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占い師事業は成功だった。
最初は学生時代の友達が途切れることなく来ていたが、やがてそいつらの口コミで一般の客も来るようになった。
言ってしまえば俺たちの仕事は無料カウンセリングだ。不気味な雰囲気と変な香の匂いを除けば、専門の奴と何も変わらない。大学時代にとった資格も持ってるし、合法だ。多分な。
昔取った杵柄で、タロットやトランプを使ったカード占いもして見せる。占いに来たからには占い師らしいところを見せなければならない、というのは学生時代の友人たちのアドバイスだ。
サーカスで動物が芸をするように、占い師にもある程度のパフォーマンスが必要らしい。パフォーマンスの中でも特にタロットカードはその絵柄の美しさが女性に人気である。
雅也の紹介でやってくる客も月に何度か、一般の客に混じってやってくる。
最初の一回は無料で話を聞き、過去をみてやる。能力を信じた奴は次回もやってくるのだ。今度は片手に謝礼金がたっぷり入ったカバンを携えて。
大体の奴が信じるさ。だって誰にも言ったことのない秘密や、隠しておきたい過去の話も全部言い当てられるんだし。
でも、時には二回目に来ない奴もいる。だって気味が悪いもんな。
自分が密かに犯して、誰にも知られることなく封印した犯罪行為なんか、全部言い当てられるんだ。
守秘義務ってもんを約束してあるから誰にも言わないけど、秘密を知っている人間がいるってだけで恐ろしいだろ。
何人か占ってみてわかったのは、最初に全てを言わない方が良いということだった。
例えば、ある男のやろうとしている事業が成功する未来が見えたとする。
しかし、成功する未来自体は決定事項であっても、成功する時期は変更可能な未来なのだ。
俺は相手に自信をつけさせ、安心させてやりたくて、先に成功する事実を伝えようとしてしまう。
だが、失敗を前提とするからこそ緊張感があるのであって、成功するとわかっていると努力を怠る奴が出てくる。気が緩むとその分だけ、成功する未来が遠のいてしまうのだ。
そこで俺は伝え方を変えようと思った。
失敗を前提として、ある困難を乗り越えることで運命が変わり、成功を手に入れることができると伝えることはできない。
俺は馬鹿がつくほど正直者だ。嘘はつけない。
だから、成功のことはさておき、これから先の未来で一番最初に訪れることになっている困難について伝えることにしていた。相手の心構え次第で乗り越えられる困難を教えることはとても役に立つ。降りかかる災難を小さくすることだってできる。
しかもそれは俺たちの報酬アップにも繋がっていく。
「いや、もしかしたらこれがあなたの言っていた困難かもしれないと思って警戒したんだ。すると大当たりだった。お話を聞いておいて正解でしたよ。またよろしくお願いします」
そう言って膨らんだ封筒を差し出してくれる。
雅也からの助言により、俺は涼しい顔をしてその封筒を受け取ることになっていた。
占い師という職業は、俗世にあまり興味がない素振りを見せていた方がいい。金を遠慮して受け取ったり、多いからと驚くような態度は人間らしい生々しさを感じさせてしまう。
相手が人間ではないと思うからこそ、色々なことを相談するし、若く経験も浅い人間の話を受け入れてくれるのだ。
短い間の経験により培った数々の工夫は顧客を増やすことにも繋がったし、一人の客が繰り返し訪れることにもなった。
順調な毎日を過ごす中で、俺の占い師としての能力はかなり上がってきていた。
「見た目もどうにかしようぜ」
と言って雅也が用意したのは、都会の繁華街から少し離れ、静かなところにあるビルだった。
オフィスにはレースや薄い布で飾られた部屋があり、俺は男なのか女なのか、一目ではわからない衣装を着せられた。
占いには女性客が圧倒的に多い。女性らしさを服装で演出することにより、相手の心を開く手助けをする。
待合室で雅也が作成したアンケートに答える女性を覗き見て、顔がタイプだったりすると本当に占いをした。普段と同じようにまず過去の話をして、来週の予約をいれる。また来たら、これから訪れる不運や不幸を次々と言い、最後に訪れる幸福を教えてやると、とても安心したように礼を言って帰るのだ。
それは気分の良い仕事だった。
俺が招く未来ではない。彼女に元々決まっていた未来なのはわかっている。
だが、それを言葉にしたことで彼女はその幸せを俺が呼び寄せたものだと思う。
それに、訪れる幸福や不運は前後したり、場合によってはかなり遅れてくることもある。
