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 腕のいい占い師は、一度に全ての結果を教えて帰すのだろうが、俺にはそんなことできない。

 未来を知るというのは覚悟のいることだ。今の道を進んで行くことに自信がない人にとっては勇気を与えられていいのかもしれないが、ただ何となく自分がどうなるか知りたい人からは向上心や努力を奪う結果になりかねない。

 だから俺は最低でも2回に分けて相手を占う。

 それは予約の段階でも伝えているし、どうしても今日知らなければならないことは教えるようにしている。

 ほとんどの相手には能力なんて使わないから、分析後じゃないと伝えることなんかないんだけど。

 朋美が帰ったと聞いてベールを外し、ぐったりと椅子に凭れる。

 なかなか強烈な過去だった。自分がいかに普通の人生を送ってきたかがわかる。

 しかし朋美は普通の人生を目指して真っ直ぐに歩いてきている。

 朋美のような人間は他にもいた。どうして再び立ち上がれたのか疑問に感じるくらいの出来事があっても、それを微塵も感じさせない。

 そういう人間を見ていると、幸せであることを後ろめたく感じさせるのは、愚かなのだとわかる。

 幸せは羨ましいと賞賛されるものであり、見下されたり、妬まれるものではない。まして、蔑まれる理由など一つもない。

 未来が見えるからこそわかる。人は幸せになる要素を持っている。

 それを上手く掴めたり、きちんと向き合ったりしたからこそ、幸福な人は幸福になれたのである。

 ま、不幸な人間にそう言ったところで理解できないとは思うが。

「難しい話だなー。俺にはさっぱりわかんねぇよ」

「まあ……生まれながらにして不幸になるしかない人間には、まだ出会ったことがないって意味さ」

 朋美が帰った後、雅也は俺にも冷たいおしぼりを持ってきてくれた。

 それで顔を拭いた後、俺は朋美のことを聞いた。

「どうだった?」

「どうって……俺には普通の人にしかみえなかったけどな。優しそうな、素直そうな子」

「何か話したか?」

「うん? まー、占いをした感想とか、コーヒーや紅茶より甘い物が好きとか、そんな感じ。ちなみにお前の話はしてない」

 この場合のお前というのはフォルトゥーナではなく、直人のことだ。

 確かに、雅也が直人のことを話したら不自然だろうし、朋美も誘導されない限りはそんな話はしないだろう。

 そう納得していたが、がっかりしているのが顔に出てしまっていたのだろう。

「あのな、気になるなら自分で聞けよ。嫌われてないんだから、あの人なら正直な評価を言うだろ」

「嫌われてないと思うか?」

「お前が渡した名刺を使ってみた。それですっきりした気分になったんなら、礼くらい言いたいかもしれないじゃないか。好意とかは別にしてな」

「あー、なるほどな。雅也って頭いいなぁ」

「むしろ俺はお前がどうしたらそんなに後ろ向きに考えられるのか知りたいよ」

 心底呆れたように雅也は肩を竦めた。

 俺はその日の仕事が終わると、いつもの展望台へいってみた。ベンチには朋美が座っていた。まさか、あれからずっと待っていたのか。

「あ、こんにちは! 先日はありがとうございました!」

 俺に気付いた朋美が立ち上がって礼を言う。

 俺がフォルトゥーナだとは思っていないらしい。

「いえ……」

 何と答えるべきか逡巡している俺に朋美は少し悲しそうな顔をした。

「もしかして……覚えてないですか? 私のこと」

「え? いやいや! 覚えてますよ。占い師の名刺、渡した人でしょう」

「よかった。忘れられてるかと思った。今日、占いに行って来たんですよ。それで、すごくいい占い師さんを紹介してもらったから、お礼が言いたくて」

 彼女の顔が心の底から嬉しそうな笑顔になっているのを見て、俺は急に恥ずかしくなった。

 この笑顔は俺に向けられたものだ。と同時にフォルトゥーナの評価を客観的に聞いて照れ臭くなってしまった。

「いや、えっと。お役に立てたならよかったです」

「あの……お名前を伺ってもいいですか? それと、連絡先も」

「あ、はい。ちょっと待って下さいね」

 俺は名刺入れから直人用の名刺を取り出し、渡した。

「直人さん。私は朋美です。よろしくお願いします」

「はい……よろしく」

 突然、名前を呼ばれてぎこちない態度になってしまったが、嬉しかった。

 彼女が少なからず俺に好意を抱いてくれている。それがわかるのが嬉しくて、俺は更に顔を赤くした。耳まで燃えるように熱い。

 それから朋美は今日、フォルトゥーナと話した内容や、次回の予約で少し緊張していることを話してくれた。

「占いなんてインチキだと思ってたの。でも、フォルトゥーナは本当に私の過去が見えているみたい。過去が見えるなら、未来のこともわかるのよね。何て言われちゃうのかなぁ? 怖いなぁ」

「フォルトゥーナは怖いことは言いませんよ。幸福になるためには何をするべきか教えてくれます。例えば、どんなことを聞きたいですか?」

「そうだな……やっぱり結婚のこととか? 私もそろそろそんな年齢だもの」

「彼氏がいるんですか?」

「ええ? いないわよ。少し前まではいたけど、別れちゃった」

 俺はホッとした。焦って顔に昇った熱ががゆっくりと下がっていくのを感じる。

 朋美はそんな俺の心の動きになど気付かない。フォルトゥーナに思いを寄せているのだ。恋心からではなく、期待から。俺のことをねじ込む隙間なんかない。

「じゃあ、俺はまだ仕事が残ってるので失礼します」

「え? あ、はい……ありがとうございました。連絡しますね」

 朋美は俺の名刺をヒラヒラと揺らして笑った。

 彼女の飾らない笑顔が心の底からかわいいと思う。愛しくてたまらない。

 その笑顔を自分に向けて欲しくて、俺は次に彼女に会うときのための準備をするために帰った。

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