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第一話

どうも、作者の若輩侍です。

はじめましての方もそうでない方も、こんにちは。


今作は、にじファン様にて掲載していた「真・恋姫†無双~王平伝~」を大幅改修し、リメイクしたものです。設定やストーリーなどに大幅な修正が掛かっていますので、実質リメイク前の作品とは別作品とお考えください。


上記を踏まえ、私こと若輩侍の再出発の作品となります。拙い所もあるとは思いますが、読者の皆様に楽しんで頂ける作品であれば幸いです。


それでは、どうぞ。

満天に広がる蒼穹の下、どこまでも続く漢の大地に荒々しい剣戟の音が響き渡る。


剣戟の音に混じるのは悲鳴や罵声。加えて肉がぶつかりあい、あるいは断ち切られる嫌な音。常人が目にすれば吐き気を催すに違いない阿鼻叫喚の風景が、確かにそこには広がっている。


なぜこの様な凄惨な場面が繰り広げられているのか。それはこの時代、子供ですら容易に把握できることだろう。


そう、今まさに……この場は戦場と化しているのだ。


相対し合っているのは、規模の違う二つの軍勢。規模が大きな軍勢は、お世辞にもまともとは言えない見るからに貧相な武装を纏い、陣形も何もなくなだれ込むようにして突撃を繰り返している。そんな彼らの特徴と言えば、武器を持つ皆が皆、体のどこかに黄色い布を身につけている事だろう。


片や規模の小さい軍勢は、黄巾を纏った軍勢とは違い、一目見て調練の行き届いていると思わせるほどに整然とした動きをしている。纏う装備は派手さはなくとも、しっかりと生身を保護している質実剛健な作りであり、明らかにこちらの軍勢の方が装備を整えているのは、誰からしても一目瞭然であった。そして極め付けは、軍勢の掲げる旗に揺れる〝王〟の一文字。


些細な規模の違いなど物ともせず、烏合の衆となって襲い掛かる黄巾の軍勢を、王の旗を掲げた軍勢は着実に包囲殲滅していく。そしてその先頭には立つのは、槍を振り回し次々に黄巾を屠っていく一人の男。


「おらおらぁ! 少しは骨のあるやつはいねぇのかー!」


男が叫び、槍を一振りするたびに、また一つの命が消える。既に返り血で赤く染まった鎧姿は、一種の修羅か羅刹の姿を思い起こさせる。そんな男を前にして怯えた黄巾たちは、既に統率も何もあったものではなく、唯一の戦意さえ挫かれた彼らはもはや閉じられた死の包囲網の中で逃げ惑うばかりの、文字通り烏合の集と化していた。


「ふん、数が多いだけの烏合共が……。これ以上は時間の無駄だ。皆、一気に片を付けるぞ! 気合入れろぉ!」


「「「応っ!!」」」


男の声に共鳴した数百の兵たちが、一斉に逃げ惑う黄巾たちに襲い掛かる。槍で貫かれ、剣で叩き斬られ、戦場に無数の断末魔の悲鳴が木霊する。黄巾の命が消えていくのとと共に徐々に収束していく死の輪。そしていつしか悲鳴が途切れ、蒼かった空が赤く染まる頃。大地の上には空の様な鮮やかな茜色ではなく、怨嗟に塗れた赤の色が黄巾たちの亡骸共に広がっていたのだった。




◇ ◇ ◇




兗州(えんしゅう)南部、陳留(ちんりゅう)郡。曹操が刺史として統治するそこより北に数百里ほどの場所を、数百の兵士と荷駄隊によって編成された軍勢が行軍していた。荷駄隊を中軍に配置し、それを守るようにして前曲と後曲に鎧を纏った重歩兵たちが配置されている。そして彼らが一様に掲げている深緑の軍旗には、王の一文字が揺れている。


そう、先の戦にて黄巾の軍勢を完膚なきまでに撃滅した、王旗の軍勢である。足並みを崩さず行軍する軍勢の先頭には、やはりと言うべきか、かの男の姿もある。


が、その姿は戦場の時に垣間見せた修羅羅刹の姿とは程遠く、器用にも馬上の上で仰向けになってくつろいでいる。その姿を見て、すぐ傍を並走する兵士が絶え間なくため息をついていた。


