メリィさんとクリスマス
「ねーねー、知ってる? この学校にね、“メリィさん”が出るんだって!」
――メリィさん?
「そう! 毎年クリスマスに特別補講やってるじゃん? 近年それに出た生徒が遭遇してるんだって~」
――それって電話の“メリーさん”とは違うの? ……ほら、『I'm Merry……』みたいなの。
「あはは! それとは違うってよ? てか“メリーさん”って英語で話さないよ~」
――ふぅん。“メリー”なのに変なの。結局そんなのただの作り話ってことか。
「夢がないな~。あぁいうのはドキドキ感? 緊張感? 的なのがあるから面白いんじゃない。つーか、あんたさ。特別補講受けるように言われちゃったんでしょ? 良かったじゃん。“メリィさん”と会えるかもね」
――……そんな何をされるのか意味不明な人と出会いたくはないよ。
「まぁまぁ、そう言わないの。今回あんたが受ける羽目になったのは転入してきたばっかだってのもあるんだし、先生も軽めで許してくれるっしょ――……そんじゃ、がんばじゃぞーすっ」
――ぞーす……。
***
そんな話を聞いてしまったら嫌でも“メリィさん”のことを考えてしまうではないか、とクラスメイトの女子に若干の恨みを募らせるボクは、先程の彼女の言葉の通り、最近こちらにやって来た。そして、転校して早々に、特別補講なるものに出なければならなくなったのだ。
「面倒だなぁ……しかもなんでクリスマスなのさ」
せっかくのお祝いも楽しめないではないか。
まぁボクには、聖夜を共に過ごすような恋人はいないし……ってそもそも何で日本にはそんな習慣があるのだろうか。ボクの中の『日本の三大疑問(仮)』の中の一つだ。
ちなみにといったらあれだけれども、本日は12月22日。終業式だけやってすぐに下校、とあっけない日だった。つまり、補講の日までは三日ある。
――ということは、することはただ一つ。
「“メリィさん”対策、考えなきゃなぁ」
***
「むむむむむ」
何にも思いつかなかった……。
別に“メリィさん”が怖いなんてことではないが、もし遭遇してしまったらどうするかな。一応塩は用意してみたが。
んー……。
うん。
「考えても仕方がないか」
意外と潔い性格なのだ。
家族に怪しまれたが、塩を一瓶持ち出して学校へ。
そして、特別補講が終わった。
「……え?」
あれ。あれあれ。結局“メリィさん”の「メ」の字も出てこずに終わってしまった。どういうことだ。
やはり、クラスメイトの女子(名前は覚えていないので今後クラ子とでも呼ぼう)が話していた噂は冗談だったのか。おのれ……。
でも、何事も起こらなけばそれで済むのだ。
そして、クラ子と口を利くのはしばらく控えよう。
そう心に刻んでから、ふと「そういえば今朝以来トイレに行ってなかったな」とか思っちゃって、ボクはその思考の通り、下校する前にトイレに行ってしまったのだ。
それが、穏やかに終わるはずだった一日を、
ある意味で終わらせてしまう行為であることを知らずに……。
***
「はぁーっ」
やはりトイレは落ち着く。
なんといっても、この最後に手を洗うという動作が良い。
こうやって水を流してると、自分の中の雑念も流れていく感覚がする。家では自重するが、場所が学校だということもあり、思わずぼーっとしてしまう。
やはり、転校というものは慣れない。
学期末に越してきたから友人もまだいないし。
クラ子……は、どうなんだ? 友人なのだろうか。
そういえば、特別補講は、ボクの他にいたのは2、3人だったな……。
全校生徒の中でそれだけしかいなかったのか。やったのもプリントだけだったな。
そんなことを黙々と考えつつ、そしてそれさえも水に流れそうになった時、
彼女は現れた。
「みいつけた」
突然、背後から声が聞こえた。
しかもかなりの至近距離で、だ。今の今まで気配を全く感じなかった!
もしかして、今後ろにいるのが“メリィさん”……!?
「ククク……」
意外と悪人のような笑い方をする。声を聞いて、やはり女性だろうと確信する。
「いやはや、君がひとリになるちゃんスをマっていたよ……」
くそう、手を洗うために屈んでたせいで顔を確認できない。折角目の前に鏡があるというのに……!しかも手は水に流しているところだから制服のポケットの中に入れた塩にも手を伸ばせない!
「大丈夫だよ、スぐ楽になるから。オびえないでいれば、ちゃんとメを開けていれば苦手なこともちゃんとデきるようになってるものよ、人間って」
……ん? 今さらだけど、何か口調がおかしいな。外国人設定でもあるのか?
それに言っていることが……。
「トころで、君は何でこんなところにいるの?」
……え、何でって……。
あれ?
確かに普段、ボクは学校にいる間トイレを利用しない。
じゃあ何で今日は行こうと思ったんだ?
――もしかして、“メリィさん”がボクをここに誘ったとでもいうのか……!?
「くく。そウだったら面白いけど、残念ながらそんなことないよ」
なんか読まれてる!?
「いや、今のは君が普通に喋ってたよ。あと、今日トイレに行こうと思ったのは人がいないからだと思うよ。普段は利用者が多いから、まだここに来たばっかの君にとっては来にくかったんでしょうね」
「は、はぁ……」
なんか微妙な片言言葉も崩れてしまっていることは突っ込むべきなのだろうか。
やめとこ。
「それにしても、あなたこそ何でこんなとこにいるんですか? “メリィさん”」
「およよ? 私のことご存知?」
本人確定してしまった。
こういうホラー的な存在の方ってこんなにフレンドリーなものなのか。
さっきから水流してて屈んでいるせいか、そろそろ手が冷え切って腰も痛いんだよな。
鏡で後ろ見るの怖……くないけど、覚悟を決めるか。
「まぁ、噂はクラ子からうるさく聞かされたので」
「クラ子? ……じゃあ私の正体も知ってるよね?」
……正体?
「それってあれですか? 昔捨てられたお人形とかですか? ボクそういうもので遊んだことないですよ」
「んん? おっと、知らない感じなのか。別に私、人形じゃないよ。くくくっ」
「え」
その時、思わず顔を上げてみたら。
鏡に映る自分と、
「そういえば、君ってボクっ娘なんだねぇ。私初めて会ったわぁ」
「あ……さっきの」
先程一緒に補講を受けていた人だった。
その時頭によぎったのは。
『特別補講やってるじゃん? 近年それに出た生徒が遭遇してるんだって』
特別補講。
近年現れる。
そりゃそうか。
「それじゃあっ今日お会いできたのを記念して! これから補講を一緒に受けた子たちも交えてお茶でもしに行かない? どーせこんな補講に来るくらいだから今日暇でしょ? くくくっ」
クリスマスに出会った栗野芽莉先輩は、三年連続で補講を受けている常連で、補講仲間を度々お茶に誘う意外にも良い人だった。
ホラー扱いしてごめんなさい。
お茶美味しかったです。
おわり!
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ボクちゃんは先輩やお仲間さんたちと一緒に、穏やかでなくとも楽しいひと時を過ごせたと思います。
私も美味しいお茶を飲みたいです。
それでは、皆様にとってよいクリスマスとなりますように。
メリークリスマス!