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 午前の二人目に彼女は来た。

 この順番は雅也の仕業だろう。

 一人目の客はよく喋る女で、口数少なく頷く俺のスタイルに合わず、意見や同意を求めるタイプだ。占いっぽく言葉を濁すのは頭を使うため、ある意味では能力を使うより疲れる。俺の苦手な客だった。

その次に彼女だ。疲れなんて感じる暇もない。

 彼女が書いたアンケートカードには、任意で書く名前や住所まできちんと記入されており、彼女の人間性を感じさせる。

 名前は朋美。出会った場所から近いところに住んでいるらしい。

 案内されて部屋に入ってきた彼女を見て、美しい人だと思った。

「こんにちは」

「……よろしくお願いします」

「緊張されてますね。大丈夫ですよ。黒装束着て変な踊りとか、しませんから」

 俺が言うと、朋美は目を細めて笑った。

「男の人なんですね。フォルトゥーナって聞いて、女の人だと思ってました」

「女性のお客様が多いから、中性的な名前にしようと思って。驚かれましたか?」

「ええ、少し……でもちょっと安心しました。怖い人ではなさそうだし」

 俺は彼女に合わせて笑う。まだぎこちないが、爽やかな笑顔だ。

 しばらく世間話に興じた後、占いの方法について説明する。

「まず、あなたのエネルギーを私に移していただきます。そのエネルギーを元に、水晶玉やタロットカードなどを使って未来を占います」

「エネルギーを移す?」

「手を握らせていただいて、数秒で済みます。特に何かする必要はありません。ただリラックスして、私の占いを信じると頭に思っていただいたら、それで終わりです」

 朋美は少し考えた後、困ったように言った。

「上手く伝えられなかった人とか、いますか?」

「いませんよ。信じよう、伝えようとする気持ちさえあれば、確実に通じます」

「そうなんですか? よかった」

 実際、相手が何を思っていようとも、俺が見る気になれば過去も未来も見える。

 だが、彼女は恐らく本気で俺に自分のエネルギーを移してくれようとしているのだろう。目を閉じて、集中するように深呼吸をした。

 その間、俺は遠慮なくじろじろと彼女の顔や手を見つめた。短い爪、柔らかそうな手、袖から伸びる腕は細い。

 先日は横に並んで座っていたためあまり見えなかったが、意外と胸が大きい。

 首には小さな石のペンダント、卵型の輪郭に、薄いけれどふっくらした唇。触り心地の良さそうな頬、長い睫毛、額に影を落とす前髪。切り揃えられた短い髪は形の良い耳にかけられて、後ろに流れている。

 彼女が突然、目を開けたので俺は慌てて目を逸らした。よく考えたら、顔にはベールをかけているので、どこを見ていても彼女には見えないのだと気付いた。

 朋美の手を握り、目を閉じて、いつものようにゆっくり息を吸う。

 幼い頃からの記憶、やがて訪れた悲しみ、苦労を乗り越えた先にあった幸せが見える。

 しかし、その後に朋美を襲った出来事が彼女の未来を真っ暗なものにした。

 彼女には弟がいた。母親は弟を出産するときに亡くなっていて、弟と父親と生活していた。

 やがて、体を壊した父親が死んだ。弟と手を取り合い、周りの手助けもあって、何とか暮らしてきた。

 弟が恋人を連れてきた。結婚を前提にしていると言う弟に、朋美は涙を流して喜んだ。弟の恋人には、これから先、弟のことを頼むと言い、弟にも必ず彼女を幸せにするよう約束させた。

 その二人は手を取り合ったまま死んだ。事故だった。冷たくなった二人の遺体を引き取った帰り道、道路の真ん中で蹲るようにして泣いている朋美の姿が見えた。声もなく、ただ無表情で涙を流す姿が痛々しくて、俺は思わず目を逸らした。

 その次に見えたのは俺の姿だった。

 俺は知らなかったが、彼女は随分前から俺のことを知っていたらしい。落ち込んだ気分を晴らしに行く俺に、自分と同じ匂いを感じたのかもしれない。

 悲しみの匂い。

 俺が感じた彼女の美しさは、その匂いにも負けず、凛と微笑む強さかもしれないと思った。

「悲しんでいる過去が見えます……傷付いたあなたが暗い闇の中で泣いている……」

「……本当にわかるの?」

「ええ。親しい人を失い、笑顔の裏で嘆いている過去が見えました」

 朋美は一瞬、悲しげに目を見開いた。固く目を閉じた。

 それから家族の話を始めた。父親と弟と、三人の生活。貧しくて苦しかったけれど、支え合ってきた家族との思い出。弟と二人きりになって、早く大人になろうと必死だったこと、弟が恋人を連れてきたときのことなどを朋美の主観で語ってくれた。

 後悔や不安のあまり多少、変えられてしまった記憶には見ない振りをした。

 ただ客観的に話を分析し、答えを求められたときは見えた事実だけを伝えた。

「本当にカウンセラーみたいね」

「……褒め言葉ですか?」

「そうよ。私、こんな境遇でしょう? だから、普通に家族の話ができないの。同情されたり、変に慰められると、自分が不幸に思えてくるから」

「嫌なんですか?」

「だって、私は幸せになろうと努力してる。でも、人は私を不幸の中で生きる人間として見るの。一生不幸なまま生きるしか道がないみたいに。それって私がしてきた努力なんて意味がないと言われているみたいでしょう?」

「ああ、なるほど」

 俺は心の底から相槌を打ってしまってから、一瞬、自分が直人に戻ったことを反省した。

 そんな心の内の焦りなど知らず、彼女が言った。

「あなたが今、私が嘆いてることを過去だって言ってくれたときは嬉しかった。あれは私にとって過去のことになったんだって。家族のことを忘れるなんて薄情に思えるかもしれないけど……」

 徐々に小さくなっていく声を追いかけるように俺は言った。

「そんなことはありません。あなたは忘れようとしているのではなく、乗り超えようとしているのでしょう」

 朋美の目から涙が溢れるのが見えた。それが悲しみから出た涙でないことはわかる。

「心配いりません。あなたが進もうとしている道は正しい」

「本当……?」

「ええ。私にはわかります。未来のことは来週、お教えしましょう」

 俺がそう言うと朋美は頷いた。

 ロナサラが冷たいおしぼりを持って来た。

「この後は午後まで予約がありませんから、よければこのまま待合室で休んで行って下さい」

「ありがとう」

 そう言って朋美は受け取ったおしぼりを顔に当て、部屋から出て行った。

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