(4)
深夜、眠れないハルカは慶司の武器庫からナイフを一本無断で拝借し、部屋の外へ出ようとしていた。リビングへ出て廊下へ通じる扉を開けようとしたが、鍵がかかっている事に気づいた。
『鍵……』
ハルカが扉の鍵をガチャンと開け、取っ手を引っ張ったが扉の開く気配がなかった。何かに引っかかり開かない。その為ハルカは首を傾げた。
『これしかないのに……』
ハルカは呆然として扉を見つめ、鍵をガチャガチャ鳴らすと、後ろから足音が聞こえ、ハルカが振り向いた。
「ふぁぁっ……。だから夜中にうろつくな」
慶司が欠伸をしながらハルカに言うと、ハルカは慶司を見つめて黙っていた。その為慶司はハルカを見つめて目を細めた。
「ハルカ、手に持っている物はなんだ」
「……」
慶司がハルカの持つナイフを見て言ったが、ハルカは黙ったままだった。その為慶司はため息をついた。
「それも俺のナイフだな。返してくれ」
慶司が気づいたのか手を出して言うと、ハルカは頭を横に振って嫌だと示した。その為慶司はハルカをじっと見つめた。
「ハルカ、怪我をする。返してくれ」
慶司がハルカの側に歩むように動くと、ハルカは遠ざかるように離れた。その為慶司は足を止め、ハルカを見つめた。
「ハルカ」
呼び止めるように呼ぶと、廊下から扉の鍵を開けられ、部屋に陽二と藤十郎が部屋に入って来た。その為慶司とハルカが扉を見つめると、ハルカが陽二を睨んだ。
「陽二、毎日来てんのか」
慶司がつまらなさそうな声で言うと、陽二は苦笑いを浮かべた。
「カメラの映像、悪いが見させてもらっている。ハルカが変な行動を取れば来るようにはしていると言えばいいか」
「監視なら止めてくれ」
「これでもハルカを変にしたことへの償いのつもりなんだがな……」
陽二が苦笑いを浮かべて言うと、ハルカが陽二の前に立った。その為陽二はハルカを見つめた。
「ハルカ……」
「どうして誰もハルカを怒ってくれないのっ!」
陽二にハルカが怒鳴るように言うと、慶司も陽二も目を見張り、ハルカを見つめた。
「ハルカが闇の住人の子供だってちゃんと分かったんでしょ? ハルカが必要ないって分かったのにどうしてみんなハルカのことを嫌いにならないの! どうして怒らないのっ!」
ハルカが陽二に向かって言った言葉を、陽二は驚いて聞いていた。
「ハルカ、誰に聞いたんだ」
藤十郎が陽二の側からハルカに言うと、ハルカは藤十郎を見つめた。
「廊下を歩いてる人たちが言ってたもん。ハルカのことをちゃんと調べたんだって」
「それで?」
「ハルカの事ちゃんと分かったんだって言ってた。そうしたらやっぱり闇の住人の子供だったって。スパイじゃないって分かったけど、信じることはできないって言ってたんだもんっ!」
ハルカはわめくように言うと、藤十郎はため息をついた。
「陽二、事実を伝えてもよくなったのではないか?」
「わかりました。ハルカ、教えてあげよう」
藤十郎に頷いた後、陽二はハルカを見つめて口を開いた。
「あれからハルカのことは調べたよ。闇の住人たちを捕縛していたから、その者たちに聞き、真実を突き詰めた。ハルカは確かにあちらの人間だ。親も生まれた場所も。でも育っているのは白の塔だ。人間が育っていく中で自分を作っていくのは育つ場所にあるんだ。親でもない、生まれた場所でもない。だからハルカのことは白だと説明し、理解してもらっている」
「でもハルカのお父さんお母さんは闇の住人なんでしょ?」
