回す。

 当然人形はここにあるはずない。


「えーと、そうだ。さっき、土のお人形さんを作ってた人いたわね、あたしにお人形さんを作ってちょうだい」

「ああ、老師様。さきほど自由課題での得意魔法でゴーレムを作った者がおりましたが、それではないかと」


 試験官は老師に耳打ちする。


「ふむ、なるほど。ゴーレムが人形か。よろしい、わしが特大のゴーレムを作って驚かそうかの」


 老師は、またもや大人げなく、半分ムキになっていた。

 巨大な魔石をあしらったごっつい杖を空中からつかみ出し、呪文スペルを唱えながら杖で地面に魔法陣を描き出す。

 やがて書き終え、杖先を魔法陣の中央にトンと着くと、地面が盛り上がり、杖に大量の土が集まりくっつく。


 その高さと質量は巨大なものになり、ルルの身長の数十倍に達した。

 この試験会場である闘技場にいるもの皆、度肝を抜く。


「おじいさんすっごーい」

 

 ルルはキャッキャと喜んでいた。


「はよう、ままごとやらを見せよ」

「うん、わかったー」


 ルルは両手を拡げ、ゴーレムの足元に近づいていく。

 中級以上の試験官の目にはルルの両手に高密度の魔力が込められているのが見えた。

 ルルは、その手をゴーレムの足にタッチする。


 ルルは何もなかったように後退りする。

 今のところ、ルルの手の魔力がゴーレムに移ったのは認められているが特に何も起こらない。


「どうなるんじゃ? お嬢ちゃんや」


 老師もどうなるのか気になってしょうがない。


「いっくよー」


 ぱん。


 ルルは手を叩く。


「朝のあいさつ。おはようさん」


 ルルが変なことを口走ると、巨大なゴーレムが言葉に合わせお辞儀する。


「昼のあいさつ、こんにちわ」


 こんにちわの声でゴーレムが右手を上げる。


「お別れあいさつ、さようなら」


 今度はゴーレムは上げた右手を振る。


「最後はお布団、おやすみなさい」


 言葉の通り、仰向けになって寝た。


「驚いたわい。ゴーレムの召喚者のコントロールを奪って使役するとは……。まだ、何かできるのか」

「あのね、お人形さんひとりでは寂しいの。ままごとは沢山のお人形さんで遊ぶと楽しいの。『子沢山のビッグダデイごっこ』や、『フルメタル・ジャケットごっこ』も出来るの」


