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俺は直人。通称、フォルトゥーナ。二十八歳、独身。職業は占い師。繁華街の片隅にある占いの館の主人をやっている。
占いに金は貰わない。だが、相談にきた人の多くが成功を手に入れ、感謝の言葉と共に色々と貢いでくれる。
それは服だったり、食べ物だったり、金券だったり。おかげでそれなりにいい生活をしている。
別に催促する訳じゃなく、勝手に集まってくるので怪しい宗教をやっている訳ではないし、犯罪者でもない。
そんな俺には人に知られてはいけない秘密がある。
まず、俺の占いはインチキだということ。
客には待合室で事前にアンケートを記入して貰う。監視カメラとマジックミラーで死角のない待合室を俺は控え室からじっくりと観察する。
一人で物を書くという作業に集中している人間が自然と行う癖から性格を予想するのだ。
最初はなかなか苦戦したが、今では持ち物などから性格だけでなく、大体の収入もわかるようになった。
それが済むと待合室から占い部屋に通して世間話をする。言葉の端々から出身地や、今住んでいる地域がわかってくる。
恋人の有無、タロットや水晶玉を扱う俺の動きを追う目つきや目の動き、それらから更に詳しい分析を行うと俺の仕事は終わったも同然だ。
分析結果を客に伝えていく。それらしい言葉を選んで使えば超能力で相手を見透かしたように見えるから不思議だ。
自分で言うのもなんだが、俺の占いは当たる。宣伝なんかしなくても結果が客を呼び、半年先まで予約で埋まるほどの評判を得ている。
それでも客の中には俺の占いを疑っている奴がいる。嘘をついて恥ずかしくないのか、まともな仕事をしろと言われ、時には貰ってもいない金を返せと脅されることもある。
だが、俺はこの仕事を恥ずかしいと感じたことは一度もない。
人間は悩みを持つと自分や、周りが見えなくなるらしい。それを言葉にすることで改めて気付かせ、新たな道へ進む、或いは元いた場所へ戻る勇気を与える。
いわば俺の仕事はカウンセリングだ。嘘をついているつもりはないし、人の役にも立てる。どこが恥ずかしいのか俺にはわからない。
誰だって悩みが出来たら誰かに相談するだろ。俺は客が知り合いには言えないような悩みを持ってしまったとき、それを気軽に相談できる相手になっているだけだ。
ま、そんなことを言って熱くなったところで納得していただけないことはわかっているので、説得の代わりとして特別に本物の占いをやることにしている。
俺のもう一つの秘密。俺には人間の過去と未来に交信できる力があるのだ。
相手の手を握って大きく息を吸う。時間にして三秒程度だが、体感時間はそいつが生きてきた時間の全てだ。
生まれた瞬間、よく似た母親の顔。遊んでいるところ、怒られているところ、転んで泣いている姿。果てにはおねしょをした朝のことまで全ての記憶が流れ込んでくる。
それを伝えると相手は真っ青になって自分の書いたアンケートの内容を確かめる。もちろん、そこに書かれているはずがない。
俺は誰にでも当て嵌るような出来事を外して、アンケートから予想できないことを選んで話す。
誰にも打ち明けなかった記憶。初恋、密やかな趣味、隠蔽した失敗などを言葉にしてやると相手は青くなったり、赤くなったりと忙しく表情を変え、最後には白旗をあげる。
腰を抜かして茫然自失になる相手にそのままお引き取り願うのも可哀想なので、俺は深い水の中へ潜水するように脳の更に奥深くへと潜り込んでいく。
流れ込んできた記憶の奥にはこれから起きる未来が潜んでいる。訪れる幸福。襲い来る不運。苦しみ、悩むその人の姿。更にその先にやってくる穏やかな未来。それをありのままに伝える。
良い結果を聞いても、悪い結果を知っても、客は憑き物が落ちたように穏やかな表情になり、運命を受け入れて納得して帰っていく。
やはり、悩みがあるというのはそれだけで人間を変えてしまうのだろう。安心すると本来の人間を取り戻せるのだ。
偶然、手に入れた能力で暇潰しのように始めた仕事だが、苦しむ人々を安心させてやるのが楽しくなってきている。
自己満足? そうだったとしても構わない。
所詮、親切なんてそんなもんだろう。