「そうなる。だがハルカ、親に奴隷になれと違う場所に行かされていた。叩かれ、苦痛を強いられていた。闇の住人でも自分の子供にすべきことじゃない。だからハルカは白だったんだ」
「そう見せかけてるんじゃないかってみんな言うんだもん!」
ハルカが悲鳴のように言うと、陽二は頭を横に振った。
「違う。ハルカは本当に真っ白だ」
「……でもみんな信じてくれない。ハルカが悪い奴なんだって思ってる。だから……ハルカは悪い奴になる」
ハルカがそう言ってナイフを構えると、隣室の扉が開き、みんなが眠そうな顔で出てきた。
「ちょっと……何時だと思ってんの?」
唯香が目を擦って不機嫌そうに言うと、慶司たちを見て一瞬身を固めた。そしてすぐに頭が起きたのか、目の前の光景を見て唖然となった。
「ちょっと何してんの。ハルカ!」
唯香が止めるように言うと、ハルカはナイフを持ったまま陽二を見つめた。その為陽二はため息をついた。
「ハルカ、止めて」
「ハルカ、落ち着こう。ナイフは危ないから」
「落ち着いてハルカ」
「危ないから手を放そう」
みんなが口々にハルカにナイフを放してほしいと言うが、ハルカは従わず、陽二に向かうように足を踏み出した。その為慶司がそんなハルカの手を摑まえた。
「ハルカ!」
慶司がハルカに怒鳴るように言うと、陽二は肩を落とした。
「慶司、放してあげろ。良いんだ」
陽二がそう言うと、慶司は目を見張り、陽二を見つめた。沙羅たちも陽二の言っている意味が分からないのか目を見張った。
「闇の住人だと思っているならこうなることも予想済みだ。それに、ハルカと戦うと決めた時、傷つけられることを覚悟している。傷つけた分の痛みをもらうことはな。ハルカ、傷つけたいなら傷つけなさい。痛かった分を当てつければいい」
陽二がそう言うと、慶司は手を放し、ハルカは陽二の前にナイフを構えて立った。その為その光景を見ていられない慶司にとって歯がゆかった。
「ハルカ、陽二を傷つければ俺は怒るぞ」
「慶司、それはダメだ。ハルカにとって私を傷つけ、悪い奴なんだと証明して怒られることが目的だ。
目の前で知ってほしいが為にしている事だからこそ、怒ってはならない」
陽二がそう言うと、慶司は目を見張った。
「ハルカ、怖いんだろう? 私を傷つけることも、こうやってナイフを持って立つことも、怖いならやめよう。したくないのにしなくていいんだ」
陽二がハルカの前に座って言うと、ハルカは頭を横に振った。
「違う! したいからしてるのっ!」
ハルカが喚くように言うと、陽二は頭を横に振った。
「ハルカ、もういいんだ。証明なんてしなくていい。怖がらせたことは謝りきれない。不安にさせたことも。仲直りがしたいんだ」
陽二がそう言うと、ハルカは俯いた。自分が何をしても誰も怒らないのは、自分が悪いからじゃない。こうされたことを知っているからだ。でも、ハルカの中にある不安はすぐには消えない。みんなと一緒に居たいからこそハルカは行動している。悪い奴だと知ってもらって、罰を受けてちゃんとみんなと向き合いたいと思っている。だが誰一人それを知っている人は居ない。
「……どうして……」
「良いんだ。ハルカは悪くない」
「ハルカは悪い奴なのに、どうして怒ってくれないのっ!」
ハルカが喚くように怒鳴り、持っていたナイフを振り上げた。陽二に向けて振り下ろそうとしたわけではなく、右手で持っていたナイフを、左手に突き刺してしまったのだ。自分の腕を自分で傷つけた。その為側に居た陽二と慶司、藤十郎は慌ててハルカを抱き留め、腕を縛った。
「ハルカ!」