「なぬ? 沢山のお人形だと? 試験官全員ここへ」


 試験官は宮廷魔術師で組織されおり、初級、中級でもかなりのレベルの魔術師ばかりである。

 老師は、すべての試験官をあつめ、ルルのための試験の準備をさせる。


「いまから、ありったけゴーレムを作るのじゃ。複数召喚出来るものは、目いっぱい作れ」

「「「「「「わかりました」」」」」」」


 上級魔術師はすべてタンカに運びだされ、数人の試験官も付き添って出てしまったため、6人しか残っていない。


「志願者の中でゴーレムが出来るものは積極的に参加せい。小さくても、1体でもかまわん。わしの権限で特別考査してやる」


 試験中に驚くべき試験が繰り出されている中、やっと自分にも出番が回ってきたとばかりに数人ゴーレムづくりに参加した。

 出来上がったゴーレムは大小合わせて、43体。

 土くれ人形で帝国闘技場は賑わっている。


「さあ、お嬢ちゃん、ままごととやら始めなさい」

「うん」


 老師はルルに促すと、ルルは両手に魔力を込め、走りだす。

 次々とゴーレムにタッチする。

 小さなゴーレムには頭に、大きなゴーレムには足に、腕や肩、胸などにタッチしていく。


 ひと通り、タッチし終えると、ルルは老師の方に向く。


「じゃあ、行くよー」


 ピー。

 ルルは指笛を吹き鳴らす。


「みんな集まれー」


 どすどす、どす、どす。


 ゴーレムたちは地響きを鳴らしながらルルの近くに集まる。


 ぴっ。

「背の低い順に並べ」


 一番小さなゴーレムを先頭に徐々に背の高い順に並び替える。


 ぴっ。

「前ならえー」


 一斉に両手を前に突き出し、腕の長さ分だけ前の距離をとる。


 ぴっ。

「なおれーっ」


 手を降ろす。


「これから、海賊と美女ごっこをするよー。君たちは海賊であたしは美女よ。海賊たちは美女のあたしを捕まえてみなさい」


 ぱん。

 今度は手をたたく。


 ルルは逃げ出す。

 すると一列に並んでいたゴーレムが意志を持ったかのようにゆっくり追いかける。


 ルルはキャーキャー言いながら逃げる。

 ゴーレムは地響き鳴らしながら追いかける。


「せっかくだから皆んなも遊ぼ。あたしは逃げるから皆んなは正義の味方になって、海賊をやっつけてね」


 ルルは、志願者や試験官、老師に向かって言い放つ。


「ふむ、面白くなってきたぞ。動くゴーレムに魔法を撃てばいいのだな」

「これも特別試験の一環として言い渡す。ゴーレムを多く仕留めたもの、大きなゴーレムを討伐したものは考査点を付与する」


 ルルがキャッキャと右に左に逃げまくる。

 ゴーレムはこれに続く。


 あるものはルルの動きを予測して早めに詠唱を行う者も入れば、ルルの逃げ足に合わせついていきながら詠唱するものもいる。


 各自工夫しながら詠唱タイミングを作り出しゴーレムを迎撃する。

 様々な魔法が飛翔し合い、次々とゴーレム達は狩られていった。


 ところが、最後の大きな2体がどうしてもやっつけられなかった。

 予想通り、老師が魔法耐性を込め作り上げたとっておきの2体だ。


 幾つもの火弾、水弾、光弾、雷撃を受けても砂煙を上げるだけで全く動じない。

 おとなげなくも、ゴーレムの出来に老師はニヤつく。

 ルルを追いかける早さはゆっくりではあるが疲れ知らずで、いっこうに足を止めなかった。


「老師様、大人げないですよ、あのゴーレムを解呪しませんか?」

「いーや、もうちょっとじゃ。あの小娘が泣くまでもう少しじゃ」


 さすがにルルも、息を切らしてヘトヘトになっている。

 その気になればルル本人が使役を解けば済むのだが、ルルはそうしない。


「はぁはぁ、ふううう、もう誰も止められないの?」


 志願者達はもうお手あげだった。


「だったら、クライマックスは美女と海賊の一騎打ちよ。みんなー、応援してねー」


 試験中だということを忘れ、へんなごっこ遊びに夢中になっている。


「必殺っ! 美女ぱんち、ぱんち、ぱーんち!!」


 振り返りざま、追い付いてきた大きなゴーレムに飛びつき取り付く。

 そして、そのちいさな拳に魔力を込めて、べしっ、べしっ、と殴り付けていた。

 一発殴るごとにゴレームの反対側から大量の土が吐出されていく。


 みるみるゴーレムが小さくなっていくとルルは飛び降りすぐにもう一体の巨大ゴーレムにとりつく。


「こっちも、チョーップ、ちょっぷ、ちょーっぷ!!」


 魔力のこもったルルの手刀がゴーレムを切り裂き、切り口からも大量の土が爆散する。

 さくっ、ぼんっ、さくっ、ぼんっと繰り返すとこのゴーレムも小さくなっていった。

 2体とも大人の人間とおなじ背丈になっている。

 ルルは、飛び降りる。


「美女の一撃必殺奥義、額割鉄指弾でこぴん


 ルルは何かの世紀末救世主風味の主人公になりきる。

 セリフを言って、2体のゴーレムにむかって走り寄りジャンプ、続けざまにデコピンをした。


「おまいわ、すでに死んでいる」


 ルルは、片膝ついた着地したままのポーズで右手を上げ3本の指を立てる。

 ゴーレムはそのままルルに歩み寄る。


 ルルの指は2本に、ゴーレムはルルを眼下に捉える。


 ルルの指が1本に、2ゴーレムは同時にルルを掴みかかろうとした。


「ぼんっ、だ」


 ルルのセリフに合わせ、ゴーレムの上半身は頭から爆散し、残った下半身は徐々に崩れ落ち、土にもどる。


「はー、楽しかった。みんな、ありがとー」


 ルルは試験のことをすっかり忘れていた。

 あまりのシリアスかつコミカルなルルの一人舞台にここにいた者全てどっと、疲れがきてへたり込んでしまった。


「お嬢ちゃん、いや、ルルよ。おまえは今日からわしが面倒をみる。わかったな」

「えー、あたし、おじいさんよりネズミーマンがいいの。ネズミー城へ行きたいの。忙しいの」


 すっかり、目的を忘れているルルであった。


 ルルは帝国開催の入門試験で伝説を残した。

 ひとつは、驚愕すべき魔法の数々と、開催史上で最年少/11歳、最高経費/6000万ジェム、最低得点/0点で入門を果たしたのだ。


 こうして、ルルの伝説のひとつ、入門試験は語り継がれることになった。



 老師の教育。

 幼くとも恐るべき魔力と魔法の才能に老師は喜び、孫娘のように可愛がった。

 まあ、ぶっちゃけあまやかされて育てられた。

 そのため、老師に似て頑固でわがままでな性格になってきた。


 老師自身の大義名分を重んじるところも似てきている。

 ただ老師にとってルルの言う大義名分というのは、都合のいい言い訳や屁理屈にしかならない。


 つまり、今回の場合の「皇太子殿下の遊び相手せよ」という言葉と、鎧甲冑よろいかっちゅう使役しえき鬼ごっこ事件後の殿下の褒め言葉を言い返すところは、ルルにとっては充分に大義名分、老師にとってはただの屁理屈ということだ。



 このルルという娘にいくつか武勇伝がある。


 老師がルルの恐ろしいまでの魔力と破壊力を知るところとなった、帝都飛竜襲撃爆殺事件。

 彼女が老師の元へ来て間もない頃、帝都に飛竜が3匹舞い込み、飛び交う飛竜に騎士団が翻弄されていた。


 知能の高い竜族のため、魔術師の唱える詠唱には敏感に感知して猛スピードで突っ込んでくる。

 普通の魔術師は詠唱を終えることが出来ないため攻撃が出来ない。


 現場では短縮呪文ショートスペルか無詠唱魔法の使い手しか出番がないということで、宮廷魔導師の老師とルルに討伐命令が出て、ルルを連れて攻城の監視塔の最上階に上がる。

 老師はルルの力量を試そうと、飛竜を落としてみよと命じるが、まったく魔法を唱えようとしない。


 見るとルルはまったく恐れていない。

 それどころか、初めて見る飛竜に興奮してきゃっきゃと歓声をあげるばかりだったのでイラッときた老師は拳骨をおとし、ルルに再度命じた。


 しかし、またしても唱えなかった。

 いや、唱えずに魔法を発動させたのだ。


 ルルは涙を溜め、しぶしぶ人さし指と親指を立てる。

 もったいなさそうな眼差しで人さし指で飛竜を狙いを定め、小声で「ぱんっ」と口走ると、ぼんっ! と飛竜が爆散した。

 すぐにまだ生存している飛竜に向かって間髪いれずに「ぱん、ぱんっ」というと、残りの2匹とも爆散してこの騒ぎは収まった。


 竜族の硬い鱗は、様々な耐性があり、有効打のある魔法があまりない。

 しかし、ルルの魔法は遠隔魔法で、鱗の内側から爆破する事ができるのだ。

 老師はこの時、あらためてルルの恐るべき実力を知ることになる。

 

 ちなみに、ルルは飛竜を退治した功績で皇帝陛下から帝国史最年少で称号「竜殺ドラゴンキラー」を下賜し、周りからは「猛爆の魔術師」と呼ばれるようになる。

 老師はじゃじゃ馬娘を皮肉って「誤爆娘のルル」と呼んでいる。



 ルルの魔法。

 彼女の魔法は、狙ったものを爆散させるシンプルかつ恐るべき魔法だ。

 今の帝国では、戦争がほとんどないため、戦のみに発揮する魔法は禁忌としている。


 冒険者にとっても爆散魔法の用途はあまりない。

 魔物狩りで爆散させると貴重な部位は傷ついたり壊れたりしてお金にならないし、爆破をつかわずとも他の手段で問題を解決する技術と知恵があるからだ。


 当然、宮廷魔術師でも上級者のみしか会得していない。

 発動には比較的長い詠唱が必要だし、そもそも使う場面がない。

 いや、年に一度の帝国の閲兵式などで、宮廷魔導師や宮廷魔術師による派手な禁忌魔法のひとつとしてお披露目される程度か。


 一般の魔術師には不要とされ、また、詠唱すべき呪文スペルも秘匿されており、そのため誰も知りえないため発動できない。

 爆発を無詠唱で出来るというのは極めて異例で危険な存在ということになる。


 ルルの魔法は、自分で遊びや経験の中で会得していた。


 爆散の魔法の場合。

 最初に目にした爆発はごく小さなものだった。

 かまどの炭の爆ぜる現象。


 入門試験で言っていた、ルルが魔法を教えてもらったという、あの、かまどである。

 毎日のお手伝いの時、得意の魔法でかまどに火をつけていた。

 燃え上がるかまどの中で炭が爆ぜるのを見続けていた。


 単純に爆ぜる時の火の粉が舞うのが面白く、いつしか爆ぜる現象に魔力を込め、舞う火の粉が激しく増えるのが楽しくなって顔が煤と灰で真っ黒になるほど続けていた。

 そして、思い通り自由自在に爆ぜさせるようになる。


 また、あのすさまじい威力については、港町の年に一度の花火大会の花火に影響された。

 爆音とともに色とりどりの火の星が広がるのに感激し、自分の爆ぜる魔法で花火を真似ようと試行錯誤した。


 いつしか花火大会でない夜に、おおきな花火を再現した時、闇夜の町に鳴り響く大爆音で大人達が驚いた。

 花火大会でない季節に、次々と夜空に花火を咲かせまくった。


 あとでルルの仕業だということがバレてしまう。

 この時、ルルは汗をかくほどめちゃめちゃ怒られたという。

 