「おーい、副長。今日で何日になるっけか?」


そんな事はいざ知らず、くつろぎながら欠伸混じりに男は隣りを並走する兵士に顔も向けずに問う。副長と呼ばれたその兵士は、もう一度ため息を吐きながら兜を脱ぐ。すると兜の下で髪止めが解けたのか肩ほどまでの長さの黒髪が風に吹かれてふわりと広がった。


「何日ではなく、何週と言ったほうが正しいですよ、王平将軍。それから何度も申し上げますように、その呼び方はやめてください。私の名前は――」

「あーはいはい、分かってるさ楊鳳(ようほう)


なげやりな返答をする男こと王平に、内心でさらにため息を吐く黒髪の女性こと楊鳳。荷駄隊を含んでも千には満たない軍勢の先頭に立つこの二人こそ、実はこの軍勢の大将と副将である。勿論、大将が王平であり、その補佐として楊鳳が副将の位置についている。そして陳留の県令である曹操に仕える王平は、曹操の命を受け領内各地の不穏分子の鎮圧のための軍旅の最中であった。


こうして説明するだけならば簡単だが、実際はそうはいかない。いくら一郡の領内とは言え、その広さはとても気軽に巡る事の出来るような広さではない。そんな長い道中を、小規模相手とは言え戦をしながら進むのである。そこから生じる疲労は決して少なくはない。しかもここ最近は、黄色い布を身に付けた連中が各地で暴動を起こしているために、長距離の移動と戦続きで休む暇さえないのだ。厳しく調練された正規兵とは言えもとは人間。限界はある。


そして王平が言うように、今回の遠征は些か以上に長引いていた。いつもは長くとも一週間もあれば済む鎮圧作業が、今回ばかりは領内に同時多発した暴動の鎮圧に連れまわされ、気がつけば数週間もの時間が過ぎていたのだ。今の姿はどう見てもぐうたら男の王平だが、彼は見た目のように馬鹿ではない。確実にこの大陸に異変が起き始めていることを、たたき上げ軍人の王平は長年戦場で培ってきた戦人としての感覚を通して、感じ取っていた。


「にしても副長、流石にこれだけ長く水浴びしてないと、何というか……臭うな」

「い、言うに事欠いてそういう事を言いますかっ!? と言うか、また副長って呼んでますし……」


ちなみに楊鳳の広がった髪から漂ってきた汗の臭いも、同じように敏感に感じ取っていた。王平の指摘に真っ赤になって兜を被り直す楊鳳。いらんところでたたき上げ軍人としての能力を発揮している王平である。


「全く、(ひじり)様は意地悪です」

「ははっ、悪い。ここ最近戦続きで、つい意地が悪くなっちまった。すまん、静音(しずね)


兜を深く被り俯く楊鳳に、苦笑しながら王平が言う。この二人、立場は上官と部下の関係ではあるが、二人の繋がりは真名を交換するほどに強かったりする。


「まあ、かく言う俺も相当に臭いからなぁ。ったく、同じような馬鹿が続出するせいで、おちおち拠点にも寄れやしない」

「そうですね。出来ても兵糧の補充と小休止だけ。水浴びをする暇なんて、ありませんでしたから。まあ、私はその辺りは慣れていますから、問題はありませんよ」

「そうか。だが、今のお前は俺の部下だ。最低限、身嗜みには気を配れ」

「はい、分かっています」


少しきつめの王平の言葉に、楊鳳はコクリと頷く。実は彼女、王平の部下となる少し前は先ほどの黄巾たちと同じく暴徒の一人であった。実際には暴政を敷く悪徳太守に反発してのことだったのだが、どんな理由にしろ県令の統治下での武装蜂起による暴動は許されることではない。結果、太守を追い出すことに成功はしたものの、続いて隣国から鎮圧にやってきた曹操軍と一戦交えた末に敗れ、捕虜となったところを当時部隊を率いていた王平に見出されて今の立場にいるのである。もしこのことがなければ、自分も黄巾の一味として、戦場に立っていたかもしれないと楊鳳は思う。無論、今はこうして王平の元に仕えているため、再び暴徒に身を落とそうなどとは思ってはいないが。