「この馬鹿野郎が!」
陽二と慶司が怒鳴るように言うと、ハルカの腕に刺さっているナイフを藤十郎が抜き、傷口をきつく縛り上げた。
「傷口は深い。止血して救急へ運ばなければならないだろう」
「わかってる」
慶司がそう言うと、痛みで涙を流しているハルカを見つめてほっとした顔を見せた。
「なんでこんなバカなことをした。なんで自分の腕を刺したんだ」
「ハルカ……悪い子だもん……。ちゃんと……っ……良い子だってみんなに知ってもらって、帰ってきたかったんだもん……」
ハルカがそう言うと、慶司はため息をついた。
「もう知ってる。だからこんな事しなくていい」
「違うもん」
「後だ。病院へ行こう。救急なら行けるだろう」
慶司がハルカを抱き上げ、腕を陽二が持って部屋を出て行った。その為その光景を見ていた沙羅たちは、衝撃的な現場に足が縫われたかのように動けなくなっていた。
深夜ということもあったのだが、下層階にある病院へ向かい、処置をしてもらえた。処置が終わると、ハルカは陽二と慶司の二人と一緒に部屋へ戻ってくることができた。傷口を縫い、包帯の巻かれた腕は痛々しく見えた。
「戻ったぞ」
慶司がそう言って部屋の中へ入るとハルカ、陽二の順で部屋に入った。
「お帰り」
仁が三人を出迎えて言うと、慶司は仁を見て微笑んだ。
「寝不足になるぞ。寝てなかったのか」
「眠れないよ。心配だったしね」
仁がハルカを見て言うと、ハルカはそんな仁を見るのが辛いのか俯いた。その為陽二がリビングを見ると、全員が起きて待っていたと分かった。
「ハルカ、みんな心配で起きてくれていたみたいだ」
陽二がハルカにそう言うと、ハルカは顔を上げてみんなを見つめた。部屋に入ってきた慶司、ハルカ、陽二を心配そうに見るみんなの顔がしっかりと見えた。
「……ごめんなさい……」
小さな声でハルカが言うと、沙羅が立ち上がり、ハルカの側へ来た。そしてハルカの前に座った。
「ハルカ、ごめんね」
沙羅が急にハルカに謝ると、パシッとハルカの頬を叩いた。その為側に居た慶司も陽二も急なことに目を見張った。優しく微笑んで側に来た沙羅が、思わぬ行動を取った事に動けなかった。ハルカは叩かれたことに驚き沙羅を見つめた。
「馬鹿! どうしてこんなことをしたの! みんなとっても心配したのよ! ハルカが陽二にナイフを向けていた事にも驚いたけど、自分で自分を傷つけちゃダメよ。……本当に、ハルカが生きていてよかった……」
沙羅はハルカに怒るように言い始め、次第に声のトーンを落とし、最後にはほっとした声を出してハルカを抱きしめた。ハルカは沙羅に怒られたことと優しく抱きしめられていることに泣き出した。
「沙羅、何をするんだと怒ろうかと思っただろう」
陽二が沙羅に疲れた声で言うと、沙羅は微笑んだ。
「言ったらハルカにもわかっちゃうでしょ」
「でもだ、叩くのは良くないだろう」
「私にも怒らせてくれないかしら。ハルカを大事にしているのよ? こんなことをしたんだから、私たちがどれだけハルカを大事にしているかをわかってもらわなきゃ。それに、大事にしているとか、大切にしているからこそ怒れるの。ハルカも辛いけど、私たちも辛いの。叩くってことはそういうことよ」
沙羅がそう言うと、陽二は微笑んだ。その側で慶司は泣き続けているハルカの頭を撫でて微笑んだ。
「大丈夫だ。もう怒ってねぇから」
「んっ……でもっ……」
涙を流してハルカが何かを言おうとしたが、言葉が詰まった。その為慶司は微笑み、ハルカを見つめた。
