告白 -アフターストーリー-
「へぇ、そんな感じだったんだ」
時刻は夕方、壁にかけた時計から18時を知らせる鐘が鳴る。
冬へと移行していくこの季節は、夜の肌寒さが目立ちだす。高校生になって二度目の文化祭も近くなり、学校では準備に精が出ている。
「そうなの! パパったら意地悪言って……」
そんなある日の夕食前のひと時。私、山城未卯はリビングでお母さんの話を聞いていた。
その内容は、お父さんとの馴れ初め。お父さんとお母さんは高校時代から付き合い始めたらしいので、少し、興味がわいた。昔のことを話すお母さんは、30代後半という年齢を感じさせないほど若々しかった。
「でも、そんなところも好きなんだけどね~♪」
「……はいはい」
前言撤回、“若々しい”ではなく“幼い”。頬に手を当てながら照れるお母さんを見て、私は若干辟易しながら軽く流した。
両親は、世間一般で言うおしどり夫婦だ。私の前でよくいちゃいちゃするし、出勤前のキスも定番になっている。お父さんは少し恥ずかしがっているようだけど、お母さんの頼みは断れないようだ。別に嫌がっている様子もないから、満更でもないみたいだけど。
お父さんは現在出勤中。一般的な株式会社で課長をやっている身なので、帰りは遅いことが多い。
「それにしても、お父さん遅いね」
時間自体は遅くもなんともないのだが、今日は……一応、特別な日だから。
私はもちろん、お父さんにとっても、お母さんにとっても。
「大丈夫よ」
その言葉に振り返ると、何でも分かっているかのようなお母さんの笑顔。その顔の意味が分からず、私はついキョトンとしてしまう。
「何でなのか、分からない?」
私の表情を見透かしてか、そう尋ねられた。
お父さんもそうだけど、人の心を勝手に読むのはやめてほしい。そんなに分かりやすいのかな、私。
「うん、何で? 遅くなることのほうが多いでしょ?」
「そうね。一応パパもお仕事だし、いろいろあるんでしょうしね」
疑問をそのまま口にすると、あっさり首肯された。
どういうことなのか尋ねる前に、お母さんが「でもね……」と続ける。なので、私は素直に次の言葉を待つ。
「でもね……パパ、出勤する前に言ったでしょう? “絶対に19時までには帰る”って」
「それは、そうだけど……」
確かに言っていた。「だるい」とか「めんどくさい」が口癖のお父さんが「絶対に」なんて言ったから、驚いた記憶がある。
でも、言うことなら誰でもできると思うんだけど……。
「ふふ、未卯は信じられない? パパの事」
「いや、信じる信じないじゃなくて……その……」
私が口ごもると、お母さんはただ「大丈夫」と言った。
「パパは……ゆーじは、言った事は曲げないよ。それこそ、絶対に」
そう言ったお母さんの顔は眩しくて、綺麗だった。
同時に、玄関のドアが開く音がした。
◇◇◇
お父さんが帰ってきてから数分後、私たちは食卓にいた。お父さんも部屋着に着替え、席に着いている。
四人がけの机にはお父さんとお母さんが隣り合って座り、私がその正面に座る。テーブルの上にはご馳走が並べられており、私の好きなから揚げやポテトサラダもある。きっとお母さんがわざわざ用意してくれたのだろう。
「さて、それじゃあ奏、始めようか」
お父さんが不意に切り出す。料理に目移りしていた私は視線を上げ、二人のほうを見る。
「うん♪ せーの……」
お母さんも笑顔で返し、二人一緒に私のほうを向く。
そして……
「「未卯、誕生日おめでとう!」」
二つのクラッカー音に、部屋が包まれた。
「ありがとう。お父さん、お母さん」
そう、今日は私の誕生日。17歳になった私としてはクラッカーはやめてほしかったけど、二人の幸せそうな顔を見ると、別にいいかと思えてくる。別に嫌という訳ではないのだから。
「未卯も今年で17か」
「うん」