「例の黄巾共、純粋に暴政に反発しての者たちもいるようですが。それに便乗して今回の様な悪質な輩までもが群れを成すようになったことは少し困りものですね」

「ああ。山向こうなんかはともかく、このあたりは華琳様が統治している領地だ。ほぼ九割方が流れに便乗した賊共だろうさ」


華琳、と言うのは先にも上がった曹操の真名である。そして曹操の領内の統治は領民たちにすこぶる評判がいい。と言うのも、曹操の政治は良くも悪くも公正なのだ。善には褒美を、悪には罰を。これを徹底して行っている。ゆえに町の犯罪率も他国に比べて少なく、曹操自身が優秀なために財政や軍務も安定している。それに比例するかのように、保持している軍隊もかなり優秀と言える。そんな国の宝ともいえる精鋭たちの一部を任され、領内の鎮圧を一手に任されるだけあって、曹操の王平に対する信頼は高い。曹操が何度も王平を遠征に派遣するのも、この高い信頼ゆえだろう。まあ、もしかしたらそれ以外の理由もあるのかもしれないが。例えばほら、王平が男で多少の不衛生には耐性があるからとか。


「陳留以外の各地でも最近多いと聞くが、今はどうなってるんだろうな。大事になっていなけれりゃいいんだが……」

「情報を得たくても、今の私たちには不可能です。近くの城に寄る事が出来れば、何かわかるかもしれません」

「だがなあ、もう日も暮れそうなこの時間だし、何より戦続きで兵たちの疲労が激しい。無理な行軍はさせたくないな」


首を最大限に後ろにそらして、王平が後ろに続く兵たちの方へと視線を向ける。整然と行軍する彼らにも、やはりその顔には深い疲労の色が見て取れる。第一、今の行軍速度からしていつもの半分程度に抑えている。それでもこの状態という事は、やはりそういうことなのだろう。


「今日はこのあたりで野営するか」

「見渡す限りの平原ですから、奇襲を受ける心配もないでしょう」

「だな。よし、そうと決まれば飯の用意だ。荷駄隊に連絡して野営の設営を頼んでおけ。こういう時こそ、あいつらの出番なんだからな」

「了解です」


頷き、楊鳳が馬を中軍の方へと転身させる。楊鳳を見送った後、寝転がっていた王平はこれまた器用に馬の上に立ち上がると、息を大きく吸い込み、全軍に聞こえるように大声で叫んだ。


「飯だぁぁぁ、休憩ーーー!!」




◇ ◇ ◇




兗州(えんしゅう)南部、陳留。曹操軍の本拠である本城の王座の間には、既に複数の人が集まっている。そのうちの一人、王座に腰掛け、はぁと憂鬱そうにため息を吐いているのは、金髪を頭の左右両側で螺旋状に纏めている少女。彼女こそ、陳留の刺史こと曹孟徳。ため息の理由は、ここ最近急増している暴動に関してのことだ。


「最近、また件の暴動の数が増えた様ね」

「はい。主だった邑には既に警戒の強化をするよう伝えてあります」


曹操の問いに答えるのは、青い装束を身に纏う女性。

――夏候淵。曹操の側近の一人である。


「そう……」


夏候淵の言葉に曹操がまた一つため息を吐く。しかしそれも仕方がないと言えるだろう。何の前触れもなく突如として発生し始めた黄巾を纏う者たちの暴動は、瞬く間にその規模を拡大させ、瞬く間に大陸各地にへと伝播していった。その影響は、遺憾ながらここ陳留にまで及んでいる。未だに小さな領土ではあるものの、それでも持てる力を尽くし、治安の安定と町の活性化を進めてきた曹操にしてみれば、厄介な事この上ない事態である。


そしてつい先日、各地の暴動の鎮圧のため漢王朝がとうとう国軍の出兵を決めたのであるが……これがさらに暴動を激化させる要因になってしまった。と言うのも、王朝内の宦官たちの腐敗化の影響を受けてか、今日まで蔑にされ続けてきた国軍にはかつての力はもはや存在せず、練度の低い半ば形骸化した軍勢では装備は貧相なれど限りなく士気の高い暴徒たちの暴動を抑え切る事が出来なかったのだ。結果、数と勢いに押された国軍は無様にも暴徒たち相手に敗走。これが漢王朝の権威の失墜に繋がってしまった。


こうなればもう、暴徒たちが国の権威を恐れ尻込みすることなどありはしない。さらに勢いづいた暴徒たちは、自らの欲望を満たすために想いを同じくする同士たちと徒党を組み、そしてその徒党がさらに集まり、一つの軍隊を結成する。ある者は長年虐げられてきた恨みを晴らすため、あるものは自分が欲しいと思ったものを手に入れるため。