 先の話題の物騒な鬼ごっこで使った、多数の鎧を使役する魔法も同様。

 城内の皇太子殿下暗殺騒ぎにもなりかねない、命なき鎧兵士の使役。

 これも戦乱の世でなければ、全くの無用の魔法である。


 しかも、同時に100体以上の鎧を無詠唱で使役するのははっきり言って禁忌のレベルに達する。


 ルルの場合、モノを使役する魔法は幼い頃、ひとりごっこ遊びの中で会得したもの。


 きっかけは、人形をままごと遊びの相手としてから始まった。

 最初のうちは1体の人形が立ち上がるだけだったが、そのうち、家族が増え、親戚、一族、ご近所さんなんかも登場し、家族から集落、町のレベルを超え、市政の真似事をする市長ごっこに発展する。


 石や土砂、木切れで建物や橋、お城を作り、道を作っては渋滞を再現し、たまに怪獣の襲来と言っては町を爆破するという、とても子供の遊びとは思えないままごとだった。

 繰り返しひとりごっこ遊びをした結果、ルル一人で無数のおもちゃ等を使役して大規模な戦争ごっこまでするようになっていたのだ。


 普通、魔法は呪文スペルを詠唱してから発動するものである。

 詠唱する文脈にある知識と念を口にすることにより、集中力と精神を高め、狙ったターゲットに必要な属性、魔力量、効果、威力などを決めて発するのが通例である。


 ただ、幼少のころから自己流で魔術を得た者は詠唱をしないものが多い。

 というか、身についた経験と勘、コツで発動するため、逆に詠唱自体を苦手としている。

 ルルは、口で「ぱんっ」と言ったり、手を叩いたりしているが、これは猟銃などを見ていて遊びの中で魔法を銃に見立てて発動する癖みたいなものであった。

 当然、無詠唱で爆発を起こせるのも簡単だ。


 詠唱と無詠唱の長所と短所。


 無詠唱の利点は時間を要しないところにある。

 すなわち即発動にある。

 逆に、属性や効果などに得手不得手が起こりやすい。

 経験にもとづく魔法は得意であるが、経験のない魔法は威力が弱かったり、想定外の魔法が発動する。


 要するに、身についていない魔法はほとんど使い物にならないのだ。

 それと、もうひとつの短所は魔力の効率化がし難いこともある。

 魔力量のコントロールが大雑把を言うべきか。

 魔力を無駄に多く消耗する傾向があるのだ。


 詠唱については、詠唱時間がかかる点が最大の難点。

 先制攻撃や連発性が乏しい。

 ただし、知識と理論に固められた呪文スペル詠唱をすれば、必要最低限の魔力で最大の効果が得られる。


 また、詠唱自体を間違えなければ、発動後の効果は想定通りのものになる。

 属性の違う呪文スペルでも、得意不得意があまりないのもメリットがある。


 実戦では、前線での戦いには無詠唱が、後方では詠唱が有利である。


 最近は外国人が帝国に訪れるようになった。

 帝国内でも有力貴族の対立や、アンダーグランドの連中が急激に勢力を拡大している。

 それでも今のところは、帝国ではあまり戦の起こらない。


 たまに姿を見せる竜などの強大な魔物が現れない限り、無詠唱の魔術師の出番はない。

 つまり、ルルを徴用する場面が乏しいのだ。


 ルルは、魔術師の力量は非常に高いのは誰も認めるところだが、この時代ではあまりに歓迎されていない。

 危険な魔術師でじゃじゃ馬なところはあるがそれなりの善悪を知り、なんだかんだ言っても老師を尊敬し、フラウス皇太子殿下とも仲良くしていることもあり、帝国としては特にルルを縛り付けることはしなかった。


 だが老師に対し、莫大な借金を返す義務が生じたため、帰郷後、それなりの仕事を与え、監視することにした。


 そしてルルは宮仕えを解かれ帰郷したのである。


 今年、ルルは16歳になる。

 その借金、11億2300万ジェムを負う。



 西暦2026年。

 日本では、それなりにぶっそうな事件や事故はあったが、概ね平和な時代が続いている。

 海外ではテロや海賊、紛争、国境問題などニュースで騒いて入るが、あくまでテレビの中の世界、映像的には迫力はあるが実感のない問題ばかりだ。


 すさまじい災害に限っては、先の大地震と大津波による体験で、初めて身にしみる実感となって心に深く刻まれた。

 それでも、テレビやネットから流れるニュースは、まったく実感のわかないのが僕の本心だ。


 僕は田舎の港町で船用品納入業を兼ねた船舶代理店業の会社に勤めている。

 田舎の港と言っても、毎日、貨物船、貨客船、漁船などが毎日入出港しているそれなりの規模の港だ。

 商業港、漁港でもそれなりに名を馳せた港で僕は働いている。


 基本的に輸出や輸入の手続き、入港許可などの手続きなどの届け出業務をしている。

 船用品や食料などの物資を積み込んだり、会社経営の免税店の管理、乗組員の食事や土産物などの買物の世話もすることもある。

 まあ、海の御用聞きみたいなものだ。


 今日も快晴、海も青、多少やわらかな波があるが概ねおだやかな水面だ。

 僕は弓浜凪ゆみはま なぎ36歳、独身。

 