「17かぁ……早いわねぇ」
「そうだな」
二人はそう言って、目を閉じた。昔を懐かしんでいるのだろうか。
でも二人とも、ごめんなさい。そろそろおなかが限界です。
「む。奏、そろそろ食べよう。腹が減った」
そんな私の真意を知ってか知らずか、お父さんがそう言った。私は心の中でこっそりとお礼を言う。
「あ、そうね。それじゃあ……」
「あぁ、ほら未卯も」
「あ、うん」
私たちは手を合わせる。
そして、食事に対して感謝を込めて。
「「「いただきます」」」
◇◇◇
「ふぅ……」
時間は過ぎて、現在22時。私はソファの上で本を読んでいた。
楽しい食事はあっという間に終わり、たくさんあった夕食はすべて無くなった。その後、お父さんが買ってきたケーキを食べた。ホールケーキを切り終えた際に、お母さんが「あ、ロウソク!」とか言って直径2cmのロウソクを持ってきたりしたけど、一応無事に誕生会は終わった。
その当の本人は、寝室で熟睡中。家にあった赤ワインを飲み、寝てしまったのだ。お父さんが苦笑しながら、お母さんを部屋へと背負っていった。
その時、リビングのドアが開く音がした。見ると、お父さんだった。
「お母さんは?」
「あぁ、大丈夫だよ。ぐっすり寝てる」
お母さんはお酒に弱い。それこそ、お猪口いっぱいで酔いつぶれてしまうほどだ。それなのにお母さんはお酒が好きで、事あるごとに飲もうとする。それではさすがにまずいので、私とお父さんとで説得して家以外では飲まないように言った。本当は禁止しようとしていたのだが、家でならお父さんが対処できるからと言う事で解決した。
そこでふと、私はお父さんに聞きたいことがあった。
「ねぇ、お父さん」
本を置いてお父さんのほうを見ると、手帳を開いていた。明日の予定確認をするようだ。
「ん、何だ?」
お父さんは顔だけこちらに向ける。
「今日は、良かったの?」
「何が?」
「何がって……お祝い」
「今日は、二人が付き合いだした日でしょ?」
「……奏から聞いたのか」
お父さんは軽くため息をつき、そう呟いた。
何の因果か今日、つまり私が生まれる約20年前のこの日。私のお母さんがお父さんに、山城奏が山城優司に告白した。それから付き合い始めて、現在に至る。
これは確かに、お父さんが帰る前にお母さんから聞いた話だ。
「お父さん、お祝いするつもりだったんでしょ?」
「……まぁな」
私の位置からうっすらと見えるお父さんの手帳には、今日の日付に花丸がしてあった。それも、二つ。それがどういう意味なのか、さすがの私でも理解できる。
今日はお父さんにとって、二つの意味で大切な日だったのだ。
「とはいえ、奏がああなることは予想できたさ。また明日にでも、お祝いするよ」
そう言ったお父さんの笑顔も輝いていて、幸せそうだった。いや、実際のところ幸せなのだろう。二人を見ていると、心底そう思う。
私は、どうなのだろう
「なぁ、未卯」
突然、お父さんに話しかけられた。
顔をそちらに向けると、お父さんはこちらを見てはいなかった。再び手帳に視線を落とし、確認作業を始めていた。リビングは静かで、時折聞こえるペンの音以外は全くの無音だった。
「何?」
「好きな人はいるのか?」
お父さんは、いつもと変わらない調子でそう言った。詮索するようにというよりは、本当になんとなく、といった具合に。
「……さぁ、どうだろうね」
「そうか」
私がはぐらかすと、案の定詮索してこなかった。本当に興味本位だったのだろう。
「もしいたら、どうするの?」
私も、興味本位で聞いてみた。
「別に」
お父さんもまた、淡白な答えを返してきた。こういうのを似たもの親子と言うのだろうか。そんなことを考えていると、お父さんが「ただ……」と続ける。私は再びお父さんの方に顔を向ける。
「ただ……いるんなら、頑張れよ」
