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今日の予約は新規が三件。先週の続きで来る客が三件。毎日、噂を聞いて引切り無しに客が来るので、営業日は常に予約でいっぱいだ。
気が向かない時や、体調を崩した時は勝手に休業とさせて貰ったりもする。
俺の助手をやってるロナサラ……もとい幼馴染である雅也はスケジュールを見てため息をついた。
「宣伝もしてないってのに何処から聞いてくるんだろうな?」
「気になるならアンケートの項目に付け加えればいいだろ」
「馬鹿言うなよ。インチキっぽくならないように必死で作った俺の傑作にそんな俗な質問、入れられるもんか!」
雅也は本気の目をしてそう言った。こいつは意外とこの仕事を気に入っている。多分、実際に占いをする俺より真面目だ。分析のためにアンケートを提案し、用意したのも雅也だし、占い師っぽい衣装や部屋のインテリアを揃えてきたのもこいつだ。
占いをやろうと言い出したのが、そもそも雅也だった。
昔、小学生くらいの時に子供たちの間でこっくりさんが流行った。その頃、俺たちは女子の間で行われるその儀式に参加したくて色々と策を練った。
手がほんの少し触れるだけ。その瞬間を目指して俺たちは必死に勉強をした。授業よりも塾よりも本気になって心理テストや星座、血液型占いを覚えた。
顔は大して良くない。勉強も難しくてついていけない。運動もそこそこしかできない俺と雅也には話術という手段でしか、女子の間に入り込む術はなかったのだ。
そうやって身につけた知識と技術により、俺たちの周りには常に女子が集まる天国のような状態となった。
可愛い女の子の恋愛相談にのったり、学校で一番人気のあった子の手を休み時間中ずっと握って真剣に占ったりしていた。
おかげでバレンタインには家にまで女の子が押しかけてきて、鼻血が出るほどチョコを貰った。
ま、全部義理チョコだけどな。
自分の能力が開花したのはモテ期が訪れたのと同時だった。雅也を相手にして新しい占いの方法を試していた時だった。
手の汗や温度、脈の速さで相手の秘密を探る方法を試していた。
小学生にはかなり難しい本に書かれていて、理解するのに時間が必要だったが早くコツを掴んで使いこなせるようになりたかった。
占いは他人に冷やかされることなく女子の手を握れる方法だ。しかも結果が当たると極上の笑顔でお礼を言われるおまけ付き。
雅也も覚えようと必死だったが、なかなか上手くいかない。
「あなたには今、焦りが見えます」
「焦ってんのはお前だろ。これは俺の汗じゃなくてお前の汗。脈も体温も全部お前のだ。落ち着けよ、馬鹿」
「うるせぇよ! だったらお前がやってみろ。できるのか?」
俺は雅也を鼻で笑って一度手を離した。服の裾で汗をよく拭いてから差し出すと、雅也は苦虫を噛み潰したような顔で俺の手を握った。
「では、あなたの頭の中を見てみましょうか」
俺はそう言っていくつか簡単な質問をした。僅かな筋肉の動き、表情の変化、目の動き、汗のかき方。その全てを観察、分析の材料にする。
かなり集中力の必要な作業で疲れてきた俺は頭を空っぽにするように大きく深呼吸をした。
その時だった。初めて他人の過去を見た。二人で占いを勉強している姿、悪巧みをしている姿、俺と知り合う前の雅也の記憶までもが事細かに流れ込んでくる。
その情報量はかなりのもので、脳みその処理が追いつかず、しばらくボーッとしていた俺を雅也が揺さぶった。
「おい、どうしたんだよ?」
「いや……何だったんだ、今のは。雅也、お前は何か感じたか?」
「は? 何をだよ?」
雅也は訳がわからないという顔をしていた。何も感じなかったようだ。
俺が過去を見たことも、秘密にしているであろう記憶を知ってしまったことも。
白昼夢かもしれない。疑いを抱いた俺はもう一度雅也の手を握った。
やり方はわかる。食べ物の飲み込み方や呼吸の方法を教わらなくても知っているように、本能が『そうしろ』と言っている声がした。
手を握り、深く息を吸う。心の準備が整っていたせいか、今度は先程よりすんなりと流れ込む情報を受け入れることができた。
「お前が昨日の晩飯に入ってたピーマンを残しておばちゃんに怒られているのが見えたよ」
「は? ……何で知ってるんだよ」
「見えるんだよ。その前の夜はベッドの中で隠れてゲームして、寝ぼけてデータ消しただろ」
「ちょっと待ってくれよ。俺、そんな話したか?」
確かに雅也は俺にそんな話はしない。会えば占いの話や女の子の話ばかりで、ゲームの話なんかしないのだ。
雅也は外では好き嫌いなどないかのように振舞っている。給食で隣の席の女の子が嫌いな物を残して怒られないようにこっそり食べてやってることだって知ってる。
ピーマンが食べたくないほど嫌いだなんて初耳だった。
