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 占いのときに書いたメモを元に彼女の未来を思い出す。

 朋美が幸せそうに笑っている顔が見える。その隣にいる人間の顔は見えない。歪んだような、誰とも特定できない顔をしている。まだ確定されていない未来なのだろう。

 目を閉じては思い出し、見えたものを書き出す。

「あれ……?」

「どうした?」

「何でかな、未来が見えない……」

「は? インチキじゃなくて、ちゃんと力使って見たんだろ?」

「見た。だが、わからないんだ。どうしてだろう?」

 俺は首を傾げ、もう一度目を閉じて朋美の未来を読み直した。

 いつもは目の前で流される映像を見ているように見える未来が部分的にしか見えない。

 笑っている彼女、泣いている彼女、ぼんやりと虚ろな表情から目を閉じる彼女。脳の奥に潜水するように大きく息を吸い込んで、唐突に理解した。

 不確定だった未来が確定に変化しつつあるのだ。朋美の未来をきちんと占うためには、もう一度確かめる必要がある。

 それを言うと雅也は俺の手元を覗き込んで溜息を吐いた。

「っていうことは、ここに書いてある内容は全部無駄になったってことか?」

「そうなるな」

「……もしかして、他の奴の占いも変化してる可能性があるってことじゃないか?」

「その可能性もあるな」

 雅也はうんざりしたように頭に手を当て、天を仰いだ。

 って何でお前がうんざりするんだよ。能力を使って未来を見なきゃいけないのは俺だろ。

 その辺は、また占いに来てもらったときに未来を見直せばいいだけの話だ。疲れは感じても手間ではない。

 ついでにその疲れも吹っ飛ぶ出来事が俺に降りかかろうとしていた。

 朋美からメールが届いたのだ。フォルトゥーナを紹介してもらったお礼として食事に誘われた。

「行けよ」

「でも、予約があるだろ」

「行きたいんじゃないのかよ」

「行きたいよ」

「じゃあ、それでいいだろ。変な気を遣うなよ」

 気を遣った訳ではないが、仕事に対する責任は感じている。客は俺に何かを相談したくて来るのだ。それを放っておけるほど非情な人間ではない。

 雅也は俺の頭を思いの外、強くはたいた。

「いいか? あいつらだって馬鹿じゃない。放っておいたって一日か二日程度のものだ。その程度を生き抜けないほど弱い奴はお前に相談なんかしに来てないさ。もっと客を信頼しろ」

「信頼、してないのかな。俺……」

「いや? ただ馬鹿に正直でネガティブなだけだ。ちょっと陽気すぎる俺にはちょうどいいけどな」

 雅也が突然発するこんな言葉に俺はいつも照れて、何も言えなくなってしまう。

「お前……ちょっと俺に甘すぎないか?」

 顔を逸らしながらそう言った俺に雅也は軽い笑いを返した。

「わかってねぇな。俺はお前に感謝してるし、この仕事に誘った責任を感じてる。俺に特別な力がないおかげで今の仕事はお前に任せなくちゃいけないことが多すぎるんだ。体調が悪そうならお前が何と言おうと休ませるし、息抜きしたいと言うならそれくらいのワガママは聞くさ。当たり前だろ」

 俺は逆に雅也のフォローには感謝している。

 それに、ただ占えばいいだけの俺に対して雅也は営業やスケジュールの調整もしてくれている。仕事の量でいえば雅也の方が多いはずなのに、俺たちはお互いに相手の方が大変だと言い張っているらしい。

 おかしくて、何だか笑ってしまった。

 朋美とのデート、もとい食事はあっさりと決まった。

 その日は心配しすぎて母親のようになった雅也に服のコーディネートから食事中の会話の注意点までくどくどと説教された後、大手を振って見送られ、出かけた。

「こ、こんにちは」

「こんにちは……」

 俺たちは待ち合わせ場所で顔を真っ赤にして挨拶をしたきり、しばらく立ち尽くしていた。

 いつもの場所じゃないだけなのに、何だか照れてしまう。メールならあんなに話ができたのに。

「行きましょうか。予約してあるんです」

「あ、はい」

 朋美が指差した方向へ体を向けてぎくしゃくと歩き出す。考えてみれば俺たちには共通の話題がない。

 フォルトゥーナの話題でも出せばいいんだろうが、ボロが出そうで怖い。

 だとしたら何の話をすればいいか。脳みその普段使わないところへ血液を巡らせて考えた。

「朋美さんって……お綺麗ですよね」

「え? あ、本当に?」

「初めて会ったときに思ったんです。綺麗な人だなって」

「そんな……普通ですよ。私って別に特徴もない、どこにでもいる感じじゃないですか?」

 更に照れて焦りつつ喋る朋美を見ていて、余計にこっ恥ずかしくなった。

 何を口説き文句のようなことを言っているのか。もっと話題はないものなのか。小学生の頃から女子に囲まれて育ってきたじゃないか。好きな子とデートしてるのに、こんな情けないことでどうする。

 自分を奮い立たせているうちに店に着いたらしい。朋美が立ち止った。

 席へ案内され、メニューを渡される。

「高そうな店ですね……いいんですか、ご馳走になってしまって」

「見た目ほど高くないのよ。大丈夫。お礼なんだから気にしないで」

 いつもは横から見る朋美の微笑みを正面から見て嬉しくなった。

 そこからは何でも話せた。学生時代の話、仕事仲間である雅也の話や、仕事のときに聞いた近所の噂。巷で話題になっていることなどを冗談や嘘を交えつつ話した。

 朋美はよく笑って聞いてくれた。ついでに自分の話も聞かせてくれた。

 仕事の時に一度聞いているが、それでも真面目に相談しているときとは違う面が見られて面白い。

 肉よりは魚が好き。ワインを飲むと顔が真っ赤になることや饒舌になっていつもよりよく笑うこと。その発見は更に俺を惹きつけた。

 店を出た後は酔いの勢いもあって、行きよりも少し近い距離で歩くことができた。

 手を伸ばせば触れられる距離。まだ恋人ではない俺たちにとってそれが相応しい距離だった。

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