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 食事を済ませた俺たちはそれから何軒か店を回り、酒を飲んだり、話したりした。

 深夜に帰ってきた俺を待っていた雅也はあれこれ聞きたがったが、俺がへらへらと話を躱しているうちにじっと睨むように固まったまま顔を歪めた。

「何だよ、お前ばっかりモテやがって!」

「なっ……行っていいって言ってただろ?」

「言ったよ。言ったけどな。一回でそんなに進展するとか思わないだろ!」

「仕方ないだろ! っていうかお前が思ってるほど進展はねぇよ!」

「はぁ? こんな時間まで帰ってこないで何もなかったはずないだろ」

「ねーよ。酒飲んで喋ってただけだ。大体、何かあったら帰ってくるはずないだろ」

 雅也の怒りに驚いてすっかり酔いが醒めてしまった俺は冷たい水を飲みながら冷静に反論した。

 不貞腐れながらもじっくり考えて納得した様子の雅也に、何故か恋愛について占う約束をさせられ、俺は眠りについた。

 次に直人として彼女に会う機会があったら必ず告白しよう。恋人になって、何があっても彼女を守り抜くと誓おう。そう心に決めて朋美と連絡を取り合っていた。

 かろうじて見えた未来の中で、彼女は恋人らしき人間と幸せそうに笑っていた。その相手が俺だという確証はなかったが、何となく自信があった。

 次の予約の日、彼女はフォルトゥーナのところへ未来を聞きにやってきた。

 朝、今日が占いの日であることを俺にメールした朋美は占いの館に来て、満面の笑みで俺の前に座った。

「何か良いことがあったようですね」

「ええ。久しぶりに男性とデートをしたの。この占いの館を紹介してくれた人よ。彼と会ってから、私の運気は右肩上がりだわ」

「そうですか。では、今日は改めて未来を見させていただきます」

 そう言って俺は朋美の手を握った。過去は既に見ている。今日は前回見ることができなかった未来を見るためだけに能力を使う。

 俺と朋美が幸せそうに笑っているのが見える。喧嘩もするし、お互いに意見が合わなくてもまた仲直りをして傍に寄り添う。

 朋美にもう一度、未来を知りたいかどうか確認してから予言を始めた。

「……大きな何かに守られているようです。自身が守られていると感じたことは?」

「あります。悲しいことはたくさんあったけど、不思議と怖い目に合ったことはないの」

「あなたは幸運な方です。今のまま、自信を持ってまっすぐに行きなさい。きっとあなたの望む幸せを手に入れられるでしょう」

 朋美は目を閉じて、何かを思い浮かべたようだった。その瞼の裏に浮かぶのが俺の姿であることを祈りながら占いを終えた。

 占いの結果を聞いた朋美は館を出るなり俺にメールしたらしい。一日の仕事を終えて携帯をチェックした俺を見て雅也が明らかにヘソを曲げた顔をした。

 それは無視して仕事の仕上げをする。新しく得た情報を書くために黙って目を閉じ、未来の先を見た。

 朋美が泣いている姿が見える。その隣に俺はいない。いや……写真がある。黒い額縁の写真だ。

「遺影……?」

 朋美の姿は今とあまり変わらない。かなり近い未来の話のようだ。

 何故、そんな未来になったのか探ってみる。不慮の事故ではないということだけがわかる。

「直人、どうした?」

 雅也に肩を掴まれて、俺は現実に引き戻される。頬を冷たい感触が伝う。泣いているのがわかった。

 避けることのできない未来を見てしまった。俺は死ぬ。そのことが朋美を悲しませる。やつれて生気を失った目をした朋美の姿が、目を開く前に一瞬だけ見えた。

 あの姿を招いたのが俺なのだとしたら。

「俺……朋美とは恋人になってはいけないのかもしれない」

「どういうことだ?」

「朋美と恋人として付き合う未来が見えた。その後、俺は死んでいた。朋美が悲しんで、衰弱していく未来が見えたんだ」

「だからって諦めるのか? お前、ネガティブもいい加減にしろよ」

 俺は何と言っていいかわからず、俯いた。最悪の未来を回避する方法がないものか案じる。

 だが、死を回避しても彼女は狼狽える。俺のために涙を流して強く束縛する。そうやって束縛しても尚、不安に駆られ、自己嫌悪に精神を病んでいく。

 朋美は大切な人を悉く失って生きてきた。身近な人間がいなくなることに他人以上の恐怖を感じている。

「そう分析したのは雅也だろ」

「そうだけど……でもわかんねぇよ。どうして諦める? お前は未来を知ってる。最悪でも死は避けられるだろ」

「……そうじゃないんだ」

 俺は首を振った。朋美の未来を書いたノートに視線を落とすと、彼女が嘆き悲しんでいた過去が浮かぶ。

「俺が傷付くのは、俺にとっては避けられる未来だ。だが、それによって自分の大切な人が傷付く彼女の未来が消える訳じゃない。彼女が悲しむのは避けられない未来なんだ」

「でも、生きていればその後は変わるだろう。フォローして、守ってやればいいだけじゃないか」

「無理だよ、雅也。俺はそんなに強い人間じゃないんだ。俺が傷付くのは構わない。彼女を守るためならどんなことだってしようと思ってる。でも、俺のせいで彼女を傷付けて苦しませることに俺自身が耐えられないんだよ」

 そう言って俺はまた涙を流した。見たくなかった。知りたくなかった。知らなければ俺は短い時間でも朋美を幸せにできた。俺も幸せになれた。

 だけど、見えてしまうんだ。変えられない、避けられない未来を知ってしまうんだ。

 大勢を幸福になるように導いてきた。それと同じ数だけ不幸になる未来を見てきた。

 俺が消えた未来なら彼女は幸せになれる。共に幸せになれないのは悲しくても、俺が彼女を幸せにしてやれるのなら、その未来だって悪くはない。

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