 朝早くから白いヘルメットをかぶり、オレンジ色のツナギに着替えて、安全第一でお客様の船を待っている。



 帝国の辺境の港町、ルルの故郷『バウンダリー・ポート』。

 ここは帝国の覇権の及ぶ西方の町である。


 帝国定期客船の船上から眩しい太陽を遮りながら故郷を眺める娘が一人。


「ほお、やっと帰ってきたわ。頑張って借金を返さなきゃ」


 期待を背負って都に行った娘が借金11億ジェムを背負って帰郷する、なんとも情けなくて笑えない話しである。

 当然のことながらこの港町でも、良くも悪くも帝都でお騒がせの若き魔法使いは、すっかり有名人になっていた。


 娘の名は、ルル・バードランド、16歳。

 オレンジ色のローブをたなびかせ、希望を胸に借金を背に背負って、故郷の岸壁に降り立つ。


 11歳で故郷を出て5年間、帝都で得たもの。

 元宮廷魔術師見習いとして魔法をの技術を少々得た。

 フラウス皇太子殿下から友情を押し付けられた。

 皇帝陛下から賜った称号「竜殺ドラゴンキラー」をもらった。

 帝都の人々からは二つ名「猛爆の魔術師」と呼ばれ讃えられた。

 尊敬する老師様クソジジイからは「誤爆娘のルル」の呼称と11億ジェムの借用証書。


 大きな名誉と大きな借金を背負っての威風堂々帰郷である。


 港の岸壁には、様々な船が係留している。

 貨物船、客船、漁船、海賊船、軍艦、交易商船や冒険者の船もある。

 様々な職業と民族の人々が行きかい、物資や商品が降ろされたり積まれたり。


 ルルの実家の家業もそういった物資の手配を生業としている。

 いわば、シップチャンドラーという商売だ。


 「ただいまー」


 岸壁沿いの実家に帰ってきたルル。

 実家の前には馬車の荷台に沢山の物資が積まれていた。

 ロープなどの船用品、野菜や肉など食料品だ。


 店の奥から父と母が出てきてルルを見て驚く。


「おかえり、ルル、まあ、大きくなったわね」


 お母さんは久しぶりに見る娘の成長に喜ぶ。


「ルル、まさかと思うがお前、クビになったじゃないだろうな」

「正解っ! クビになったわ。老師様に叱られてキッチリ追い出されちゃった。あは、餞別代わりにこんなに借金もらっちゃった。てへ」


 父は冗談だろとばかりに苦笑しながらルルの持っていた借用書をみる。

 そして、書かれている金額の桁数を何度も数え、目を白黒させた。


「じゅ、11億ジェムだと?」


 父は、そのままへたり込み腰が立たなくなってしまう。


「お前、一体なにをどうしたらこんなに借金をこさえたのだ?」

「うん、城内で皇太子殿下と鬼ごっこでね、ちょっとね。そればかりじゃないけど」

「お、鬼ごっこで借金ができるわけ無いだろう?」

「うん、殿下に喜んでいただこうかと思ってホンの少しだけ派手にしたら、いろいろと壊れたり、けが人がたくさん出たりしてね。ちょっとばかり修理や治療費がかかったみたい。てへ」


 ルルの父は血圧が即カンスト値を叩きだして、ぶっ倒れた。

 お母さんに抱きかかえられ、部屋の奥で寝込んでしまった。


「ルル、よくお聞き。お父さんがこの通り仕事が出来なくなったので、ルルには手伝ってもらうけどウチの稼ぎじゃ一生返せないわ。どうするの?」

「どうもこうも、あたしはこのバウンダリーポートで働いて返せと皇帝陛下と老師様から命じられているの。だから、明日からばりばり働くわ」


 ルルは危機感ゼロでかるーく答える。


 帝都では無用長物である魔術師としてのルルを帝国の領土の辺境地である田舎にしばりつけておくという目論見があった。

 田舎とはいえ、帝国外の民が出入りする港の防衛にルルの力を組み込もうと考えた。

 それに月に一度、借金の返済をさせつつ、港町を治めるターク伯爵を通じてルルの動向を監視する目的もある。

 皇帝陛下から直々にルルには通常は家業にて働き、ここぞという時に町や港の治安に役立てよ、と命じられている。


「これを運んだら、伯爵様のところと辺境防衛隊長さんのところに挨拶しに行ってくるね」


 といいつつ、馬車から馬を外している。


「ルルや、ウェラム商会の商船に配達するのに馬を外したら運べないでしょ?」

「お母さん、あたしはこれでも宮廷魔術師だったのよ。まっかせなさーい」


 正確には魔術師見習いである。


「こんなの馬より早く配達を終わらせるわ」


 ルルは山積みになった荷物の一番上に乗り座る。


「あ、お母さん。ウェラム商会の船はどのあたりにいるの?」

「南外港よ。当番の衛兵さんに聞けばわかるわ」

「んじゃ、行ってくるー」


 ルルは目を閉じてパンっと手を叩くと荷馬車が動き出す。

 そして、凄まじいスピードで南外港に向かった。


 途中、町の人々が馬のいない荷馬車がすごい速度で走り抜けるのを目撃して驚いたが、荷物の上のオレンジ色ローブを着た赤い巻き毛の娘の姿と荷台に書かれた『バードランド』の文字で、ああ、あのバードランドさんの娘、ルルの魔法かと驚きつつも納得した。


 ◆


 帝国西側辺境の港町、バウンダリー・ポート・タウン。


 ターク・バウンダリー伯爵のお屋敷は町の中ほどにある、立派な洋館だ。

 門は開いているのでそのまま玄関に向かう。

 庭には、動物や魔獣の石像、池にも大口を開けた魔獣らしき石像の口から潤沢な水が溢れだし清水を満たしている。

 その池の中には色、姿さまざまな魚や爬虫類が泳いでいる。

 辺境とはいえ、さすがに伯爵ともなるとそれなりの富を持っているのがわかる。


 すでにルルは配達の仕事を済ませ、老師の命令でターク伯に挨拶せよと言われているためここに来た。


「こんにちわー」


 玄関前で大きな声で挨拶をする。

 しばらくすると玄関の大扉が開き、老齢の紳士が現れた。


「ターク伯爵様、こんにちわ。ルルと言います。宮廷魔導師様の命令で挨拶にきました」

「いらっしゃいませ、ルル様。私は執事しつじのレイモンドと申します。こちらへどうぞ」

「こんにちわ。ヒツジさん」

「ルル様、執事しつじでございます」


 レイモンドは苦笑しながら軽く会釈ををする。

 ルルは応接間に通される。


「お館様をお呼びします。しばらくお待ちを」


 レイモンドは退室する。

 ルルはきょろきょろ部屋を見回し、いろいろな絵画や壁飾り、花瓶など見て、これ壊したらまた怒られるだろうなと考えつつ、ソファーに座った。


 まもなく、応接間の扉が開く。

 さっそうと入ってきたのは、若く精悍な男だ。


「おうっ、よく来たな、ルルちゃん。3日前の定期船で老師殿から手紙が来てたぞ。ふむ、なかなか可愛いじゃないか。君となら結婚してもいいな。はは、おっと、失礼。私がターク・バウンダリーだ。きみのお目付け役でもあり、借金の取り立て人であり、上官でもある。なあに、借金返済の相談と協力もするぞ。よろしく」

「はい、よろしくお願いします……って、上官てなに?」

「ふふん、つまりだ。君は借金が支払い終わるまでこの町と治安のために働いてもらう。これは、皇帝陛下と老師殿の命令でもある」


 あの老師様クソジジイ、あたしにクビと言っといて自由にさせないつもりだわ。


「あの。わたし、家業を継いで借金を返さないといけないの。老師様にも、マジメに働いて返すようにと……」

「ふむ。現実的に考えても11億ジェムの借金なんてそう簡単に返せないぞ。そこでだ。君には、普段は実家の商売を大いにして頂き、必要に応じて君に任務を命じる。なーに、非常勤職員としての仕事だし、その仕事はきみの魔法とかが役に立つ内容のものしか任せないから安心しろ。当然、一定額の報酬と成果報酬も支払うぞ」


 なんか、あやしい。この平和な時代にあたしの魔法はあまり役に立たない。

 老師様クソジジイも「ルルの才能が埋もれてしまってもったいない」と嘆いてたし。


「あたし、役に立つかしら。まあ、お金を稼げれるならいいんだけど」

「ふむ、このバウンダリー・ポート・タウンを守るだけの簡単な仕事だ。四六時中警備しろってわけでもない。仕事のない月でも5万ジェムを支払うし、仕事があれば、それに応じて成功報酬も支払う。君に出来る仕事しか回さないので楽だぞ。というか、これは皇帝陛下の勅命でもあるから選択肢は一択しかないがね」