ハルカが沙羅の腕から解放されたのはすぐの事で、ハルカはすぐに慶司に抱きついた。その為藤十郎が陽二の側に立ち、そっと陽二を窺うように見た。
「刺した場所は問題ない。傷ついた場所も安全な場所だった。傷口が治れば後遺症もなく無事に過ごせるとの事ですよ」
陽二が藤十郎を見て言うと、藤十郎はほっとした顔を見せた。その為陽二は藤十郎もハルカを心配して待っていたのだと気づいた。
「心配だったんですか」
「当たり前だろう」
「そうですか」
「無事で何よりだ。さて……また寝ずに夜を明かしたな」
藤十郎がそう言って窓を見ると、外がうっすらと明るくなりかけていた。
「明日は何もない日ですから、昼まで眠らせてもらいますよ」
「そうしよう。慶司、戻らせてもらうぞ」
藤十郎が慶司にそう言うと、慶司はハルカを抱き上げ、藤十郎と陽二を見つめた。
「わかった」
「ハルカ、もう悪さをするんじゃないぞ」
藤十郎はそう言ってハルカの頭を撫でると、先に部屋を出て行った。その為陽二は慶司を見つめた。
「ハルカの事、全て話せる機会を設ける。今は待ってくれ」
「お前がそう言うなら待つさ」
「……それまでハルカのことを頼む」
「わかってる。ハルカは俺たちの仲間だ」
陽二は慶司の言葉に安心したのか部屋を出て行くと、バタンと扉を閉め、鍵までかけて行った。その為慶司はほっとした表情を見せ、ソファにハルカを座らせた。しかしハルカは慶司の服を放さず、慶司も座る羽目になった。
「ハルカ」
「イヤだっ」
ハルカが駄々をこねるかのように言うと、慶司は苦笑いを浮かべ、ハルカを抱き寄せた。
「ったく、眠たいんだ。眠らせてくれ」
「ここで寝よう?」
ハルカが首を傾げて言うと、慶司はため息をついた。
「毛布ないと寒いぞ」
「……」
慶司の言葉にハルカが言葉を失うと、友香が隣の部屋の扉を開け、中から毛布を持って出て来た。それを見て龍彦、龍哉が人数分の毛布を持って来ると、唯香、沙羅がテーブルを脇へ寄せ、みんなが毛布を持ってそこへ座った。
「寝るよ」
唯香がふてくされたかのような声で言うと、寝転び、すぐに眠ってしまった。
「じゃ僕も、お休み」
「僕もお休み」
龍彦、龍哉が唯香に続いて寝転がって眠ると、友香がハルカを見つめて微笑んだ。
「お休み」
友香が寝転がると、仁が友香の隣でごそごそと動き、座った。
「お休み、俺も寝るよ」
「じゃ仁の隣で寝ましょう。慶、ハルカも眠りなさいよ」
沙羅が仁の毛布を体に掛けてあげ、自分も隣で寝転ぶと、目を閉じた。その為慶司とハルカはソファに座ってみんなを見つめ、微笑んだ。
「寝るか」
「うん」
慶司はソファの背もたれを倒し、二人寝れるだけのスペースを作ると、毛布をハルカにかけ、自分も眠ることにした。朝方に眠った慶司たちは、昼ごろまで眠りこけていた。
それからのハルカは少しずつ変わりかけていた。悪いことを仕出かすこともあったが、ちゃんと謝ることをできるようになっていた。その為ハルカは慶司たちと共にもう一度ちゃんと暮らして行こうとしていた。
「慶、下に行って来てもいい?」
ハルカが慶の服を掴んで言うと、慶司は横に居るハルカを見て首を傾げた。
「下ってどこだ」
「子供区」
「……俺も行く。ちょっと待ってろ」
慶司が作業していた手を動かしてそう言うと、ハルカは頬を膨らませた。その表情は子供ながらに不満そうだった。
「電球交換したら行ってやれる。だからちょっと待ってろ」
「今すぐ行きたい」
ハルカが駄々をこねるかのように体をゆすって言うと、慶司は微笑んだ。