欲望の方向性に違いはあれど、行使する手段は同じ。中には心から暴政を憎み義によって立った者たちもいるが、そんなものは全体の数割にも満たなかった。


結果、大陸に訪れるのは混乱である。そしてその波紋は、先ほども言ったように、ここ陳留にまで届いている。しかしそれを黙ってみている曹操ではない。既に各地の邑の軍備増強を進めて警戒の強化を図り、発生した暴徒の鎮圧には選りすぐりの精鋭によって編成された鎮圧部隊を送り込んでいる。部隊を任せた将は些か癖はあるものの、実力に関しては曹操は大いに認めている者だ。実際、これまでに発生した多くの暴動もその将が鎮圧に出向く事が多かった。


その将の名は王平。曹操軍きってのたたき上げ軍人であり、曹操軍で唯一、男で軍部の重臣の位についている者である。


「秋蘭、聖からの報告は?」

「一週間ほど前に届いた報告以来は……」

「聖にしては珍しいわね。報告に手が回らないほどなのかしら」

「恐らく、鎮圧先で新たに確認した暴動を鎮めて回っているのでしょう。アレで聖は、仕事に関しては真面目ですから」


夏候淵の微妙な褒め言葉に曹操が苦笑を浮かべる。公の場では確かに真面目な王平であるが、その実、私ごとでは軽はずみな行動をとる事も多い。ゆえに曹操としては、いつでも真面目な王平でいてほしいがために、王平に長期間の任務を任せることが多かったりもする。勿論、その実力を認めたうえでの事だが。


「だとしても、たかが賊の鎮圧に時間を掛け過ぎではないか?」


夏候淵の言葉にそう不満をあげるのは、夏候淵とは対照的に赤い装束を身に纏う女性。夏候淵の姉、夏候惇である。


「討伐にそう時間は掛からずとも、移動に掛かる時間が長いからな。仕方がないだろうさ」

「まあ、それはそうなのだが……」

「春蘭、聖はよくやってくれているわ。短期間で遠征に次ぐ遠征をこなす事の出来る将は、大陸を捜してもそういないでしょう」

「わ、私とて、遠征くらいはこなして見せます!」


王平を褒める曹操の言葉に、夏候惇が過剰に反応する。そんな夏候惇の姿に夏候淵はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。


「汗と土にまみれながらも、酷い時は数週間も風呂に入れないのだぞ。我慢できるのか、姉者?」

「そ、それは……かなり嫌かも」


事態を想像した夏候惇が、心底嫌そうな顔をして身震いする。年頃の女性からしてみれば、想像するだけでもかなり衝撃的な事らしい。


「それを引き受ける聖がいるからこそ、我らもこうして国事に集中できるというわけだ」

「そういう事よ。でもまあ、色々と面倒事も増えてきた事だし、そろそろ呼び戻しても良い頃でしょう。紹介しなければならない子もいることだしね」


そう言って曹操は、緊張した面持ちで立っている、陽光に反射してキラキラと輝く白い装束を身に纏った青年に目を向ける。青年は王平が遠征に出ている最中に、新たに曹操軍に加わった人物であった。


「秋蘭、聖に帰還を促す伝令を出しなさい。今の時期なら聖の隊は北部のどこかにいるでしょう」

「分かりました。ですが念のため、東と西にも数人伝令を放っておきます」

「好きになさい」

「御意」


その翌日、夏候淵によって各方面にそれぞれ数人の伝令が放たれる。しかし陳留最北部付近で行軍していた王平に帰還命令が伝わるのは、伝令が放たれたさらに一週間後の事であった。




◇ ◇ ◇




「遅かったわね。とりあえず遠征ご苦労様。ただ……大分臭うわよ」


定時よりも少し遅れて王座の間に参上した王平を待っていたのは、王座の傍に控える夏候姉妹としかめ顔をした曹操であった。曹操の正直な言葉に苦笑しながら王平は王座の方へと近づく。どうやら遅刻に関してのお咎めは無いらしい。まあ、これで陳留の最北部からほとんど休みもなしに超特急で戻ってきたのだ。伝令が来るまでに一週間、そして王平が本城に帰還するまでにさらに一週間半。計二週間半。普通に考えれば、どう見ても不可能な事である。身軽な伝令兵一人ならともかく、王平たち鎮圧部隊は皆武装を纏った兵士たちなのだ。おまけに兵糧を運ぶための荷駄隊もいるとなれば、行軍速度が伝令兵より速いはずがない。