「何で知ってるんだ? 分析でそこまでわかるのかよ? お前、何してるんだよ」
「俺にもわかんねぇよ……いきなり見えたんだ。お前の過去が」
雅也が身震いするのを感じた。これが逆の立場だったら気持ち悪いと思っただろう。怖くてチビるかもしれない。
自分でも信じられないことが起こったと思っているし、それ以上何を知られるかわからないから触っていられるのは嫌かもしれない。俺は握っていた手を離した。
雅也は解放された手を見つめ、開いたり閉じたりして何か考えているようだった。その表情から考えを読み取ることはできない。
気持ち悪く思われて逃げられることを恐れていた俺に雅也はまた手を差し出すと、満面の笑みを浮かべた。
「すげぇな! お前、本当に超能力が使えるようになったんだ。過去が見えるなら未来も見えるかな。試してみようぜ!」
それを聞いたとき、俺はこいつと親友で良かったと心の底から思った。
その日は何度も練習したが、未来まで見ることはできなかった。
三秒くらいの間に二時間ドラマ以上の記憶を見るのだ。一度やる度に頭が痛くて休憩が必要になる。しかも未来らしい映像は少しも見えない。
へばって机から顔を上げられなくなった俺に雅也は言った。
「見る記憶の量って調節できねぇの? 占いなら赤ん坊の頃のことまで見る必要はないだろ」
「そうだよな……できるかな」
俺は頷いた。今は過去を見るのに精一杯で未来を見る余裕までなくなっているのかもしれない。それが調節できれば望みはある。
だが、本能は調節の方法まで教えてくれない。結局その日はぐったり疲れただけで終わった。
翌日も、その翌日も俺たちはその方法を試行錯誤した。
俺が記憶を見ている途中で手を離すだとか、吸っている息を途中で止めるだとか、色々試してみたが上手くいかない。
むしろ途中で中断される分疲れが倍増するだけだった。
「他にいい案ないか?」
「もうさ、こうなったら……気合じゃね?」
と、雅也はさも名案と言わんばかりに笑いながら言ってきた。俺は疲れも忘れて思わず笑い出し、体の力が抜けた。
その時『あれ?』と思った。がっちり掴むように握っていた雅也の手を軽く握り直し、目を閉じた。
吸った息と共に記憶が流れ込んでくる。分析するに、ここ数年の記憶だ。見える映像は途中で終わったように感じた。目を開けると現在の雅也がいる。
俺は眠っていて目覚めた瞬間から失われていく夢の欠片を集めるときと同じように頭を動かした。
今まで見えてこなかった映像が頭に浮かんでくる。雅也らしい背の高い男の姿が見えてくる。
「見えた、かもしれない」
そう呟くと雅也が身を乗り出してきた。
「見えたのか?」
「わかんねぇ……けど、今まで見えてこなかったものが見えるようになったんだ。でも未来なんてどうやって確認すればいい?」
「とにかく見えたものを何でも言ってみろよ」
雅也がそう言うので俺は見えたものをありったけ言葉にして伝えた。最近起こりそうな出来事は少なく、ずっと遠い未来の話ばかりだった。
それから急かされるようにもう一度未来を見た。過去の出来事を絞って、未来に焦点を合わせる。今と変わらない雅也の姿が見えるようになるまで何度も繰り返しさせられた。
こっちの疲れも知らずに催促してくる雅也を鬼だと思った。でも、弱音を吐くのは嫌だった。
強がりだけで言われるままに何度も繰り返し、やっと今と変わらない姿の雅也の未来が見えてきた。
やり方なんてもう覚えてない。でも、あの達成感は一生忘れられないと思う。
「お前、近いうちに忘れ物して廊下に立たされるぞ。あと、自転車に轢かれるから気をつけろ」
「廊下に立たされるのはいつものことだけど……自転車に轢かれるって何だよ?」
「カバン持ってるから通学途中だと思う」
それから場所やぶつかってくる自転車の特徴、怪我の程度なんかを細かく伝えた。雅也は黙って聞いていたが、やがて深く頷いた。
その事故は数日中に起こった。雅也は未来が本当に起こることなのか確かめるために、その道を避けて通ったりせずに過ごしていた。
それでも、俺が伝えた特徴と同じ自転車を見かけて多少は身構えたようで、俺が見た未来より怪我は軽かった。
その代わり、自転車の運転手が派手に転んで結構な怪我をした。
「俺が避けたからかな?」
「いや、お前が飛び出した訳じゃないし、相手は自業自得だろ」
病院から帰って来た雅也を励ますように俺はそう言った。
しかし、これは考えるべき問題である。本来なら雅也の怪我はもっと重大なはずだった。命に関わるほどではないにしても捻挫と擦り傷だけで済むはずではなかったのだ。
雅也が軽傷で済んだ代わりに、俺の見た映像ではほとんど怪我のなかった自転車の運転手が骨折している。
もしも雅也が俺の予言を聞いてあの道を避けていたら。もっと上手く避けて怪我一つなかったとしたら。その時、現在はどんな風に変わってしまったのだろう。
俺は自分の力が怖かった。




