オレは神に絶望した
「はぁ〜」
なんだかなぁ。もう、溜め息しか出てこねーな。
「オレには無理だぜ、武者小路……」
オレは例の体育館外階段から黄昏に染まる校舎を眺めながら、またしても深々と魂が抜けるような溜め息をついた。そして、約三十分前のことを思い返していた。
「つーか、選挙なんスね」
オレの言葉に雨宮先輩は眉一つ動かさず答えた。
「11月だ。その時に全学年で生徒会役員の選出が行われる」
選挙、か……。
まあ、薄々は感づいてたけどな。薄々っていうかほぼ確信に近い薄々だけどな。生徒会役員それぞれに「会長に抱かれ隊」とか「雨宮様に踏まれ隊」とかアホと変態丸出しの旗を振りかざす熱狂的な親衛隊がいるくらいだから、よほどのカリスマ性を兼ね備えたエリートもしくは人気者もしくはアイドルのみが生徒会役員として君臨することができるんだろうとな。もちろん限りなく確信に近く薄々気づいてた。この学校が薄々なんとなくほぼ確実に変態と変質者の溜まり場であることなど気づいてたともさ。
だが、しかし。
「無理ですね」
「無理だな」
「無理かも」
そう、そうなのだ。平凡丸出し顔で平凡な眼鏡をかけた平凡極まりないオレがそんな学園の支配者、勝者、アイドルユニットの一員になどなれるものか。おまけにオレは極端な人見知りで人嫌いときてるしな。OK,断言しよう。不可能だ。みかんを眼球で剥くくらい不可能だ。要するに不可能だ。クソ癪に触るが初対面の相手にまで「無理w」と言われるくらい、とにかく不可能だ。
「つーかなんで先輩たちまで『無理w』で納得してるんですか。先輩たちがオレの何を知ってるんですか。アレですか、オレのストーカーかなんかですか」
オレの拗ねた八つ当たりまがいな反応に雨宮先輩は不敵に顔を歪ませた。うわぁ、美形だからよけいムカつくな。
「お前が華のある人間じゃないことくらい一目でわかる。おまけに口下手だしな。ちなみに僕はストーキングされる専門だ。不愉快極まりないが」
そんな情報はどうでもいいんですが。オレがぶすくれた不細工な顔で黙り込んでいると、なんだか心配そうな顔をした萩野先輩がオレに優しく言った。
「そんなに生徒会に入りたいの? あ、あれかな?生徒会役員だと女子部と交流できるしね」
「そんな無粋な理由で生徒会に入りたがる奴いるんですか!? いや無粋というかむしろ純粋で切実な理由ですけど!? まあそーゆうオレもそうですけどね! 軽蔑してください!!」
絶望のあまり崩壊したオレに雨宮先輩は案の定クールにまじめ腐った表情で答えた。
「大丈夫だ、張。その手の理由で役員になりたがる奴は五万といる。かくゆう僕もその1人だ」
「マジでッ!?」
「冗談だ」
「ですよねっ!!」
「惟音、冗談言うときはTPOを考えないと」
優しいんだかむしろ馬鹿にしてるんだかわからないが、とりあえず萩野先輩はオレに味方してくれているようだ。てか、雨宮先輩の名前惟音ってのか。くそ、名前までイケてる。萩野先輩もさりげなくオレの膝をすりすりしたりしてこなければなかなかいい奴だしな。畜生、優しい手付きがよけい悲しくなるぜ。
オレは呻きながら女子部の生徒会室に行ったであろう武者小路のことを考えた。「ボクは必ず生徒会に入るよ! 大丈夫、ボクは王子だから!」などと自信に満ち溢れた顔で豪語していた武者小路のことだから、恐らく「選挙?ならば同志を募ろう! 来たれ、我が親愛なる友垣(=支持者)よ!」とか言ってんだろう。かたやオレはどうだ? 目の前にただずむ学園のアイドルユニットを前に顔面格差と人望の差とその他諸々の差を突きつけられ、「無理w」的な状況だ。あ、いかん、涙出そう。
「…まあ、今からでも遅くないんじゃないか?」
オレが残酷極まりない不平等な神に呪いの言葉を呟いていると、雨宮先輩が唐突に言った。オレは急に現実に引き戻され、ぼんやりする。
「夜の寝技を磨くのがですか?」
「お前アレだな。平凡そのものに見えてかなりアレだな。萩野と同レベルのクソ馬鹿野郎だな」
美人の口から『クソ』なんて言葉が飛び出したことのほうが驚きだが。
