『postman/~』一通目 いやいや 第五輪 『ポストマン /~ 一通目』
うんざりするほど同じことの繰り返し。鬱々と過ぎる日々、たった一年で希望や情熱なんてものも失せた。
郵便物を届ける毎日。そう毎日だ。今日も配達、明日も配達。記憶が正しければ昨日も配達していたはずだ。
楽しいことなんてほとんどない。もちろん、恋人だっていない。
『postman/~』一通目 いやいや
第五輪 『ポストマン /~ 一通目』
真夏の午後、燦々と降り注ぐ太陽の光は
自転車をこぐ力を奪ってゆく。え?なんで自転車かって?
それはただいま絶賛免停中だから…
『クロヤギ。貴様には郵便局員として自覚が足りんのだ。免停中はしっかり自転車で配達して反省しろ!!この馬鹿もんが』
係長の罵声が局内に響きわたったのをよく覚えている。
俺は黒柳達哉。ただの郵便配達員だ。局ではクロヤギなんて呼ばれてる。
黒ヤギは配達しねえっての。配達された手紙を喰うのがお決まりだつんだ。
そんな皮肉たっぷりのあだ名にももう慣れた。
それにしても真夏の自転車配達は頭がおかしくなりそうだ。
本当に後ろの箱の配達物を喰って消してしまいたい気分だ。
まぁ小心者の俺には出来るわけないけど…
午後の配達、最初の難関に差し掛かるマンション街に突入だ。
この地域にはマンションが多く立つ。分譲マンションに賃貸マンション。数棟が軒を連ねる。
その入口にある不精者の管理人がいる賃貸マンション。
「おっ。あの管理人、珍しく外にいるな。」
一人でつぶやく。
物陰からビシッとスーツを着込んだ偉そうなおっさん。
「納得~。とうとう誰かちくったか。ははっ」
『郵便で~す』にこやかに言う。
「ご苦労さん」スーツのおっさんが答えてくれた。
管理人のじじいはというとおっさんの後ろで不貞腐れている。
さっさと片付けて次のマンションに行くかめんどくせえけど…
マンションの四階まで無事に完了。五階の一室に速達が届いている。何度か配達に来たことがあるがたいがい留守が多いかった。
半年位前に一度だけ住人に手渡ししたことがあるが同年代の男の一人住まいだった気がする。
『ピンポ~ン。海野さ~ん速達で~す』
しばらくすると玄関のドアが開き男が顔をだす。
『ガチャ』「はい?」
「海野さん。速達が届いています。うん?」
男の後ろから何か聞こえてくる。
「あ、どうも。サインでいいですか?」
「あ、はい…」
「ご苦労さま」
男は速達を受け取りサインをし、そそくさと玄関を締めようとする。
「あっ。ちょっと…」
「なんですか?」男の目付きが鋭くなる。
「あの、後ろから聞こえてくる歌って…」
「え?何か聞こえます?多分それ空耳ですよ。じゃ」
また玄関を締めようとする。
この人なんか様子がおかしい。興味本位で食い下がる。
「え~?聞こえるじゃないですか。ほら」
身を乗り出して耳を傾ける。
美しい歌声がリビングのほうから聞こえてくる。
「ただのCDですよ」
「でも、他にもラジオの音も聞こえますよ。誰か歌ってるんですか?随分と上手い。」
「いや。断じてCDです」
「アカペラなのに?」
「ええ」
やはり何か隠しているようだ。
「この歌って確か郵便配達員の歌ですよね」
「へえ。そうなんだ。はじめて知りました。じゃ。忙しいんで」
「もうちょっと聞かせてくださいよう。せっかく綺麗な歌声なんですから」
「チッ。あいつ。また余計なことして…」男は舌打ちする。
別れた恋人からの手紙を待つ女性の心情を切なく歌い上げる歌声。
胸を締め付けるような感覚に襲われる。思わず鞄の中を探しだしそうになってしまうほど感情移入された歌声だった。
『Please Mister Postman』Song By ちゅら
『耕介~まだ~郵便屋さん帰ったぁ?歌ったら喉、乾いたわ』
「満足しました?じゃ」慌てて扉を締めようとする。
「ちょっと」扉に手をかけて阻止しつつ続ける。
「こんな素敵な歌声を聞かせて貰ってお礼言わずには帰れません。是非お礼を…」
「ってなんでそうなるんですか?もうお引き取りを…」
「そう硬いこと言わずにお礼を言ったらすぐ帰りますから」
「いやいや。会わせられるわけがない」
『いいじゃない。入って貰えば~』
「まずい。聞かれてた」
「いいみたいですよ」男の目をじっと見つめる。
「あ~あ。これだから…チッ、どうぞ」
仕方なさそうに手の力を抜く。
「おっ邪魔しますぅ」
うなだれて歩く男の後ろを歩きリビングへの扉を抜けて中へ入る。
「いらっしゃい。郵便屋さん」
「え?」
声はするが声の主の姿が見あたらなくてキョロキョロを周りを見渡す。
「こっちよこっち」
声の聞こえる方角には一輪の花鮮やかなオレンジ色をしたガーベラが一鉢あるだけ…
《ふるりん》と花の葉っぱが動いた気がした。
ん?目をこすり花を見つめる。
《ふるりん》やっぱり動いた。
「やっと気づいたかしら。あなたがお礼をいうべき相手は私よ」
「ええええええええええ~~~~」
あまりのショックでそれ以上声が出ない。
「あなたも耕介と同じお馬鹿さんなのかしら?花がおしゃべりしたり歌ったりしちゃダメってだれが決めたの?
そんなこと言う奴がいるならここに連れて来なさい。私が説教してやるわ」
「いや、いや、ただちょっとビックリしただけですよ」
「あらそう。それはよかったわ。私は海野ちゅら。ここの主人よ。あなたは?郵便屋さん」
「俺は黒柳達哉」
「ははははははははっ。黒ヤギは手紙を食べるものよあなた笑えるわね。それが手紙を運んでいるなんて、ふふっ。
とても気に入ったわ。たまに遊びに来なさい。私が遊んであげるわ。歌だって聴きたければ歌ってあげるから」
振り向いて男に聞いてみる。
「なんか歌声のイメージと違う。しかもなんかすんげえ上からなんですけど…」
男は苦笑いをして両腕を横にあげて首をかしげる。
「でもあなたがお礼を言いたいと言って無理矢理入って来たんでしょ?」
「そうでしたっけ?」
「ええ。無理矢理」
「でもほんとに素敵な歌声でした。ちゅらさん有難う。気分がなんか晴れた気がするよ」
「ええ。どういたしまして、ところであなた私宛の手紙はどうしたの?」
「ははっ。歌じゃないんだからあるわけないじゃないですか?」
「そう?じゃぁ。鞄の中見てみなさいよ」
言われるがままに鞄をあさってみる。
「ははははははははっ。あるわけないじゃないそんなもの。馬鹿ね」
「海野さん。こいつの首、ちょんぎっていいですか?」
「まぁまぁ。いつものことだから」
「俺、また絶対きますから。次は絶対負かしてやりますから。ね。ねっ。それまでこいつのことお願いしますね」
「はいはい」
「はい。絶対ですよ」
とにかくとんでもない花。とっても気分が晴れて、とっても腹立たしい。
でもまた会いたくなる。そんな花だった。
つづく