「わかりました。あたしは従うしかないのね」

「そうそう、物分かりがよくてよかった。私はてっきり暴れて拒否するのではないかとヒヤヒヤしたんだ。ははは」


 きっと、老師様クソジジイがつまらないことを吹き込んだのだわ。


「あ、あたしは、生まれ育ったこの町で無茶をしたくないの。そしてそれなりの常識も知っている真面目な小娘でしかないですわよ」


 ルルは笑みを浮かべつつも、怒りじわをピクピクさせて言う。


「これは、私からの提案だが。ルルちゃん。きみの借金の負担を軽くするためにも私と結婚しないか? これでも私は23歳、独身でね。さすがに全額は無理だけど、君の人生を結納として買い取る意味で2億ジェム払うよ」

「お断りします」


「ふむ、即答か。まあ、よく考えてくれ。君は可愛いし、非常に気に入ってる。私も周りの連中は早く結婚しろとうるさくて困ってるしね」

「あたしはまだ自由でいたいわ。ただでさえ、借金と御役目で縛られつつも息苦しい皇城から開放されたばかりだし」

「仕方ない、気が変わったらいつでも言ってくれ。それと、通常、君に仕事を出すのは西方辺境警備隊の隊長のタマ騎士爵だ。少しアレなところがあるが、ここぞというときは頼りになる有能な奴だ」

「アレって何ですか?」

「まあ、その、アレはアレだ。だが、奴の仕事は間違いないから気にするな、以上だ」


 ターク伯爵はわかりやすいぐらい思いっきりごまかし濁した。

 ルルは、挨拶をそこそこに、タマ騎士爵のいる、西方辺境警備隊の官舎に向かった。



 西方辺境警備隊の官舎。

 ここは、沿岸や港湾の警備をメインに、税関と検疫も兼ね備えた官舎だ。

 2階建の木造の官舎は長年の潮風と風雨にさらされた感じで今にも崩れそうだが、玄関を入ると意外と堅牢に作られていた。

 ルルは小さい頃から、親の仕事のお手伝いで何度も訪れたことのある馴染みのある建物だ。

 ただ、ここに辺境警備隊の隊長がいるなんて今まで知らなかったし、当然会ったこともないと思う。


 玄関すぐの受付の奥に獣人族のお姉さんが帳簿らしきものに書き込みしながら座っている。

 ネコミミからネコ系だとうことはわかる。

 受付兼事務員らしい。


「こんにちは。あの、ルル・バードランドですが、タマ隊長はいらっしゃいますか」

「いらっしゃい、隊長はおりますが、今、大丈夫かしら」

「えっと、皇帝陛下と宮廷魔導師様とターク伯爵からタマ隊長に会うように言われましたけど」

「ええっ、陛下ですって? 」


 ルルは、陛下からの勅命の書かれた手紙と老師の紹介状を受付に渡す。

 ネコミミの受付のおねえさんは驚いて、すぐに手紙などを返す。


「あ、あの。勅命書と紹介状は、ルル様から直接隊長にお渡しくださいませ。ええっと、隊長室に案内します」


 何時もなら1階の税関の窓口しか用がなかった建物だったが、今日はじめて2階に上がる。

 廊下側面に並ぶ扉には、監視隊詰め所、沿岸警備隊詰め所、検疫官室と書かれている。

 港を守る機能がここに集約されていた。

 そして廊下突き当りの扉の前に、西方辺境警備隊隊長室があった。


 案内してくれた事務員のおねえさんがノックする。

 暫く待ったが反応がない。

 再度ノックする。


「タマ隊長、皇帝陛下の勅命書が届きました」


 静かである。

 おねえさんは、んー仕方ないわね、とつぶやく。


「隊長、大変です。本日は久々のマグロが大漁にございます。我々は至急、視察に行きますので隊長は留守番願います」


 にゃー!

 ばーん。

 暫く開かずの間と化した扉が勢い良く開く。

 現れたのは、これまたネコミミのおねえさんだ。

 事務員のおねえさんよりも、ずっと背が高い。

 港でみる警備隊制服に金の紐やら、勲章やらが付いた分、少し豪華にしたような制服を着ていた。


「マグロが大漁とな!? そんなけしからん事件、自分が直々に検分をだな……」


 ルルは、すっと勅命書をネコミミの目の前に突き出す。

 封筒に勅命の2文字。


「ミーア、マグロの検分に自分も行くぞ」

「マグロなどどこにもありません」

「おのれ、ミーア! だましたな。……寝る」

「タマ隊長、このルル様が帝都より陛下の勅命書をお持ちになられましたのですが」

「あとで見る……寝る」


 タマ隊長は眠そうに踵を返し、部屋の中央のコタツに潜り込む。

 

「てか、なぜにコタツが?」

「隊長はコタツでないと眠れないのです」


 ルルはこの数分間に起こったことについて、ツッコミどころ満載すぎて困ってしまった。


「隊長はもともと雪の多い北方辺境出身でして。生活にコタツは欠かせないのです」


 少し理解した。


「隊長は基本的に夜行性でして。通常は夜に勤務なさるのです。ですから、日中に寝ているのです」


 多少理解した。


「隊長は皇城からこの西方辺境に左遷されまして。好物の鮮魚しか楽しみがないと本気でおっしゃってます」


 大体理解した。


「隊長は有能な近衛兵中隊長でしたが少しアレなところがありまして。中隊長の任務を解かれ、帝国に対して忠誠心が爆下げしたのです。おかしな言動が多いのも、左遷による逆恨みというか、なんというか」


