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占いが好きなのは小学生だけじゃない。学年が上がっても、進学しても、女子は俺に占いを頼んできた。
中には進路とか、親子の相談とか、俺が聞いていいのか困るくらい真面目な話をしてくる奴もいて、そういう奴の相談は雅也に丸投げすることにした。
あいつは話を聞くのが得意だ。それに俺にはないポジティブさが深刻さを軽減してくれる。
「正直に話して、言っちゃったことは謝っちゃえよ。他人の俺に話せたんだから、親に言うなんて簡単だろ?」
「いや、無理だよ。今更。恥ずかしいし……」
「大丈夫だって。言っちゃうだけだし。謝ったらその後は好きなようにしてさ、もし後で何か言われても『あの時謝ったじゃん!』って言っちゃえばいいよ」
「えー……何それ……」
「あ、ドン引き? でもさ、お前って別に親嫌いな訳じゃないっしょ。だって俺たちに相談しに来るくらいだもんね」
俺の醸し出す深刻な雰囲気とは対照的な雅也の空気。軽率ともいえる態度でぶつかっていく。
でも、言葉の一つ一つは相手のことを考えてかなり大切にされている。答えは自分で探さなければならないものの、そこに行き着くヒントの役割を果たしてくれる。
最初は泣きそうな顔をしてやってきた子も、最後には笑って話せるようになって帰っていく。
そのことに満足感を覚えつつ、後ろ姿を見ながら俺たちはぼやくのだ。
「あーあ、あの中の誰か一人でもいいから、彼女になってくれないかなー!」
「直人くん! この間の占いのお礼……もしよかったら受け取って!」
雅也が裏声で下手くそな女の子役を演じる。俺は真面目な顔になってそれに応じる。
「何だよ? 何も持ってねぇじゃん」
「お礼は、わ・た・し! うふ!」
「うわ、やべぇ! 気持ちわるっ!」
上目遣いで肩を竦めた雅也を俺は笑った。雅也も俺より更に大きな声を出して笑った。
しばらく笑った後、急に静かになって遠くを見つめる。
「でもさ、そういうことがあってもいいよな。お礼は身体で、みたいな」
「バカだな、そんなの現実にはありえねぇよ」
「お前、俺の初彼女ができる年齢とか占えよ」
「占っても意味ないだろ。それこそ変更可能な未来だ」
「そうだよな……。じゃあ、俺がお前の未来を占ってやるよ」
雅也はそう言って俺の手を握った。俺の真似をしているのだろう。目を閉じて気持ち良さそうに肺いっぱいの息を吸った。ゆっくりと目を開いて、握った手を黙ったまま見つめる。ぼんやりとした視線が上へと身体をなぞるようにして上がってきて、目が合った。
「お前は一生童貞だ!」
「うわ、やめろよ。縁起でもない」
慌てて手を離した俺を雅也は笑うと思った。でも、真剣な顔のままじっと俺の目を見つめていた。
沈黙の時間が過ぎていた。長く感じたが、ほんの数秒だろう。
耐えかねた俺が口を開こうとした瞬間、雅也は思い切ったように言った。
「でも、俺とは一生親友だ」
「そうか、それならいいか。って、そんなわけねぇだろ!」
馬鹿野郎。不覚にも一瞬、ちょっと感動しちまったじゃねぇか。
言われなくても俺とお前は死ぬまで親友だ。お前に嫌われることになっても、俺はお前と出会えてよかったと一生思い続けるだろうよ。
そんなことを言えるはずもなく、俺はただ雅也を茶化し続けた。
やがて大学を卒業する頃、雅也が言った。
「占い師を本気でやらないか?」
俺たちは揃って人間の心理を学んでいた。独学で身につけた占いにも磨きがかかり、過去や未来と交信する能力も性能が上がっていた。
その分、能力を使用する負担も随分と重くなっていた。
しかし、ほとんどの場合、相手は答えを自分で探し出したくて占いを頼んでくることが多い。やっていることはただのカウンセラーなので、占いに毎回能力を使う必要はなくなっていた。
要するに俺たちは心理学から相手を導く、インチキ占い師になっていたのだ。
「でも、インチキは詐欺だろ。詐欺を職業にするのは流石に気が引ける」
「真面目だな、お前は。だったら、金を貰わなきゃいい。俺たちを信じることが一番の報酬だとか何とか言ってさ」
「それでどうやって生活するんだよ?」
俺が聞くと、雅也はポケットから名刺を取り出した。
「これ……ある企業の偉い人が、俺たちの評判を聞いて未来を占って欲しいって言ってるんだ。能力を使えばインチキじゃない。報酬も貰える。多分、店を開いたらこういう客が集まると思うんだ。表では誰にも言えないような相談がある奴って多いだろ? 俺たちは要求しなくていい。ただ相手が厚意で差し出すものを受け取ればいいんだ」
「でも、毎回能力を使うことはできないぞ。一日に三人の過去を見るのが限界だ。未来までは見えない」
「大丈夫だよ。俺が紹介する客以外には普段と同じように分析だけすればいいんだ。それでも俺たちの占いは当たる。しかも無料なら、ただ愚痴言いたいだけの奴も集まってくるさ」
「でもな……」
「直人。これは俺からの一生の頼みだ。それを叶えてくれたら俺はこの先何があっても一生お前を裏切らない。何でも従う。だから頼むよ」
雅也が何を考えているのか、俺にはわからなかった。俺の能力は過去や未来のことがわかるが、相手の心は読めない。何のためにそんな話を持ち掛けるのか、俺を使って何をしたいのか。
雅也が紹介してきたのは俺の仕事だ。俺が引き受けなければ話は終わる。
俺は貰った報酬を雅也と半分にするつもりはあるが、その前提がなければ雅也にとって利益になるような話は何もない。
仲介料でも受け取るつもりなのか?
訝しみ、睨むようにして答えを探す俺を見て、雅也は言った。
「お前は頭がいいから、そうやって裏を探って不安に思うんだろうな」
「は? 何だよいきなり?」
「いや、わかった。正直に話すよ」
そう言って雅也はパソコンを持ってきた。何やらソフトを立ち上げると、そこには変な形のグラフが現れた。
株だった。
「お前が占った結果を聞いて、それを元に株をやろうと思ってたんだ」
「何で先にそれを言わないかったんだよ?」
「いや、俺のために仕事をしてくれなんて言いにくくてさ……」
「馬鹿だな、別にいいさ。それなら引き受けるよ。何ならついでに株価も見てやる」
「マジで?いいのかよ?」
俺は頷いた。運命は変えられない。
ここでどんなに悩んだところで、引き受ける運命が決まっているなら占い師になるしか道は決まっていないのだ。自分の未来を見たことはないけれど、俺は占い師になる。それが決まっていることのような気がした。
それに、悪い話じゃないような気がしていた。雅也はなかなか計算高い男だ。自分の見せ方も、人への接し方も考えてやってる。
そんな男が自分で考えた結果、俺に話を持ちかけてきたのだから、余程勝算があってのことなのだろう。
「珍しいじゃん。お前が前向きに考えてるなんて」
「たまには、そういうこともあるさ。それに、今更能力を使わずに生きていくなんて変な気がしてたんだよ」
「そうだろ。お前には占い師が一番向いてるよ」
雅也がホッとしたように呟いたのを見て、俺はこの選択が正しかったことを確かめた。