そこを、無理を通して行軍することでこの時間である。おかげで城に着くなり鎮圧部隊の半数は過労でぶっ倒れる始末。王平自身も、荷駄隊の速度を上げるために乗馬を荷引きに回していたため、倒れはしなくとも疲労困憊そのもの、身なりも整える暇など無かったのである。それでも文句を言わないのは、曹操自身も多少の無理無茶をしながら国を治めている事を王平が知っているからだ。決して人材の多くない曹操軍が地方とは言え一つの国を治められているのは、ひとえに曹操自身の頑張りが大きい。その分、今回王平がした様な体に負担の掛かるくらいの無茶を事あるごとに曹操もしているのである。仕える主君が身を削る事があると言うのに、臣下の自分が不満を上げるなどと情けない事を王平はする心算は無い。


「王子均、只今遠征より戻りました。長い遠征から帰還した直後ですゆえ、その辺りはご勘弁を」

「そうだったわね。悪かったわ」


臣下の礼を取り曹操の前に跪く王平に、曹操はこめかみを押さえながら言う。どうやら持病の頭痛が再発しているらしかった。


「それで、俺を呼び戻した理由ですが……」

「それに関しては、私から説明しよう」


そう言って一歩進み出た夏候淵に王平は向き直る。


「先日、山向こうの太守が暴動により領地を捨てて逃亡したのは聞いているか?」

「いや、知らんな。だが、俺たちの領土は山を隔てたこちら側のみ。向こう側の事には手は出せないはずだ」

「本来ならそうなのだがな。だがお主が帰ってくるつい先日、朝廷より暴動鎮圧の命が下った。逃亡した太守に代わり暴動を鎮圧せよ、だそうだ」

「ったく、他人様の尻拭いを俺たちにしろってか?」


王平があからさまに呆れた表情を浮かべる。数が多いとはいえ、所詮は烏合の衆。あの程度の暴動に逃げ出す太守の顔をぜひ見てみたいものだと思った。


「だが、俺がいなくてもそれくらいの事は出来るだろ。わざわざ時間を掛けてまで呼び戻す必要はあったのか?」

「今までと規模が段違いなのよ」


とりあえず頭痛が治まったのか、静かな声で曹操が言う。


「そうなのか、秋蘭?」

「ああ。報告に聞く限り、三千は下らないそうだ」

「三千か。そりゃ確かに多いな」


今まで王平が戦ってきた中でも、千を越える軍勢はそうはいなかった。最も多かった時で、良くて千五百と言ったところだっただろう。その時は流石の王平も苦戦したが、兵たちの奮戦もあってどうにか鎮圧することはできた。しかし、その数のさらに二倍ともなれば、苦戦するだけでは済まないだろう。なるほど、曹操が頭痛を訴えるのも無理はない。


「今のままでも負けはしないだろうけど、被害は出来る限り少ない方が良いわ。そのためには、より多くの戦力をもって戦に臨むべきでしょう?」

「それで俺を呼び戻したと」

「そうよ。貴方に任せている兵たちは幸い戦慣れした精兵ばかり。呼び戻さないはずがないでしょう」


確かにそうだ、と王平は思った。もともとある程度の精鋭をかき集めて編成した部隊であったが、今の王平隊は曹操軍の中でも一位二位を争うほどに強い。度重なる遠征によって鍛えられた事もそうだが、何より戦の経験が豊富なのである。無論、部隊長の王平も含めてだ。そこに曹操軍の本隊が加われば、これはもう大陸でも屈指の強さを誇る軍隊となる事だろう。


「ですが華琳様。俺たちの力を当てにしてくれるのは嬉しい事ですが、遠征の疲れの抜けていない今、休息の間もなく出陣させるのは……」

「分かっているわ。出陣は今日から四日後。それまでに休息と準備を済ませるよう、兵たちに伝えておきなさい」

「はぁ~……俺はともかく、兵たちはしっかりと労ってやってくださいよ?」

「当然でしょう。後で私のところに部隊の名簿を持参なさい。働きに準じた褒美を用意するわ」

「御意に。……とまあそれはさておき、徐晃のヤツが見当たらないんだが?」


曹操の言葉に頷いた王平が、ふと辺りを見回して首を傾げる。次いで遅ればせながらも、この場に自分の見慣れない男がいる事に気付く。王平はそれにと呟くと、おもむろにその白い服の青年を指さした。