 完璧理解した。


「隊長は……ああっ、ふにゅあぁー」

「客人にイランことを言う娘はお前か、ミーア。教育が足らんようだな。ここか、ここをじっくり教育してろうか」


 ネコミミ事務員の名前はミーアというらしい。

 コタツにもぐり込んでたはずの隊長はいつの間にかミーアの背後から抱きつき、ネコミミをねっちり指を絡めて弄んでいる。


「隊長、ですからお客様が来ていますってば。ふぁあぁー」

「あのっ、ルル・バードランドといます。陛下と宮廷魔導師様とターク伯爵様の命によりきました」

「おお、君が噂のバードランドとこの誤爆娘か。皇城ではずいぶん派手な活躍をしたらしいな。ふふん、かわいいいなあ、君も耳をふぅーしてやろうか、ん?」

「なっ、なんで誤爆娘なんて言葉知っているのっ」

「自分の同僚にはな、皇帝直属の隠密部隊にいる奴が多いんでな、ふふん、獣人族をにゃめんなよ」

「それじゃ、機密がダダ漏れじゃないですかっ!」

「しらん、自分には民衆を守る正義はあっても帝国への忠誠心は1ミリたりとも持ち合わせていないわ。なあ、ミーア、ふうぅー」

「うひゃああ」


 タマ隊長はミーアのネコミミに息を吹きかける。


「た、隊長、そんなことをするから皆んなから隊長はアレだと言われるのです」

「言わせたいヤツは言わせればいい。なんだ、ミーアもアレだと言ってたな、ケシカランやつだ。こうしてやる」

「ふにゃぁ」

「ルル、一応言っておくが、自分のコレこれはパワハラじゃないぞ。正真正銘のセクハラだ。間違えるなよ」


 真顔でどうでもいいような、変なことを自信満々で言い放つ。

 しかも、ミーアのネコミミをずっと弄んでいる。

 ルルの中の理性がここにいると道を誤ると連呼していた。


「あのう、今日は挨拶に来ただけなのでこれで帰ります」

「まあ、心配するな。委細はターク伯殿から聞いているから大丈夫だ。なあに、君には悪いようにはせん、可愛がってやるから安心しな」


 いや、いらないし。


「では、失礼しました」


 ルルとミーアは隊長室から出ようとすると、タマ隊長が声をかける。


「ま、まて、ミーア。早うここにこい。教育がまだ済んでおらん」

「いやです。仕事がありますので失礼します」


 タマ隊長は素早くコタツに入って自分の隣側のコタツ布団を開けて待っていたがミーアに即断られてしまった。


「な、ならばルル、君とゆっくり話をしたいのだが。早う、早うここにこい」

「断固お断りします」


 アレな隊長から仕事の指示が来るのかと思うと頭が痛くなりそうになるルルだった。



 真夜中。

 ルルの実家、バートランド家の前の岸壁でルルはひとりで思案している。


 両親とルルだけでは大きく儲けられるはずはない。

 なにせ、11億ジェムの借金を早く返済して自由になりたいからだ。

 とにかくどんどん仕事をこなして稼がなくてはならない。


 いきなり、人を雇うのはきっと反対されるだろう。

 きっと経費は抑えなさいと言われてしまう。

 得意の魔法のひとつ、使役の術も考えたが、大雑把な行動しか出来ない。

 できればそれぞれの現場で細やかな判断の出来る有能な助手を使いたい。


 ルルは帰郷した時に持っていたカバンを漁る。

 カバンをひっくり返すと沢山の羊皮紙の巻物が出てきた。

 これは、ルルが退職金代わりにと老師の部屋からかっさらってきた、様々な呪文の巻物や魔法陣などである。


「んー、召喚の巻物はと……悪魔召喚や魔獣召喚は騒ぎになるし、なにかいいものはないかなっと」


 巻いてある紙を一枚一枚確認する。


「これがいいかな。『奇跡の召喚』はたしか、呪術者の魔力全部を引き換えに出来るだけ願いに沿ったものを召喚使役するというやつだわ」


 『奇跡の召喚』という魔法陣。

 詠唱や無詠唱では出来ない、高度な召喚魔法である。

 特殊なインクを使い、緻密で複雑な魔法陣を描いた羊皮紙に呪術者のありったけの魔力を込めて発動する魔法だ。


 現在、この複雑な魔方陣を描ける者は老師以外はいないと言われている。

 老師は職務の合間に書き続け、半年から一年かけてやっと描き上げる、手間暇かけた貴重な魔法陣である。


 魔力を込める際に、出来るだけ細かく希望を告げて発動するだけの簡単な魔法であるのが発動者の魔力量に応じて、願いに近いもの、有能だったり、強力なものになったりするのだという。


 魔力量が問われるものではあったが、魔力に自信のある魔術師や魔導師、賢者と呼ばれる者達には喉から手が出るほど欲しい呪術である。

 老師はこれを描きあげて売ってはルルの後始末しゃっきんに当てていた。

 その販売価格は3億ジェム。


 実は、すでにこのスクロールには発動者の名前が記載されており、その名前がルルになっていた。

 老師はルルの底知れぬ莫大な魔力を使って、何かを召喚して使役しようと考えていた。

 ルルほどの魔力量であれば神話や伝説に出てくる魔神精霊や竜などを使役できるだろうと。

 しかし、ルルが召喚させることもなくお役御免となり、そのままにしたものだという。

 この召喚魔法で有能な助手を召喚することにした。


 ルルは老師の話を思い出し、老師をおだてて聞き出した召喚の呪文スペルのメモを見て念入りに確認する。


 家の前の岸壁で羊皮紙を広げる。

 四隅に小石を乗せ、深呼吸をして魔力をこめる。

 最初に意味の分からない古代魔族語から唱える。


「バスポー キメリエリン コペーヨーハン エネシア モメト ターム リックター ラング」

「神よ。奇跡の盟約により我の願う者を呼び給え」


 拡げた呪文の書の魔法陣にルルの魔力がどんどん吸い込まれる。

 貧血を起こしたような目眩がしだした。


「願いを乞う。えーと、あたしの家業のエキスパートであること。真面目であること。モノを壊さないこと。迷惑をかけないこと。知識を持つこと。楽しいやつであること。勇気があること。年下であること。男の子であること。イケメンであること。ちょっとだけエッチなこと。あわよくばあたしの旦那さん候補であること。きゃは」