まあ、なにやら真剣な話のようなので真剣に話を聞こう。
雨宮先輩は黒目がちで睫毛がばさばさのビー玉のように綺麗な目で真っ直ぐにオレを見た。
「選挙は11月だ。今から約半年はあるし、努力次第でお前の支持者はいくらでも増やせるだろう。それに一年生なら、僕らのように生徒会のレギュラーメンバーが決まっているというわけじゃないしな。まあ、前向きに考えるなら来年、再来年だってあるわけだし」
そこで雨宮先輩は言葉を区切ると、どこか意味深な笑みを浮かべた。
「それに、僕はお前のような雑草臭い人間が嫌いじゃない。面白みのないエリート優等生よりは楽しめそうだからな」
……え? 何今の微笑み。褒められたの? オレ。
いや、でもなんかしっくりこねーな。うん、なんか違和感を感じる。『嫌いじゃない』ってことは普通もしくは好きもしくはその、アレだ、Ti・amo的な意味? ってことだよな。まあ、別に変な意味じゃないなら素直に嬉しいよ? びじ……いや人に好かれて嬉しくないなんてことはあんまりないからな。人から好かれることの少ない、いやほぼ皆無のオレは特に……って何言わせやがる! 自分で言っといてなんだがすげー傷ついたぞ!
とにかく嫌いじゃないなら有り難いが。むしろウホッ!って感じだが。しかしなんだ、この感じ。この背筋がひやってして息子が……いや、女性の読者もおられるかもしれないのでこれ以上は言わないでおくが、とにかくなんだ。そもそも『楽しめそう』ってなんだ。あれ? なんだ?
「だから惟音、冗談言うときはTPO考えないと」
「馬鹿なことを言うな馬鹿、僕に男をいたぶる趣味は……おっと、口が滑った。はは、済まない。ただの冗談だ、気にしないでくれ」
オレは今の2人のやりとりは聞かなかったことにした。じゃないと神の芸術作品級の美しすぎる雨宮先輩の顔をガチで見れなくなりそうで勿体ないと思ったのだ。そう、ただそれだけの理由だ。
そして今に至る。
「はぁ〜」
くどいがオレはまたしても魂が抜けるような溜め息をついた。恐らく今日一日で50回以上はついたのではないだろうか。いや、自分でもキモイなって思うけどな。雨宮先輩たちもとにかくがんばれよw的に励ましてくれたけどな。こんな絶望的な状況で溜め息をつかずにいられるだろうか、いや、いられない。←反語
ああ、武者小路さんは上手くやっていけるんだろうな……。あの(ウザすぎるくらい)明るく前向きな王子様はな……。だがオレはな……。ただの背が高くて痩せてる眼鏡男子だからな……。普通に考えて生徒会役員なんてな……。とにかく、な……。
オレは大変男らしくないことに、うじうじとネガティブの海を漂っていた。
するとどこからわいて出たのか、
「晃範くんっ! 結婚しようっ!」
……ふふ、来やがったなバカ王子が。この野郎、いつにも増してウザかわいいじゃねぇか。だが挨拶ついでに求婚するのはやめな。ぐらってきちまうだろうが。
「やあやあ武者小路。今日も心行くまでドキドキトークタイムをエンジョイするとしようか」
オレの無理なポジティブに武者小路は子犬のようにはしゃいで答えた。
「嬉しいよ晃範くん! ちなみに君に会えた時点でボクのドキドキはまさに絶頂さ! そうだね、それならまずお互いの戦果を報告するとしようか! さらなるドキドキを求めて!」
いや、それより前にオレの無理なカチカチの笑顔に気づけよ。あとドキドキ言い過ぎだよ。どんだけドキドキしてんだよ。そのうち心臓破裂しちまうぞ。
オレの心の叫びなどガン無視し、武者小路はかわいらしい顔にどことなく得意気な笑顔を浮かべた。
「ボクも詳しくはわからないが、どうやら先輩と先生に気に入られたようだ。なんだか話がよく飲めなかったけど、ボクのことを女子部のみんなに知らせてくれたよ。どうしてそうなったのかは知らないが、なんらかの決議を行ったのち多数決をとったようだ。そしてこれは確実な話で、明後日にはボクを生徒会執行部一年書記として正式に発表してくれるそうだ!」
……いや、もう、ね。
カリスマはこれだからね。
ほんと嫌になっちまうよな。はは。