「このもやし、誰?」

「もやっ!?」


まさかのもやし宣言に、青年が口をあんぐりとあけて絶句する。青年の向かいにいた夏候惇はしきりにうむうむと頷き、青年の隣りにいた夏候淵は青年をいたわる様に、しかし頬を若干ヒクヒクとさせながら肩にポンと手を載せる。曹操に至っては、隠す必要すらないのか王座の上で腹を抱えて爆笑していた。


「も、もやしって、もや……ぷっ、くあははははっ!!」

「確かに聖と比べたら、北郷はもやしだな」

「まあ、なんだ。くくっ、そう気を落とすなよ北郷。くくっ」

「ぶっちゃけ、華琳や春蘭よりも秋蘭の反応の方が傷つくんですけど……」


がっくりと肩を落とす青年に対し、王平はほぅと感心した様な声を上げた。


「華琳様たちから真名を許されているのか。と言う事は、見た目に反して実は結構な猛者なのか?」


未だに腑に落ちない様子の王平。すると何を思ったのか、王平は北郷と呼ばれた青年に向け腰の剣を引きぬき構える。


「えっ、なっ、ちょ」

「その鬱陶しく光る装束は敵の目を眩ますための物のようだが、生憎と俺には効かん。いざ、尋常に勝負」


そう言って体の重心を落とす王平。それを見て青年こと北郷一刀は直感で感じる。この男、マジで殺る気だと。冗談でもなんでもない、ガチの本気なのだと。王平の言葉に、これは服の材質であるポリエステルが勝手に光を反射しているだけだと反論したい所ではあるが、王平から発せられる威圧感に押され、一刀は口を開くことすらままならない。それほどまでに濃密な殺気であった。


それを理解するのと同時に、一刀は口だけでなく否応なしに体全身が恐怖によって硬直する。せめてもの反抗にとどうにか体が震える事だけは抑えているものの、その額には汗がびっしりと浮かび、顔色も真っ青になっていた。


「……」

「……」


男が二人、王座の間にて無言で向かい合う。しばらくして、王平は固く結ばれた口にふっと笑みを浮かべると、構えを解いて剣を元の鞘へと収めた。


「なるほど、確かに華琳様が真名を許すだけの事はある」

「へっ?」

「あら、そう見える?」


間抜けな声を出す一刀。王平の言葉に曹操は面白そうな表情を浮かべている。


「はい。確かに我らのような武を持ち合わせているわけではないのでしょう。だが……」


そこで一度区切り、再度一刀に目を向けた王平は、今度こそハッキリとした笑みをニヤリと浮かべた。


「なかなかどうして、男として肝が据わっている」


未だ顔色の悪い一刀にそれだけ言うと、王平は曹操に向き直り話を元に戻す。一人取り残された風の一刀は、どもりながらもどうもと小さくお礼を呟いた。


「さて、と。とりあえず、徐晃への挨拶は後にするとしてだ。華琳様、今日は絶対に風呂に湯を張ってくださるよう」

「そうね。私も今の貴方と接するのは、正直遠慮したいところだもの」


そう言われる王平の姿は、確かに綺麗とは言い難い。とりあえずは後ろで一つに纏めているものの、髪はぼうぼうの伸び放題。髭も不揃いに伸びまくり、顔は砂埃で薄汚れている。城に着いてすぐ王座の間に駆け込んだため、服装も血錆と砂埃に塗れた鎧姿のまま。鎧を纏っていなければ、どこぞの浮浪者とでも見られそうな有様だ。今まで我慢していたものの、臭ってくる汗の臭いだって凄まじい。長期の遠征から帰った直後と言う理由がなければ、即座に曹操は王平を汚物と罵りその首を刎ねていた事だろう。


「んじゃま、風呂の用意が出来たら使いを寄越してください。それまでに、俺は伸びまくった髪と髭の手入れを済ませておきますんで」

「はいはい。せいぜい見られる様な姿にしておくことね」


曹操の皮肉に苦笑を浮かべると、王平は足早に王座の間から退出したのだった。

という訳で、リメイク版第一話の終了でございます。

【王平伝】改め【真・王平伝】として復活いたしました今作ですが……まあ、リメイク前とはかけ離れていますね。主人公の王平からして、キャラと立場が変わってます。


改修前と違い、今作ではより史実をもとにしたキャラとなっています。そしてそんな王平が恋姫世界にいたら、というスタンスで今後の物語を進めて行くつもりです。


改修前とはほぼ別作品と言っても過言ではありませんが、どうぞ今後ともよろしくお願いします。

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