第三輪 『犯人は…』
休日は午前中に買い物に出かける。午後は家でゆっくりと読書をしたり
撮り溜めた映画をみたりゆったりと過ごしたいから。休みは不規則で今回は水曜日。でも平日の休みは嫌いじゃない。どこへ出かけても空いているから。それにひとりぼっちの自分には幸せそうなカップルなど嫌なものを見なくて済むし良いこと尽くめだ。
線路脇の本屋、ここは本以外のものも揃う最近よくある複合型の本屋だレンタルビデオから音楽、ゲームまで全て用達が出来てしまう。ただ本屋のくせして電車の音がうるさいのが難点かな。そして翠さんの店、いつもどおりあの猫が店先の見回りしている。大あくびしながら…。そして最後に駅前のスーパーに寄って行くのが巡回コース。
ちゅらの水も忘れずに買い。食料は買いだめして冷凍保存が鉄則。朝、出勤前に冷蔵庫へ移動して帰る頃には解凍されてるって寸法だ。
今日も日差しが強い.ったらちゅらをベランダに出してやるかななんて考えながら二つのエコバッグをぶら下げ街を歩く。
マンションの前まで戻ってくると管理人のオヤジさんがエントランスを掃除している。非常に珍しい光景である。いつもは管理人室の机に足をあげて昼寝してるかボリボリと煎餅かなにか食べている姿しか見たことがない。さては、今日、管理会社の偉い奴が来るとかそんなところだろう。
「あ~。海野さん、こんにちは、何か楽しそうだね?
最近ニヤニヤしながら歩いてるあんたことよく見るよ」
「あ、どうも。こんにちは、珍しいですね。管理人さんが外に居るなんて?」ちょっと小っ恥ずかしいことを言われたので応酬する。
「いやぁ、そうなんだよ。ここの住民が会社に連絡したらしくてさ。部長が見に来るらしいって。事務のおねぇちゃんが教えてくれたのよ。我ながら事前におねえちゃんに高級ケーキの賄賂を送って置く準備周到の所はさすがだなって思うわけよ」
「はぁ~。そうですね」
話が長引きそうなので歩き始める。
「でさー」
「頑張って下さいね。部長さんのお相手」
ニコッと笑って会釈してエレベーターのボタンを押すと運がいいことにすぐに扉が開いた。エレベータのガラス越しにもう一度会釈して上へあがる。
『ガチャ』「ただいまぁ」というとなにやらちゅらの声がする。
「あは、ははははははは。そうそう。笑えるわ」
リビングに入っても誰もいない。
「ただいま。ちゅら。誰と話してるんだい?」
「誰と話てるって?決まってるじゃない。独り言よ」
「ああぁ、そうかい。どう聞いても独り言っていう感じじゃなかったんだけど?」
「相変わらずの馬鹿ぶりに惚れてしまいそうだわ。いや、今のは言い間違い。耕介、よく考えて見なさいよ。ここには耕介とちゅらしか住んでないわけ。耕介がいない間、私がしゃべっている時はだいたい独り言よ。わかる?」
「ってことは俺が会社に言ってる間いつも一人でおしゃべりしてるのか?」
「ええ。そうね。そりゃたまにはベランダに迷い込んだ雀、驚かしてるくらいなことはしてるけどね。」私が怒鳴ってやるとビックリした顔して怯えながら飛び去っていくわ」
やっぱりベランダに出すのはやめようと心に決めた。世の中の迷惑だ。
「そういえば下で管理人さんが珍しく掃除してたよ」
「あいつやっとやる気出したのかしら?」
「いや、会社の偉い人が視察にくるんだってさ。誰かがちくったみたいでさ」
「へぇ、そんなんだ…」
若干ちゅらの様子がおかしくなった。
「事務員にケーキ送って教えて貰ったんだって」
「ちっ」
「なんでちゅらが舌打ちするんだよ」
「なんでもないわ。耕介。水買って来たんでしょ。喉がカラカラよ」
明らかに何か隠している素振りだ。
「買って来たけど… なんだよ。なんか歯切れが悪いな。お前なんか隠してるだろ?」
「なんにも隠してなんていないわよ。うるさいわね、私は電話なんてしてないわよ。管理会社に電話して『あのぅ。おたくの管理しているブロッサム武蔵野の管理人は毎日ぐーたらしてますよ』なんて私は絶対言ってないんだからね」
明らかに声色を変えて話すそぶりからして間違いなくコイツの仕業だ。
「犯人はお前だぁ~ なんでそんな余計なことするんだよ」
「馬鹿ねぇ。そこにあなたの携帯が有ったからよ。ふふふっ、ぐーたらしてるのは事実な訳だしちょっとお灸を据えてやろうと思っただけよ。でもなかなか侮れないわね。あいつ」
「全く反省してないな」
「ええ、全く。今、次はどう落とし入れようか会議中よ」
返事は分かっていたが聞いてみた。
「誰とだよ?」
「ひとりに決まって居るでしょ。馬鹿ね」
つづく