「ダメだ。一人で出かけさせるのはもうちょっと後になってからだ」
「どうして?」
ハルカが不思議そうな顔を見せて慶司に聞くと、慶司は椅子から降り、ハルカを見つめた。
「ハルカも言ってただろ。ハルカを闇の住人の子供だとみんなが知ってる。陽二がみんなに理解してもらっていると言っても陰で悪口を言う奴らも居る。そいつらにハルカをいじめられたくないから一緒に行くんだ」
「……うん……」
ハルカが小さくうなずくと、慶司は微笑んだ。
「大丈夫だ。みんなが側にいる。俺たちはハルカが白だってことをちゃんと知ってる」
「慶……」
ハルカが不安そうな顔で呼ぶと、慶司はハルカの頭を撫でた。その後リビングへ向かうと、龍彦、龍哉がテーブルの上で何やら勉強らしきことをしていた。その側には仁が座り、そんな二人を見つめていた。友香はテレビを見つめて真剣そうだったため、慶司はため息をついた。
「出かけてくるぞ」
慶司が誰に言うわけでもないがそう言うと、勉強をしていた龍哉、龍彦が顔を上げた。
「子供区?」
龍哉が慶司を見て言うと、慶司はうなずいた。
「ハルカが行きたいらしい」
「じゃ仁も連れて行ってあげてほしいんだ」
「仁も? どうしてだ」
慶司が目を丸くしたように言うと、龍彦がため息をついた。
「子供区に立ち入れないからだよ。それに、仁もたまには同じ年の子供と遊びたいと思うからね」
龍彦がそう言うと、慶司は微笑み、嬉しそうにうなずいた。
「わかった。仁、ハルカと行くぞ」
「はい」
仁が立ち上がると、ハルカがウキウキとしているのか扉に走って向かい、扉を開けて先に外へ出た。廊下へと出ると、慶司はハルカの背中を見つめて微笑んだ。
「大丈夫なのかな」
仁が不安そうな顔で言うと、慶司は仁の肩を叩いた。
「平気だ。心配するな」
「……わかった」
仁がうなずき、ハルカが二人の元まで走ってくると、慶司の背後に隠れた。その為何事かと思って前を見ると、潤二と宏明がエレベーターを待っているのかエントランスに居た。
「ハルカ、どうした」
慶司がそう言ってエントランスへ入ると、潤二と宏明が気づいたのか慶司と仁を見た。
「慶司、また子供を連れて行くのか」
「ああ。俺は子供区へ出入り自由だからな」
慶司が二人に嫌味でも言うように言うと、宏明が肩をすくめた。
「そうだったな。子供たちに人気のお前だからな」
「まぁな。だから子供区へ行くんだ」
慶司はそう言ってエレベーターのボタンを押すと、ハルカがこそこそと隠れるように動いた。そのためそれを見た潤二が慶司を見つめた。
「慶司、陽二様からは聞いてるが信じられないぞ。疑う余地がある」
潤二がハルカのことを言っているということは聞いていた仁にもわかり、慶司を見つめた。慶司はハルカの肩を片手で抱き、動くなと示したかのようだった。その為ハルカはギュッと慶司に抱きついた。
「潤二、ハルカの歳を考えろ。幼い子供に何ができる」
「子供は大人が考えている以上に賢い。それは白の塔に居ればすぐに分かる。だからこそ疑う余地がある」
「俺はその必要はないと思っている。ハルカは白だ」
「それでも自暴自棄になったハルカは暴挙と化した。いろいろしでかしたんだろ?」
「そう思わせたのは尋問班だ。俺達もそうならないとは限らないだろう」
「そうだが……」
潤二が言葉を濁すかのように言うと、慶司はため息をついた。
「ハルカは白だ。陽二と藤十郎さんが確認している。それは確かだぞ」
「分かったよ」
潤二が喚くように言うと、慶司は肩を落とした。