 後半はルルの個人的な好みであった。

 羊皮紙は熱を帯び、こげ茶色に変色する。

 魔法陣上にルルの魔力が集まり、光がばちばち弾けた。


「以上、願うものを呼び給え」

「ノレビス オリム テレーク ヒーミ ポークセス ラリム テレビス」


 まばゆい閃光があたりを照らした。



 日本。

 久しぶりの登場に戸惑う、弓浜凪ゆみはま なぎ36歳、独身。

 真面目であるが決してイケメンでない。

 彼はオレンジ色のツナギを着て白い安全ヘルメットをかぶり、岸壁に立っている。

 もやい取りという仕事をするためだ。

 「もやい」とは、船の係留用のロープのこと。


 オレンジ色のツナギ。

 この目立つ色により、作業者がいるということを際立たせ安全をはかる。

 物陰とか薄暗いところどでも見える色だからだ。


 片田舎の港にフェリーが入港する。

 フェリーから投げ出されもやいロープを彼は引っ張りあげ、ボラードにかける。

 ボラードとは岸壁に設置してある鉄製の設備で船を係留するロープをかけるためのものだ。


 フェリーは慣性を止めるため、スクリューを逆回転させる。

 そして徐々にフェリーは接岸を果たす。


 弓浜凪にとっては毎日定時の業務だ。

 最初は一本のロープを頼りに大きなフェリーが接岸するのに感動したものだったが、今ではたんたんと鼻歌交じりでいとも簡単にこなしていった。

 実際、もやい取りという仕事投げられたロープをボラードに引っ掛けるだけの簡単な仕事だ。


「凪、簡単な仕事でも気を抜くと命にかかわるぞ」


 先輩によく言われる言葉である。

 キズがあったり、波や海流などの力による負荷でロープが切れたりすると危険だ。

 高切れした場合、つまり、岸壁側でなく、船寄りで切れたら野球のバットほどの太さロープがボラードめがけて飛んでくる。

 そこに人間が立っていたら死傷するほどの事故になりかねない。

 いつでも逃げられるよう、気を引き締めろと先輩は言うのだ。


 今日はいつもどおり事故なく普通に接岸が完了した。


 弓浜の携帯に着信コールがかかる。


「おい、凪。フェリーが終わったら4号埠頭に行ってカモメ2号のもやいを取ってくれ」

「了解です、先輩」


 弓浜凪は会社の軽トラに乗って4号埠頭に行く。


 一キロ先にちいさな曳航船が大きな貨物船を引っ張っているのが見えた。

 あの40フィートコンテナ満載の貨物船がかもめ丸である。

 かもめ丸は、先ほどのフェリーと比べ小回りがきかないため、曳航船えいこうせんで慎重に引張り、もやいを取る。


 貨物船かもめ丸のロープはとても太い。

 フェリーのロープを2本撚り合わせたような太さだ。

 投げられたロープの先端は岸壁の上に投げられたが、たるんた部分は海上に落ちている。

 当然、たるんだ部分の重さに先端部分も海側に引っ張られる。

 弓浜はその先端が海に落ちる寸前で掴んだ。


 ロープを海に落とすと再度投げてもらう必要がある。

 そのときは大体、投げた船員から罵声が飛んでくる。

 だが、先輩は。


「無理するなよ。落ちたら水流やスクリューに巻き込まれて死ぬぞ」


 これも先輩の言葉である。


 弓浜凪は重々肝に銘じているが、この世界に入って10年以上のベテランであるという自負でつい無理をしてしまった。

 急いで掴んだロープに引っ張られ、海に落ちてしまったのだ。

 巨大なスクリューが海中をかき乱し、更に巨大な質量が岸壁に迫る。


 やべえ、このまま死ぬのか……まだ死にたくない……。


 弓浜凪は、意識は泡とともに強烈な水流によって海底に沈んでいった。


 すぐに海上保安庁が駆けつけ救助のための捜索したが、とうとう弓浜の姿を見ることはなかった。



 ルルは召喚魔法の閃光に包まれていた。

 あまりの眩しさに眩んで思わず怯んだ。

 魔法陣の描かれた羊皮紙は発火して一瞬で燃え尽きる。

 脈動する閃光のピークが過ぎ、徐々に収まっていく。


 光が収束して、召喚したものの姿が顕わになった。

 それは、白いヘルメットと見たことのないオレンジ色のシャツとズボンがつながった奇妙な服を着ている男の子だった。

 その子はびしょびしょに濡れ、気を失っているようだ。


 ルルの方は全ての魔力を絞りつくし、気を失った。



「おい、君、大丈夫か?」


 ルルは自分の体を揺さぶられていることに気づく。

 まだ、ふらふらするが目を覚ました。

 体を揺すっていたのは、召喚した男の子だ。

 ルルも気を失っていたが、彼のほうが早く目覚めたようだ。

 すでに辺りは明るくなって日が昇ってきた。

 夜に召喚魔法して気を失ってからずっと寝てたらしい。


「おお、気がついたか。なあ、君。ここはどこだ?」

「んー、ここはバウンダリー・ポート・タウンよ」

「バウンダリー・ポート・タウン? 外国か? いや、普通に日本語だし……でもきみや他の人は髪の毛の黒い人がいないし」


 ルルは男の子の黒い髪の毛に驚く。

 彼もルルの赤い巻き毛に違和感を違和感を感じている。

 ルルの知る限り、帝都にいた頃でも黒髪の人は誰一人会ったことがなかった。


「あなたの黒い髪の毛って珍しいわね。召喚した精霊か何かだからかな?」

「いや、僕は普通に人間だし。日本人の髪の色はみんな黒いに決まってるでしょ」

「日本人? 外国から召喚されたのかしら」

「いやいや、意味分かんないし。そうそう、君の名はなんていうのかい? 僕は弓浜凪ゆみはま なぎというけど」

「あたしはルルよ」

「そうか。歩けるかい?」

「ええ大丈夫よ」

「そうか。じゃあ、僕は帰るからね。ばいばい」


 ええっ? せっかく高価な呪文書と全魔力を消耗して召喚したのに帰っちゃうの?


「ちょ、待って。ユミハマナギ」

「ん? いきなり呼び捨てなんて失礼なお嬢ちゃんだな。ああ、外人だからいいのか。ナギと呼んでくれ」

「ナギ、あなたに仕事させるために呼んだのよ」

「なんだって? あはは、僕はお嬢ちゃんに使われるのか。おじさんをからかうのは関心しないな」

「おじさん? そんな若いおじさんって、頭大丈夫? ナギはどう見てもあたしより年下じゃない」

「僕が? お嬢ちゃんより? これでも僕は今年36歳だよ。お嬢ちゃんこそ僕よりずっと若く見えるよ」

「さ、36歳? それ本当なら、おっさんじゃない!」

「だから、おじさんと言っただろ」

「で、でも、その36歳のおっさんが子供になったなんてことがあったら、あたし異端の罪で死刑になるかもしんない、どうしよう……」

「お嬢ちゃんのいう魔法とやらで若返ったんだからいいんじゃないか。ははは、僕的にはOKだしね。まあ、魔法なんて言うこと自体、恥ずかしいからやめような」

「そうじゃなくて。若返りは不老不死につながるのよ。わかる? 『不老不死は神が創った生命のなせる業にあらず、すなわち神への冒涜なり』と、老師様から教わったわ。そんな魔法も研究も悪魔の所業、異端として認められないのよ」

「わ、わかった。お嬢ちゃんの言うとおりなら秘密にしよう」

「それと、ナギにはお嬢ちゃんと言われたくないわ、ルルと呼んで。そうだ、ちょっとここで待ってなさい」


 ルルは少しふらつきながらも、家から手鏡を持ってきてナギに渡す。

 やれやれつきあってやるか、と思いながらナギは手鏡を見る。

 当然写っているのは自分の顔だ。

 いや、なんだか違和感が……。

 その違和感、めちゃめちゃ若返っていることに気がつく。


「な、なんと!?」


 頬や顎は全くの肌色でつるつる、ヒゲ一本生えていない。

 そう言えば、ぴったりだったツナギがだぶついている。

 ツナギのファスナーを下げ、体中触わってみる。

 ……すべすべだ。

 ついでにあそこも確認。

 ……見かけは子供、あそこも子供。


「ああ、子供の顔だ。なんか悪い夢でも見ているようだ」


 弓浜凪、ここではナギ、どうしてこうなったのか、じっくり思い出してみた。

 そういえば、かもめ丸のもやい取りに失敗してロープに引っぱられ、海に落ちたとこまでは思い出した。


 むにっ。


「いてっ! なにするんだよ」

「夢でないことを教えただけだわ」


 やばい、マジだこれ。


「わ、分かったから、僕のほっぺを開放してくれ」

「夢でないことを理解したなら、今日から働いてもらうわ。ナギを呼び出すのに超高額の呪文を使ったのだから頑張ってね」


 それ勝手にタダで持ちだしたものだ。


「いや、その、夢でないことは理解したが。僕は、生きていることを職場や家族に知らせなくてはならない」

「なにいっての? ばかなの? 死ぬの? ナギは私の助手として召喚したのよ」

「召喚って、お嬢ちゃん、いや、ルル、どうやら君は残念な娘に育ってしまったようだ。その年で魔法とか召喚とか真顔で言ってると、こじらせた君の厨二病がいつまでたっても治らないよ」

