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 俺が帰ってくると、雅也は少し青褪めた顔をしていた。

「どうした?」

「お前……いや、今日は遅かったんだな」

 ちょっと安心したように笑った雅也を見て、俺は気がついた。

 携帯も持たず、何処に行くかも連絡せずにふらっと出掛けていく俺が、出掛けてる間に何をしているのか、雅也は知らないのだ。普段より二時間ほど帰りが遅くなっただけでも、二度と帰って来ないのではないかと心配になるのだろう。

「今日は営業してきたんだ。人の話を聞いてやって、名刺を渡してきた」

「お前、正体バレてないだろうな?」

「大丈夫だよ。俺はここの相談者ってことになってる」

 衣装のベールで顔は完全に隠れているため、声で判断できなければ俺だとはわからない。特徴がある声ではないため、余程耳がいいか、雅也のように毎日でも聞いていない限りは、外の俺と同一人物だとは思わないはずだ。仕事中とは口調も違うし、声の出し方も人を安心させる落ち着いた声になるよう工夫している。

「そうか? それならいいが。で、来てくれそうなのか?」

「恐らくな」

「随分と機嫌がいいな。女だったか。美人か?」

「ああ、雰囲気が穏やかで綺麗な空気を纏った人だ。あと、猫好き」

 俺が彼女を思い出しながら言うと、雅也がニヤニヤ笑った。

「そうか……なかなか帰って来ないと思ったら女だったか」

「心配してくれたのに悪いが、そういうことだ」

「バカ、心配なんかしてねぇよ」

 雅也はサッと笑いを引っ込めて、真面目な顔をして言った。照れ隠しのつもりらしい。

 それから俺たちは仕事を再開した。見えた未来の情報を時系列に沿って書き出していく。今後、同じ人が来ても何度も未来を見る必要はない。

 未来が来るスピードが余程早まったり、記憶喪失か事故にでもあって行動パターンを完全に別人のように変えたりしなければ、書き出した情報を元にして占いができる。

 だが、記憶喪失になった奴は占いなんてしてる場合じゃないだろう。

 俺が自嘲気味に笑いながら招待客の未来をメモしている間に雅也は、一般の客を観察した分析を仕上げて行く。観察眼で言えば俺より雅也の方が優れている。能力に甘えて真面目に相手と向き合わない俺よりも主観の混ざらない分析が上手い。

 能力のせいだけではない。俺の前に座って占いを受ける客は、特殊な雰囲気の中で無意識に身構えているため、完璧な分析が出来ない。

 しかし、雅也は裏方だ。受付を行い、アンケートを記入したり、サービスで提供された飲み物を飲んだりしている客をよく見られる位置にいる。当たり前だが、リラックスした状態の方が得られる情報量が多くなる。

 もちろん、相手から発信される情報を上手くキャッチできる能力が備わっていてこその仕事だ。

 俺は過去と未来を、雅也は現実に目の前にいる人間を見る能力に優れている。だから、分担しているというだけの話だ。

 それに株の方はかなりの儲けがあるらしい。

 未来を見て買い時の株を教える俺に、礼だとか何とか言って飯を奢ったり、俺が普段は興味も示さないようなスーツとか、靴とかを買ってきてくれる。

 正直なところ、いらねぇ……と思っていたが、占った客の立場上、パーティに招待されたりすることも多く、結婚式とか葬式とか、礼服として役立った。

 そういう場所にフォルトゥーナは現れない。占いをするとき以外は、大卒で社会人になりたての若者だ。

 ロナサラも俺の同級生として付き添ってくれる。パーティなどの場に不慣れな俺のサポート役だ。

 雅也は俺の考えを読んで先回りするのが得意だ。痒いところに手が届くサポートをしてくれる。彼女とのことも、いつもの通りサポートしてくれた。

「今日、新規で女の客が来るぞ」

「そうか。わかった」

「反応薄いなー……多分、お前が勧誘した例の女だよ。予約のときにちょっと話したから間違いない」

 心がパッと華やいだ気分になった。

 彼女のことは、時々頭に思い浮かべる以外は気にしていなかったのに、やはり会えると思うと嬉しい。

「何だよ、にやけやがって……いいか? 上手くやれよ」

「上手くって何だよ?」

「占うんだよ。既に運命の相手と出会ってるとか、適当に嘘でも言ってお前のことを意識させるんだ」

「嘘はつけないよ。評判に関わるだろ」

「お前、本当にクソがつくほど真面目だな」

「雅也はアホだな。恋愛はな、そんな小細工しなくても不確定要素がたくさんあるんだ。恋人ができる、結婚するとか、確定事項はその程度なんだよ。だから、どんなことをすればそこまで行き着くかを教えるだけでいい。彼女が恋人を作るための努力をすると同時に、俺が彼女から好かれる努力をすれば、嘘なんか吐かなくても自然とそうなる。別に小細工して、けしかける必要はない」

 雅也は俺を欲が無い奴だと思ったようだったが、言葉にはせず、納得した素振りを見せた。

 小細工抜きにしたって、好きな女が来るとなるとやはり気分が高揚する。洗濯したばかりの衣装を身に付けて、いつもより気合を入れて接客に臨んだ。

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