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俺は仕事が忙しくなったと言い、徐々に朋美を遠ざけた。
あの山の展望台にも行かなくなった。メールの返事も減らしていき、内容も素気ないものにした。
数ヶ月が経ち、フォルトゥーナに会いにきた朋美は明らかに戸惑っていて、憔悴しているようだった。
「気になってる人がいたの。でも、避けられているみたいに感じて……私、何か失礼なことをしてしまったのかしら?」
「もう一度、占ってみましょうか」
俺は朋美の手を握り、目を閉じてゆっくりと息を吸った。
瞼の裏の暗闇が彼女の未来で染まっていく。穏やかな雰囲気の男性と知り合っている彼女の過去が見える。家族との別れに傷付いた彼女の手を取り、立ち上がらせてくれた優しい人だ。
「……とても愛してくれる男性に出会っているはずです。心当たりはありますか?」
「ええ……」
「今もあなたの傍にいて、優しく導き、あなたを支える言葉をかけてくれている。目を閉じて耳を澄ませて下さい。その方の声が聞こえるはずです」
朋美は俺がやるようにゆっくりと息を吸い込んだ。
その口元に滲むような微笑みが浮かんだ。俺の心は深く沈み、痛みを感じたが、それは彼女には伝わらない。
朋美が帰った後、俺は少し泣いた。
それから彼女はずっと占いの館へは来なかった。メールが途絶えたとき、直人と彼女の繋がりが消えたことを悟った。
きっとあの展望台にも、もう来るつもりはないのだろう。
「後悔してないか?」
「してるさ。これが本当に正しいのかどうか、俺にはわからないんだ」
雅也が何か言いたそうに口を開いたが、俺にはその言葉を聞く勇気がなかった。
俺の選択が正しかったことを知ったのはそれから数年後のことだった。
相変わらず予約で満ちたスケジュールを毎日必死にこなしていた俺と雅也は恋人を作る暇もなく過ごしていた。
朋美が久しぶりに予約を入れたと聞き、古傷が痛むような感情を覚えたけれど、もう涙が出るような恋しさは感じなかった。置いてきた過去を記したアルバムを、再び拾って眺めたような懐かしさがこみ上げる。
彼女は変わらず美しい姿をしていた。少し髪が伸びて、顔は最後に会ったときより丸みを帯びている。
「久しぶりに来てしまったわ。今日は未来を占いにっていうより……報告に来たの」
「報告ですか?」
「ええ。フォルトゥーナさんが占ってくれた相手と結婚することになったの」
「そうですか。それは良かった」
俺は胸に手を当てた。大丈夫、もう痛みはない。安心しただけだ。
「お祝いにその彼との未来を占って差し上げますよ」
そう言って差し出した手を彼女は迷いなく握った。未来への交信を始める。
未来の彼女が安らいだ表情を浮かべているのが見える。年老いて白髪になった朋美が夫となった男性の遺影を抱いて暖かい光の中に座っている。
大切な人が傷付いた未来は随分と遠くなり、彼女にそれを受け入れる準備が整うまで先送りになったようだ。涙を流してはいるが、悲しみに身を焦がしてはいない。幸せな記憶が降り積もり、悲しみを覆い隠している。
「心配はいりません。愛してくれる人が、愛する人が未来であなたを待っています。あなたが進もうとしている道は正しい。これ以上、私が何かいう必要はありません」
「ありがとう。ここへ来てよかった。あなたに会えて本当によかったわ」
朋美は最後に美しい笑顔を俺のためだけに見せてくれた。
俺の好きだった笑顔を守れたことが、何よりも報われた気分にさせてくれた。
この能力がある限り、俺はこの仕事を辞められないだろう。
何度も同じようなことを繰り返して、その度に泣きながら、傷付きながら生きていくんだろう。
占いに来る人間が皆、俺の能力を信じて来ている訳じゃないことくらいわかっている。嘘吐きだと陰で蔑まれていることも知っている。
でも、人が何と言おうと俺には他人の過去と未来が見えるんだ。俺だけはそれを信じて生きていく。
その運命がどんな未来へ俺を導くのだとしても。