「それ、馬鹿にしてる? あたし、こないだまで帝国の宮廷魔術師(見習い)だったのよ。皇帝陛下から『竜殺ドラゴンキラー』という名誉ある称号も貰ったんだから」

「ははは、皇帝陛下とか帝国とかドラゴンキラーとか。なんていうゲームのタイトルなんだい? 僕も嫌いではないが、ここで真顔でいう話じゃないと思うけど」

「あったまにきた! 今からあたしの魔法を見せてやる!」


 ルルは周りを見回し、岸壁に放置された朽ちた樽を睨む。

 右手で親指と人さし指だけ立てる拳銃のポーズで狙いを定めた。


「ぱんっ!」


 ずばん!


 樽は、木っ端微塵に消し飛んだ。

 細かい破片がナギの頬をかすめ、すっと血が滲み出る。

 樽が派手に爆散した瞬間にナギは腰を抜かしその場にへたり込んだ。


「なっ、なんという手品だ?」

「まだ信じられないの? なら、これならどう?」


 ぱぱぱぱぱぱんっ!


「うわっ、やっ、やめて」


 ナギは慌てて立ち上がる。

 ナギの足元に、見えない銃弾が打ち込まれたように爆ぜまくった。

 たまに、ナギの足やすねにも当たりとても痛い。


「わかった? あたし、爆発させる魔法が得意なの。帝都でついた二つ名は、猛爆の魔術師なんだから」

「わ、わかった。どうやらルルの言うとおりだ。……僕は海に落ちてから頭がどうにかなったらしい」


 目の前で起こったルルの魔法にナギの心のなかでは全く受けいれられなかった。

 ナギは頭を抱え、がっくりと絶望に打ちひしがれてしまう。


「ナギ、あなたはとにかくここで働いてもらうわ。借金を払い終えたらあなたは自由にしてあげる。家に帰れるように老師様に頼んであげるわよ」

「借金? だれの?」

「あたしが作った借金が少しあるのよ。ナギは借金返済のために魔法で呼び出したのだから」


 なんでルルの借金を僕が返すハメになるのだ?

 ん? いや、まてよ、僕は海に落ちたのにもかかわらず、死なずにいたのはこのルルのおかげなのか?


「いくら借金したの?」

「……ちょっとよ。たったの11億」

「11億? た、単位は? まさか、円とかドルじゃないよな。ジンバブエドルとか、南米のどっか国みたいなの超インフレ通貨だよね?」

「ジンバブ? チョウインフレ? なにそれ、美味しいの?」

「いや、その、質問を変える。ルル、その11億のお金でなにが買えるの?」

「たぶん、お城が買える、と思う」

「なっ、なんだって?」


 ナギの頭の中で夢の国であるネズミー王国の城が展開される。

 強気だったルルは途端に弱気になる。


「なあ、お城って、ちょっと贅沢なおもちゃのお城とかだよね? ね?」

「う……普通に……お城よ」

「まじかよ……」


 そんな借金、返済できるのか?

 自己破産しちゃえよ。

 ……そんな制度なんてないか。


「なあ、ルル。僕はここの人間でないないようだ。そして非常に混乱している。僕の中では受け入れられず納得出来ないことだらけだ」


 ナギは手のひらを額に当て、暫く目をつぶる。


「お願いがある。僕を港の埠頭に連れてってもらえないか」

「海に飛び込まないって約束したらね」

「死にたくないし、逃げることもしないよ。海が見たいんだ」

「そっか、わかった。そうだ、この荷馬車に乗って」


 ナギは荷台に乗る。

 ルルもついて乗った。


「ん? 馬は?」

「いらないわ。こうするの」


 ぱん!

 ルルは手を叩くと馬のいない荷馬車が動き出す。


「おお、これもルルの魔法か。すごいな」

「ええ、そうよ。加速するからしっかりつかまってなさい」


 いきなり、加速する。

 振動も強烈になり、時折、荷馬車が跳ね上がり、荷台から振り落とされそうになる。


「えっ、あ、おっと」

「舌を噛むわよ、だまっt……はぎゃ」


 早速ルルは舌を噛んだ。

 そして港の最先端白灯台の立つ埠頭にたどり着く。

 目を細め、遠くの景色や足元、落ちているゴミを拾ってじっくり観察している。

 その目で見た事実にナギは改めて驚く。


 遥か先まで続く弓なりに湾曲した砂浜。

 その遥か先に見える大きな山。

 背後には大きな河川のような水道。

 いつも見慣れたその水道を架ける鉄橋はない。

 その河川の向こう岸を仕切るような山とその稜線。

 山の上にあるはずの航空自衛隊のレーダー基地はどこにもない。


 埠頭はコンクリでなく、緻密に組み上げられた石で出来ている。


 地形と風景はほぼ同じ。ただ、近代的な開発はされていないだけ。

 元いた故郷によく似ている。


 これは一体?

 ここは過去ではない。

 過去にさかのぼったとしたら、元いた故郷は海だったはずだ。

 砂が堆積して人が住むようになったと学校とかで習っている。


 未来でもない。

 それならば、建造していた巨大なケーソンや無数のテトラポットが残るはずだが、そのコンクリートの欠片すら見当たらない。

 木片ゴミは落ちているが発泡スチロールやビニール、プラスチックゴミなんかはどこにもない。


 最初にルルと出会った岸壁沿いの建物や船はどこか古めかしい木の船ばかり。

 馬車、牛車、リアカーはあるが自動車はない。

 FRP船や近代的な艤装した船はどこにもない。


 ここは、ナギの異なる故郷。


 ゲームとかラノベで言うところの異世界かパラレルワールドみたいなところなんだろう。

 どっちにしろ、簡単には帰れそうもないし、あっちでは僕の体はもしかして海の底のままかもしれない。

 すでに死んだ人間として焼かれ、墓に葬られているかもしれない。


 あの時、たしかに僕は海に落ちた。

 巨大な貨物船のプロペラが作る水圧をともなった水流に巻き込まれ、生還できる可能性は絶望的にないはず。

 だけど僕は今、ここで生きている。

 僕が死ぬ間際にルルが魔法で呼び出した。

 死なずにいられたのはルルのおかげか。

 無事に帰れるのならば帰りたい。

 その時まで生き延びよう。


「ルル、いま納得した。君はどうやら命の恩人のようだ。僕は別の世界で仕事中に事故に会い、君に呼び出されたことで命を助けられた。似たような港湾の仕事を経験している。それなりに君の手伝いが出来ると思う」

「そう、納得したのね」

「だから、これからよろしくな、ルル」

「あたしこそお願いね、ナギ」


ルルとナギは固く握手した。

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