「不承不承って感じだな」
「当たり前だろ。納得できるかよ。闇の住人の子供だって言うんだからな」
「闇の住人の子供でも、白く生まれてくる子供だって中には居るだろう。白の中に黒が生まれるのと同じだ」
「分かってる。だから、見せかけじゃないことを祈るばかりだ」
潤二と宏明は別の場所にあるエレベーターへ乗り込み、どこかへ消えてしまった。そのため慶司は仁と隠れているハルカを見つめた。
「守ってやるよ」
「うん」
ハルカがうなずき、やっと来たエレベーターへ乗り、仁は黙って慶司とエレベーターへ乗り込んだ。子供区へ着くと、ハルカは姫子の居る部屋に向かった。その為仁もそこへ向かうと、すぐにハルカが扉を開けて中に入った。
「こんにちは」
ハルカが元気よく挨拶をすると、姫子が目を見張り、子供たちが一瞬ギクッと強張ったのを慶司が見つけた。仁は慶司の側に立つと、姫子が微笑んだ。
「いらっしゃい。入りなさい」
姫子が慶司と仁にそう言うと、扉を閉め、教室とも思える部屋の中に入った。仁はこの部屋をぐるっと眺めていると、姫子が側に来たことに気づき、姫子を見つめた。
「こんにちは」
「こんにちは。仁君ね」
姫子がそう言うと、仁は目を見張り、慶司を見つめた。その為慶司は肩をすくめた。
「姫子さんには一応聞いてもらってる。お前やハルカの更生はどうしたらいいかとかな」
「そうなんだ……」
仁が驚いたような声で言うと姫子は微笑んだ。
「子供たちと遊びましょう」
「はい」
仁がハルカの居る輪の中に入ると、子供たちはハルカをちらちらと見ていることに気づいた。その為仁が首を傾げた。
「ハルカ、何かしたのかな?」
仁がハルカにそう言うと、ハルカは顔を上げて仁を見つめた。
「ううん」
「じゃどうしたんだろう。みんなが見てるよ」
仁がそう言うと、子供たちが仁とハルカを見つめたが俯いた。その為姫子がそんな子供たちを見て口を開いた。
「ハルカちゃんのことを心配してるのよ。前に来た時とてもおかしかったから、心配なの。悪い子になっちゃったんじゃないかって」
「姫子先生!」
子供たちが姫子に黙っていてとでも言うように集まると姫子は微笑んだ。
「ハルカちゃんに聞いてみなさい」
「……ハルカちゃん……悪い子になっちゃうの?」
姫子に促され、子供たちがハルカを心配そうに見つめると、ハルカは手に持っていた絵本をみんなの前に出し、微笑んだ。
「みんなで見よう。ねっ」
ハルカがそうした事に子供たちはパッと明るくなったかのように、ハルカの側に集まると、絵本を見始めた。その為仁は呆れたとでも言いたいような顔を見せて子供たちの中に混ざった。子供同士の仲直りなど些細な事で終わる。疑問もすぐに氷解する。それが今目の前で起きただけの話だった。
「良い子へ……白へ戻れるよう道ができたのね」
姫子がハルカを見て口を開くと、慶司がそんな姫子を見てほっとした顔を見せた。
「ああ。やっとな」
「苦しかったんじゃないかしら? 自分が白へ向かわせた子供が、黒へ落ちていたなんて」
「驚いたさ。悪さばかりするし、怪我するし……」
「そうね」
「でも今は良いんだ。白へ戻れると確信できる」
「慶司がそう言うなら戻れるでしょうね。見ものだわ」
姫子が嬉しそうに言うと、慶司は呆れたかのようにため息をついた。
それからハルカは慶司と出かけることが多くなった。しかし慶司にも仕事があり、その間は友香と龍哉が面倒を見ていたが、二人の言うことを聞いてちゃんと部屋で待って居られるようにもなった。夜も眠り、お風呂にも入るようになっていた。部屋でみんなと仲良く暮らせるようになるのはすぐの事だろうと誰もが予想できていた。