お父さんの表情は変わらなかった。一切こちらも見ていなかった。
ただ、私は驚いていた。
「頑張れって……どういう、意味?」
「そのままの意味だ」
お父さんは私の問いに対して、あくまで淡白に返す。
「俺が今から言うのは経験論だ。聞き流したければ聞き流せ」
そう前置きをおくと深く息を吸い、吐く。
そして語りだす。お父さんの、山城優司の恋愛観を。
「“好き”という感情は、持っていても仕方ない。あの人のことが好き。そう想い続けることで相手に伝わるんなら、告白なんて大層なイベントは必要ないからな。大切なのは、その“好き”って想いをどうやって相手に伝えるかだ。世間一般ではラブレターとかが定石なんて思われてるが、俺はそうは思わない。要は、当人が一番想いを伝えられる方法をとるべきだって事だ」
私はいつの間にか、お父さんの話に聞き入っていた。ソファから起き上がり、体制が前のめりになっていることに気づく。
でも今はそんなことよりも、お父さんの話が聞きたかった。
「奏は、ただまっすぐに自分の気持ちを伝えてきた。当時の俺は捻くれてたから適当にあしらってしまったけど、奏の気持ちはものすごく伝わってきた。だから、奏のとった行動は正解だったんだろう」
お父さんはそこで一息間を入れる。そして私の方を向いて、再び話し始めた。
「みんながみんなそうしろとは言わない。俺が言いたいのは、どうすれば自分の想いをより上手く伝えられるかってことだ。奏には奏の方法、未卯には未卯の方法があると思う。だから、もし告白しようと考えてるんなら、もう一度その辺を考えてみてくれ」
言い終えると、お父さんは再び手帳に視線を向ける。
「まぁ、あくまで仮定の話だけどな」
その時のお父さんの言葉は、今まで聞いたどの言葉よりも白々しかった。
◇◇◇
「はぁ……」
現在、私は自分の部屋にいた。
考えるのは、さっきのお父さんの言葉。
「私には私の告白、か……」
私の右手には今、ラブレターがある。それは私が3日かけてやっと完成したもので、便箋いっぱいに書かれた超大作だ。明日の朝にでも下駄箱の中に入れておこうと思っていた。
「……」
でもさっきの話を聞いて、躊躇いが生じた。
私は、彼のことが好きだ
その気持ちに偽りはない
でも、でも……
このやり方は、自分らしい?
「……うん、そうだね。そうだよね」
そう思ってからの私の行動は早かった。
私は、ラブレターをビリビリに引き裂いて、ゴミ箱に捨てた。
あれだけ時間をかけたのに、名残惜しくはなかった。
「そうだよね。こんなの、私らしくないもんね」
他の誰でもない自分に言い聞かせながら、私は机についた。そして再び便箋を取り出して、手紙を書く。
さっきみたいな長文とは違い、今回は二文だけ。それも、簡単に。
『放課後、屋上で待ってます
2-A 山城未卯』
直接伝える。
お母さんがそうだったように。私の気持ちを、想いを、直接伝える。
お母さんにできたんだ、娘の私ができない道理はない。
「想うのは誰でもできる、大切なのは伝えること……」
お父さんの言葉を思い出して、反芻する。うまく伝えられるかとか、緊張したりしないかとか考えてしまうけど、不思議と不安はなかった。一つの事実が、私の背中を後押ししてくれる。怖くなんかない。
「私にだって、できるよね」
だって、私は……
「私は、お父さんとお母さんの娘なんだから」
20年近く前にお母さんが見ていた景色が、私にも今、見えた気がした。
どうも、検体番号10032です。
この度はご一読いただき、ありがとうございます。
前作の『告白』からのその後という形で書きましたが、いかがでしたでしょうか?
感想・ご意見お待ちしております。修正点やおかしなところがあれば、遠慮せずに教えてください。参考になりますので。
それでは。