もしかしたら一生、訪れなかったかもしれない運命が俺の誘導によって呼び寄せられているとしたら、俺の仕事も無駄じゃないということだ。
そう思いながら仕事を続けていた。
そうでなければ、避けられない死や転落人生を歩む人たちの占いなどできなかった。
不幸な運命を持つ人たちの人生に、少しでも多くの幸せを呼び込み、不幸を軽くしてやることができている。
そう言い聞かせても、占いを終えた後に泣いてしまうときがあった。
俺は無力だ。彼らが少しでも不幸から遠ざかれるよう手助けはしてやれても、その運命を取り除いてやれる力はない。
俺が泣いているとき、雅也は声をかけずにいてくれた。仕事を放り出して出掛けてしまっても怒らなかった。
しばらくすると占い師のいなくなった店には謎の看板がぶら下がるようになった。
『霞み、曇りが晴れるまで休業』
雅也の手作りらしい。あえて意味は聞かず、お礼だけ言っておいた。
その看板がぶら下がっている間、俺はあちこちに足を伸ばす。電車に乗って海まで、歩いて近所の公園まで、美味しいカフェを探して街まで……と、そのときによって行く場所は違う。
でも、人が少なくて一番落ち着くのは山の展望台だった。
山と言っても険しいところではなく、舗装された道を自転車で駆け上がれるくらいのところだ。朝や夕方になると犬の散歩などで老人がよく姿を見せるが、普段は人が少なくて静かなのだ。
ベンチの上に体を伸ばし、顔にタオルをかけて時々流れる涙を拭う。そのまま寝てしまうこともある。夕方の少し冷えた風に起こされるまでそこにいると、気分は少しすっきりしている。
不幸の現場に居合わせたかのように見える俺の能力だけど、その分、当事者の気持ちや状態がよくわかる。見えた未来を次にその人が来るまでに必死で分析し、訪れる不幸を避けられるように精一杯考えた。
「あの……こんにちは」
悶々と考えていた俺に白い帽子を被った女性が声をかけてきた。
腕に猫を抱えている。
「お隣、よろしいですか?」
「あ、はい。すみません」
俺は即座に体をずらして彼女が座る場所を空けた。
一言で言えば、美人だ。よく見ると顔が特別整っている訳ではないし、モデルのように細い訳でもない。
しかし、短い髪の襟足はやけに色気を感じさせ、思わず目を奪われる美しさがある。
彼女は抱えた猫の体を撫で回し、楽しそうに微笑んでいた。
「飼い猫ですか?」
俺が聞くと彼女は顔を上げて、首を横に振った。
「野良猫なの。この辺りに住んでるみたい。たまに来て一緒に遊ぶのよ」
「かわいいですね。綺麗な目だ」
猫は褒められたことを感じたのだろう。俺に向かって甘えた声を出した。
「あなた、ここで時々見かけるわ。学生さんか何か?」
「いえ、大学を卒業して社会人一年目です」
「そうなの? ごめんなさい。もっとお若いのかと思ってました」
彼女が照れ笑いながら言う。陽だまりのような笑顔に胸が高鳴った。
「いえ……まだ学生みたいなもんですから」
動揺してよく意味のわからない答えをした俺のことを、彼女は控えめに笑った。
仕事は何をしているのかとか、何でこんな人のいないところにいるのかとか、答えられないことを聞いてくる彼女に俺は苦笑いした。
「大学で習ったことを生かして起業したんです。でも仕事の関係で色々考えたいことがあって……悩みがあるときはここに来てるんですよ」
「まあ……じゃあ、社長さんなんですね。偉い人なんだ」
「いや、偉くなんかないですよ。起業しようと誘ってくれたのは友達だし、俺はただそいつについてきただけですよ」
「でも、がんばってるんでしょ」
信じて疑わない彼女の言葉に否定も謙遜もできず、ひたすら照れるしかなかった。
今度は俺が彼女のことを聞く番だった。話を聞くのは俺の専門だ。彼女が話しやすいように誘導して、否定せずに全て聞く。辻褄の合わない話も、目が明らかに嘘をついていても、夢のように幸せな話を静かに聞いていた。
占いに来る人の中にもいるのだ。人に幸せな話を聞かせることで、自分の身に本当にそれが起こっていると信じたい人が。
俺はその話を否定せずにひたすら聞く。しかし、肯定もしない。ただ物語を聞くように驚いたり、笑ったりするだけだ。
彼女は一通り話した後、嬉しそうに言った。
「こんなに話したの、久しぶりよ」
「人に話を聞いてもらうとすっきりしますよね」
「ええ、そうなの。でもこんなに聞いてくれる人なんていないから」
運命がここだと囁く。俺はフォルトゥーナの名刺を出して、彼女に渡した。
「これ……俺が悩んだり、人に話を聞いて欲しいときに行く占い師の名刺です。すごくよく当たるんで、よければ」
「あら、いいの?ありがとう」
彼女は名刺を受け取り、帰って行った。