「ハルカが闇の住人の子供でも、白いハルカは闇の住人たちとは違う。ハルカが白いままずっと居てくれるなら、俺たちは何があってもハルカを守ってやる」
お風呂上り、慶司がソファに座るハルカを抱きしめて言うと、ハルカは慶司に抱きついた。ハルカが白の塔の住人として認められ、慶司たちと暮らしていけるように、陽二と藤十郎が決めていた。その為すぐにでもハルカは慶司たちとの暮らしを続けられるようになっていた。
白の塔を外から眺める人々の目がある中で、白の塔の変化を監視していた闇の住人たちは変化がないことに気づき、自分たちの住処へと戻った。どこにあるかはわからないが、どこかの場所に入ると、そこには闇の住人の幹部と頂点に立つ人が居た。
「閣下、白の塔に変化がありません」
男性が円卓を囲む人々に、部屋に入ってすぐの場所から言うと、円卓を囲む人々が入口を見た。
「そうか」
返事を返したのは、円卓の上の方に座るまだ若そうな男性だった。閣下を呼ばれたその人の声が部屋に響くと、入口に居た男性が円卓を囲む人々を見て口を開いた。
「白の塔に捕縛された者たちと口裏を合わせ行った白の塔壊滅作戦は失敗、合わせて行いました閣下のお子様の闇の住人化計画も失敗したと思われます。お子様をどうされますか」
「放っておけ。あれは使い物にならん」
閣下と呼ばれた人が物を扱うように言うと、男性が顔を上げた。
「しかし……」
慌てたように男性が言葉をつなぐと、閣下と呼ばれた男性は手を挙げた。
「あの中で育っているのならば、闇へ戻ってくれば奴隷でよい。闇に染まれぬ者は全てそうなる運命だ。あれも例外ではない」
厳しいことを言うかのように言われ、男性は俯いた。
「……わかりました」
男性は不服そうな声を出して言うと、閣下と呼ばれた男性が苦笑いを浮かべた。
「そう不服そうな顔をしないでもよい。私の子供であっても、私の思いを受け継げぬのならば不要だ。この闇の世界に白など不要。わかるな?」
「よく理解しております」
男性が閣下と呼ばれた人の問いに答えると、閣下と呼ばれた男性は嬉しそうに微笑んだ。
「それならあれの事は放っておけ。あれは捨てたも同然の子だ。人々を苦痛に過ごさせられぬ子など私の子ではない」
閣下とよばれた男性が言い切るように言うと、入口に居た男性は一礼をして部屋から出て行った。その為閣下と呼ばれた男性は円卓を囲む人々を見つめ微笑んだ。
「閣下」
「あの塔は不要なのだよ。あれも私の子ならば塔を破壊するように動けるはずだ。それができぬのならば、白の塔もろとも消してしまえ。あの場に居る事自体が間違いだったのだと後悔させてやろう」
閣下と呼ばれた男性がそう言うと、円卓を囲っていた人たちが立ち上がった。
「閣下のご命令通りに」
「閣下のご命令通りに」
口々にそう言って部屋を出て行くと、閣下と呼ばれた男性は円卓の上を見つめた。
「私の子に白で生まれてきたことを後悔させてやろう。白のまま生き続けていることも間違いだと知らしめてやろう。白で生まれ落ちた自分が悪かったんだと知るまで苦しめ続けてやろう。白の塔と仲良くすればするほど己の首を絞めると思い知れ。私の子に白など要らぬのだからな」
閣下と呼ばれた男性は黒いオーラを纏い、円卓の上に置かれているハルカの写真にダンッとナイフを突き立てた。ハルカの顔写真の真ん中に刃が突き刺さっていた。